此れは、ドナーを受けて延命出来た女の子が、とある時から知らない男の子の夢を見るようになるお話である。
ドナー元となった臓器は、不慮の事故で亡くなった歳近の女の子のものだった、とだけ聞かされた。しかし、実は、そのドナー元となった臓器は、現役の審神者を勤める女の子のものだったそうな。
だが、機密上、彼女へ詳細を語られる事は無かった。故に、彼女は知らなかったのである。平々凡々と生き、過ごしてきた世界の裏側で……審神者という神職に就く者達が、刀剣男士と呼ばれる者達と共に、歴史を守る為という大義を掲げて暗躍し、終わりの見えぬ戦を繰り広げていた事など…。
いつの頃からだろうか。
少女は、或る時から、知らない男の子が出て来る夢を見るようになった。
男の子が何処の誰で、何をしているのかなど、何一つ知らないし分からなかった。そんな男の子が出て来るのを、夢に見た。
初めは、何かを喋りかけられているという事だけが分かる程度で、音も言葉も聞こえずの、よく分からない内容であった。けれど、段々と輪郭ははっきりとしたものへ変わっていき、朧気に見えた存在も、声も、言葉も、分かるようになっていった。
男の子は、少女よりも少し歳上なようで、いつも綺麗に着飾っていた。
そして、何よりも驚いたのが、相手は自身よりも可愛らしい見た目をした男の子であった事だった。目を引いたのは、彼の纏う赤色であった。とても綺麗で、彼によく似合った色合いだと彼女は思った。
男の子はいつも、夢の中で少女へ“主”との名で呼び掛けていた。
しかし、彼女の名は“主”というものでは無かったし、そんな風に呼ばれる覚えもひとっつも無かった。けれども、夢で会う男の子は、いつもいつも少女の事を“主”と呼び慕い、楽しそうに話しかけてきた。
彼の話す話は、彼女の知らない事ばかりだった。
時折、自分の記憶に無い思い出までも然もあったかの如く楽しげに話されて、少し気味が悪いと思ったりもしていた。
そんな折である。
とある日の夢で、彼は少女へこう言ったのだ。
「ねぇ、もうすぐそっちへ会いに行けるよ。ずっと夢でしか会えなかったけどさ、漸くそっちへ行ける準備が整ったんだ。だから、俺、会いに行くね。俺に会えるの楽しみに待っててね、主」
彼の話は、いつも一方的であった。少女の返事を聞く事も無く、彼はそう夢から覚める前に告げて消えていった。気味が悪かった。あまりにも、現実味を帯びてきそうで。
その夢を見たのは、丁度臓器の移植手術を受けてから、自分の体に馴染んできた頃合いであった。
其れから間も無くして、少女は、本当の意味で彼と対面する事になるのだった。何故ならば、夢で見ていた男の子が、リアルに現実世界で、目の前へ現れてきたからである。
綺麗な赤い目をした、黒い服の可愛らしい姿をした男の子が、鮮やかに輝く赤色のマニキュアで色付いた手を振って、少女へ向かって嬉しそうに口を開く。
「久し振りだね、主。良かった…元気そうで」
「ど、して…………っ」
少女は勿論驚きを隠せずに言葉を失って見た。
しかし、彼は平然とした様子で答えを返したのだった。
「どうしてって…俺、ずっと夢で“会いたい”って言ってたでしょ…?だから、会いに来たの。へへっ……やっぱり主には俺が居なくちゃ駄目じゃない?何せ、俺は、主の自慢の可愛い初期刀だったんだから。主も、俺に会えて嬉しい…?」
少女は混乱の極みに立たされた。
まさか、夢に見た事が現実になろうとは思うまい。
彼女は其れまで抱えていた恐怖心を、堰を切るように溢れさせ、喚き散らした。
「……な、に…其れ………意味、分かんない……。“しょきとー”って、何……?ずっと疑問に思ってたけど…その、“あるじ”って誰の事なの?…私、知らない……君の言う何もかもの意味が、分からないし、怖いよ……!“会いに来た”って何!?私、別に君と直接会いたいとか一度も思った事無いよ!?というか、全部夢の中だけのお話だったんじゃないの!?そもそも、君は一体誰なの!?私、現実の知り合いに君みたいな人居ないし、知らないよ……っ!!お願いだから、もう私に関わらないで!あっちへ行ってよ……!!」
一瞬、彼は真顔になり口を噤んだが、次の瞬間にはまた夢で見たような、呆れたような笑みを浮かべて笑って言ったのだ。
「……何、主ったら、すっかり会わない内に俺の事忘れちゃったわけ?酷いなぁ〜。俺だよ、主の初期刀として選ばれた、アンタの可愛い可愛い加州清光だよ。忘れたの……?まぁ、酷い事故だったって聞いてるし、体グチャグチャになっちゃうような悲惨な有り様だったらしいから…覚えてなくても仕方ないよなー」
「え………あ、事故…って…………もしかして、其れ………」
「あ、思い出した?ぶっちゃけ、事故の衝撃諸々で全部忘れちゃってるかもなぁーってのは覚悟してたんだけど…良かった。その事自体は覚えてたんだね」
少女は、今の言葉で理解した。彼は、きっと、事故で亡くなった女の子の……ドナー元となった女の子の大事な人だったんだと。そして、また彼にとっても、ドナー元となった女の子は大事な人だったんだと判った。けれど、理解出来たのは其処までだった。
彼女は混乱の渦中から逃げ出せずに、茫然と立ち尽くした。
「ねぇ、主……これからはずっと一緒だよ。離れてた分も取り戻すくらい側に居てあげるから…もう大丈夫だよ。もう二度と、主が事故に遭ったりなんてしないように、俺が付いてて守ってたげるから……安心してね、俺の一等大事で大好きな大好きなあーるじっ」
少女は、絶望的な運命をただ受け入れざるを得なかったのであった。
――さてさて、
其れ程までに、
愛とやらに、定まった形は無い。表し方すらも、また正しいものなど定まってはいないのだ。故に、誰からも咎める事は出来ぬ事であったのだ。
さてさて…この話を聞いて、御主はどう思う?抱くは恐怖か、はたまた、歪んだ愛か。思想は自由よ。
然れど、相手が人為らざる者であるという点のみ忘れてはならぬ事だ。
忘れて踏み越えてはならぬ一線を越えた後で、後悔しても遅い事だからなぁ。
肝に銘じておく事だな。さすれば、御主自身に少女のような災厄は降り掛かるまいよ。覚えていて損は無き事だ。
我等が神に名を連ねる者である事を、努々忘れぬようにな。
執筆日:2022.03.10