▼▲
厳寒の冬に綻ぶ春の芽



 冬の季節が来た、という光景が見られた。この本丸の審神者の姿である。
「おっ、来たね。今年もこの季節が…!」
「うん?」
「其れ、あったかそうね。可愛い」
「んー。まぁ、寒いから着けてるだけなんだけど、有難う」
 そう言った彼女の首元には、如何にも温かそうなモコモコとした襟巻きが巻かれていた。ネックウォーマーである。
数年前に買った福袋に入っていた一品で、お気に入りのアイテムだ。冬の季節には欠かせない防寒グッズなのである。
外側の色はくすんだ灰色で、内側は裏起毛の布地で黒色の、あったか素材物だった。
 其れを、の審神者は本丸内に関わらず身に付けていた。冬になるとよく見られる姿であった。特に、身に沁みるような寒さ厳しい今冬は、室内であろうとなかろうと関わらず常に首に巻いている。
 長年連れ添ってきた初期刀の清光は、その姿を見つめて、一つ感慨深そうに呟いた。
「う〜ん…なぁーんか其れ着けてると、どっかの誰かさんを彷彿とさせるよねー」
「んぇ?どっかの誰かさんって…?」
「あー、自覚無しかぁ〜…っ。まぁ、主はそうよねぇ〜」
「何なん、その微妙な反応…」
 彼が言った“どっかの誰かさん”とは、一体誰の事なのか。
其れが指し示す答えは、同じくこの本丸で暮らし、顕現してから長く共に過ごす刀の一振りの事であった。本丸内を進み行けば、自然と行き会う者だ。
何せ、その“誰かさん”は、気付けばいつも彼女の側に居るからである。
 話に上がった本刃ほんにんが、偶然か必然か、通りすがりに側を通り掛かった。
「あ、噂をすればじゃん」
「は?俺に何か用でもあったのか?」
「いんにゃ、別にッスけど」
「あっそう」
 用も無いのにいきなり話を振るみたいに話しかけてくるな。
…そんな風に返されるとばかりな空気を纏っていた男であったが、しかし、予想に反して、意外にも意外という感じな柔和な声音で話しかけてきたのだった。
 この時、男に話を振られたのは、審神者の方であった。
「おぅ、今日も其れ、着けてんのな」
「此れ着けてるとあったかいんよ〜」
「まぁ、今日もかなりさみィからな。風邪引かねぇようにぬくくしてろよ。アンタ、すぐくしゃみするからさァ」
「寒暖差アレルギーで反応しての事だからしょうがないじゃん!」
「おぅ。だからぬきィ格好してあったけぇ部屋に居ろよって話だろ?アンタ、体丈夫じゃねェーんだから」
「分かってっから常に首覆ってんじゃん。人間寒くて体冷える時は、“首”が付く部位を温めろってね!故のヒートテック素材の長袖インナーの上に同じ素材のハイネック+チュニック丈のセーター、加えて毛糸のあったかカーディガンに裏起毛の長ズボンですよ…!そこに更なる追加装備としてネックウォーマーを装備してる訳ですな!!」
「改めて聞くと、かなりの重装備だな…」
「真冬はこんくらい着てなきゃ寒くて居られんよ」
 道理で丸みを帯びたフォルムになる訳である。
着込みに着込めば、そりゃ着膨れして真ん丸くなるのは必然で。
 其れが寒ければ何処ぞの子猫の如く丸くなって寝るので、やはり猫だと言われてしまう始末である。
まぁ、暖房の効いた室内の炬燵にでも籠れば、忽ち着込んでいた毛皮なる物は脱け殻のように脱がれて置かれ、丸まっていた体はびよ〜んと伸びる訳だが。
 お気に入りの襟巻きを巻く姿は、某刀の戦場いくさばへ出陣していく時の装束に似ていた。
初期刀が言っていたのは、この事であった。
 意識しての事なのか、はたまた、無意識での事なのか。
何方にせよ、端から見て微笑ましい光景であった。
 話す事が無くなった二人は、会話を終了したのか、そのまま連れ添うみたく自然とした流れで二人並んで同じ方向へと向かっていく。
 そんな似た者同士な二人の後ろ姿を眺めて、清光は一人ぽつりと感想を零した。
「…どっからどう見てもお似合いっつーか、お熱い仲なのに…コレでまだ正式にくっ付いてないって言い張るんだから、世話無いよねぇ〜」
 せっかくの空気を邪魔しては忍びなかろう。空気を読んだ彼は、“邪魔者はそっと陰から見守るに徹しますよ”と控えめに言って、壁になる事を宣言してその場を去っていった。
 仲睦まじい彼女等は、実に生温かく本丸の皆に見守られていたのであった。


 清光と別れた後の事である。
気付けば、の男の首にも審神者の首に巻かれた物とそっくりな代物が巻かれていた。
 男が巻く物は、長い長い襟巻きその物であったが、似た物を巻き付けている彼女と合わせて揃いのような光景であった。男は其れを嬉しげに巻いて笑う。
「流石の俺も寒過ぎて自分の襟巻き巻いてきたわ」
「あはっ、良いじゃん。たぬさんの長くてぬくそうだし!」
「逆に長過ぎて二重に巻いても余りまくってるけどなァ」
「余った分ぞろびいてるから、誰かに踏ん付けられそうやね(笑)」
「なら、その余った分の一部、アンタの首に巻いてやろうか?」
「あははっ、そりゃ良いねぇ!布が増えた分、更にあったかくなりそう!」
「おう、寒がりのアンタの為にぐるぐる巻きにしてやんよ」
「頭までぐるぐる巻きにされたら視界見えねぇじゃん…っ!」
「顔も寒ィから丁度良いだろ?」
「ザッツゥ…!!」
 言葉では色々返されるも、口調は何方も柔らかく、単なる戯れのような遣り取りであるのが見て取れた。
空気も何処か甘やかで、恋仲の者達特有の空気を放っていた。
 そんな空気を放つ片方が口を開く。
「えへへっ…何かこうしてっとお揃いみたいやねぇ!」
「別に…元々俺の巻く前から似たような状態だったけどな」
「おや、そうだったん?そりゃ嬉しいね!だって、たぬさんとお揃いやったって事やろ?…っんふふ!」
 ぐるぐる巻きにされた襟巻きの下で、にやけ顔の審神者が堪え切れずといった風に笑みを零した。
その笑みに対し、むず痒く気恥ずかしさが来て、照れ隠しに自身の襟巻きに顔をうずめて口許を隠すも、黒き刀の男の口許も同様ににやけていたのはバレバレであった。
 寒き真冬の季節にも関わらず、この場だけ春の花が綻ぶように暖かかった。
どうぞ末永く爆発してくれと、壁を挟んだ隣の部屋で思うこんのすけであった。


執筆日:2022.01.19