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紅の横綱と冬景色



 冬も真冬の季節の事だった。
 あの天下五剣にも負けず劣らずの美しさを誇る、刀剣の横綱と称された刀の彼と、ひょんな事から二人きりで出掛ける事になった。
 その日は、雪こそ降っていなかったが、風が冷たく肌がピリピリしてくるような、とても寒い日であった。そんな寒い日にも関わらず、私は、無くなりそうな生活必需品を買いにと出掛ける準備をした。
勿論、大した買い物ではないから、一人で行くつもりだった。
 見た目モコモコになる程しっかり着込んで、玄関で靴を履いている時である。
通りがかった大包平に、「一人で出掛けるのか?」と訊ねられたので、素直に「そうだよ」と答えた。
すると、何を思ったのか、「俺も付いていく」と言い出し、玄関先で待っているよう言い置かれ、寸の間彼は目の前から居なくなった。
 少しの時間で再び目の前へ戻ってくると、出掛けの支度を整えたらしい彼も私同様に靴を履いて告げてくる。
「主を一人きりにして、万が一の事が起きてはならんだろう?出掛けるならば、一人くらいの伴は付けて行け。その点、俺は相応しいぞ」
「はぁ…?大した距離じゃないし、近場のお店でちょこっと買い出しするレベルだから、そこまで心配する程でも無いと思うんだけどねぇ」
「其れでもだ。全く……そもそもが、アンタには貴い立場に居るという自覚が足りないんだ。もう少し自覚を持ってくれ。でないと、幾ら心配しようと種が尽きんぞ…」
「ハイハイ。じゃあ、そういう事なら、ちょっとした買い物だけども、お付き合いお願いね」
 そんなこんな、大包平と二人きりでのお出掛けは始まったのである。
 道中、私は寒さに手を擦り合わせたりなどをして寒さを誤魔化していたのだが、ふと、彼の何も付けていない片手の様子が気になった。
出掛けの際だからと、何かあった時にすぐ対応出来るよう戦装束で出て来た彼は、片手袋しか付けていない出で立ちだった。
 そんな大包平へ、私は暇潰しの為の会話を振る感覚で。
「大包平、片手しか手袋してないけど寒くないの?」
 …と、訊いた。其れに対し、彼は。
「此れくらい平気だ、寒くなどない!」
 …と、言い張るように返してきた。
 曰く、“俺達刀剣男士は、通常の人間とは違って、寒さや暑さに鈍い造りとなっている”……のだそうだ。
故に、戦場で果敢に刀を振るい、戦果を収めて帰ってくるのだろう。
人間の身と同じ造りになっていては、敵と渡り合えない。
 そもそもが、彼等は刀の付喪であって、人の身は仮初めの器に過ぎない。
だから、我等人間とまるきり同じ感覚を有する事は出来ぬのだ。
所詮は、悪まで我等の関係は主従であり、審神者とその臣下部下たる刀剣男士なのだから。
 しかし、そんな真面目な話を抜きにしても、見ているこっちはどうも寒々しく見える。
…が、其れを如実にはっきりと口にするのも、彼の性格を思えば憚られるもの。
 故に、直接的には口にせず、然り気無さを装って彼の手袋無しの片手を握って言う。
「流石は大包平、寒さもへっちゃらなんだねぇ〜。ふふふっ……でも、私はお手て手袋してても寒いから、本丸に帰るまでの間だけ繋いでても良い?」
 あざとくもちょっと小首を傾げて上目遣いに見上げれば、彼は「う゛っ…!」と言葉を詰まらせた後、照れ隠しのようにそっぽを向いてこう言った。
「ま、まぁ、主がそう言うのならば仕方がない……っ。暫くの間だけだぞ!」
「うん…っ、有難う大包平!」
 不器用なところもあるけれど、彼は強くて横綱級に立派で、優しさも兼ね備えた格好良い男なのだ。
 流石は私が選んだ刀であると、内心で誇らしげに笑った。


執筆日:2022.01.28