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とある審神者の夜の時間



 某月某日の真夜中の事である。
 その日、夕方遅くに起きた審神者は腹が減ったのか、腹の虫を鳴らして何と無しに厨へと向かった。晩飯ならぬ夜食を食べる為である。
 時間にして、夜中の一時はとうに過ぎていた頃合いだった。
誰も起きてはいないだろうと思い、ならば適当に自分で作るなり何なりと用意して軽く済ましてしまおうと、暖簾をくぐり、厨の明かりを灯してゴソゴソと周辺を漁り始めた。
 そんな折である。
「誰か居るのか…?」
 誰ぞの声が背にかかり、“この声はまんばかな…?”と思って振り返った。
 すると、予想に反して、入口に立っていたのは一人ではなく。
「あれっ…?主さんじゃないですか。こんな時間にどうしたんですか?」
「おや。まんばちゃんの声がしたからまんばちゃんだけかと思ったら、堀川君も居たのね。夜分遅くに今晩は」
「深夜も良いところの時間だがな」
「僕だけじゃなく兄弟も一緒ですよ!」
「拙僧も居るであるぞ!」
「おやまぁ、国広三振りさんにんお揃いで。もしや、目的は俺とおんなじかな…?」
「アンタも腹が減って此処へ来たのか」
「まぁね〜。だって、俺、起きたの夜近かったし。まだ一食しか食べてないからさァ」
「其れは腹が減ってしまっても仕方がないであろうなぁ!」
「じゃあ、せっかくだし、僕達と一緒にお夜食食べましょっか!」
 そんな流れから、国広三兄弟と夜食を共にする事となった。


「主さんは何を食べるおつもりでした?」
「んー…まぁ、無難に適当に丼物でも作って食べようかと思ってた」
「思ったよりガッツリだったな」
「だって、丼物って作るの簡単だし用意するの楽じゃん。炊けた米用意して、何か適当な物乗っけるだけで出来上がり」
「確かにそうであるな」
「うん、俺も分かるぞ。実際、後々の事考えて洗い物少なくしようとすると、丼物にするのが一番楽で早いしな。分かりみが凄い」
「説明は超絶ザックリで雑でしたけどね!」
「でも伝わったから良いじゃん」
「主は時々雑になるよな…」
「腹が減っておるから頭が働かぬだけではないのか?」
「何気伏兄が一番酷ェ事言っとるんじゃが(笑)」
「すまぬ…っ」
「兄弟は偶に無自覚発言するからね!仕方ないよ!」
「フォローも雑い」
 仲の良い兄弟な事で。
 そんな話はさておきながら、審神者が用意した材料は、夕餉の残りである白飯と冷蔵庫にあった釜揚げしらすに、刻み海苔と醤油であった。
つまりは、しらす丼を作る訳である。作り方は簡単。
 丼茶碗に適量の飯を盛り付け、その上に刻み海苔を適量お好みで散らし、更にその上へ市販で売っている釜揚げしらすを好きなだけ乗っけて、後は醤油をたら〜り適量お好みで回し掛けたら完成。
 此れにお好みで様々なアレンジも可能である。
「何故にしらす丼…?」
「何かこの間実家でしらす丼して食べた時にさ、父親がコレにちょっと+してアンチョビソース少量付けたら意外と美味かったって言ってたから、試してみようと思って。まぁ、初めての試みだけど…」
「そうなのか。主が試してみた後の反応次第で、俺も試してみるか」
「他人を実験台みたく扱うなよ」
「いや、仮に不味かったらやめておこうかと…」
「味覚に関しては個人差で感じ方変わってくるから、比較にならなくない?兄弟」
「まぁ、取り敢えず興味はあるから食べてみるけどね。いざ、実食」
 もっもっも……っ、と口を動かす審神者。
しかし、その表情や如何にともし難いものである。
「…試しにひとくち口にした瞬間から眉間の皺が物凄い事になっているであるぞ」
「どういう感情なんだ、その表情は…?」
「いや……興味本意で試してみたは良いんだが…俺は駄目だったっぽい。控えめに言って此れは無理…ッ。俺には合わんかったわ、すまぬなオトンよ」
「主さん、物凄く顰めっ面してますよ」
「御免。コレ無意識で寄ってる。何か戻そうにも戻らんのだが…?」
「拙僧が代わりに伸ばしてみようぞ!」
「有難う」
 眉間のところをぐにぐにと親指で伸ばしてもらう審神者。
その横で、同じく試してみたまんばが暫くもぐもぐしてみた後に感想を零す。
「うーん…俺的にはそんなに不味くはないと思うが?」
「あ、兄弟はイケるくちだったみたい!」
「俺はガッツリと濃い目の味も平気だからな、そのせいもあるんだろう。主はにんにくや玉葱の味が強い物はあまり得意ではなかっただろ?」
「うん、苦手だね。だから、ガーリックライスとかそういうの無理。お姉は平気なんやけどね…濃い味好きなの、オトンと似てるから」
「主さんはあっさり薄味派ですもんね〜」
「オカンの血を受け継いだのよ」
「そうなのか」
「うん。オカンも俺と似た味覚してるよ。あっさり薄味派なとこはおんなじ。好みは違うけどな」
「主殿…申し訳ない事を申すが、眉間の皺が直らぬのであるが」
「すまん。何でか戻らんのよ。助けて」
「凄い顔だな」
「主さん、一旦お口直ししましょう!ハイ、お茶どうぞ」
「あざっす」
 ズズズ…ッ、と茶を啜る音が深夜帯の厨に響き渡る。
お茶を飲んで口の中をリセットした後、付け合わせに出された奈良漬けを齧ってみたら、パッと感情が華やいだのを感じた。
「あ、この奈良漬け美味いヤツだ…!」
「飯によく合うヤツだな。米が進む」
「うむ、此れは確かに美味である…!」
「あ、主さんの眉間の皺取れましたね!」
「あ、やっと?」
「主は美味い物を食うと途端に顔を輝かせるからな」
「感情に素直な事は良き事である!」
「眉間だけの話だけどな(笑)」


 皆で仲良く作って食べた夜食のしらす丼は綺麗に完食されて、器は空となった。見事綺麗な完食振りである。
ちなみに、一杯で足らなかったらしいまんばと伏兄は二杯目も食して空にしていた。元気且つよく食う大食漢達である。
 食べ上げた後は、使った食器を綺麗に洗って片付けた。
次に朝餉を作りに来るであろう厨当番の者達の為、後始末はきちんとしておかねば。
「満足しましたか、主さん?」
「うん。君達は満足したかい?」
「はい、勿論!」
「しっかり食べたからな、満足だ」
「うむ!腹が膨れて満たされた後は、よく眠れるであるぞ!」
「ふふっ…そーだね。んじゃ、片付けも終わった事だし、それぞれ部屋に戻りましょっか」
「そうだな。明日も早い事だし、部屋に戻って寝る事にしよう」
「主さんは、どうせこの後も仕事しながら起きてる事でしょうから、風邪引かないよう温かくして作業してくださいね!」
「分かってる。後であったかい飲み物でも作って飲みながら作業するよ」
「それでは、主殿、おやすみなさいである…!」
「うん。おやすみぃ〜。良い夢をね」
 厨を出た一行は、それぞれの部屋へと戻っていく。
 国広三兄弟と別れて離れの間の部屋へ戻った審神者は、満たされた腹をさすりながら、一服する為の飲み物を用意する為に、仕事部屋に据え置きの電気ケトルを手に取り、カップへお湯を注ぐ。
 これから作るのは、作業に集中する用の紅茶である。
何処にでも売ってあるインスタントの物だが、審神者は其れを気に入ってよく飲んでいた。
夜中に紅茶を飲んでは目が冴えてしまうのではないか、という事にについての問題は気にしない。
 お気に入りの一つであるレモンティーの茶葉を浸して、暫し色が出るのを待つ。暫く経って濃い色が出た頃になったら飲み頃である。
程好く冷まして口を付けた審神者は、ホッと息を吐く。
冷える夜に温かな飲み物は格別であった。
 さて、今宵も夜な夜な作業を始めるとしようか。
仕事部屋の机に置くノートパソコンを起動させて、遣りかけの書類へとシフトチェンジし、資料を手に取る。
 こうして、審神者の夜は更け、空は白み、次第に朝を迎えるのであった。


執筆日:2022.01.19