我が本丸の肥前君は、いつも手足が冷たい子だった。
朝尊さん曰く、末端冷え性だそうな。故にも関わらず、冬でもいつも素足のままで居たから、或る時私は言ってやった。
「ねぇ、肥前君…寒いなら靴下履いたら?素足だから余計寒く感じるんだよ。寒いの嫌なら、靴下履きなよ。だいぶ違うよ?」
「やだ。靴下とか履いてっと何か気色悪ィから、絶対履かねぇ」
「頑固だねぇ」
靴下は頑として履く気は無いと宣言した肥前君。しかし、尚も寒そうにしていたから、私は予備のネックウォーマーを貸してあげようと、一度部屋に取りに行き、再び彼の元へ戻ってきて頭からスポッと被せてやった。不意を突く感じでやったからか、ちょっと強引気味だったかもしれない。
けれど、満更でも無かったそうで、彼は貸してあげたネックウォーマーに口許まで
「あったけぇ……」
「ふふふっ…でしょ?人間、首元覆ってるとあったかくなるよ。私、他にも首元覆えるの持ってるから、其れ、暫く貸してあげる」
「ん…さんきゅ…」
「どういたしまして…!」
その後、私は悪戯に冷えていた両掌を肥前君のフードの下へと入れて勝手に暖を取ろうとした。そしたら、「冷てぇ」と文句を言われ、仕返しに脇を擽られた。地味に擽ったくて、思わず奇声を上げて身を捩ってしまった。
何て事はない、平穏な日常の一コマであった。
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とある夜の出来事だった。
夜寝る前の深夜に、腹が減ったからと何かしら食べ物を漁りに厨内を
「昼間あんだけ他人に言っときながら、アンタも裸足じゃねーか」
「いや、時間的にもう寝ようとしてたとこやったからね。其れでよ」
そう返してきた主へ、「ふぅん…」という気の無い相槌を返しながら次の言葉を告げる。
「俺は腹減って眠れねぇから何か食う
「寝る前に、ちょっとぬるま湯の白湯でも飲んでから寝ようと思って」
「白湯なら、其処のケトルに入ってるの飲め。電源切ってから暫く経ってて、丁度ぬるくなってる頃合いだろうからよ」
「教えてくれてアザーッス」
俺の目は相変わらず、主の足元に向いていた。主の足元を見て、ぽつり思った。
(白魚みてぇな色した足だな……)
傷一つ無い、綺麗な真白の色をした足は、薄暗がりの陰になっていても床板からぼんやり白く浮いて見えた。
(俺は、この先、この白魚みてぇに綺麗な色した足を汚さずのままで居られんのかな……)
否、守らねばならぬ歴史と共に守ってやるのが、正しい道理なんだろう。
出来得るなら、これからもずっとこの綺麗な足が綺麗なままを保てるように、守り続けて行くんだ。
――そう決めた筈だったんだけどなぁ……。
偶々、伴に付いて外出した時に、道中敵に襲われた。歴史改変の特異点にもならぬ場所での事だった。相手が通りすがりの遊撃隊だったのが、運が良かったのか幸運だったのか…。幸いにも敵数は少なく、すぐに殲滅する事に成功した。
けど、奇襲とも言える敵の攻撃から逃げる途中、避けたと思っていた銃兵による遠戦を僅かに掠めていたらしく、主が足を負傷した。安全な区画まで逃げ切れた先で遅れて気付いた事だった。何の怪我もしていないと言ってきた筈の主の白い足袋に、赤い鮮血が滲んでいたから気付けた事だった。怪我した本人自体も、状況が状況だった為か、痛みに鈍く、掠めていた事に言われて初めて気付けたらしい。
堪らず、俺は苦々しく口を開いて言った。
「馬鹿野郎が。女が気安く怪我なんか負うんじゃねぇ。痕に残ったらどうすんだ。…アンタ、嫁入り前だろ。少しは気ィ配れよ、阿呆」
静かな呵責を受けつつ、本丸に帰り着くまでの応急処置を受ける主は、俺の言葉に控えめに笑ってこう返してきた。
「ははっ……心配してくれて有難う。でも、私、今のところは誰とも結婚する気とか予定も無いから、大丈夫だよ。仮に痕残ったって、私、気にしないと思うし。…まぁ、億が一にも結婚しなきゃならなくなって、相手先探さなくちゃならないなーってなった時はさ……肥前君が貰ってよ、私の事。其れくらいには信頼してるからさ」
そう言った主の言葉には、ただただ何も言わず無言を返して、後ろ背に主を
――本丸と外界とを繋ぐ境目の鳥居前まで帰り着いたところで、今更になって先の言葉に対する返事をする如く口を開く。
「………そんときゃ、否が応でも貰ってやんよ。どんだけ周りが反対しようと、アンタが望んだ事だからってよぉ。こんな俺に貰われるからには、ある程度覚悟しとけよ?精々何処ぞの国の姫さんみたく着飾ってもらって待っとくんだな。俺が迎えに行く、その時まで…」
「うん…分かった。もし、本当にそんな時が来たら、肥前君が迎えに来るの待ってるね」
「約束だからな。忘れたら絶交してやる」
「ええっ!其れは酷い……っ!」
「うるせぇ。早く薬研に手入れ受けろ。んで、早く傷治す為に大人しくしてろ。面倒事は俺達が請け負ってやっから」
「……っふふふ、有難う肥前君」
「…うるせぇ。黙って運ばれてろ、怪我人」
「ふふふっ……肥前君は優しいなぁ」
「アンタが顕現した、正真正銘アンタの刀だからな……アンタに似ちまっててもしょうがねぇだろ…」
「そっかぁ…」
本丸に帰り着いて即、主は心配していたという皆に取り囲まれて、もみくちゃにされた。どうも、政府の方から連絡が入っていたらしく、焦った組が一部隊分送り出すつもりで居たとの事だった。
幸い、主の負った怪我は大した事無く、痕も残らずに済むだろうとの話だった。
その事に、主一人だけ残念そうな声を上げて呟く。
「あーあっ、ざ〜んねん……!肥前君との婚約話、無くなっちゃったね」
「例え話だったんだから良いだろ…?つーか、んな馬鹿言ってねぇで、早く今回の件の報告書書き上げろ」
「はーいっ」
「肥前の……今ん話、どういう事ちや?」
「ゲッ!一番面倒臭ェ奴に聞かれちまった…!」
「何ちゃあ今、婚約がどーとかち言うちょらせんかったか!?」
「あーもうっ…!ただの例え話だよ!!」
「肥前の!しょう詳しゅう話しとうせ…っ!!」
「だぁーっ!!おい、主!此奴どうにかしてくれ…!!」
「喧嘩はいかんよ、肥前君〜。付き纏われんのが嫌やったら、正直に話せば済む話やで〜」
「誰がアンタ以外に話すか!小っ恥ずかしい……ッ!!」
「肥前の奴が照れちゅう…!!こら滅多に無い事ちや!?主、詳細教えとうせ…!」
「絶対ェ話すんじゃねーぞ主…!!死んでも話すな!!話したら俺は折れるッ!!」
「大袈裟ァッッッ!!単に、私が傷物になったら肥前君が責任取って嫁に貰うてくれる、ってだけの話やないの…!」
「な、何じゃとぉー!!?」
「こっの馬鹿ァ……ッッッ!!もう知らねぇ!!アンタとはもう口利いてやんねぇから!!」
そう言い残して、俺は脱兎の如く部屋を飛び出していった。
その後、暫く本丸内は俺と主二人の恋バナに沸き立ったが、俺は身を隠したまま表には出て行かなかった。大倶利伽羅の奴だけが理解者だった。
「安心しろ……俺は何も言わん」
「アンタだけだよ…俺の事分かってくれる奴は……」
「俺も、馴れ合ったり構われたりするのは得意じゃないからな……似た者同士の
大倶利伽羅は本当に良い奴だと思った出来事だった。
Title by:乱痴気