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節分来たりて、歳の数だけの豆を食らう



「やあ、此れは此れは主や、節分の豆を食しておったか」
「おや、お爺ちゃん。お前さんも食べるかえ?」
「おぉ、くれると言うのならば貰うとするか」
 旧暦で如月きさらぎの初頭、今で言う二月の三日の節分の日、私は豆を食べていた。
すると、其処へ、構って欲しがりな可愛いお爺ちゃんが傍らへやって来た。
 節分で撒く豆は、炒った大豆で、古来より邪気を払うものとされている。
故に、先の健康を祈って、人はその日に歳の数だけ食べるという風習を持っていた。昔からある習わしだ。今じゃだいぶん形骸化し、地域によっては有り様も随分と様変わりしてしまっただろうが、昔から存在する習わしというものには、其れなりに大切な意味があった。
故に、我が本丸では、毎年同じ時季に節分を祝い、豆を撒き、鬼や邪気を払うのである。
 今年は、久々に都に集う鬼退治イベントも開催され、皆大賑わいで、そりゃあ気合いを入れて豆を撒きまくったのだった。
当然、後片付けは大変なものであったが、其れもまた醍醐味の一つであろう。
 まぁ、そんなこんな散々騒ぎ賑わった後の事である。
鬼退治も幾らか進み、やっとこさ休めるようになって腰を据えた時、そういえば、まだ今年は歳の数だけの豆を食していなかったなと気付いた。
 イベントの報酬でたんまり貰った豆は、余りに余っていた。
少しは消費したと思っていたのだが……如何せん、鬼を退治するべく投げた分だけ増える為、思ったより減らなかったのだ。
此れはまた、厨組の者達が精を出しそうである。
 そんな事を考える他所で、ぽりぽりと黙々と豆を食べ進めていると、不意に隣へ腰掛けてきた三日月お爺ちゃんが口をいてきた。
「主や、御主は今年で幾つになったのだ……?」
「おや、唐突だねぇ」
「そうでもないぞ?今、御主は歳の数の豆を食べていたであろ?幾つ食べるのか気になってなぁ」
「嗚呼、其れでか。言うて、二十と五つよ?まぁ、まだ歳の数だけ食べれない事もない量よね」
「ほぉ、主は今年で二十五になったかぁ。俺が来た時の年は、確か、二十二の頃ではなかったか…?いやはや、時というものは過ぎ去るのが早いなぁ。そうか……俺がこの本丸に来て、もう三年もの年月が経ったのか。やれ、千年も生きていると、時の流れに鈍くなってしまうなぁ」
「まぁ、お爺ちゃんは平安の生まれだからねぇ。しょうがないっちゃーしょうがないよ」
 時の流れとは、まこと早く流れ行くものだ。
一年過ぎ去るのが、あんなに遅く感じていた子供の頃と比べて、大人になった今や、三年の年月などあっという間である。
 歳を重ねる毎に、物の感じ方も変化していく。
よって、すっかり実年齢より年寄り臭い喋り方が身に付き、板に付いてしまった。きっと、久方振りに同年の友と逢ったら、一人だけ話し方がやたら年寄り臭いと浮き、ジェネレーションギャップを感じてしまう事になるだろう。
 まぁ、其れも此れも、現世から離れ、本丸という空間に引き籠り、半隠居生活みたいな風に過ごしているが故のせいであろうが。今更の事であったか。
 二十数個とは言え、食べるには地味に多い数だ。
半ば無心になって食べていたらば、卓上に並べた歳の数だけの豆を見て、傍らの彼が口を開く。
「ふむ……こうして見てみると、まだ少ない方だな」
「そりゃあ、お爺ちゃんの歳から見たら当たり前じゃない?お爺ちゃんから見た俺は、卵から孵ったばかりの雛鳥か、よちよち歩きの赤子レベルでしょうし」
「うむ、なかなかに的を得た例えだな。……しかし、その赤子も、いつしか俺とそう変わらぬように大きくなったかと思えば、あっという間にシワシワの爺婆じじばばとなっていくものだ。人の子の一生は、我等が生きている間のほんの一瞬の瞬き分よ。例えて、天上で輝く星と似たようなものよなぁ……」
「ほぉ。夜空に浮かぶ星とな……うん、なかなかに妙な例えよ。此れは良い話を聞いた」
「はははっ……御主、近頃俺の話し方と似てきたのではないか?」
「かもねぇ。我は昔から周りの影響を受けやすい子だったから…幾数年と一緒に過ごす内に移ったかな?」
「ややっ、此れは嬉しい事を言う。主は、ほんにい子よ……。故に、これからも健やかであれと、願うとしようか」
 三日月の名を冠とする、三日月を瞳に浮かべた美しきおのこは、其れは其れは美しく微笑んだのだった。
 人の子と共に長く在り続けた刀は、大層人の子を愛しく思うようになったらしい。故に、私も彼より温かな慈しみを受けるのであった。
 人の生故、共に居れる時は短い。
然れど、その短き時の中で、彼等と共に充実した毎日を送り、順風満帆に幸せであれたなら、これ以上に幸福な事など無いだろう。


執筆日:2022.02.08