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病める時も健やかなる時も



「ただいまぁー………っ」
 本丸に帰っての開口一番に出した声は、思いの外暗く、沈んだ声音であった。
ガラリと玄関の音を聞いて出迎えてくれた面々が、口々に“おかえり”と返してくれる声が耳に入り、通り過ぎていく。
次いで、帰宅した事を知らせに厨まで顔を出すと、其処でも同様に温かな“おかえりなさい”という台詞がかけられた。
「只今帰りましたよー……っ」
「おや、おかえり主!」
「寒かったろう?今、温かいお茶を淹れて持って行ってあげるからね」
「うん…有難うなぁ〜歌仙」
「うわっ、凄いがらがら声じゃないですか、主さん…!どうしたんですか!?」
「ひどいこえがれだね……かぜでもひいたかい?」
「いんにゃぁ、別にそういうんじゃないからそげぇ心配するこた要らんよー。コレ、単なる歌い過ぎでの声嗄れやから」
「いや、其れにしたって凄い声になってるよ!?」
「マジで?」
「うん。あるじがだしているとしらずにきいたら、まるで、おとこのひとのようだとおもってしまうよ」
「そんな低いかな…?まぁ、普段の声の出し方出来んくて、取り敢えず喋りやすい出しやすいトーンを意識して出してはいたけども……」
「主の普段の声は、そこまで低くないから吃驚さぁ〜!どうしたらそんな声になるんだい?」
「思い切りがなり叫び散らすみたいに歌いまくってたらこうなりました。……ッケホ」
 訊かれる事に順次答えて行っていたら、其れまであまり喋らないようにしていたせいか、喉が乾燥を訴えてからせきみたいなのが出た。
今のご時世だ、咳エチケットとして腕で押さえ付けるみたくして口許を覆ったのだが。
途端、大事な主が咳き込んだという事実に慌ててお茶を差し出してきた面々。
 軽くちょっと咳き込んだだけですぐに治まったのに、心配性で過保護気味なみっちゃんや歌仙から背中をさすられて、ちょっと笑ってしまった。
勿論、その笑みは苦笑の方での意味であるが。
 一先ず、喉を潤すべく有難くお茶を貰って飲んだ。
次いで、これ以上主の体が冷えてはいけないと、近場に居た刀を捕まえて部屋に連行するように言い付けられた。そこまでせずとも大丈夫なのに……。
 人の身は脆いからと心配する彼等に言い含められ、何方にせよ自室へ行く予定だったのもあって、大人しく従って部屋で温まる事にする。
ちなみに、偶々厨の近場に居て歌仙に捕まった刀とは、たぬさんであった。
先程、私の帰宅した音に出迎えに駆け付けてくれていた一振りだったらしい。
「いや〜はぁ…何やすまなんだやで、たぬさんや」
「別に、其れに関しちゃどうって事ねぇから良いけどさァ。……にしても、今回はまた酷ェ声してんなぁ。何をどうしたら、んな声になんだよ…?」
「えー…まぁ、ちっくと色々ありやして……。散々がなり散らす感じでガンガン歌いまくってたら、こうなりやしてん…」
「あぁ…成程な。いつものこったじゃねェーか」
「ハハハ〜…ッ、呆れられてもしょうないッス……。ま、自業自得なんで…暫くはあんま大声出さんよう控えとくだけネ。歌うの好きだから、一時的とは言え歌えなくなるのつらいけど」
 しんみりとした雰囲気すら滲ませてそう告白していたら、この状況に慣れているたぬさんから思わぬ言葉を貰った。
「辛い事や悲しい事、悔しい事なんかあると、アンタ言葉にはしない代わりによく歌で感情代弁するみたくがなり散らすもんなァ。まぁ、ストレス発散も込みでやってる事だろうから、俺等がどうこう言う事じゃねぇけど」
「……わっち、実家で歌ってた筈なんですが、なしてたぬさんが俺の歌ってた事情知ってるんです?」
「端末越しに届いてたぞ、アンタの歌声」
「オーマイガァー……ッ。全くの盲点でして面目無い…。俺なんぞの下手くそな歌声でお耳汚しまして申し訳ねェ………ッ」
 思わず顔を覆って己の冒した失態を嘆いていると、慰めなのか何なのかよく分からない感想を頂いて顔を上げざるを得なくなった。
「んな卑下するこたねぇだろ。俺は結構好きだぜ、アンタの力強い歌声。特に、偶のべらんめぇ口調な感じでがなり気味に歌ってる時の歌い方とかさァ、聴いててスカッとするっつーか、純粋に格好良い歌声だなァ〜って思うぜ?……つか、此処の奴等でアンタの歌声嫌いな奴、居ねぇだろ?」
「ん゛ん゛ん゛ッッッ……そ゛う゛い゛う゛どごろ゛だぞだぬ゛ざん゛〜〜〜〜…………ッ!」
「あ?俺が何だって?」
 ただのストレス発散の為に、がなり散らすようにハチャメチャに叫び散らしていただけの歌声を褒められ、照れて良いのか、恥ずかしがれば良いのか、分からずに唸り声を上げる事しか出来なくなった。
其れに対し、彼は不思議そうな目で見てくる。
何がしたいねん、お前ェ………ッ!審神者誉め殺す気か……!!
 何とも言えぬ感情で内心悶え転がっていたらば、先程厨では見かけなかった面子が顔を覗かせにやって来たようで。
差し入れと共に明るい声音で部屋へと入ってきた。
「取り敢えず、喉を酷使してる主はコレ飲んでね…!あったかポカポカ出来立ての飴湯でーす!」
 筆頭は、我が初期刀の清光である。
今日も相変わらずウチの初期刀が可愛くて、目に入れてもきっと痛くないだろう。
「あめ湯?……って、何なん?初めて見たし、初めて聞いた飲み物なんやけど…」
「“飴湯”ってのは、麦芽を糖化した液か水飴をお湯に溶かして、生姜の搾り汁や少量のおろし生姜を加えた物の事だよ!冬は喉が乾燥しやすく風邪を引きやすい季節だからね。何か喉に優しい飲み物は無いかなぁ〜って思いながらテレビを見てたら、偶々紹介されてたのを見たから、早速作ってみたんだ!」
「飴湯とは、昔の時代より伝わっている飲み物なのだけれどね。お湯で作ると飴湯になって冬場の飲み物となり、冷やすと“冷やし飴”という夏場の飲み物となるんだ。材料は何方も同じで、作る工程も同じなのだけれど、面白いよねぇ。まぁ、先人の知恵というやつだ。ただ、生姜の量によって随分とからくなってしまうから、今回は主の好みに合わせて生姜はほんの控えめにしている。だから、たぶん飲み易くなっている筈だよ。此れを飲めば、冷えた体もすぐにポッカポカさ!」
「さぁ、あたたかいうちにめしあがれ!からければ、えんりょせずにいうんだよ?みずあめをついかして、あまくしてあげるからね」
 質問に答えてくれたのはみっちゃんで、次いで中身についてを教えてくれたのは歌仙、最後に喋ったのは小豆あつきである。
「ほぉ。んだば、有難く頂きまぁ〜す………おぉ、甘いっ。んで、じんわ〜り芯からあったまってく感じやねぇ〜…!」
「お気に召して頂けたようで何より…!」
「甘い飲み物なら俺にも頂戴っ!!」
「お前の分は後で!!」
 喜んでもらえたのが嬉しかったのか、にこにことした笑みを浮かべて返したみっちゃん。いつも美味しい料理を有難うね。
 其処へ、何やら美味しそうな物を主が貰っているのを嗅ぎ付けてか、何処からともなくやって来た包丁君が元気の良い声で“俺のも!”と口にした。
すかさずたしなめたのは、清光である。
 本丸ではよく見かける光景だが、その平和で穏やかな日常的光景が微笑ましくて、思わずクスリ、と小さな笑みが零れ出た。
その笑みを見た清光が、表情を綻ばせて呟く。
「ふふっ……良かった、主、元気出たみたいで」
「え……?」
「ここ最近、イベント周回で疲労してたのもあったんだろうけど、其れとは別件で何か思い悩んでる事あるのかなぁーって感じの顔、してたからさ。ちょっと心配してたんだぁ。アンタ、放っとくとすーぐマイナスな方向に考えてっちゃうから……っ」
 清光に言われて初めて自分の今の表情を気にして、両頬に手を添え狼狽える。
「えー………っ、やだ、俺そんな顔に出てたぁ…?」
「主の事よく見てる俺達だから気付けるレベルだから、そこまで気にしなくても良いと思うよ」
「そう…?なら、良いのだけど……」
「まぁ、ぶっちゃけ今は顔より声のが酷ェから、そっちに意識向くわなァ」
「そんな酷いかね」
 思わず、真顔でたぬさんの方を見た私は悪くない。
時に、歯に衣着せぬ物言いをしてくる彼の言葉は真っ直ぐ飛んでくるのだが、真っ直ぐ過ぎていけない時もある。
 しかし、たぬさんの言った言葉をフォローするように、今度は清光からも現状の声についての評価を頂いた。
「俺からしても、今の主の声、滅茶苦茶低く聞こえるよ…?地声そのもの自体高くないから、そんな違和感無く聞けるけどさぁ」
「こう言うたら言い方悪いようじゃけんど……普段から主は“男口調”で喋りゆうきのぉ。確かに、がらがら声で酷い声しちゅうように聴こえゆうけんども、わしらぁからしたら逆に違和感/Zeroじゃにゃあ」
「ぶっちゃけ、“漸く声音が口調に追い付いた”って感じに思えるんだけどさァ……俺が今言った事、何となく分かるだろ?」
「ほにほに。まさにそがな感じじゃ!」
「めっちゃ的を得る回答貰えてスッキリだわ〜!」
「きみたち…けっこうすきほうだいいうねぇ……っ」
「いや、まぁ、自分としては、嬉しい感想貰えて全然ええんやけんど」
「逆に良かったんだね…!そっかぁ〜〜〜!!」
 まさに、“主が良かったならいっかぁ〜!”の状況であった。
終わり良ければ全て良しとは、この事を言うのだろう(※絶対違う)。
「ほいても…良かったぜよ、主に笑顔が戻って!やっぱし、主には笑っちゅう顔が一番似合うちょる…っ!!」
「確かに、アンタにゃ笑ってる顔のが合ってるし、その方が俺達も見ててホッとするっつーか、落ち着くしな」
 何とも格好良い台詞をいとも容易く投げかけてくれるのだろうか。
一瞬ばかし、心の奥深くに眠る乙女としての心がキュンッとしてしまったではないか。
 しかし、其れよりも穏やかに温かな言葉を平然とくれる事に、ささくれ立ってさえいた荒んだ気持ちが緩やかに溶かされていくような心地を感じて、吹き出すような笑みが零れてしまった。
「………ふ、はははははっ…!いやぁ〜、やっぱ本丸帰ってくると良いねぇ〜……!何やかんやあって色々しんどい事あると、メンタルどうにかしないとって方優先して、本丸に帰るの後回しにしたりとか多々あんだけどさ…。本丸帰ってきて、皆の顔見たら、声聞いたら落ち着くっつーか……最早実家に帰ってきたレベルの安心感で、あんなに意地張って虚勢張ってたんも、あっという間にほだされてしまうわァ」
 手の中に握る湯呑みに入った飴湯のように、冷え切った根をじんわりじんわり芯から温めていくような、そんな温もりが、この本丸には満ち溢れていた。
 悴んだ手をほぐすみたく大きな掌で包み込んできた彼が、軽く額を弾きながら笑う。
「なぁ〜に目ェうるうるに潤ませてんだよ、バァーカ」
「っへへへ……つい、感極まっちまいやして…」
「涙脆過ぎんのも大変だなァ〜。…まっ、そんなアンタだからこそ、俺達は好きなんだけどな」
「えへへっ……たぬさんから好きって言われんの、何か嬉しい…!」
「んな事ぐらいで簡単にアンタの笑顔取り戻せんなら、幾らでも言ってやるよ…。だから、今は泣かずに、莫迦ばかみたいに笑ってろ」
 眦に滲んで浮かんでいた透明な滴の粒を、優しい手付きで拭ってくれたたぬさん。
予想以上に大切にされていると分かって、逆に号泣しそうだったが、今ばかりは彼の言う通りに笑っていようと堪えた。そして、下手くそな笑みを浮かべて笑う。皆も温かな優しい笑みを浮かべて笑う。
『おかえりなさい、主…っ!!』
「……うん。ただいま、皆ァ」
 私の心のり所は、いつだって温かく迎えてくれるこの本丸であり、第二の帰る場所なのである。


執筆日:2022.01.28