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人の業を知り尽くし者



 どうして、生きる事とは此れ程までに大変で辛い事なのであるかを、不意に悩み考え耽っている折であった。
 お爺ちゃんは、私に向かって言った。
「主よ…其方は偉いなぁ。常、懸命に生き、前へ進もうと歩んでおる。その姿勢や立派なものだ。凄いぞ、主。流石は俺の主だ。いやはや、自慢の主だなぁ。はははは…っ」
 生き続けるという事は、凡そ死ぬ事よりも大層難しく、とてつもなく辛い苦しい事だと知っているからこそ言える言葉である。
「何せ、人は脆い。あっと驚く間も無く壊れるし、すぐに死んでしまうものだ。故に、人と過ごす時は玉響たまゆらに過ぎ行き、あっという間に別れの時よ。…人は儚い。だから、生きているだけで良いのだ。主よ、我等が愛しき人の子よ……俺達の為に、生きていてくれて、有難うなぁ」
 そう言って、まなこに三日月を浮かべたお爺ちゃんは、私の手を取って至極嬉しそうに笑った。その手は、とても温かく、血の通った人の手と何ら変わりは無いように思えた。
 けれど、確かに彼は刀剣の付喪であり、鋼の塊でしか無く、人為らざる者であるのだった。
 然れど、私は彼の手を痛く大切に思った。
彼のこの手は、自身を支えてくれる大事な温かな手であると。


執筆日:2022.03.10