嗚呼、嗚呼、赤イ…赤イ血ノ匂イガスル。
良イ匂イダ。
美味シソウナ、美味シソウナ、血ノ匂イ。
何処、何処?
欲シイ、赤イ血ノ匂イガスルモノ…。
匂イ辿ッテク。
チョット歩イタ先デ見付ケタ、美味シソウナ匂イノ元。
嗚呼、嗚呼、良イ匂イ。
モウ少シデ触レレル時ダッタ。
「駄目ですよ、その方に手を出しては」
目前ニ現レタ
アト、モウチョットダッタノニ。
悔シクテ、悔シクテ、思ワズ歯噛ミヲシタラ、私ニ向カッテ童ガ
「きっと、主君の纏われる血の匂いに引き寄せられてきたのでしょうが、あの人は駄目です。お腹が空いて仕方がないと言う事でしたら、代わりに此れをどうぞ」
童ガ差シ出シテキタノハ、人ノ子ガ
本当ハモット腹ノ膨レル物ガ欲シカッタノダケレド、今ハ諦メル事ニシヨウ。
人ノ子ノ姿ヲシテイテモ、相手ハ刀。
桃色ノ髪ヲシタ童カラ大人シク菓子ノ入ッタ包ミヲ受ケ取ッテ、引キ下ガルヨウニソノ場ヲ後ニシタ。
惜シカッタ。
嗚呼、惜シカッタ。
名残惜シイ、アノ匂イ。
嗚呼、今度コソハ、キット喰ロウテヤロウ。
赤イ、赤イ、血ノ通ウ…柔ラカナ肉ヲシタ人ノ子ノ肉ヲ。
ソウシテ、童カラ貰ッタ菓子ヲ全部喰ライ尽クシテ尚満タサレヌ腹ニ、偶々見付ケタ女ノ姿ニ想イヲ馳セナガラ彷徨ウ。
腹ガ減ッタ。
足リヌ、此レシキノ事ダケデハ足リヌ。
モット、モット腹ノ満タサレル物ヲ…。
絶エル事無キ餓エヲ抱エテ彷徨ウ内ニ、マタアノ匂イヲ感ジタ。
何処ダ。
美味シソウナ血ノ匂イ。
赤イ、赤イ、血ノ匂イヲ纏ワセタ者ノ場所。
何処ダ、何処ダ。
探シテイル内ニ、何処カノ大キナ屋敷ノヨウナ場所ニ迷イ込ンデイタ。
血ノ匂イヲ辿ッテ覗キ込ンデミタラ、長イ長イ廊下ノ端デ倒レテイル人ノ子ノ姿ヲ見付ケタ。
気配ハ人ノ子デハナカッタケレド、イツゾヤ見タ童ノヨウニ
随分ト弱リ切ッテイルヨウダ。
コレナラバ、抵抗サレル事モ無ク食事ニアリツケルダロウ。
私ハ嬉々トシテ弱ッタ肉ノ塊ヘト手ヲ伸バシカケタ。
シカシ、マタシテモ惜シイトコロデ邪魔ガ入ッタ。
私ガ伸バシテイタ手先ヲ硬イ扇デ
「いけませんよ、食べては。この子は私のもの…傷付き血を流し弱ってはいても、私の大事な刀達なのです。ですから、あげられません。残念ですが、諦めてくださいな。…此処に貴方の望む物は何一つとしてありません。下手な事は言いません。お早めにこの地を去る事をお薦め致します、暗闇に生きる者よ」
嗚呼、ソウカ…此処ハアノ時ノ女ノ住処ダッタノカ。
今、目ノ前ニ居ルノハ弱ッタ刀ダケ。
セッカクナラ、コノ女ノ柔肉モ戴イテシマオウカ…?
ソウ考エテイタラ、女ガ弱ッタ身ノ刀ヲ庇イナガラ再ビ
「…もう一度言います。此処に、貴方の望む物は何一つとしてありません。その身を斬られたくなくば、去りなさい。私の気が変わらぬ内に」
今ニモ刃デモッテ斬リ付ケテキソウナ雰囲気ト凄ミニ、惜シクモ身ヲ引イテソノ場ヲ退イタ。
嗚呼、惜シイ。
セッカクノ機会ダッタノニ。
美味シイ人ノ子ノ肉ニアリツケナカッタ。
見付ケタノハ刀ダッタケレドモ。
ソレデモ、惜シイ、惜シイ。
腹ガ減ッタ。
赤イ血ノ匂イ、欲シイ。
人ノ子ノ肉、食ベタイ。
美味シイ、美味シイ、人ノ子ノ肉。
刀ガ駄目ナラ、女ノ肉ハ…?
サッキは駄目デモ、眠ッタ隙ヲ狙エバ怖クナイ。
抵抗サレル心配モ無イ。
女ノ人ノ子ノ柔肉。
嗚呼、嗚呼、今スグニデモ食ベタイ。
何処カラ噛ミ付イタラ良イカナ…?
鋭イ爪デ肌ヲ裂イテカラガ一番良イダロウカ?
嗚呼、アノ女ノ人ノ子ノ肉ガ欲シクテ堪ラナイ…!
牙ガ疼キ、涎ガ止マラナイ。
腹ガ減ッタト空腹音ガ私ヲ駆リ立テル。
モウ、アノ弱ッタ刀ノ肉ノ事ハ良イヤ!
私ハ美味ソウナ女ノ柔肉ガ喰ライタクテウズウズシテルンダ…!
空腹ヲ訴エテ止マナイ腹ヲ満タス為ニモ、今スグアノ女ノ肉ヲ狩ロウ!!
嗚呼、赤イ血ヲ通ワセタ人ノ子ノ肉ヨ…!
待ッテイテ、今スグニデモ美味シク引キ裂イテ、一ツノ欠片モ残サズニ食ベテアゲルカラ…ッ!!
ソウシテ、女ノ居ル方向ヘト戻ロウトシタ。
「―駄目だよ、其れ以上は。戻れなくなっちゃうから」
突如トシテ、背後ニ突キ付ケラレル切ッ先。
何ノ気配モ、足音モシナカッタ。
真後ロトイウ近サニナルマデモ気ガ付カナカッタ。
私ハ唸ッテ訴エカケタ。
ドウカ見逃シテクレ、ト…。
同ジ物ノ怪ノヨシミダ、ダカラ今回バカリハ見逃シテクレト頼ンダ。
ダガ、ソノ刀は非情ニモ情ケヲカケテハクレナカッタ。
「うーん、君を逃したところで僕には何のメリットも無いんだよねぇ……其れに、君が彼女を狙ったのは一度や二度じゃない事は既に衆知の事だし。…嗚呼、勿論、君が空腹で餓えている事は分かってるよ?其れで血の匂いを辿って、此処僕達の本丸までやって来ちゃった事ぐらいは。でも、駄目だよ〜、彼女を食べちゃ。だって、彼女は僕の大事な大事な主なんだもの。彼女を失ったら…何れだけの刀達が悲しむと思う?此処には既に百振りにも近い刀達が居るけれど…僕を含めた皆が怒り狂って襲い掛かりでもしたら、君等低級の妖共は一堪りも無いんじゃないかなぁ?」
ソレデモ、ソレデモ腹ガ減ッテ仕方ガナインダ…!
同じ物ノ怪ナラ、私ノコノ餓エガ分カルダロウ!?
私ハ繰リ返シ訴エタ。
ソシテ、選択ヲ間違ッタ事ニ気付イタ。
「……君みたいな奴と一緒にしないでくれるかなぁ?これでも僕、神の末席の位ぐらいは持つ者だよ?ただの刀に宿った付喪と侮ってもらっては困るなぁ〜…っ」
ギラリ、奴ノ眼ニ宿ッテイタ色ガ妖シク剣呑サヲ増シタノニ気付ク。
デモ、モウ遅イ。
ソモソモ、相手ガ刃物デアッタノガ運ノ尽キダッタノダ。
獲物ヲ狙イ定メ、眇メタヨウニ鋭利ナ目付キトナッタ奴ハ、最早聞ク耳ヲ持タナカッタ。
「最初は大人しく引いてくれるならちょっと傷付けるくらいで見逃してやろうかと思ってたけど…やっぱやぁ〜めたっ。目障りだから、君、斬っちゃうね?」
―殺サレル…!
瞬時ニソウ思ッタ。
デモ、モウ逃ゲ場ナンテ無カッタシ、逃ゲル余裕ナドハジメカラ用意サレテハイナカッタノダ。
得物ヲ振リ被ッタ奴ノ視線ニ射抜カレテ動ケナイ私ハ、アッサリト奴ノ刃ノ餌食トナルノダッタ。
スッパリト斬ラレテ地ニ転ガリ落チル我ガ身ハ、無惨ニモ完膚無キマデニ斬リ刻マレ蘇ラヌ事ヲ約束サセラレタカノヨウダッタ。
マルデ、
私ヲ斬ッタ刀ハ、女ニ呼バレ、振リ返ル。
「髭切、其処で何をしているのですか?抜き身の本体など携えて…」
「うん?何でも無いよ。ちょっと悪さをしようとしていた妖が居たから、“おいたが過ぎない内に”って斬っていただけさ。大丈夫、もうこの本丸に害のある妖は居ないから、安心して構わないよ」
「そうですか…其れは何よりです。つい先程も、何やら怪しげな物の怪が戦で傷付いた子達の血の匂いに寄ってきたようで、追い払ったばかりだったのです。……今回の出陣先は少々酷な戦場だったらしく、良くて中傷、悪くて重傷まで負った者達ばかりでしたので…手入れが間に合っていなかったのです。故に、手入れ部屋が空くまで近くの部屋で待機させていたのですが…その隙を突かれてしましたか。危ういところを、何とか私だけで退けましたが…その様子ですと、どうやら世話を掛けてしまったようですね。いつも守って頂き、有難うございます」
「いやいや、此れくらいどうって事無いから…!化け物を斬るのは、僕達のお仕事みたいなものだよ。寧ろ、どっちかって言うと、そっちの方が専門とも言えるかな…?何はともあれ、君が無事で良かったよ。また今度君を付け狙うような不届き者が現れたら、其奴等が鬼だろうが化け物だろうが、僕がすぱすぱぁーって斬っちゃうから。安心おしよ」
「えぇ、そうですわね。貴方様が居れば、今後また同じような事が起こっても心配要りませんものね。どうか、この先も私と共に歴史と、この本丸を守ってくださいね」
髭切、ト呼ンダ刀ニ向カッテ微笑ム女。
嗚呼、嗚呼、ナンテ事ダ…。
私ガ敵ニ回シタノハ、彼ノ有名ナ化ケ物斬リノ刀ダッタノダ。
今更気付イタトコロデ、モウ遅イガ。
執筆日:2021.08.14