燭台切に、今晩の献立の件で何か希望は無いかを主に訊いてきて欲しいと頼まれ、主の部屋へと向かった。
…が、部屋はもぬけの殻で、肝心な当人は席を外していて不在だった。
此処で下手に探し回って行き違いになっても面倒だろう。
そう俺は判断して、主が部屋へ戻ってくるまでの間、暫し待たせてもらう事にした。
待たせてもらうついでに、暇だからと彼女の仕事部屋内をざっと見渡してみたが、基本的に彼女はある程度部屋を整えておくタイプの人間らしく、片付ける必要性は特に見当たらなかった。
だが、作業中で誰かに呼びかけられたのだろう、点けっ放しになっているパソコン画面が気になって、興味本意で覗き込んでみる事にした。
というのも…彼女は時折、休憩時間などに良からぬものを検索・閲覧している事があるからだ。
別に、他人の趣味に口出しする気は毛頭無いが、彼女の場合は偶に監査に入って検閲する必要がある。
ので、本人の居ないところで勝手に端末を弄るのを責めないで欲しい。
此れは立派な正当行為なのだよ。
主が審神者たる者としてきちんと務めを果たし、本丸という閉鎖空間で何の心配も無く暮らしていけているのか、というね…!
過去には、監査として入った本丸の審神者の端末から歴史改変に関する情報が出てきたり、はたまた、検索履歴などを調べた事でその本丸の審神者が自殺しようとしていた事が判明したりという出来事があったのだ。
そういう意味では、此れも主を守る為の立派なお仕事と言えるのだよ。
些か気まずい気持ちを押し隠しつつも、そうやって今自分がやろうとしている疚しい事を正当化しようと考えた。
大丈夫、主が戻ってくる一秒前には止めるさ。
だから、ちょっとだけの間なら大丈夫、大丈夫…っ。
そう言い聞かせて、俺はスリープ状態になりかけていた端末を操作して、画面を表示した。
―さて、彼女は部屋を出る直前まで何を見ていたのかな?
パッと明るくなった画面には何が映っているのか、確認する為に真正面から端末の液晶画面を覗き込んだ。
そして映ったものに、俺は絶句して固まった。
其れは、某動画サイトに投稿された動画で、とあるものをイメージした動画だった。
タイトルに“BGM”と書かれてあった事から、たぶん、作業用音楽として聴いていたものなんだろう。
だがしかし、何故よりによってこのジャンルなのか…!
ご丁寧にも、その動画には音楽の雰囲気に合わせたサムネだろう絵が表示されていた。
いや、でも、見掛け倒しな事もあるだろう。
そう思って、俺は繋げられたままのヘッドフォンを手に取って、音を再生してみた。
動画は再生途中で一時停止されていたらしく、すぐに続きを聴く事が出来た。
音を聴いてみた結果、俺は再び絶句してその場に凍り付くが如く固まってしまった。
お陰で、部屋の主が戻ってきた事にも気付けなかったという失態を犯してしまった。
「あれ…?ちょぎ君じゃないか。何してるの?」
「ッ!?――…や、やぁ、主…遅かったね?」
「うん?もしかして、俺の事で誰かに何か頼まれでもして来てたのかい?」
「そ、そうなんだよ…っ!燭台切に、今晩の献立の件で君に希望を訊いてきてくれと頼まれてね…!其れで、君を訪ねに来たんだけど、部屋に来てみたら誰も居なくてね…っ。入れ違いになっても困るしと思って待っていたんだ…!」
「ありゃ、そうだったの。今晩の献立で俺の希望ねぇ…?基本、厨組達の作る御飯は何でも美味しいし、俺の嫌いな物以外ならぶっちゃけ何でも良いんだよね〜。でも、其れだと答えになんないと思うから…強いて言うなら、最近夏バテしてて食欲無いから、食欲無くても食べれそうな…こう、如何にも食欲刺激されそうなメニューが良いかな?例えば、生姜焼きとか、塩茹でしただけのお肉とお野菜に好きなだけポン酢とか塩だれとかお好みのタレぶっ掛けて食べる系のヤツとか!アレ、意外と食が進むのよねぇ〜っ!作るのもパパッと出来ちゃって楽だし!取り敢えず、俺からの意見はそんなとこだよ」
「そうか…っ、では、今聞いた事をそのままそっくり燭台切に伝えてくるよ…っ。じゃ、じゃあ、俺は此れで…!わざわざ時間を取ってくれてありがとねっ!!じゃ…っ!!」
「え、あ、おぅ…また後で〜……?」
用が済み次第、俺は速やかにその場を去った。
動揺のあまり、少々…いや、かなり不自然な態度を取ってしまったのは否めないが、この際致し方ない。
後日、改めて今日の事を問われでもしたら適当に誤魔化しておくとしよう。
俺は、最早走っていると言っても可笑しくはない速さの急ぎ足で燭台切の元へ向かった。
主の部屋で見てしまったものについてはなるべく考えないようにしようと、直ぐ様思考をシフトチェンジして切り替える。
そうして、何とかその日一日を乗り切る事に成功した。
…だが、夜、寝る直前の時間となった頃になって、俺は例の件が過って眠れないどころか、一人で床に就く事に物凄い不安を感じるようになってしまっていたのだった。
俺とした事が、なんて
アレだけの事で此処まで動揺するだなんて、本歌として何たる無様な姿だ。
其れも此れも、俺が軽い気持ちで不用意に主のパソコンを覗き見てしまったせいにある。
迂闊だった…。
まさかこんな事態になろうとは、思いもしなかったよ。
一先ず、気休めに軽く床に横になってみるも、一向に来ぬ眠気に仕方なしと起き上がって一度思考をリセットしてみる事にした。
眠れぬなら無理に眠ろうとはせず、一旦厨にでも行って水でも飲んでこようと部屋を出ようとしたらば、同室で隣の布団で寝かけていた猫殺し君に声をかけられた。
「ぁあ…?お前、こんな時間に何処に行くんだにゃ…?」
「…寝付けないから、ちょっと水でも飲みに厨まで行ってくるだけだよ」
「…ふーん……そういう事なら、俺も付いていってやるかなぁ〜」
「な、何で猫殺し君まで付いてくる必要があるのかな…っ?俺は、別に、真夜中な時間帯であろうと一人でだって行けるのだけどねぇ…っ??」
「…お前、何でそんなに挙動不審なんだにゃ?ビビってんのか?」
「びっ、ビビってなんかないさ…!ただ、あまりにも眠気が来ないから、躰に支障でもきたしているのではないかと不安視しているだけだよ…っ!!」
「そうかよ…。まぁ、お前が厨に行くのに俺も付いていく気は変えねぇからな。俺も何か喉渇いてたし、ついでに小腹も減ってっからツマミになる物取ってくるだけだよ」
「そ、そうか…っ。ま、まぁ、そういう事なら同行を許可してやっても構わないよ…っ?という訳で二人仲良く一緒に厨まで行こうかぁ〜…!」
半ば強引に猫殺し君を盾にして厨までの道程を進んでいく事にした。
この時ばかりは、猫殺し君が居てくれて良かったと思った。
厨に着いて、水を一服し、一心地付く。
深夜なる時間帯に、明るい部屋で誰かと共に居るという事がこんなにも心強いとは、監査官時代の政府勤めの時は思いもしなかったな…。
いやはや、人の身を得てまだ数年としか経っていない故か、まだまだ知らない事が多くて学ぶ事が多いな!
差し詰め、俺もまだまだ未熟という事なんだろう。
練度は既に上限のカンストレベルに到達して暫く経つが、もっともっと精進していかなくてはな!
其れこそ、偽物君に負けぬようにね…!
はははははは…っ!
「お前…今日の夕方ら辺から何か可笑しくねぇか?変に無理してるっつーかよ…何かあったのか?」
「べ、べべべ別に!?な、ななな、何にも無いけれども…っ、其れがどうかしたのかな?猫殺し君??」
「…どもり過ぎだろ…。明らかに何かありましたって体じゃねーか、にゃ」
「う、うるさいなぁ…っ!こっちだって別に、怖がりたくて怖がってる訳じゃなくてだねぇ…っ!!」
「あ?お前、怖がってたのか?何で…?」
「きっ、君には関係の無い事だから放っておいてくれないかな…!」
「ふ〜ん…なら、俺はもう用は済んだし、先に部屋にでも戻るとすっかなぁ〜」
「ちょちょちょちょっと待った、猫殺し君…!分かった、悪かった、俺が悪かったから…っ、頼むから今は一人にしないでくれ!頼む!!」
必死になって彼の首根っこ…ならぬ、上着のフードをむんずと掴んで引き留めると、面倒くさそうにしながらも一応言う事は聞いてくれるのか、踏み留まってくれた。
有難う、有難う…っ。
今だけは君の事がとても頼りになる存在に思えるよ。
普段は小生意気な野良猫のようにしか思っていないが、その認識を今ばかりは改めよう。
眠れないからと言って、いつまでも厨に留まっている訳にもいかない為、俺達は部屋に戻る事にした。
だがしかし、今部屋に戻って床に入って眠り直そうとしても絶対に寝付ける自信が無い。
かと言って、眠たげにしている猫殺し君を付き合わせ続けるのも申し訳ないし、気が引ける。
此処は、奥の手として、まだこの時間でも起きていて酒盛りでもしている連中の部屋へ行くとするか…?
そうすれば、明るい部屋で確実に俺以外の誰かと二人以上になれる。
おまけに、宴会状態なら、騒がしく賑やかな空気だろうから、嫌に静かな空気である自室よりかは気も紛れて今より少しはマシで居られるだろう。
だが、今日酒盛りをする予定はあったかな…?
いつも大体遅くまで飲んで騒いでいる連中が昼間交わしていた会話を思い出す。
あ…駄目だ、聞いた限りではそんな話をしている様子は無かったな…。
嗚呼…早くも詰んでしまったよ。
絶望的感情に打ちひしがれて一人項垂れていると、猫殺し君が見兼ねたように溜め息を
「そんなに夜暗ぇのが怖ぇってんなら、まだ起きてそうな奴の部屋にでも行ってみりゃ良いんじゃねーの…?」
「俺も今しがたその案を考えていたのだけどね…奇しくも、今日は酒飲み連中が酒盛りをするとの話は挙がっていなかった為に、その案は叶わないんだよ!クソッ、何でこんな時に限って……!!クソッ、クソクソクソクソクソッ…!」
「なら、主の部屋はどうだ…?にゃ」
「は…?主が何だって?」
「だから、主の部屋なら明かり点いてっから、まだ起きてんじゃねーの?…って。ほら、離れの部屋、まだ電気点いたまんまじゃん。酒飲み連中が駄目なら、主んとこ頼れば済む話なんでねぇの…?」
猫殺し君の指摘する通り、主の部屋の在る離れの方はまだ明々とした明かりが点けられたままになっているのが窺えた。
全くの盲点で、目から鱗な程に驚いた。
同時に、教えてくれて有難うと猫殺し君の両手を握って思い切りぶんぶんと振り回してやった。
“いきなり何すんだお前っ!!”と怒られたが、今は気にしない事にする。
何故かと言ったら、今俺は至極機嫌が良いからだ。
ともかく貴重な情報を有難う。
しかし、主の部屋まで一人きりで行くのはやはり怖いから付いてきてくれないかと、プライドやら何やらをかなぐり捨てて頼み込んだ。
ドン引きしつつも、頷いてくれたので、俺は速攻で部屋まで枕を取りに行って速攻で主の部屋まで付いてきてもらった。
あとは、今夜一晩は主の部屋で過ごさせてもらうからと猫殺し君とは別れを告げて別れた。
そうして、こんな遅い時間にも関わらずまだ部屋の明かりの点いている主の部屋を訪ねた。
「主、夜分遅くに訪ねてすまないが…ちょっと良いかな?」
「え……っ、その声…ちょぎ君?どうしたの、こんな時間に…」
「その、ちょっと色々と理由があって真っ暗な部屋で一人じゃ眠れないから、今夜一晩だけで構わない、…君の部屋に泊めてもらえるかな?勿論、如何わしい事は一切する気は無いから安心して欲しい…!」
「はぁ…?まぁ、よく分かんないけど…眠れないから誰かが起きてる明るい部屋に居させてくれって事なら、どうぞ?書き物してて、其れ用の資料とか広げ探してたりするから、ちょっと散らかってるけど」
「構わないよ。寧ろ、こんな時間にお邪魔しちゃって悪いね」
「良いよ良いよ。どうせ俺も眠れなくて起きてた質だから…っ。つって、俺の場合は創作の良いネタ思い付いたから、忘れない内にって書き殴ってただけだけどさ!」
そう言って部屋の中へと招き入れてくれた主は、奥の寝室の部屋までも開け放って俺の居やすい環境を作ってくれた。
主はまだ寝る気は無かったが、一応眠くなり次第寝るつもりだったらしく、布団だけは敷かれた状態で整っていた。
「俺はまだ暫く作業終わらないから起きてるけど、ちょぎ君は眠くなったら俺の布団使って寝てても良いからね。寝たくないならそのまま起きてるでも良し、好きにしな」
「有難う。…そういえば、君の趣味は物語を創作する事だったっけね。いつもこんな遅くまで起きて創作に勤しんでいるのかい?」
「いんにゃ?今日は偶々起きてただけさね。あんま夜更かししてっと、健康に悪いからって歌仙やらみっちゃんやらに怒られちゃうんだよねぇ…っ。だから、今回は俺が実は遅くまで起きて創作してた事、内緒なのです…!」
「はははっ、成程。という事は…俺を招き入れてくれたのは、今回の件を秘密にする為の共犯者を作り上げる為だった、という事だね?なかなかに強かだね、君は。まさか、この俺を共犯者に仕立て上げるとは…天晴れ、と言ったところだろう」
「ちょぎ君的には、不可な作戦になっちゃうかな…?」
「いや、可だよ。偶々だけれど、俺にとっても今回は都合が良かったからね。利害の一致というやつさ」
「其れなら安心だ…!いやぁ〜、場合によっては無理矢理付き合ってもらう事になってたかもしんないから、利害が一致してるってなら安心したよ」
俺の返答に安堵したらしい主が笑って、端末前の位置に腰を据え直す。
その辺りを中心に資料らしき物が広がっていたから、書き物をしながら確認出来るようにすぐ手に取れる範囲の位置に配置していたのだろう。
どんな物語を創作しているのかは聞いた事が無い為分からないが、余程熱心に取り組んでいるようだ。
何か一つでも夢中になれるという趣味がある事は良い事だ。
審神者の趣味がその本丸に所属する刀剣男士達に影響するというのはよく見られる傾向だが、この本丸でもその傾向からか多趣味な刀剣男士達が多いように思える。
皆、主に似て各々が好きな事に夢中になれる趣味を持っているようだ。
だから、小さな事にでも感動し喜びを見出だせる程に感性豊かに育っている。
刀剣男士達の性格には、元々の個体そのものの性格がベースとなるが、基本的には彼等を指揮する審神者の性質が色濃く影響するので、各本丸ごとに個性が生まれるのである。
全く以て面白いものだよ、こうして考えてみると。
政府勤務の時はあっさりざっくりとしたテンプレ的な思考でしか物事を考えた事しか無かったが、今や違う。
俺も、この本丸に来て本丸の感性豊かで賑やかな皆に囲まれて過ごす内に、本丸という独特の環境の色に染まり、こんなにも感情というものが芽生えてしまったよ。
本丸という場所は
…なんて、ふとしみじみ考えてしまったりするようになった事も、今の主のお陰かな?
不思議なものだよ、この感性というやつは。
己の創作に夢中になって勤しむ主の様子を眺めながら、そんな事を思った。
そうして、ただ起きているだけなのもつまらないと思い、暇潰しに何か一つ本でも読もうかなと考えた。
せっかくの機会だ、主が書いたという物語を読ませてもらう事にしようかな。
「ねぇ、今、少し良いかな…?」
「うん?なぁに、ちょぎ君…?」
「ただ起きているだけなのは手持ち無沙汰で退屈になりそうだから、主が書いた物語で俺が読んでも良い作品はあるかい…?良ければ、だけれど」
「おっ、俺の書いた作品に興味がおありで…?良いよ良いよ〜!丁度、ついさっき書き上がったばかりの新作があってねぇ、其れが我ながらなかなかの力作に仕上がったんだ!良かったら、その新作の話を是非とも読んでみてくださいな…っ!」
「有難う。じゃあ、君のお薦めの新作の物語とやらを読んでみる事にするよ。読み終わったら感想を教えるね」
「うん!楽しみにしてる…っ!!いや〜、読者が居てこそ初めて自信が付くから有難いなぁ〜!」
「はははっ…そうあまり期待しないでくれよ?俺だって凡人程度の感想ぐらいしか浮かばないだろうからね。まぁ、それなりの期待を込めて読ませてもらうとするよ」
「あ、ちなみに、その作品は短編集的に短いお話なんで、比較的初心者にも読みやすいレベルかと思われます…!前置きは以上!あとはお楽しみに!Good luck…!!」
余程自信があるのだろう、力作と称して渡してきた冊子状に綴じられた自作の小説を受け取り、いざ拝見と表紙頁を捲って読み始めてみた。
読み始めてすぐに気付いたが…幾度と創作を重ねてきた故か、素人が書いた作品にしてはなかなかな出来栄えだと思った。
素人目から見てみてもそう思えるのだから、主には小説家の才能があるのかもしれない。
趣味がいつしか才能と開花し、
もしかしたら、ウチの主もそういうタイプなのかもしれない。
であれば、こんなただのコピー用紙を束ねただけの冊子ではなく、きちんと製本した上で世に出せるくらいにしたらもっと良いのではないだろうか…。
そう、例えば、まずは同人誌とか言う形で製本し、出してみるとか。
全部を読み終えた後に進言してみようか。
取り敢えず、今は話の先を読み進める事が最優先事項だ。
俺は、気付けば時間も忘れてじっくり読み込んでいた。
そして、読み進めていく内に俺は気付いてしまった。
もしや、この作品、ホラージャンルに入る類いの内容なのではないかと…。
主は初め、作品の傾向についてなどは述べなかった。
だから、予め確認を取らなかった俺が悪い。
しかし、まさかこのタイミングでホラーな内容の読み物を読む羽目になろうとは夢にも思わなかった。
だが、まだそう警戒する必要も無いだろう。
所詮はド素人のアマチュアレベルが書いた内容だ、それ程怖がる事もあるまい。
その時点での俺は、そう高を括って完全に舐め腐っていたのである。
少しした後、数分前の自分を殴り飛ばしてやりたいくらいに後悔した。
結論から言おう。
昼間見てしまった例の物が完全フラッシュバックするレベルでガチの怖いタイプのホラーだった。
俺は戦慄しながら全身鳥肌を立たせながらも半ばヤケクソになって最後まで一気に読み上げた。
そして、俺は主に告げた。
「主…コレがホラーならホラーだと始めに言っておいて欲しかったなぁ…ッッッ!?」
「ありゃ、もしかしてちょぎ君ホラー駄目な
「良いよ…俺も最初に確認を怠ったからね…読む前に作品の傾向とかを訊いておくべきだったと後悔しているよ……っ」
「後悔する程に不味い代物を読ませてすまん……ッ」
「でも、読み物としては純粋に良い内容だと思ったよ。起承転結はしっかりしていたし、至るところに散りばめられていた伏線が実はこんな形で回収されていくのかと感心したし、何より怖かったけれども面白さも同居していて読み進めていくのが楽しかった面もある。こんな薄っぺらい作りじゃなくて、もっとしっかりした作りの…いっそきちんとした形で製本してみたりなんてしたらどうかな?今度、此方の界隈でも同人誌即売会とやらがあるみたいだし、其れに参加して同人誌として発行してみたら良いんじゃないかな。ド素人目から見ても期待の新人作家風に捉えられるから、今後に乞うご期待…みたいな感じ?俺からの感想は以上だよ。……嗚呼、一応誤解の無いように言っておくけども、最初から最後までちゃんと通して読み上げた上での感想だからね」
「怖いと思いつつも最後まで読んでくれたんかよ…優しいじゃん。苦手なジャンルだったろうに最後まで読んでくれた上に物凄くご丁寧且つ詳細な感想を述べてくれて有難う…!ちょぎ君ってやっぱり遣る事成す事格好良いなぁ〜」
「昼間の恐怖がフラッシュバックするくらいには恐怖させてもらったよ……」
「…うん?昼間…って何かあったっけ?」
「今日――正確に言えば、もう日付も変わって昨日の事になるが…昼間、俺が君の不在時に部屋を訪ねた時があったろう…?あの時、偶々興味本意で君のパソコン端末の監査をしようとスリープ状態になりかけていた画面を解除して、開いていた某動画サイトの画面を見てしまったんだ……。その時、開かれていたのはホラー系のサムネをした動画で、タイトルには“BGM”の文字が踊っていたよ。俺は監査も兼ねて画面を確認するだけでなく、一時停止になっていた音源にも耳を通してしまったんだ…。そして、今に至るという訳だよ、笑いたきゃ笑えば良い…寧ろ、笑ってくれ、頼むから……ッ!」
「うわー、まさかの精神落とすくらいのダメージ食らわせちゃいましたかぁー……っ。本気で大丈夫…?というか、ちょぎ君が聴いたって言った音源、もしかしてコレの事かいな?」
そう言葉を漏らして、主は俺に例の動画を画像と共に音を鳴らして聴かして見せてきた。
途端、俺は声にならぬ悲鳴を上げて、無様にもその場に倒れ込み、失神してしまうのだった。
―翌朝、俺は主の寝室の布団の上から目を覚まして、絶句した。
何故かと言うと、主が例のホラージャンルの音楽を聴きながらパソコンの画面前で寝落ちていたからである。
俺は画面の方には視線を向けず、静かに動画を止めて、書きかけと見られる小説のデータへは保存を掛けて、端末を落とし、すっかり寝落ちてしまっている彼女を抱き抱えて布団へと運んで寝かせ直した。
そうして、散らかったままの部屋を少しばかり片しておき、一晩部屋に一泊した恩は果たしたと主の部屋を去った。
目覚めてから此処までずっと無心であった。
俺は、顕現して初めて、己に苦手な物があると知り、また其れがホラーな類いの物だったのだという事を知った。
本歌たる者、此れくらいでぶっ倒れるとは無様にも程がある。
何より、ホラーとは言えど主が書いた物であったのにもっとちゃんとした感想とまともな意見を述べれなかったのが悔しい。
一先ず、目下手短な目標はホラー作品にある程度の耐性を付ける事である。
其れには主に付き合ってもらうのが一番の近道だろう。
何たって、俺がホラーが駄目だと発覚した元を作ったのは主なのだから。
責任を取ってもらう体で頼み込もう。
そうだ、そうしよう。
じゃないと、山姥切の本歌として格好が付かなさ過ぎるからね…ッ!
其れからというもの、時折、俺は主と共にホラゲー実況動画を鑑賞したりという訓練を行うようになったのだった。
「そういえば、純粋な疑問なんだけれどね…あの時、俺が見てしまった動画は一体何の為に開いていたものだったんだ?」
「え…?アレは、ちょぎ君に最初に読ませた作品のラストの場面のイメージを固める為の材料がてら、作業BGMにしてたんだよ」
「あんな恐ろしい物をよく作業BGMなんかで聴き流せたな!?君のメンタルって一体どうなってるんだ!?」
「どうもこうも…俺のメンタルはゴミと言える程に弱く、豆腐と称す程に脆いですが…?しかし、創作とリアルとでは別物なのだよ」
「改めて思うが、君の頭の中どういう構造になってるんだ!?一度パカッと開けて見てみたいものだねぇっっっ!!」
「え〜……じゃあ、たぬさんに頼んでリアル兜割りでもしてもらってみる…?そしたら、中身どうなってるか分かるかもしんないよ?たぶん、無事では済まないだろうし、見た目グログロのR-18Gレベルの規制掛かりそうだし、其れこそリアルガチなホラー案件になりそうだけど」
「じゃあ、やめよう!!!!」
「潔いまでの即決…ちょぎ君、本当にホラー系駄目やったんやね…。無理してそんな克服しようとしなくったっても良いのよ?ホラー駄目なとこだってアイデンティティーに成り得るんだから…」
「いや、純粋に偽物君や猫殺し君なんかには負けたくないから頑張る。俺は本歌だ、やれば出来る子なんだよ」
「よし、長船の保護者連れてくるから一旦回収されて休みなさい。貴方疲れ過ぎてるのよ…」
「嫌だ…今寝たら確実にさっき見たゾンビの女が夢に出てくる…ッ、其れだけは嫌だ…!眠りたくない!!」
「ちょぎ君いつから寝てないの?隈凄いよ、ねぇ気付いてる?顔色の悪さも相俟って君自身がホラー極まっちゃってるよ?良いのか??」
「俺は今絶対に眠りたくないんだ!!だって寝たら確実に悪夢に魘されるからね!!子供みたいな事をと嗤ってくれても構わないさ…っ!!嗤われたって俺は寝ないけどねぇっっっ!!」
「よし、落とそう。安心おし、夢見る間も無く眠りに就かせてやるから」
「何をされても俺は絶対に寝n、ッガ………!?」
最終的、何を喚き散らしていたか自分でも分からないが、あまりの不眠気味と恐怖心からパニックを起こしていたようで、主の手刀という強行手段――強制就寝という術で以て眠らされたらしい。
お陰で俺は夢も見る事無くスッキリと目覚める事が出来たが、暫くホラー作品に触れる事を禁じられたのであった。
しかし、隙を見ては低レベルの物を試して自ら耐性値を底上げしているのであった。
本歌は強いんだ…ホラーなんて存在に負けるものかァ………ッ!
執筆日:2021.09.29