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八ツ時に香る甘い甘い小豆の匂い



「きみは、つねひごろ、あまりひょうじょうがかわらないけれど、ひょうじょうがとぼしいなりに、おいしいものをたべると、とてもおいしそうにたべるよね」
 ある日、八ツ時に出されたぜんざいを食べていた時の事であった。
 熱々の湯気立つ甘い小豆の香りが満ちる部屋の一室にて、よく伸びる餅を一所懸命に齧っていたら、唐突にそんな事を言われた。
 はふはふ、猫舌な自分に焦れながらぜんざいをつつく。
「……そうかしら?…まぁ、事実、美味しい物を食べたら誰だって顔を綻ばせるものだと思うけども。今の私みたいにね」
「そうかい。きみのおくちにあったのなら、よかった。おいしいかい?」
「うん、とっても美味しいよ。……ちょっと熱いのがネックだけれど。でも、熱い内じゃないとお餅が固くなってしまうでしょうし。食事って、やっぱり温かい内に頂くから美味しいもの」
「うんうん。そういってもらえると、つくったかいがあったって、わたしもうれしくなるよ」
 私の表情を慈愛の込もった優しい目で以て見つめながら、にこにことした笑みを浮かべて言う。
 アチアチ、と思いながらも、せっつくように箸を動かす。
未だ湯気が立っているから、中身は熱いままだ。そもが、餅が入っているからか、どろりととろみのあるもの故、なかなかに冷めにくいのだ。
 しかし、外の気温は一桁という程寒い。下手すれば、マイナス氷点下になるだろう。其れ故、少し待てば、器の中身はすぐに冷めて食べやすくはなる。
だが、せっかく出来立て熱々の状態で持ってきてくれたのだ、出来れば冷めぬ内の温かい内に食べたい。
 第一、見るからに美味しそうな物が目の前に差し出されてしまっていては、待つ方が辛い。だから、猫舌だけれど、はふはふと息を吐きながら餅を食み、ぜんざいを啜っているのである。
 そんな私を斜め横から見つめてくる彼は言った。
「わたしは、そんなあるじのひょうじょうをみるのが、とってもすきなんだ」
 恐らくきっと、冒頭に投げられた話の事だろう。
 咀嚼していた餅を飲み込み、相槌を打つ。
「へぇ」
 愛想の無い、可愛いげの一つも飾らない、シンプルな感想だった。
けれども、彼は気にせずに口を開く。
「ここだけのひみつのはなしなのだけれどね……?」
 そう言って、彼は、宝石みたいに綺麗なエメラルドグリーンの瞳を蕩けさせるのだった。


執筆日:2022.02.10