起きて暫くは何とも無かったんだけどなぁ…。
右の米神辺りを中心に鈍くズキズキとした痛みを感じ始めて、顔を顰めて呻く。
「頭、
地味に煩わしい症状に、憚らず溜め息を
だが、一向に治まらない頭痛。
仕事の邪魔になるからと縛っていた髪がいけなかったのか、まだ残暑厳しい気候故に髪を下ろしておくのは気が引けたが、止むを得んと襟足際で纏めていた髪を解いた。
髪を纏めていたゴムは利き手とは逆の左手首に留めておいておこう。
また邪魔になってきた時にすぐに結べるように。
そうして再び仕事に集中しようとしたが、まだ治まる事はない。
仕事の進捗状況を確認すれば、今日の仕事はまだ半分も終わっていなかった。
どう見ても進み具合は芳しくない。
仕方なく、少しでも負担を減らすべく掛けていた眼鏡を外して端末の傍らに避けて置く。
視力が悪い為、裸眼では作業効率が悪いからと日々日常的に眼鏡を掛けているのだが、こういう時、変に弊害となるのが辛い。
故に、頭痛が酷い時なんかは外す事の方が多いのだが…無いと無いでよく見えなくて不便だ。
まぁ、でも、外してた方が幾分かマシだし、至近距離に詰めて顰めて見れば画面見えない事もないし、この調子で頑張ろう。
地味に訴えかけてくる頭の痛みを無視して仕事に努める。
(あ゛ー…やべぇ、何かさっきよりも悪化してきてね…?)
眼鏡を外して画面を至近距離で見つめ続けて数十分後、気付いてしまった事に早くも限界を悟って深々と溜め息を吐き出した。
こりゃ駄目だァ…。
打ち込み途中であったデータに一旦保存を掛け、一時的に端末を閉じる。
どうせ、そろそろ水分補給しようと思っていたところだ、休憩がてら空になっていた湯呑み(マグカップ)にお茶のおかわりを注ぎにでも厨へ行こう。
んで、そのついでに薬研とこに冷えピタ貰いに行こう、うんそうしよう。
よっこらせと重い腰を上げて立ち上がり、部屋を出て、厨までの地味に長い道程を目指して歩き出す。
(う゛ぅ゛…っ、動くと余計頭に響くなぁー……ッ)
常ならば然して遠くもない距離が、今や随分と長く感じる。
其れ程にまで重症という事か。
地味に痛みを訴えて止まない頭の重みに、自然と顔は苦い表情となってくる。
―ともすれば、一文字部屋から出てきた日光さんと擦れ違い様、声をかけられた。
「む、これは主。如何された?」
「あぁ、日光さん、やぁ。髪下ろしてんのは偶々だよ。仕事してたら頭痛くなってきちゃってね。縛ってんのが良くないのかなぁ〜、って思って外しただけ。眼鏡も同様の理由だよ」
「俺が外すのには支障が無くとも、主の場合は視力が悪いからと掛けていたものであるからに、仕事に支障が出るのでは…?」
「うん、ぶっちゃけ滅茶苦茶不便よ。でも、まぁ、裸眼でもギリ見えねぇ事もねぇし、画面もガチ恋距離まで近付けばイケるから」
「そうか」
「けど、流石にちょっとしんどくなってきたので、水分補給するついでに医療に知識のある薬研を頼ろうかと…、」
「俺の事呼んだかい、大将?」
そうこう話していたら丁度良いところに。
通りがかりの薬研さんがいらっしゃった。
此れは探す手間が省けたと薬研の方を振り向き言う。
「おぉ、丁度良かった。薬研に冷えピタくれって言いに行こう思ってたところだったんだよ。そっちから来てくれて助かった助かった」
「ひえ、ぴた………?」
「あぁ、日光の旦那は初めて聞く単語だわな。大将の言う“冷えピタ”っつーのは、所謂熱冷まし用のシートの事を言ってな、熱が出た時や頭が痛い時なんかに額に貼り付けて症状を和らげたりする優れ物なんだ」
「成程」
「で…?その冷えピタが必要って事は、また頭痛に悩まされてんのかい、大将?」
「うん…今朝起きた時は何とも無かった筈なんだけどね…。たぶん、いつもの如く気圧変化のせいだろうから、大した事無いと思う」
「まぁ、今日も蒸し暑ィからなぁ〜。熱中症じゃなきゃ良いんだが…」
「大丈夫大丈夫、コレはただの片頭痛だから、そんな心配しなくても良いって…!」
「取り敢えず、今すぐ取ってきてやっから、大将は大人しくしてろよ?」
「はぁーい、わぁーってますよーっと。あ、でも、部屋戻る前に一旦お茶のおかわり注ぎに厨寄ってくんね。元からそのつもりで部屋から出てきたので」
「茶ならば俺が代わりに…、」
「いやいや、お茶くらい自分で行けるから、そう心配せんでも平気…――ッ、」
そう交わしてその場を去ろうと厨へ向かおうとした時だった。
会話している間もずっと重かった前頭部がズキリと殊更酷く痛んだ拍子に、グラリと躰が傾いでぐにゃりと視界が歪んだ。
(あ…やべ、目暈だ………ッ)
そう思ったのも束の間、傾いでいく躰を留める余裕も無く、意識が暗転していくのを感じた。
マイ湯呑み持ったまんま倒れたりしたらえらいこっちゃと、何とか縋れる物は無いかとすぐ側の障子戸を掴みかけ、空振って勢い良くぶつかる。
「――主…ッ!!」
そのままずるり、と床に崩れ落ちる寸前、日光さんの叫ぶ声が聞こえた気がして振り返ろうとしたけど、意識を保っていられなかったのか、視界は真っ暗に染まってぷつり、と途切れた。
湯呑み、無事だったかな…落として割れてたりしないかな…。
アレ、地味にお気に入りだったから、自分のせいで割ったとしたらちょっとショックだなぁ…。
なんて、意識を失う前に考える事ではなかったけども。
―ふつり、途切れていた意識が浮上して目覚める。
ぱちり、目を開いて、数度瞬きをし、ぐるりと視界を見渡す。
知らない天井…私の部屋ではなさそうだ。
ならば、此処は何処で誰の部屋か、そして、私は今誰の布団の上に横になっているのか…――。
其れを考えようとした瞬間に、己の顔を覗き込んでくる影と直面した。
「気付いたか、主よ」
「………に、っこう…さん……?」
「嗚呼、俺だ、日光一文字だ。意識ははっきりしているな?」
「……えぇっと、はい…?」
「よし。では、具合の方はどうだ?気分の方は、少しは回復したか?」
「…え、っと……?」
「こらこら、小鳥はまだ意識が目覚めたばかりでぼんやりとしているのだから、そう矢継ぎ早に問うては小鳥が混乱するだろう?逸る気持ちは分かるが、少し落ち着け翼よ」
「…申し訳ございません、お頭」
「私に謝るのではなく、小鳥に対してだ」
「…起き抜けにいきなり色々と訊いてすまなかった。…その、まさか目の前で主が倒れる事になろうとは思っていなかっただけに、少々動揺から焦ってしまった。其れで…もう大丈夫なのか?」
美しき紫の御髪と眼鏡越しに合う綺麗な瞳と見つめ合って数秒、大方の状況を把握した。
目の前の日光さんの言葉に次いでちょもさんの声が聞こえてきたという事は…十中八九、此処は一文字部屋なのであろう。
そういえば、自分が目暈を起こして倒れる寸前居たのは一文字部屋の前だったなぁ、という事を思い出す。
こりゃ参った。
お頭達にもそうだが、何より本丸に来て間もない日光さんに余計な心配と迷惑をかけてしまっただろう。
ただの頭痛から来る体調不良がまさかこんな事態を引き起こそうとは、自室を出た時の自身は思うまい。
思わず、顔を覆って呻くように長い溜め息を
取り敢えず、起き上がれそうだと判断して半身躰を起こし、まだ少しぼんやりとする寝起きの頭を上げた。
「……あ゛ー…っ、日光さんやちょもさんが居るって事は…此処、一文字部屋だよね…?」
「嗚呼、その通りだ。俺達の部屋の前で倒れたからな、下手に移動させて躰に障っては悪いと判断し、すぐ側の部屋だった此方に運ばせてもらった」
「…ん゛ー…うん、そうだよね…目覚めて見た天井が俺の部屋と違ったから、何となくは分かってた…。ちなみ、今、俺が使ってる布団は誰の……、」
「お頭の物を使わせる訳にはいかんからな、俺の物に寝かせた。安心しろ、日干ししていた綺麗な物だ。シーツ等も洗い立ての綺麗な物を使用している」
「あ…うん、変に気ィ遣わせて何か御免…すぐ退くわ…」
「病人は大人しく横になっていろ」
「病人て言う程のもんでも無いのだけど…」
「しかし、過信したが故に倒れたのもまた事実。無理は禁物だ。もう暫し大人しく寝ていろ」
「我が翼の言う通りだ。今はまだ意識が戻ったばかり、体調が落ち着くまではゆっくり休んでいなさい」
「ア、ハイ…すんません……っ」
めっちゃ真顔で迫られた上に凄まれたので、大人しく言う事を聞いておく事にし、起こしかけていた身を再び布団に横たえて頷く。
美人の真顔程怖いものって無いよね…。
しかも、其れが顔面至近距離に迫られたら余計にだわ。
おまけに、お頭からも諭されちゃあ仕方がない。
ここは大人しく従っておくが吉だ。
お言葉に甘えて調子が回復するまでを待つ。
場所と寝床を借りたままゆっくりと休ませてもらうついでに、目が覚めてから訊きたかった事を訊いてみる事にした。
「……薬研は何て…?」
「―軽い脱水症状と貧血から来る頭痛だそうだ。そこに暑さと気圧変化から来るものも重なったんだろう、と薬研の坊主は言っておったぞい」
「御前…!」
「全く、加州の奴から話には聞いていたが…君はとんと自分の体調変化に疎いようだなぁ?」
「…面目無い……っ」
「まだまだ暑いと言ったって、君よりずっと年寄りで爺な僕の方が元気だぞ?雛鳥のように若い者がヘバっててどうする。しっかりせんか、馬鹿たれ」
「ははは…っ、返す言葉もねぇっすわ…。本当、主の癖して自己管理も出来てないんじゃ駄目駄目だよねぇ……こんな駄目審神者ですまんね、皆」
「少しは食って掛かるくらいしてきたらどうなんだ…っ、つまらん。張り合いが無さ過ぎるぞ…!」
「いや、具合が悪くて臥せっている時にそんな余裕は無いでしょう、御前…っ」
御前の言う事もご
己の体調管理すら儘ならぬ者が本丸の要である大将を勤めていては話にならない。
相変わらず視野が狭い人間のままで反吐が出る。
弱り目に祟り目みたいな事を言われて、暫し無言で額に手の甲を当て、内心で項垂れた。
額に触れてから気付いたが、どうやら意識を失って倒れた後に薬研が冷えピタを貼ってくれていたようで、貼ってから暫く経つ事を示す
小一時間以上は確実に落ちてたなァ、この様子だと。
自分の躰の貧弱さを改めて思い知ったようだった。
あまりに貧弱過ぎて、いっそ嫌気が差す程に…。
弱った精神につい薄暗い思考が過っていると、其れを遮るかのように日光さんが口を開いた。
「兎も角だ…っ、これからは己だけの事と思わず、何か不調が見られたら誰かしらに申告しろ。貴女は今や主一人の身では無いのだから…どうか御身くらいは大事にしてくれ。“心配は不要だ、平気だ”と言われた手前で目の前で倒れられた俺の身も少しは考えろ。本当に肝を冷やしたんだからな…っ」
「其れは本気ですまなんだや…」
「頼むから、金輪際こんな事は無しにしてくれ」
「…ところで、あの後俺のマイ湯呑みことマグカップってどうなった?」
「本気ですまないと思っているのか、貴様は…?」
「いや、さっきから地味にずっと気になっててさ…素直に御免。目暈起こして意識暗転する直前まで持ってた記憶はあったからどうなったのかなって。落っことして割れてたりしてない?」
「湯呑みの心配より自分の身を心配しろ…!」
「すんません」
「小鳥よ…っ」
「うははっ…!日光に対してコレとは恐れ入ったなぁ!!流石は僕の主だ!なかなかに面白く変に肝の据わった娘で良いぞ〜!!」
「え…な、何があったんだ、にゃ…?日光の兄貴は主の頭鷲掴みにしてっし、御前は何か一人で笑ってるし…どうしたんだ?」
そういえば一文字と言って一人足りなかったと思えば、丁度のタイミングでにゃん泉君が部屋へと入ってくる。
室内に広がる異様な光景に怪訝な顔をして首を傾げていた。
…にしても、頭痛いて言うてた人間に対しての仕打ちにしちゃ幾らか酷くありゃしやせんかね、日光さんよ。
現在進行形で頭思いっ切り鷲掴みされとるんじゃが…?
ミシミシと嫌な音を立てて軋む己の頭蓋骨に、「頭ひしゃげるがな…ッ」とボソリ零せば、解放してもらえた。
私の頭無事か…??
内心確認を取ってしまうくらいには凄まじい力だったと感想を述べておく。
頭を解放された後、無意識に頭に手を遣ったのは許して欲しい。
「だ、大丈夫か、主…?」
「逆に訊くが、頭痛でぶっ倒れた人間の頭潰す気で掴まれといて無事で居られると思うてか??」
「翼…、」
「すまなかった。うっかりその事を失念していた…」
「いやまぁ、君にとって主である俺ってそんなもんよね、所詮は。本来君が敬い従うべき相手はお頭であるちょもさんだもの。知ってたし分かってたから別に構んが」
「其れは――ッ!」
「――其れは違うぞ、小鳥よ。我が左腕である日光とて、私と同じく君に対しては他刀剣達と等しく一介の部下に過ぎん。我が部下が犯した失態や出過ぎた真似についての責任は私が取ろう。弱っているところに更に追い打ちを掛けるような真似をしてすまなかった…。どうか、お許し頂けないだろうか…?」
「お、お頭…っ、頭を上げてください…!」
「せやで、ちょもさん。これしきの事で容易に俺に頭下げんといてよ。日光さんのお叱りは尤もなんすから…。寧ろ、要らん心配と迷惑かけて御免な?日光さんに至っては本丸来て日が浅いんに変にトラウマ作るような事してしもうたんやし、謝るんはこっちの方やで」
「しかし…っ、部下の不始末が出来ずして組の長など務まらないと…――、」
「―いつまでそんな下らない問答繰り返してる訳?」
「ッ、姫…!?」
「アンタ達って本当馬鹿…。何でこんな時にまでそんな事に拘ってんの?今、その話必要?…つーか、その呼び方ぁ、やめてって言っといた筈だけど…忘れたの?」
「貴方から何と言われようと、姫は姫ですから」
「あっそう。ま、良いや…今はこっちのが重要だし」
「え、あ……っと、姫鶴さん…?は、何用で此方に居らして…?」
「ん?はい、コレ。あつきに頼まれて持ってきたヤツ。水分とかは一応既に用意してたけど、具合悪い時はこっちのが飲みやすいかもって。スポーツドリンク?とかって言うんでしょ。あと、朝食べてから何も食べてないだろうからって、あつきが作ってくれたプリンとか言う甘味。コレなら、仮に食欲無くても入っていくだろうってさ」
「うわ、有難う…っ。何か色々と気遣ってもらっちゃって御免ね」
「ううん。此れくらい、どぉって事ないよ。寧ろ、主はもっと我が儘言って甘えて良いくらいだから。この人達の言う事は気にしないで、ゆっくり養生しな…?どうせ、この人達の事だから、堅苦しく格式張った事とか、凝り固まった事とかばっか言われたんだろうけど…全然気にしなくて良いから。ぶっちゃけ、今の話全部忘れて良いから、…ね?」
そういえば、もう一人一文字に数えられる子が居たなぁ…、と思い出すように彼の事を見遣った。
一応、彼も一文字の刀なんだよな…
故に、縁のある上杉の子達との方が仲が良く、馴染みやすいようだ。
其れもあって、あつきからの頼まれ事を請け負ってわざわざ一文字組の部屋までやって来てくれたんだろう。
姫鶴さん、口では皮肉っぽい事ばっか言ってる系の子だけど、普通に良い子だ。
…なんて、しみじみ思いながら渡されたプリンの存在を受け取る為、横たえていた躰を起こす。
先程寝とけって言われたばっかで起き上がるの申し訳なかったけど。
プリンを食べる意欲を見せたら、姫鶴さんは控えめに「食べる…?」と訊いてきたので、迷いなく「食べる」と即答した。
だって、今思えば、お腹減ってるんだもん。
其処に差し出された美味しそうなプリン。
しかも、あつきの手作りと来た。
絶対美味しいに違いないし、間違いなく美味しい。
から、有難く頂く事にした。
手を合わせて“頂きます”の挨拶をして、いざ実食。
――の直前に、姫鶴さんより目の前の視界へ差し出されたプリンとは別の或る物に目が留まり、「あ、」という声が漏れた。
「物食べる前に、まずは水か何か飲んだ方が良くない…?ってな訳で、はいコレ、どうぞ」
「俺のマイ湯呑みちゃん…!無事だったのね!!」
「主のお気にヤツなんでしょ?薬研君が落ちる手前で受け止めてくれたんだってさ。良かったね、大事な物割れずに済んで」
「いやぁ〜、ずっと気になってたからさ、割れてないと分かってめちゃ嬉しい…!良かったぁ〜、無事で……っ。地味に気に入ってたヤツだったから、自分の不注意で割れてたらどうしようかと思って心配してたんだよね!マジで有難う〜っ!」
「俺は何もしてないけど、御礼なら薬研君本刃に言ってやりな」
「うん…!後で薬研に直接御礼言いに行くわ!!」
「まぁ、その前に躰休めて体調戻すのが先だけどね」
姫鶴さんの何気無い気遣いに素直な気持ちから感謝を告げれば、そう素っ気なく返された。
言われた言葉は事実なので、大人しく従って、無事に割れずに済んだマイ湯呑みことお気に入りのマグカップを大事に持ちながら水分を補給した。
それから、あつきのお手製プリンに舌鼓を打って、ふにゃりと顔を緩める。
嗚呼…素朴でシンプルな甘さが空腹に染み渡っていく。
プリンの美味さに半分溶けていると、そんな私の頭を横から撫でる手があった。
姫鶴さんの手だ。
「うんうん…弱った時は甘えるのが一番。普段、主は我慢してばっかなんだから、今日くらいは我が儘言ってみなぁー」
「おぅふ…っ、姫鶴さんや…俺はそんな子供やないし、良い歳した大人やから……あんまり子供扱いはせんとってやぁ〜…っ。そんな風に可愛がるんは、せめて謙信君とか五虎ちゃんとかにしたって…」
「俺達からしてみれば、主も十分子供で小さい子みたいなもんだけど…?ぶっちゃけ、けんけんとかよりもちっさくてかぁいい存在だよ?女の子だしさぁ」
「うん…まぁ、実際そうなんだけどさぁ…そうなんだけど、面と向かってそう言われちゃうと何とも言えない気分になるんだよにゃあ〜……っ」
「兎も角、主は主でかぁいいってこぉーと。分かった?」
「あい…」
「うん、素直で宜しい!」
なでなでと優しい手付きで撫でられる感覚が慣れなくて、とてつもなくむず痒く、其れでいて内心小っ恥ずかしかった。
照れ隠しに俯きがちになってプリンを食べていたら、その傍らでずっと甘やかしモードを発揮していた姫鶴さんが他の一文字の皆さんに向かって鼻笑を零した上でドヤ顔で口を開いた。
「全くさぁ…此れくらい出来なくてどうすんの?来たばっかの俺でさえこんな風に気遣えるのに、俺より先に来てた面子はどうなってんの?あ、日光君だけは別ね。日光君は俺より後に来た訳だし。俺よか本丸に来て日が浅いんだから、分かんなくて当然だもんね」
「…姫のご指摘は事実です。配慮が足りず、申し訳ございません」
「いや、今そういうの良いから。まぁ、ぶっちゃけ…来たばっかなりに日光君は主の事身を呈して庇った訳だから?出来た方なんじゃない…?なかなかやるじゃんね。其れでこそ、主の一臣下ってやつっしょ」
「え………“身を呈して庇った”って、どゆ事…?」
「あ゛ー…その件だけど、にゃ……主が倒れる直前、床にぶち当たる前に咄嗟に庇って受け止めたの、兄貴なんだわ…」
「どら猫…余計な事は言わんで良い。焼かれたいのか?」
「ヒィ…ッ!!」
「だから、そういうところだから。今そういうの要らない」
「…すみません、姫」
あの日光さんに向かって手刀で気軽にチョップかませるの、姫鶴さんぐらいしか居ないでしょ…。
ギリ御前も扇子でペシンッ、くらいはあるだろうけども。
恐れ多い以前に怖くて無理だわ、んな事…。
決して真似出来ない事ですわ。
――まぁ、其れは兎も角だ。
「色々と此処まで迷惑かけた挙げ句、一番御礼言っとかなきゃいけなかった人に対して、何も言ってなかったね。…俺が怪我しないようにって身を呈してまで庇って受け止めてくれて有難う、日光さん」
「…主の臣下たる者として当然の事をしたまでの事。礼を言われる筋合いは無い」
「でも、俺が倒れた後もこうして布団に運んでくれたり色々とお世話してくれたりしてくれたんでしょ…?本丸に来たばっかで分かんない事いっぱいだったろうに、自分が出来る範囲で尽くそうとしてくれて有難う。……あと、今更だけど、こんな主の元に来てくれて有難う。ずっと待ってた分、滅茶苦茶嬉しかったんだよ。だって、まさに三度目の正直って感じだったんだもん。三度目の鍛刀キャンペでやっとお迎え叶ったから…本当嬉しかった。ちょもさんの左腕が来る前に御前来ちゃうし、姫鶴さんまで揃っちゃったからさ…お互い凄ェプレッシャーだったよねぇ」
「まぁ、俺達の誰よりも一番喜んでたよなぁ…主。“日光の兄貴キタァーッッッ!!”ってよぉ」
「うむ、確かに。顕現する直前に妙なフラグを立てて、見事綺麗に回収までしおった流れには腹を抱えて笑ったがなぁ!うはははは!!いや、本当に傑作だったぞ、アレは…!」
「何だっけ…?えーっと、確かぁ…“初顕現シーン処理落ちで見れなかった時は、山鳥毛よりも恥ずかしがり屋さんって呼ぶから〜”…みたいな話だったっけ?」
「あぁ…そういえば、小鳥がそんな事を口走った折の直後だったか。我が翼が顕現したのは…」
「もう言うな、その話は…!自分が言いかけた事だけども!お陰様で、なまじ自分の言霊の力が強い事忘れてマジでフラグ回収しちゃったんだから…ッ!!」
「でも、処理落ちはしょうがなくない…?主は何も悪くない訳なんだし。強いて言えば、ウチの回線が弱いのが原因なだけっしょ。つまり、悪いのは回線の方。主はなぁーんも悪くないよ〜」
「しかし、そのせいで俺は日光さんの初顕現シーンを拝む事は叶わなかった訳ですが…ッ!?貴重な初顕現シーン…出来る事なら撮影会したかった………」
「途中まで良い話な雰囲気だったのになぁー……主って、変なとこでシリアルになるタイプだろ、にゃっと」
「うるせぇやい…っ!!せっかくウチの子のめでてぇ初顕現シーンだったんだぞ!?其れを逃したせいで、日光さんにとっては不名誉だろう“あのちょもさんよりも恥ずかしがり屋さん”な称号は付くわ、二振り目来ねぇ限り顕現シーンの撮影出来ねぇから次の鍛刀キャンペ意地でも成功させねェーといけねぇってプレッシャー大だしよォ!!一振りだけでも来てくれて有難いと思う反面、滅茶苦茶申し訳ねぇけど頑張ってくれと応援するしかない俺を許して…ッッッ!!」
「懺悔が凄まじいなァ…」
「まぁ、これ以上は言ってやるな…小鳥が可哀想だ」
「主が言い出した事だがな!」
「ま、過ぎた事気にしててもしょうがないから。主はプリン食べて、薬飲んだらお布団戻ってお寝んねしようねぇ〜」
「そういや、ふと気になったんだけど…今何時なの?」
「大体
「ま??そりゃ妙にお腹減ってると思いましたわ…知らん内に昼過ぎてた上に寝過ごして昼食べ損なってんじゃんよ。道理で目が覚めてから腹空いてると思ったわ…」
小一時間くらいしか落ちてねぇとか思ったの前言撤回、予想の三時間くらいは多く寝ておりましたよ。
阿呆か、私は。
計算違いも良いとこじゃん。
幾ら計算事が苦手な文系と言えど、此処まで酷けりゃただのポンコツやん。
つーか、仕事だよ、仕事。
今日の仕事、全然片付いてないよ。
その事に気付いて勢い良く残りのプリンを平らげると、用意されていた薬を飲んで布団から出る。
其処から立ち上がって部屋を出ようとする素振りを見せた瞬間、日光さんから腕を掴まれ眼鏡越しに威圧的な咎めの視線をもらった。
「何処へ行く気だ…?」
「えぇっと…ちょいとお花摘みにぃ…」
「其れならば、明らかにそんな露骨に視線を逸らさずとも、真っ直ぐに此方と目を合わせたとて言える話では?」
「いや、俺、言うてこんなでも女の身だからね…っ。仮にマジで便所行きてぇって話でも、お前等男士に向かって大っぴらに言える訳ねぇんすわ…!」
「ほう…つまりは、今のは俺を騙す為の言い訳且つ方便だったと?そういう訳か」
「あ、やべ……ッ」
うっかりと口が滑って事実を述べてしまい、日光さんの眼鏡の煌めきが増す。
「本当の理由は何だ、言ってみろ」
「…仕事溜まるの嫌なんで、片付けてきても良いっすか…?」
「この期に及んで仕事を優先しようとは……。主よ、貴女は何故倒れたのかお忘れか?よもや忘れたとは言わせんぞ」
「えっと…軽い脱水症状と貧血…あと頭痛によるせい、っすね……ハイ」
「そもそもがそうなるに至ったのは、度重なる寝不足と不摂生な生活習慣が原因だと聞き及んでいるぞ。よって、今、主に必要なのは良質な睡眠と何よりも休息である…!つまり、仕事よりも寝る事の方が先決だ!!」
「いや、でも、ほら、意識落ちてた過程でもう十分な程に休まってるし、薬も飲んだから症状も落ち着いてきてるから大丈夫大丈夫…!それよか仕事よ、仕事!お役所勤めとそう変わらん審神者業は、一日でも仕事サボると後々地味に辛くて大変なのよ〜?だから、今すぐお仕事に戻らせて…っ!」
「却下だ」
「いや、本当にガチな話だから…!!頼むから仕事片付けさせて、お願い!!」
「倒れて尚無理をするつもりならば、力づくでも布団に縛り付けさせてもらう!」
「やだ!!ちょっとだけお仕事させろください!!」
「大人しく布団に戻って寝ろ!!」
「仕事ォ!!」
「チッ…この
「ハイハイ、仕方ないなぁ…。こぉーら、病人は病人らしく大人しくしてようねぇ〜…っ」
「翼の言う通りだぞ、小鳥。今は休む事だけを考えなさい」
「なっ…!二人をけしかけるだなんて狡いぞ!!」
「ほぉーら、早くお布団に戻ってお寝んねの続き。何なら、読み聞かせも要る?」
「くっ…力強いな二人共!あと、姫鶴さん…っ、敢えて突っ込まさせてもらうけど、寝るならせめて自室の自分の布団で寝させて…!!これ以上、他人様のお布団で寝るとか堪えらんねぇから…っ!!」
「ならば、俺が責任を持って主の部屋まで運んでいこう。さすれば、何も文句はあるまい?ついでに、寝付くまで側に付いていてやろう。この俺が付いているからには、悪夢など見させはせん。安心して眠るが良い」
「何やて工藤…??」
「誰だ、其れは。俺は主に望まれ此処に見参した、日光一文字だぞ」
「ヲタクジョークにガチレス返すなや…っ。つか、あの、マジで本当に運んでく気なの?えっ?」
「当然だ。でなければ、逃げ兼ねんからな」
「や…っ、逃げないから…この期に及んでまで逃げないから…っ、頼むから降ろしてくだせぇ……!」
「断る。主は大人しくこのまま抱えられていろ」
「なら、せめて抱え方変えて!?おんぶとかその辺りに!もしくはいっそ俵担ぎでも構いませんので…!!」
「病人の人間をそんな粗雑に扱えるか。この抱え方が一番抱えやすく、躰に障りが出にくいのだ。分かったならば、もう黙って口を閉じて静かにしていろ」
「あいやぁー…………っ、こんな事なるなら鶴さんの落とし穴に埋まって死んどくんだったァ……ッ」
「縁起でもない事を抜かすな」
日光さんと地味な茶番を繰り返した後、短い対決はあっという間に片が付いて今に至る。
経緯は滅茶苦茶な上、何故か頑なな姫抱きで自室の寝室まで運ばれる羽目となるのであった。
しかも、その後、マジでしっかり私が寝付くまで側から離れる事をしなかったのだった。
――というか、ぶっちゃけ次に目を覚ます時までずっと付いていたのだった。
「……んぅ…、…部屋真っ暗…って事は、もう夜です………?」
「その通りだ。目覚めはどうだ…?少しは具合の程も好くなったか?」
「…え?もしかして…今までずっと私の側付いてたんです…?」
「主に向かって直接公言していた事だ、当然の事だろう。主の寝ている隙の警備ならば、無事何事も無く済んだぞ。怪しい輩が手を出してくる事も一切として無かった。安心しろ」
「はぁ……、其れは何よりやけんどもやァ…。真面目一辺倒なんも考えもんやで、日光さん……っ」
「主に望まれたが故に喚ばれた以上、微力を尽くすのが臣下たる者の務めだ。よって、主の口出しは無用。これからも、我が本丸の戦力として存分にこの力を振るう所存。主の願いに添う為、出来る限り早くこの本丸へ馴染む事に努めよう。俺は一文字の左腕だが、今や主の刀、主命とあらば御随意に」
執筆日:2021.09.09