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安眠導入剤な心音があればホラゲー見た後遺症も大丈夫!(個人談)



 とある日の夜の事であった。
随分と夜遅い時間になっても消えぬ離れの明々あかあかとした灯りに気付いた長曽祢は、首を傾げた。
(もうとっくに寝ている頃とばかりに思っていたんだが、まだ起きていたのか……?)
 現在の時刻は、既にの刻も過ぎて、丑三つ時に近いくらいであった。
そんな時間まで何をやっているのやら。気になった彼は、忠告ばかり様子を見に行ってみる事にした。離れの間を除き、刀剣達が眠る棟は灯りが落とされていて真っ暗だった。
 一先ず、部屋を覗いてみた彼は、開口一番に小言を口にした。
「おいおい、いつまで起きてるつもりだ…?もう夜中の深夜も良い頃だぞ……っ」
「ありゃまぁ、曽祢さん。こんな夜更けに今晩は〜」
「いや、挨拶は置いといてだな……っ。何でまだ寝ていなかったんだ?まさか、夜な夜な起きて仕事を片付けてたんじゃあないだろうなぁ?」
「そいつぁ誤解ですや、旦那ァ〜。わっちは、ただ眠れなかっただけでしてぇ……まぁ、其れにはちっとばかし理由があるんですがねぇ」
「此れまた妙ちきりんな喋り方で返してきたもんだな……。眠れないとは、どうした…?何か悩み事でもあるのか。話なら聞くぞ?」
「うぇい……話、聞いてくれます?なっさけない話なんすけど…」
「聞こう」
 此れは何事かあったのかもしれない。そう踏んで、勧められた座布団に腰を据え、話を聞く体勢に入る。本丸の主たる彼女は、情けない色を滲ませて眠れぬ訳を話し始めた。
 話は、こうだった。昼間、彼女は、暇が出来たからと、最近ハマっているらしいホラーゲームの実況動画とやらを見ていたらしい。そしたら、偶々見た物がガチで怖いタイプのホラゲー実況だったらしく、そのせいで眠れなくなってしまったという事であった。
 記憶が確かなら、我が主はホラー物は苦手としていた筈だが……何でまた苦手な物をわざわざ自ら進んで見ていたのか。半ば呆れながら問うと。
「いや…ガチのホラーじゃなきゃ平気やんな。怖い物見たさとかやないけんど、私、意外とホラー耐性はあって、マジで怖いリアルホラーとかじゃなければまあまあイケるんよ。だから、ただのゲーム実況見るよかは、めっちゃバトル要素あるRPG系のゲームとか、ホラー要素もありきのゲーム実況を見たりする訳ね。見てる理由は、純粋に見ててただ面白いから!……ってだけやで」
「……そうか」
 訳を聞いて、取り敢えず現状を理解した。
 つまりは、こうである。イケると思って最後まで見たは良いが、結果ガチで怖いタイプのホラー物だった為、夜暗くなってきた事も相俟って恐怖が増幅され、眠るに眠れなくなってしまったと……。要は、自業自得ではないか。此れで呆れない訳が無かろう。
 古参組に数えられるくらい審神者とは長く付き合ってきたものだが、彼女はどうしてこうも自ら墓穴を掘るというか地雷を踏み抜くのだろうか。単なる馬鹿で阿呆なだけなのか、はたまた、天然なだけなのか。彼女の事だから、何方とも付け難い話であるが。
 つい、呆れの溜め息が洩れ出た。
「はぁ〜……っ。取り敢えず、事情は把握した。要は、怖くて眠れなかった、という訳だな…?」
「良い歳した大人が子供みたいな事をと、呆れて物言えなくなるのも無理は無い程情けない事を言ってる自覚はあるよ。笑いたきゃ笑えよ。馬鹿やってる自覚もあるさ。でも、今は兎に角怖くてしょうがないんだ。頼むから、怖さ落ち着くまで一緒に居てくんねっすか?」
「は?」
 まさかの自己申告である。思わぬ話の流れに、長曽祢は狼狽えた。
「いや、その、怖いから暫くの間だけ共に居ろという事なら、まぁ理解は出来るし、其れくらいならば承諾しても構わんが……っ。時間帯が時間帯であり、夜遅くに寝間へ男を連れ込むというのは…アンタが相手と言えど、看過出来ないぞ?」
「うん、其れも分かってる。けど、今は兎に角誰かと一緒に居ないと怖くて堪んないからさぁ……っ。無理なお願いだとは分かってるんだけど、暫く曽祢さんにくっ付いてても良いですか!?」
「く、くっ付くのか?」
「腕が駄目なら背中でも良いんで貸してください…!別に、“一人で寝るの怖いから一緒に寝て”って言ってる訳じゃないから!曽祢さんはただ其処に居てくれるだけで良いの!!」
「わ、分かった、分かったから、一旦落ち着いてくれ……っ」
 離れの間に夜一人っきりという空間が、また更に恐怖を増幅させてしまったのだろう。珍しく戦以外で必死になって頼み込んでくる彼女に、長曽祢は一つ思うところがあった。
 最近になって、漸く素の自分を見せてくれるようになった彼女だが、やはりまだ遠慮しているというか、一線を引いて接して来ている節があった。
此れは逆に良い機会なのではないか。他愛の無い、些細な出来事が切っ掛けとは言え、彼女自ら此方へと素直な気持ちで関わろうとしてくれたのだ。其れを喜ばずに居られるだろうか。否、古参組として共に歩んできた者としては、喜ばずには居られなかった。
 よって、長曽祢は、ある決断を下した。今暫くだけでも良い、彼女の望み通り側に居てやる事にしようと思ったのだ。彼は、その気持ちを口にするべく、口を開いた。
「分かった……その頼み、受け入れてやろう」
「本当っ…!?」
「嗚呼…アンタが其れで安心するというのならな。俺で良ければ、力を貸そう」
「有難う、曽祢さん…!!恩に着る!」
 何やら、やたらめったに怖がって落ち着かない様子の彼女をなだめるべく、取り敢えず自身の側に来るよう勧めてみた。そしたらば、言うが否や、言葉を言い切らぬ内から直ぐ様彼の側へと寄っていった審神者。次いで、必至と胸元にしがみ付いてぴるぴると震え、怖さを紛らわす為なのか、「み゛ぃーっみ゛ぃーっ」と子猫のような鳴き声を洩らして縮こまった。
 まさか、そこまでされる程自分に対して信頼を預ける仲に思われていたとは思わず、少しだけ虚を突かれたみたく固まり驚いた。――が、其れも一寸の間だけで、別に嫌われている訳では非ず、何方かと言うと好かれている方だったのかという事を汲み取った彼は、ガチで怖いタイプのホラゲー実況を見てしまった後遺症で怖がる彼女を安心させるべく、そっと背中に腕を回して、より自分の胸に抱くように引き寄せた。
 すると、偶々彼女の頭が心臓のある位置辺りに来たのか、ふと彼女が呟きを零した。
「あ……っ、曽祢さんの心臓の音が聴こえる……!」
「うん?まぁ、今は仮初めではあるが、人の身を器に戴いているからなぁ……。人と同じように心臓もあれば、鼓動の音もするだろう」
「どっくんどっくん言ってるね」
「今はアンタと同じ人間の姿だからな。生きていれば、そりゃ心臓の音も響いているさ。アンタだって、心臓の真上に手を当てれば、同じような音がしてるだろう…?」
「生きてるからねぇ、そりゃ心臓の音は鳴ってるさぁ」
 己の鼓動の音を聞いて少し落ち着きを取り戻したのだろう、強張っていた体の力を抜いて此方に身を委ねてきた。彼は、其れを受け入れ、よりくっ付けるようにと抱き寄せた。
「もう少しだけ、こんままで居てもらっても良い……?そしたら、たぶん、怖かったのも落ち着いて平気に戻ると思うから…」
 何とも可愛らしいお願いであった。一瞬、どう答えるものかと悩んだが、「主が其れで安心するのなら、仕方がないなぁ」と彼女の頼みを受け入れ、このままで居てやる事にした。自分の切な望みが受け入れられた事に嬉しく思ったのか、彼女が遠慮無く思い切り彼に抱き付いてくる。信頼されている上での頼みなら断れる訳は無いだろうと、満更でも無さげな長曽祢はにこやかに胸を貸した。
 その内、彼の鼓動の音を聞くに落ち着くのを通り越して眠くなってしまったらしき彼女は、そのまま彼の腕の中ですやすやと眠りこけてしまった。
すっかり安眠スヤァコースに落ちた様子の審神者に苦笑を洩らすも、己に身を任せ切った様子と穏やかな寝顔を見せてくれている事に安堵し、一人静かに微笑んだ。


 その後、暫くしても部屋に戻ってこない兄を心配して探しに来たらしき虎徹兄弟の弟二人が、審神者部屋に居る兄の元へやって来る。そして、兄の腕の中に居る存在とその様子に、事情を知らない二人は揃って首を傾げた。その事に、長曽祢は小さく笑いながらも事を掻い摘んで話せば、納得する様子を見せた二人。
 時間的にもこの状態の主を起こすには忍びない上、せっかく安心して眠っているところを邪魔する気にもなれないとの事になったので、今夜ばかりは彼女に免じて審神者への添い寝を渋々許可した蜂須賀。
「いつも三人一緒に寝てるから、長曽祢兄ちゃんだけ居ないのは寂しいけど……主さんの安眠の方が大事だから、今日は我慢!アーンド、今日だけは兄ちゃんの事、主さんに貸したげるね!」
 反対に笑顔で承諾した浦島は、其れは其れは嬉しそうに言った。
長兄の彼は、其れに笑って返しながら部屋へ戻っていく二人を見送る。
 流石に座ったままのこのまま一夜を過ごすのもアレかと思い至り、「今夜だけは、まぁ皆大目に見てくれ」と思いつつ、彼女を胸に抱き上げ、奥の寝室へとお邪魔した。布団は敷きっ放しになっていたので、此れ幸いと思い、彼女を寝かす。その横に自分も寝転び、再び懐に抱き寄せてやって布団を掛けてやった。
 明日、朝目が覚めた時どうなる事やら……と思うものの、何処かこの状況を喜ばしく思っている自分が居る事に気付く長曽祢であった。


執筆日:2022.02.25