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所詮は器物に宿った心



※前作の『人の業を知り尽くし者』の続編です。
※単体でも読めます。


 ぼんやり、春の訪れを告げる鳥達の声を聞きながら、縁側に腰掛けている時であった。
「お爺ちゃん、隣…良いかな?」
 何やら思い詰めたような表情かおを浮かべた主がやって来て、隣に座っても良いかの是非を問うてきた。勿論、断る理由も無く、喜んで受け入れ、傍らに用意していた座布団を勧めた。
「おお、良いぞ良いぞ。爺の側で良ければ、幾らでも空いておるでな。好きに寄って来るが良い。主が相手ならば、尚嬉しいぞ」
「有難う」
 主は暗い声音で短く返事を返し、そのままゆっくりとした動作で俺の隣へ腰を据えた。暗い表情は晴れぬままだった。
 俺は、其れが気に掛かり、兎も角何か話題を投げるかと適当な話題を振ってみた。
「このところの調子は如何どうだ、主よ。勤めの程は、順調に運べておるか?」
「審神者としての勤めなら、皆協力してくれるし、よく働いてくれてるから、問題無く事を運べているよ。現在進行形で、各本丸が来きたるべき時に備えて、より実戦的な修練を積めるようにって、対大侵寇プログラムに努めてる。今までに無い、短期集中型の事柄だから、始めこそ皆戸惑っただろうけども……現状が現状だもの、遣るしかないよ」
「逞しいな」
「本丸を…歴史を守る為だもの。弱音吐いてたって、頑張って食らい付いていくさ。だって、皆が守ってきた、紡いできた歴史の上に、私達は生きているから。その歴史を無かった事になんてさせたくない」
「うむ……まこと、その通りよな。我等は、ただ御上の指示に従わざるを得ない兵でしかないが、現状を維持から打破に繋げる為には致し方無き事だ。此れまでに無き程に敵が攻め入って来るならば、其れを向かい打つのみぞ。我等はその為に在るのだからな」
 思ったよりも小難しい話になってしまったと、少しばかりしょうして話題を転換しようと茶を飲んだ。
 そして、庭に咲く木瓜の花を指差して、口を開いた。
「其れはそうと……見てくれ、主よ。春も近いのか、あんなに美しくも木瓜の花が咲いておるぞ。鳥達の声も愛らしい…実に風情豊かな景色が広がっているな、この本丸は。いやはや、居心地が良過ぎて眠り転けてしまいそうだな…!はははは…っ!」
「二十四節気の内の啓蟄だったかな…?綺麗だよねぇ。でも、そろそろ菜の花が見頃の時季になるから、雨水の景趣に変える予定だよ。本当は、雨水って二月の末くらいの事を指すらしいんだけど……実際のところは、菜の花って三月に咲くものだからさ。四季に合わせて変えるつもり」
「そうかそうか。あの美しき菜の花畑が今年も見れるのか…!其れは良きかな良きかな」
 話題を転換してみても、主の表情は晴れぬままであった。
 さて、どうしたものか…。如何にして、主の心を晴れさせたものか。俺は一寸の間、考え、悩んだ。
 すると、不意に主から声をかけられた。
「ねぇ、みかちぃ……千年も生きてて辛くなる事はない?」
 主が思い悩んでいた事は此れか、とすぐ合点が行った。
けれど、何故そんなにも悩むのかが分からずに、俺は不思議そうに首を傾げて問うた。
「どうした、主よ…?俺が何か心配になるような顔でもしていたか?」
「いや…そういう訳じゃないんだけども、ただちょっとそんな風に思っちゃっただけで……」
「そうさなぁ…。確かに俺は千年余りの世の永き時を生き長らえてきた。故に、人の世がどのようにして巡り、過ぎ去っていったかの時の重さも歴史も知っている。……だが、其れを辛いとは一つも思うた事はあらなんだ。何故ならば、我等は器物に宿りし心に過ぎぬ。人に振るってもらう事が叶わずとも、永き時を人と共に、人の側に置いてもらい、近くで行く末を見守る事は出来た。その事に感謝すれど、不満も悔いも無い。我等はそう在るべきとして在っただけに過ぎんからな。今この時も、主という人の子の側に置いてもらえる事には感謝しかない…。人のような器を貰い、四肢を動かせ、言葉も喋れる。これ以上の幸福など無いだろう……?」
「そっか……お爺ちゃんは、今に満足出来てるんだね。良かった…。ほんの一部でも、その幸福の一助となれてるんだったら……こうして審神者となって、三日月宗近という刀に出会えて、良かったんだね」
「そうだぞ。俺は、ほんに主には感謝しておる。戦乱の最中の一時とは言え、こうして穏やかな日々を過ごせているのだからな。本丸という帰る場所無くして、我等は存在出来ぬ。故に、主の存在は我等には大きなものなのだ。其れ故に、其方には数多の苦労を掛けているとは思っているがな……。戦無き世から来た人の子よ…其方は何をそう悩む?」
 其れまでずっと庭の方へと投げていた視線を、隣の主の方へと移した。
 主は、この世を憂いたような表情を俯かせて口火を切った。
「……私は、生き続けるという事が、恐ろしくてならないよ…」
「何故?」
「生き続けている間は、ずっとずっと過酷な現実とも向き合い続けなければならないから……其れが、時折辛くて苦しくなるよ」
「だから、先程…“生きるのは辛くはないか?”と訊いてきた訳だな。……そうか、主にとって、今の世は辛いか」
「端的に、生き辛い、とは思う……。何に対してもしがらみが纏わり付いてくるから…何をするにしても、少し、疲れるかな……」
「確かに…昔の世と比べて制限が増え、凡そただ生きるだけも辛く苦しい世になってしまったであろうな……。しかし、俺には、其れをまことに解す事は出来なんだ…。所詮、我等は器物に宿りし心に過ぎぬ故……そんな不甲斐なき我等を許しておくれ、主よ」
 泣いてはいない、けれど、きっと心の内で涙しているのだろう主の頬に手を伸ばして触れた。温かな人の子のぬくもりが、肌を通じて伝わってきた。
生きている、人の子のぬくもりが、愛しくてならなかった。
 そんな愛しき人の子が、心の内で涙していた。
この世の苦しみを背負ったかのように、悲しそうに、明日を憂いて泣いていた。
 嗚呼、どうしたら彼女の心根に巣食う闇を解してやれるのだろうか……。
永き時を生きてきた己でさえ、その答えを出してやれぬ。
 嗚呼、悔しいなぁ、不甲斐ないなぁ…。
 ただ、今だけは、この愛しき人の子が平穏無事に生きていられるように祈るしかあるまい。例え、明日、己が折れる事となろう運命が来ても、後悔などせぬように。この世に降ろされた事への遺恨など残さぬように。
 日々を、時間を、大切に過ごそう。傍らに座す愛しき人の子が、心から明日を望めるようになるように。鋼に宿りし想いを傾けよう。
 愛しき人の子が笑って過ごせる明日を迎える為に。
今日日変わらず敵へとこの身、刃を振るってみせようぞ。


執筆日:2022.03.10