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真田幸村の愛槍が赤子返りするの巻なり



 其れは、突然起きた事であった。
「大千鳥ぃーーーっっっ!!?」
 その日、審神者は、泛塵のものと思われたし悲鳴じみた大声により、早朝帯にて起こされた。離れの間にまで響いてきた音量だ、同じく母屋で寝起きしていた者達の一部もその声に起こされたようで、何だ何だ何事だ……と声の発信源であろう一室を覗きに行く者がちらほら。しかし、部屋の様子を覗き見てやろうと障子戸に手を掛けた途端、勢い良く中から何かを抱えた泛塵が転がり出てきた。
その様子は、異常なまでの焦燥に駆られていると言った風で、野次馬のように集まった者は一瞬声をかけるのを躊躇った。そうしている内に、彼は慌ただしく離れの間を目指して駆けていった。
「主……!!大変だっ!!大千鳥がッ……!!頼む、起きてくれ…ッ!!」
 そもそも既に先程の第一声で起こされていた審神者は、何やら慌ただしい気配を察知して、起き抜けの寝間着姿のまま寝室から慌てて出て来る。
「おいおい、朝っぱらからどうした、何が起きた…?」
「兎に角、大変なんだ!!起きたら、隣で寝ていた筈の大千鳥が、こんな姿に……っ!!」
「ええ?十文字君がどうしたって…?」
「ほら!この異常さを見てくれ…!!大千鳥の一大事だろう!?」
 そう言って、彼より目の前に突き出されたのは、随分と大きな服に包まれるようにして抱かれていた、大千鳥十文字槍の見た目にそっくりな姿の小さな赤子であった。
 寸の間、二人の間に沈黙が降りる。
 一寸ばかり思考停止し明後日な方向へ思考をトリップしかけていた審神者が我を取り戻し、再び口を開く。
「え……まさかだけども、その子がの十文字君とは言わんよね……?」
「どう見たって、大千鳥に決まっているだろう?僕があの大千鳥を見紛う事など有りはしないのだから。寝惚けまなこをかっ開いてよく見てくれ」
「君って大概十文字君のモンペよね……其れも、過激派タイプの…」
「現状は理解出来たか?」
「ア、ハイ……ッ。取り敢えず、何かよく分からんけども、今朝起きたら十文字君がバグ被害に遭って赤ちゃん返りしてるっぽい(?)事だけは把握した。其れは分かったから……泛塵君、一遍落ち着こか。まだ早朝帯も良いとこやで」
「大千鳥の一大事というに落ち着いて居られると思うか!?呑気な事を言っている暇があるなら、頼むから早くどうにかして元に戻してくれ…っ!!」
「ちょっ…!泛塵君落ち着いて!!あんまり大きな声出しちゃうと、まだ他に寝てる子も居るし、十文字君もさっきから吃驚したまま固まってるみたいだから……っ!」
「ハッ……!?す、すまない、大千鳥……っ。お前の事となると、どうも僕は気が気じゃ無くなるみたいで……」
 審神者が指摘した通り、物凄い剣幕で捲し立てている他所で、彼の腕に抱かれていた赤子姿の大千鳥らしき者は、ひたすら吃驚仰天した状態で身を縮めて固まっていた。普段より大人しく物静かな質の者だったからか、此処まで一つも声を上げる事無くされるがままで居たようだ。
「えーっと……一先ず、一度お互いに身形みなりを整えてこようか…。身支度終わったら、その手の世話が得意な短刀ちゃん達に話を通そう。一旦、十文字君のその状態も何とかしてあげたいし……。あと、御飯もまだだしね。ちゃんとしたお話は、一通りの事が済んだ後だ。話は其れからにしよ、な……?」
「そ、そう…だな……っ。すまない、主……取り乱してしまって……ッ」
「君はまだこの本丸に来て日が浅いし、身内が突然よく分かんない事になってたりしたらしょうがないって。謝んなくって良いよ。取り敢えず、俺も急いで身支度整えてくるから、泛塵君も顔洗ったり服着替えたりして来な?」
「その間、大千鳥はどうしたら良いだろうか……?」
「うーん……本体への影響か、人の身としての器だけへの影響か、分かんないからなぁ…。とりま、本体の近くに居た方が良いかもとして、一旦そのまま泛塵君と一緒に部屋に戻ってもらう事にしよっか。こっちもなる早で用済ませながら指示飛ばしたりして、すぐに短刀の子向かわせるから」
「わ、分かった……」
 一時、騒然とした本丸は落ち着きを取り戻したかのように静かとなった。
 一先ず、審神者であった彼女は、自身の身支度もそぞろに、幼子の世話が得意そうな者等へ指示を飛ばした。理由はまだ不明だが、赤子返りしたと思われたし大千鳥の面倒を見るのを手伝ってやってくれと。
早文のように飛んできた式と指示に頷いた短刀等は、直ぐ様行動に移し始めた。
 朝目覚めるなり、本丸の仲間の一振りが小さくなっている姿を見て、若干一名が奇声を上げて悶え伏したのは言うまでもないが……。

 兎に角、まずは身形――衣服をどうにかしないととなり、急遽間に合わせで幼児用の衣服を拵えた。元のサイズの服ではあまりにもサイズが合わなさ過ぎた為である。加えて、我が本丸には幼子の姿をした短刀は居れど、赤子なまでに幼き小さな子供の姿をした者は居なかったからだ。
 朝告げ鳥に代わったかのような泛塵の一声によってもたらされたのは、とてつもない驚きであった。
「取り敢えず、毛利君が居たお陰で衣服はどうにかなったけど……御飯はどうしたら良いんだろう?というか、食べれる年齢なのかが問題なのだが……」
「う……?」
 体のサイズに合った服を着せてもらったからか、少し落ち着いたらしき大千鳥が赤子姿の円らな瞳を瞬かせて愛らしく首を傾げる。
 赤子を抱くのは、女子おなごの者の方が落ち着くだろうという事で、本丸で唯一存在する女の身の審神者が現在抱っこ役を任されている。故だろうか……腕に抱く赤子の大千鳥とは、何だか妙な感じというか、不思議な感覚であった。
 何故ならば、本来の彼は、槍の身に相応しき身の丈をした姿であった為、審神者なんかよりも遥かに大柄な体躯の者だったのだ。其れが、今や原因は不明だが、赤子までに縮んだ幼児の姿であった。違和感を抱くな、という方が無理な話である。
「そうですねぇ〜……このくらいの子だと、まだお乳を卒業してるかしてないかくらいだと思われますし……仮に御飯として与えるなら、まずはミルクと言ったところでしょうか」
「あの大千鳥が乳飲み子になるなんて……果たして誰が想像出来ただろうか?」
「いや、誰も想像出来る訳無いって。頼むから、気をしっかり持って泛塵君…!貴方がしっかりしてなきゃ、俺どうしたら良いか分かんなくなるから……!」
「す、すまない……あまりの現実に僕も混乱していて、つい……っ。全てを塵芥ちりあくたとしか出来ぬこのごみが、果たして役に立てるかどうか……」
「大丈夫!泛塵君も立派な脇差だから、誰かをお世話するとかのサポートは得意な筈だよ!!ましてや、相手は槍の十文字君だよ!今はちっちゃくなってるけども、槍のサポートに脇差の子は欠かせないって、同じ槍のぎねだって言ってたじゃない?だから大丈夫、貴方なら出来るよ!!」
「有難う、主……ごみごみなりにやってみるとしよう」
「僕も出来る限りの範囲でサポート致しますから、安心してください!ちっちゃい子のお世話なら大得意ですから…っ!!」
「うん……今ばかりはその発言が頼もしい事この上無いよ…」
 突然のバグに戸惑いを隠し切れなかった様子の泛塵が、自信を喪失したように弱音を吐いた故、審神者が励ましの言葉をかけた。
 戸惑うのも当然の話だ。何せ、この本丸でそういったバグとやらが起きたのは、初めての事であったからだ。巷の噂で、何処ぞの本丸の刀剣男士が幼児化しただ、動物化しただのの話は聞いていたものの、自本丸での事例は初めての事である。故に、混乱も一入ひとしおであろう。
「一先ず、話は本題に戻るとして……ミルクをどうするか、ですよね?」
「うーん、ウチには乳の出るような人なんて居ないし、ミルク飲むようなちっちゃい子も居ないから専用のミルクなんて置いてなかったしねぇ……っ。さて、どうしたもんか」
「……出ないのか?」
「はぇ?」
「主も立派な女人だろう……?乳は出ぬのか?」
「いやいやいやいや、待て待て待て……っっっ!!アレは、母乳とは、子を産んだ母親だけが出せるものであって!子を産んだ事も無い俺が出せるものでは無いからね!?」
「大千鳥に赤子返りするというバグが起きたんだ、主にもバグが起きた影響とかで乳が出るようになっているかもしれぬだろう。試してみてはくれないか…?」
「いやいやいや、無い無い無い無い絶対無いから……ッッッ!!見よ、この断崖絶壁なまでの貧乳を…!!こんなまな板な胸から乳なぞというブツが出ると思うてか!?」
「あー……でも、そういったネタのエロ漫画ってあるよね!俺、いち兄が持ってたエロ本の中で、そんな内容のヤツ見た事あるしっ!」
「ちょっと待ちなさい鯰尾、お前、私の秘蔵の春本を見たのか!?」
「おっと、何やら聞かない方が良かった事を聞いたようだし、あらぬところから爆弾飛び火して被害被ってる方がいらっしゃるが……まぁ、今は目を瞑っておくとするよ。あと、ずお兄、お前は一時喋るな。これ以上、面倒な事なっても厄介だから、お口チャックしてろ」
「はーい!」
「鯰尾、ちょっとこっちへ来なさい。私と話をしようか」
「やはり、出ない、のか……?」
「御免ね。俺、確かに性別女ではあるけども、そのお願いは叶えてやれないかなぁ〜……っ」
「だう。うぅー、あ、うー」
「ちょっ……十文字君?今このタイミングでの“飯まだか?”的な催促はアウトだからやめて?」
「ほら、大千鳥も乳を欲しがっているようだぞ、主。何とかして頑張って出してみてくれ」
「いや、だからんな事出来たら、初めから困ったりとかしてねぇからなッッッ!!?」
 思わぬキラーパスみたいな流れとなった大千鳥のパイタッチに盛大な焦りからの大声を発した。直後、朝イチ早馬で乳幼児用のミルクを買いに走ってくれていたらしき長谷部の帰還した声が、玄関口より聞こえてきた。助かった……。

 一先ず、一難は去ったかと、朝から疲れたような顔を張り付けながら、赤子な大千鳥へと人肌の温度で作ったミルクを飲ませた。食事事情は此れで解決しただろう。しかし、問題はまだまだ山積みであった。
 大千鳥へミルクを飲ませつつ、審神者は、朝餉を食べている最中の泛塵へと訊ねた。
「ねぇ、泛塵君……十文字君がこうなった原因に心当たりとかって無い?」
「大千鳥が乳飲み子に縮んだ原因となるような事など、あっただろうか……」
「何でも良いよ。ここ最近で、十文字君と一緒に生活していて、何か気になる事や引っ掛かるような事があったか、よーく思い出してみて」
「気になる事か……うぅむ…」
 審神者より問われ、一頻り頭を悩ませて考えた泛塵は、ふと或る日の事を思い出したのか、目の前にある食べかけの膳を見つめながらぽつりぽつりと話し始めた。
「そういえば……いつぞやの手合せの際に、僕との錬度差を思い悩んでいるようだったな……」
「あ゛〜……十文字君は一年前にはウチに来てた子だし、レベルも半年前くらいにはカンストしちゃってたからなぁ……っ。泛塵君とのレベル差は、そう簡単にすぐ埋められる事ではないよね。泛塵君は、今年の睦月にようやっと来たばかりの子だし。君がカンストするまでには、少なくとも十文字君と同じくらいの期間は必要だよね。あと、上手い事レベリング向きのイベントが重なるか、に懸かってるかな…。今少しは、遠征を中心に上げていくしかないね。一番安全的効率的にレベル上げるなら、だけども」
「僕は、主がそうと言うのならば其れに従うまでで、別に不満がある訳でも無かったんだが……」
「もしかしたら、武器として、なかなか戦に出してもらえぬ泛塵君の事を気に病んだが故の流れが、今回のバグを引き起こした原因且つトリガーとなったんじゃないか、って思う訳ね……?」
「心当たりのある事と言えば、其れくらいかと……っ」
「ふぅむ……普通、今の話の流れだと、思い悩むのは泛塵君側だと思うのだけど……実際のところは、十文字君側になっちゃった訳か。ん゛ー……でも、分からなくも無いかもなぁ」
「え……?」
 審神者の零した呟きに心惹かれたか、俯いていた顔を上げた泛塵が此方を見遣った。其れに対し、審神者は真面目な顔付きで以て見返し、言う。
「たぶんだけど、十文字君は思った以上に自分が強くなり過ぎちゃってて、泛塵君の手合せする相手には相応しくないって思っちゃったんだろうね……。其れで、その事を気にし過ぎた結果、バグを起こして赤ちゃん返りするに至ったんじゃなかろうか」
「……つまりは、僕を気遣っての事で起きたバグだという事なのか?」
「俺の推測は、だけどね。憶測なら色々並べ立てる事は可能だよ。でも、実際のところは、本刃ほんにんの口から聞かない事には分からないかな……っ。いつまでこの状態が続くかも分かんないけども、まぁそう心配せずとも、近い内に戻るよ!だって、ウチの刀は大抵が戦闘狂の気がある、血の気多い個体に育つからね…!戦に出れないのが嫌な質の十文字君なら、一週間程くらいで戻るんじゃないかな?」
「そうだと良いんだがな……」
「大丈夫だって!彼の相棒なら、彼を信じてあげな」
 話している間も大人しくミルクを飲んでいた大千鳥が、「んんー」という声を発しながらぺちぺちと小さな掌で空になった哺乳瓶を叩き、飲み終えた事の合図を送ってきた。其れに気を良くしながら、赤子な姿も相俟ってか、審神者はつい幼児に対する喋り方になりながら「おー、全部飲めたの?偉いね〜!」と褒める。
 次いで、慣れたような手付きで優しく背を叩き、げっぷを促してやった。
程無くして、大千鳥の口から「けぷっ」といったげっぷの出た声が聞こえた。
赤子はまだ自分自身で上手くげっぷを出来ないが故の催促行動であった。
此れをするとしないとでは、後の様子が大きく異なるのである。
 上手くげっぷが出来た事にもまた「偉いね〜」と褒めていたらば、向かいで食事をしていた泛塵が感心したように呟いた。
「その、慣れているのだな……?」
「ん?そうかな…?見様見真似でやってるだけなんだけど。俺、兄弟は居ても自分が末っ子で下には居なかったし。ちっちゃい子の世話っつっても、親戚ん家遊びに行った時のついでで、親戚の子の相手頼まれた時ぐらいのレベルしか経験無いしな〜。ぶっちゃけ、此処までの本格的な経験はゼロで初めての事よ」
「そう、だったのか……?其れにしては僕なんかよりも慣れているような……」
「あー、うん…まぁ、其処はたぶん、俺が女で生まれたが故の事なんかもしれんねぇ……。何でか昔っから男よりも女の方が赤子の世話が出来るもんなのよ。不思議な事にね」
 審神者がそう話を締め括ったところで、先に食事を済ませたらしい前田が大千鳥を抱っこする役目を代わると進言してきた。自身が役目を代わっている間に、「主君も御飯を食べてください」との事である。
 此処に来て初めて泛塵はハッとした。そうだ、そういえば審神者は大千鳥の世話ばかりを優先して、まだ食事を口にしていなかったどころか、手すら付けていなかったのだ。赤子の姿とは言え、彼も刀剣男士である事に変わりは無いと思うばかりに、気遣いの念を忘れていたのである。
 泛塵は己の失態を恥じながら、慌てて審神者へ謝罪を口にした。
「すっ、すまない主……!本来ならば僕が請け負うべき役目を任せ切りにしてしまって…!!」
「いや、良いのよ、此れくらい。気にしないで、泛塵君は御飯食べちゃって。俺も初めての事だったから、ちょっと心配で優先してただけだし。何せ、幼児通り越して赤ちゃんだからねぇ〜……っ。ミルク一本飲ますのだってしっかり見てないと、何かあっちゃ大変だもん」
「赤子の世話というのは、大変なのだな……」
「そうよ〜。俺も実際経験した訳じゃないから何とも言えんがね、赤ちゃん居たらそりゃ毎日がてんやわんやの日々よ。定期的におしめ替えはしなきゃなんないやら、お腹空かせたらお乳あげなきゃなんないやら、泣いたら泣いたで何で泣いてるのか察して宥めてやらなきゃなんないわで、兎に角一時も目ぇ離してらんないのよ。夜泣きされたらその度に起こされて眠れないしで、寝不足だけどもおちおちゆっくりとも寝てらんないから、赤ちゃん育てるのってメチャクソ大変なのよ〜?」
「まるで経験してきたかのように語るけど、主ってまだ結婚した事無かったよなぁ?」
「無いよー。出産経験もなー。無いけど、親やら親戚から子供ん時から色々話聞かされて育ったもんで、知識だけはあんのよ。まぁ、ごく一般的な知識だけなら、大体の人も持ってるけどな。一通り学校で教わるし」
 離れた席に座って御飯を食べていた包丁藤四郎より問いを投げ掛けられ、其れに平然と答える審神者。兎も角、育児は一筋縄では行かない事である、という事だけは伝わったであろう。
 遅ればせながら朝餉に有り付く審神者は、漸く御飯を食べれる事にホッと安堵した。

 食事を終えた後、改めて今回起こった大千鳥十文字槍についてのバグの一件に対する会議を開いた。わざわざ会議まで開いた理由は、彼が元に戻るまでの暫くの間の方針や予定を確認し合う為である。
「一先ず、バグが起きた原因は何となく把握出来たんだけど……問題は、この状態がいつまで続くかよね…。相手が十文字君だから、早い段階で元に戻らなくもないんじゃないかなぁ〜と踏んでるんだけど……皆はどう思う?」
「戦に出てェ意志が強けりゃ、その内戻んだろ。赤ん坊の姿のまんまじゃ、戦に出れねぇどころか、槍すら握れねぇ訳だし」
「確かに、同田貫の意見には賛同出来るかと。大千鳥の奴とて、其れ程馬鹿では無いでしょう」
「うん。まぁ、元に戻る云々は、十文字君次第だから、そっちは十文字君自身に任せるとして……。俺が気にしてんのは、果たしてこのバグは本体にも影響が出るのか否かって事についてなんだよね…。例えばなんだけど、本体とあまり離れちゃいけないとかなら、常に本体の側に居させるとかって対処を取るんだけど……今回の場合、其れとは別ケースな気がしてならないんだよなぁ〜。……なぁ、こんちゃんや、霊力の循環とか顕現へのエラーとか、そこら辺の問題ってどうなってる訳?解析結果、もう出てるんでしょ?」
「はい、急ぎ現状の分析、解析をしてきた訳ですからね。勿論ですとも…!食事も後回しに超特急で調べ上げたんですから、後で取って置きのお揚げの進呈をお願いしますよ!」
「たった其れくらいの仕事をこなしたくらいで、管狐の分際で主に褒美をせびるんじゃない…!」
「まぁまぁ、長谷部殿、今ばかりは良いじゃないですか。そんな事よりも、早く話を聞かせて頂くとしましょう」
 バグが起こった事の報告をすると同時に、バグについての分析を依頼していたのが功を奏したのか、事はトントン拍子に運んでいた。
 朝イチで分析の依頼を受けた当本丸担当のこんのすけは、解析データから得た結果を持って超特急で飛んでやって来て、毛並みを整える間も無く結果の報告に至る。故の、“頑張った褒美のお揚げ”の催促であった。此れを良しとしない、気に食わぬ様子の長谷部が食って掛かる。しかし、狐仲間には甘い小狐丸が其れを諭し、宥めて、話の先を促した。
 こんのすけ曰く、話はこうである。
「今回起きたバグの現状を解析してみた結果、どうやら大千鳥様の顕現している器側に異常をきたした模様らしく、其れで器が変じて赤子の姿になってしまっているというのが現状のようですね。本体には影響しておりませんが、霊力の循環に乱れが生じて今の姿になっている訳ですので、今暫くは様子を見つつ、霊力の循環が回復するまでを待った方が良いでしょう。無理矢理元に戻そうと下手に力を加えてしまえば、今在る器その物が歪んでしまい兼ねません。焦るお気持ちは分かりますが、どうか落ち着いて冷静な対応をお願い致します」
「えっと……具体的な解決策とかは無いの?経過を見守る以外の策は?何か無いの?」
「そうですね。今回のケースであれば、主様の最も近い場所に器を配置しておけば、霊気の巡りも早く回復出来るかと。主様より励起された方ですから、元である主様の側が一番回復を促す有効ポイントとなるでしょうね」
「では、大千鳥は、主の側に居れば早く元に戻れるかもしれないんだな……!よし、では主よ、これから暫く大千鳥の事を頼んだぞ!」
「いや、まぁ、たぶんそうなるだろうなとは読めてたから驚きはしないけどもね……。うん、まぁ任されたよ」
「う」
「うん、大千鳥も宜しく頼むと言っているようだ」
「え、お前…此奴が何言ってっか分かるのか?」
「大千鳥は普段から分かりやすい方だと思うが……?」
 同田貫の疑問に泛塵はサラリと答えた。いや、赤子の姿になっても分かるとか凄過ぎるだろう。赤子姿になって以来、彼は喃語しか喋れていない筈なのだが、其れすら理解する泛塵の身内に対するスキルというかスペックが半端無い。
大千鳥はというと、普段が寡黙の言葉数の少ないタイプの男故に、赤子になってからも大人しくあまり喋る事は無かったが。
 取り敢えず、彼に対する対応や方針は粗方決まった。
 兎に角、彼女の側に居れば早く戻れる切っ掛けになるかもしれないと、彼の世話は審神者である彼女がおもに請け負う事となった。サポート役は、当然の事ながら毛利が抜擢……という以前に凄まじい勢いで立候補してきて、そのまま決定したのであった。小さい子好き魂が火を噴いて仕方が無いらしい。まぁ、彼がサポートしてくれるならば、心強い以外の何者でもない。有難く彼のサポートを受け入れた。
 食事等の面倒は、手の空いた者が率先して担当する事となり、また、何かあれば随時対応出来るように、短刀もしくは脇差の内の一振りが必ず審神者の側に付いている事となった。
 審神者自身も、仕事中は背中におぶるなどの対応で、常に彼の側に居れるようにと努めた。仕事中でない時は、抱っこしてあやしたり、疲れたら他の者に代わってもらうなどの対応を行った。


 大千鳥が赤子化してから数日経ち、ある程度の事が分かってきた。
基本、静かに大人しく抱っこされるか寝てたりする彼だが、何か意思表示をする時だけ短く言葉を発するらしい。普通の赤子ならば、何かあれば泣いたりなどをして意思を示してくるところなのだが、彼の場合はちっとも泣かなかった。まぁ、其れは夜泣きもせずに大人しく寝ていてくれるという事なので、世話をする側の者からしたら大層助かる話であるのだが。
 腹が空いた時も、胸元をぺちぺちと叩いてくるのが「ミルクの時間だぞ」という合図であると分かってきた。
 衣服を着替えさせたりするのも嫌がらずにスムーズに行えたのだが、おしめ替えの時だけは何故か審神者がやろうとすると嫌がり、眉間に皺を寄せて不満を訴えてきた。よって、おしめ替えの時ばかりは審神者以外の者が担当する事になったのである。
「何でおしめ替えの時だけは俺を拒むんだ、この子は……。別に俺、悪戯とか仕掛ける気無いよ?鶴さんじゃあるまいしさ」
「さぁ……?僕にはよく分からない…」
「僕には、何となくではありますが、分かりますよ!きっと、大千鳥さんは、女性である主様に下のお世話までされるのに抵抗があるんだと思います!」
「ちょっ…おんっま、めっちゃハッキリ言ってくるやんけ!?んな“下の世話”とかデカイ声でハッキリ言うなや!」
「え、分かりやすく伝える為にオブラートにも包まず伝えたんですが…不味かったですか?」
「いや、俺は構わないんだけどさ……十文字君自体の精神的問題というか、そっちの心配をだな……」
「嗚呼、其れなら問題は無いだろう。既に赤子になった時点で色々と受け入れているらしい大千鳥にとって、今のくらいは然程問題にもならない筈だ」
「えぇ…そうなの?十文字君、鋼のメンタルかよ……強っ」
 そう言って、おしめ替えを終えてスッキリしたであろう彼の方を見た。
すれば、問題発言をした毛利の方を胡乱気な(心無しか虚無顔にも見えなくもない)表情で以て見つめるだけで、無言を返していた。「うん、何か御免ね」という気持ちでいっぱいになるばかりの表情であった。
「話を戻しますけども……大千鳥さんは、本来ならば、僕達短刀の者とは違い、成人した男性のお姿であられる御方ですから。おしめ替えを嫌がるのは、主様を慮っての反応でしょうね」
「え?という事は、十文字君は今現在も元々の意識はあるままで居るって事……?」
「そういう事になりますかね」
「うわ……其れじゃ、元に戻った時も記憶あるパターンだって事じゃん。大丈夫かな、十文字君……恥ずかしさとかで自決なんて真似しないでね」
「う゛ーっう゛」
「其れは無いから安心しろ、だそうだ」
「……泛塵君、ちょいちょい思ってたけど、君、今の通訳出来るとか凄くない…?十文字君限定のエスパーか何かかな??」
「僕は、ただ大千鳥の役に立てるならばと思っているだけだ」
「真田組コンビの絆強しじゃん。カッケェ」
 深い事を考える事はやめた思考で、頭空っぽな感想を零した。毛利の小さい子好き精神の強さに呆れ……否、疲れてしまった訳では決して無いのである。
 おしめ替えを終え、再びおくるみに包まれた赤子姿の大千鳥を見て、審神者はふと思った。
「……何か、こうしてると、十文字君可愛いね」
「そうですよね!とってもプリチーでキュートな愛らしさ溢れる可愛さ、主様にも分かりますか!?」
「おぅふッ……其処までは言ってねぇけども、可愛いなぁ〜って事には同意するよ」
「ですよね!今の大千鳥さん、とっても可愛いですよね!!ふぎゃあ〜〜っ!もう堪らない可愛さですぅ……!!小さい子万歳!!僕、この本丸に顕現出来て良かったですっっっ!!」
「そっかぁ〜〜〜。ソイツァ良かったねぇ〜〜〜」
「あぶぅ……っ」
「主、気をしっかり持て……だそうだ」
「うん、励まし有難う十文字君。励まされなきゃいけないのは十文字君の方なのに、俺の方が励まされてどうすんのよって話よね、うん。早く元の姿に戻せるよう、主頑張るね」
「僕は、まだ暫くこのままでも全然構いませんけどもね!!」
「大千鳥…頼むから早く元に戻ってくれ……!」
「俺からもお願いしとくわ……。毛利君がこれ以上暴走せぬ内に元に戻ってあげてね。此れは君の為でもあるんだよ」
「ん゛ーっ!」
「極力善処する、だそうだ」
「うん、そうしてあげて……?でないと、この子が何か飛んでもない事やらかしそうで…十文字君の尊厳奪われそうで恐ろしくてならんわ」
 流石のその一言には戦慄したのか、赤子ながらも大千鳥は顔を青ざめさせ、毛利の手から嫌々と逃れようと突っ張ねた。仕方無しに抱っこの番を審神者へと代わった毛利は心底残念そうだった。しかし、ハートは強いのか、其れくらいでめげるつもりは無いと、カメラを構えて滅茶苦茶シャッターを切っていた。

 ――そんな事があった晩の事である。
不意に夜中に目が覚めたと思うと、隣で寝ていた大千鳥も起きたようで、薄暗がりの中ぱちくりと円らな瞳を瞬かせていた。
 審神者は半身起こし、小声でどうしたと問うた。すると、「うーうー」と短い両の腕を懸命に此方へと伸ばしてきたので、抱擁の催促かと完全に起き上がり、胸元まで抱き上げてやった。途端、小さな体いっぱいを使って抱き付いてきた彼に、寝起きな頭も手伝ってふにゃりと微笑む。
「どしたの……?眠れないの?」
「だぁうー」
「今までなら朝までぐっすりな筈だったのにねぇ……なぁに、何かあったの?」
「んんぅ…」
 無い胸に顔をうずめてくる赤子姿な彼に、審神者は「豊満な胸じゃなくて御免ねぇ〜」と苦笑を浮かべて謝った。其れに対し、彼は“違う、そうじゃない”と言わんばかりに嫌々と首を横に振った。
 ―もしかしたら、戻る日も近いのかもしれない……。
何となく直感的にそう思った審神者は、一旦布団から出る事にし、上着を羽織るだけ羽織って寝間着姿のまま寝室から出る事にした。
 寝室から出る音がしたからだろう、隣室の執務室の空きスペースで寝ていた前田が布団から起き上がり、どうかしたかと訊ねてきた。其れに審神者は、「ちょっと散歩に出て来るだけだから、心配しないで」と小声で返しながら、執務室を通り抜け、離れの間から出て行った。寸の間、夜の本丸内のお散歩を終えたら寝に戻るつもりである。
 審神者は、彼を抱いたまま、静かに縁側より庭先へと降り、暫し夜の世界を散策する事にした。
「夜中だからかねぇ〜……みぃんな寝静まってて静かだねぇ」
「あーぅ」
「ふふっ……お空見てごらん?月も星も綺麗に輝いてるよ〜」
「うー」
「ふふふっ……夜のお散歩も偶には良いもんだねぇ」
 池に架かる赤い桟橋の元までを目指しながら、ゆっくりと歩いていく。交わす話し声は、寝ている他の者達の妨げにならぬようにと潜めた声で、である。
 橋の上までやって来たところで、審神者は歩みを止め、池の方を見つめて呟いた。
「ほーら、池にお空に昇ったお月様が映り込んでるよ〜。きらきらしてて綺麗だねぇ」
「う」
「月明かりに反射した水面がゆらゆらしてるの見ると、何だか気持ちが落ち着いてくるでしょ……?ああ、でも、あんまり身を乗り出して覗き込んじゃ駄目よ。落っこちちゃうからね」
「あい」
「ふふっ……まぁ、わざわざそんなん言わずとも流石に分かってるか。君、元々の意識あるまんまらしいし」
 クスリ、小さく笑んでから審神者は穏やかな声音で切り出した。
「十文字君……泛塵君の事、そんなに焦らなくても良いと思うよ。確かに、彼はウチに来るの遅くて、漸く迎えられたのは君が来てから一年後の事になっちゃったけども……。君が成長した時と同じように、焦らずゆっくり成長していけば良いんだよ」
 月を映して揺らぐ水面を見つめながら呟く声に、彼は静かに耳を傾けてくれた。其れに促されるように、彼女はぽつりぽつりと思っていた事を吐露していく。
「“戦に出さぬ武器など何の価値がある”って思う気持ちは、分からなくも無いけどさ……。何事にもタイミングってのがあるんだって事を覚えてもらえたら嬉しいなぁ…。彼が成長出来る日はちゃんと来るし、その機会は必ず近い内に与えてあげるよ。約束する。彼だけじゃない……彼の後すぐに来たみっさん――えっと、福島光忠だっても同じ事さ。彼等には、此処ぞという時が来たら出陣メンバーの編成に組むつもり……。けど、今はちょっと難しいから、待っていて欲しいな……っ。今は、対大侵寇とか言う、今までに無い巨大なプログラムと向き合わなきゃならないから」
 夜風が少し吹き始めたのか、ふわり、吹いた風に前髪を浚われる。
「まだ本番ではない、対プログラムという前提での訓練だけれど……此れは、来るべき時に備えての事だから。戦力を整える意味では、本当なら泛塵君達も編成に加えるべきところなんだろうけど…特も付いてない未熟な状態の二振りを組む事は、自ら死にに行かせるようなものだから……其れだけはしたくないんだ。俺は、この本丸に居る皆を、誰一振りひとりとして欠かしたくないし、折れさせたくは無いから。……安全性を取っちゃって、御免ね。でも、俺、臆病だから……下手な手を打ちたくないの。其れで、大事な君達を失いたくはないから……。此れは、俺のエゴで我が儘から成り立つ采配。……だけど、折れる事無く生きてこの本丸へ戻ってきて欲しい、っていう俺の願いでもあるんだ」
「あーい…?」
「そう、願い……君も含めて皆大事で大好きな俺の命みたいな宝物だから……絶対に折れませんようにって祈りや願いを込めての采配なんだ。無理な進軍や傷を負う事は、戦をする上じゃあ、あっても当然の事だとは分かってるけどもね……死んで欲しく無いから、生きていて欲しいから……俺はまだ彼等を編成に加えるつもりは無い。もう少し経験を積んで、ある程度レベルが上がってきたら、その時は極の子達と同じ部隊に組むよ。せめて、特が付くまでは控えの後方部隊組かな……」
「やーぅ゛っ」
「あははっ……戦に出れないのが辛いのは分かるし、焦る気持ちも分かるよ?…けど、来る時が来るまで辛抱してくれ、としか答えらんないんだわ。此ればっかりは、納得してもらう他無いっすわねぇ〜……っ」
 からからと渇いた自嘲気味の笑みを浮かべて言葉を続ける審神者は言った。
「死に急いでるような俺が言えた口じゃないけどもさ……君達には、生きていてもらいたいんだよ。明日も明後日も、笑って過ごして居られるように。この本丸という場所だって、君達とこうして共に居る事だって、今やってる戦が終わるまでの間の話だからさ……俺が生きてる間は、俺の我が儘に付き合ってよ」
 静かな吐露であった。
 少し、風が強まってきた。春の季節へ変わり始めたとは言え、まだ夜は冷えるし、風も冷たい。赤子姿の彼の身を案じるならば、そろそろ室内へと戻った方が良いだろう。
 審神者は、再びゆっくりと歩み始め、夜の本丸内を移動し始めた。
 元居た離れの間の縁側まで戻り、沓脱石の処で履き物を脱いで上がっている時である。不意に胸元の衣を引っ張った彼に、動きを止め、首を傾げて問う。
「どしたの、十文字君……?」
「うーあ、うぅっ」
 何やら母屋の方角を指差して訴える大千鳥。その意図を察した審神者が、再び彼へ訊ねる。
「あっちの方に行きたいの……?あっちは泛塵君達が寝てる方だよ。泛塵君とこに行きたいの?」
「むぅーうっ」
「えっ、違うの……?じゃあ、母屋の何処に行きたいんだろ……参ったな、育児のスペシャリストも十文字君の通訳者である泛塵君も今は側に居ないからなぁ…」
「ん゛ーぅ゛ーっ!」
 察しが悪いせいで焦れたのか、少し大きめの声で唸り、胸元をべちべちとちょっと乱暴に叩いてきた。その意思表示にようやっと思考が追い付き、意図を理解した彼女は頷く。
「ああ…っ!厨か!御免ね、すぐに気付けなくて…っ。今、ミルク用意するからね!」
「んぶぶっ……」
 彼の本当に言いたかった事とは些か異なったのか、不満げな反応が返ってきたが、不服そうながらも否定しないという事は、恐らく遠からずも近しいという事なのだろう。
 審神者は、少し急ぎ足で厨へと向かった。厨へ辿り着くなり、彼女は彼を抱っこの状態からおんぶへと変え、早速ミルクを作り始める。乳児用の粉ミルクを哺乳瓶へと入れ、其処へ温かい熱湯を注ぎ、人肌の温度に冷めるまでカシャカシャと振り続けた。
 寸分経った後、程好い温度に冷めたかなとなったくらいで、おんぶを抱っこに戻し、ミルクタイムへと移る。ついでに、暫し腰を落ち着ける為にと、ダイニングテーブルのある椅子へと腰掛けた。その状態で、胸に抱いた彼へミルクを与える。
「ふふふっ……ミルク美味しい?」
「んぐ、んぐ、んぐ、んぐ……っ」
「たぁーんとお飲み。んでもって、お腹いっぱいになって眠くなったらお布団に戻ろうね〜」
「んぅーっ」
「うん…?自分だけで持てる?そしたら、落とさないように気を付けて持つんだよ」
 彼が落とさないようにと支えてやっていたらば、自分自身で持つと審神者の手を引き剥がそうとしてきたので、彼女はそっと手を離しながら様子を窺う。
寸分見つめ、支えの手を離しても問題無く自分でミルクを飲めているようなのに安堵し、彼を抱っこする以外に手持ち無沙汰となった事でちょっと暇になってしまった。
 其処で、ふと自身の体が思っている以上に冷えてしまっている事に気付き、羽織を手繰り寄せて思った。
「……俺も何かあったまる物でも飲もうかな」
「んーぅ」
 然も“そうしろ”と言うように相槌を返してきた彼に小さく笑って返しながら、断りを入れて立ち上がる。
「御免ね、ちょーっち動くよ〜」
「んぐぐ」
 彼を落とさぬようしっかと抱き支えてやりながら席を立ち、自身も飲む用の飲み物を作り始める。冷蔵庫から取り出してきた牛乳をマグカップの半分程注ぎ入れ、其れをレンジの中へと突っ込み、温める。温まり終えたら、其れに小匙一杯程の少量の砂糖を加えれば、ホットミルクの完成である。
 出来上がったホットミルクを片手に、再び椅子へ腰掛ければ、ホッと息をけた。審神者は温めた牛乳を飲みつつ、小さく呟いた。
「あったまるねぇ〜……っ」
「うーぅ」
「ふふっ……此れ飲み終わったら、口濯いで寝なきゃなぁ」
「んぅ?」
「うん?こっちだけの話さね」
 そうこうのんびりゆったりとした時間を掛けてミルクを飲み終えた。
彼女がカップを置いたタイミングで彼も飲み終えたらしく、加えていた哺乳瓶から口を離して「ん、」と飲み終えた事の意思表示を伝えてきた。其れに頷いてやりつつ、最早慣れた流れで彼をくるりと方向転換させ、背中をぽんぽんと叩いてげっぷを促してやる。程無くして、彼から「けぷっ」と小さな反応が上がった。
 上手くげっぷが出来た事を褒めていたらば、厨に明かりが灯っている事に気付いたのだろう、起こしてしまったらしい燭台切の方の光忠がひょこりと顔を覗かせにやって来た。
「あ……っ、お疲れ様、って言うべきところかな?」
「おや、みっちゃん。起こしちゃったかね…?」
「ううん。厠に目が覚めて起きてね、用を足した後部屋へ戻ろうとしたら、厨に明かりが灯ってるのに気付いて、気になって様子を見に来たってだけ。主は、大千鳥君のお世話で起きたってところかな……?」
「まぁ、そんなところ。偶々、ふと俺の目が覚めたタイミングで十文字君も目ぇ覚ましちゃったらしくてさ。少しだけぶらっと夜の庭先散歩してみた後、ちょっとばかし前に此処に来た訳よ。んで、今は、ミルク作って飲まし終えたとこだったの。あとは片付けて寝に戻るつもり」
「そっか。それじゃあ、その後片付けは僕に任せて、主は早くお布団へ戻ってあげて。お腹いっぱいになった彼も眠たそうにしてる事だし」
「あれま、本当だ。赤ちゃんって本当スイッチ切れるの早いし突然よねぇ〜」
「よく飲んでよく眠るのが、赤ん坊のお仕事だからね。仕方無いよ」
「ふふっ……この可愛い寝顔を見るのも、今夜までくらいだと思うと、ちょっと寂しくなるね」
「という事は…元の姿に戻りそうな兆候でも見られたって事かな?」
「たぶんだけどもね。早ければ明日くらいには戻ってるんじゃないかな」
「其れは喜ぶべき事、なんだよね…?泛塵君も随分気を揉んでいたし」
「元に戻れなきゃ戦に出してあげられないし、刀剣男士たる者として顕現した務めを果たしてあげられない訳だからねぇ……っ。出来る事なら早く戻ってくれなきゃ困るよ。相棒の泛塵君の為にもね」
 後片付けの件は、燭台切がやってくれると言うので、有難く任せる事にし、自身は口を濯いでさっさか部屋まで戻る事にした。
 部屋へ着く頃には、すっかりおやすみタイムに落ちてしまったのか、大千鳥はスヤスヤと健やかな寝息を立てて眠ってしまっていた。その様子に微笑ましく思いつつも、起こさぬよう慎重に布団の上へと降ろしてやり、しっかりと肩まで掛け布団を被せてやった。
 明日には元に戻っているだろうか……。
そんな事を思いつつ、彼女も再び眠りへと就いた。


 ――翌朝、目を覚まして隣を見遣れば、赤子だった姿は元のサイズの大きな姿へと戻っているようだった。本刃ほんにんはまだ眠っていたが、此れにてバグ問題は解決となろう。審神者は密かに安堵の溜め息をいて胸を撫で下ろした。
 一先ず、元に戻ったからには起こした方が良いだろう。審神者は、ムクリと起き上がって、一つ気伸びをした。すれば、隣が目覚めた気配を察知したのか、眠っていた彼がぱちりと目を覚ます。
 其れに対し、寝起きな声で以て朝の挨拶を告げた。
「おはよう、十文字君……元の姿に戻れて良かったねぇ」
「嗚呼……要らぬ世話を掛けて、すまなかった」
「要らぬ世話だなんて思ってないから、気にしなさんな。……一先ず、服着替えて顔洗ったら、泛塵君とこに顔出してあげて。あの子、今回の事一番気に掛けてたし、心配してたからね」
「言われずとも、そのつもりだ」
 口にするなり起き上がろうとしたので、審神者は一旦制止を掛け、着替えが済むまで後ろを向いてる事を宣言した。いつ元に戻っても良いように服は用意していた為、問題は無かったのだが……赤子の姿から急に元に戻った彼は今、布団に隠れてギリ見えていなかったものの、素っ裸の状態であったのだ。
 その事に遅れて気付いたらしき彼が、気まずそうに謝罪を口にする。
「すまん……っ、服の事は頭からすっぽり抜け落ちていた……」
「いや、良いのよ別に。無事に元に戻れたってだけで嬉しい事なんだからさ。とりま、なる早で服着てもらえたら助かるッス……」
「善処しよう」
「アザッス……」
 急いで服を身に付けてくれたらしい彼には素直に感謝した。
 その後、彼は急ぎ足で泛塵の元へ向かい、無事元の姿に戻れた事の吉報を告げた。泛塵はというと、其れはもう安堵とばかりに目に涙を浮かべて祝福したそうな。

 後日、二人の間で今回の一件について話したらしく……。バグの要因となったのは、どうやら彼と二人での手合せの際に交わした言葉が切っ掛けだったようだと聞かされた。
 彼と数回目の手合せの時に、泛塵はこう洩らしたんだそうな。“僕も早く大千鳥のように強くならねば……ごみと棄てられるかもしれぬからな”……と。
 すぐには埋められぬ錬度の差を理解していたが故に、彼自身も葛藤したのだろう。その結果が今回のバグに繋がってしまったそうだ。
「せっかく来てくれた泛塵へ、このままでは申し訳が立たぬと思った……。せめて、俺がもう少し弱ければ、泛塵がそんな風に気に病む事も無かったのかもしれぬ……そう思っていたら、気付けば、いつの間にやら人の身の器が縮んでいたのだ。流石の俺も、予想だにしていなかっただけに狼狽えたぞ……っ」
「まさか、其処までこのごみの事を思い悩んでいてくれたとは思わなかった……。だが、有難う大千鳥。お前のその気持ちは嬉しかった……。けれど、お前の強さを殺してまで僕は強くなりたいとは思わない。ごみごみなりに強くなるから、心配しないで、追い付くまでを楽しみに待っていてくれ……と、きちんと口にして伝えておくべきだったな……。すまない、大千鳥…」
「いや……謝るのは俺の方だ。此度、俺は変な勘違いを起こし、本丸を騒がせた。そして、一週間程ではあるが、泛塵や主を始めとした皆に迷惑を掛けた。その分の償いは、戦果にて示そう」
「何はともあれ、十文字君が元に戻って良かったね、泛塵君!」
「此度において、俺は主に多大な迷惑を掛けた……。改めて詫びさせてくれ。色々とすまなかった」
「あいや、別にそんな気にしてないから良いって!今後も君が元気に過ごせてれば、其れだけで俺は十分だから…!」
「其れでは俺の気が済まぬ……!」
「じゃあ、一体どうしろと……っ!?」
「戦果を上げるは勿論の事だが、それ以外の事でも主の役に立ちたい……っ。何か、無いか…?」
「いや、そんな何か無いかと急に言われましてもな……っ。う〜ん……仮に、暫くの間近侍を務めてみる、とかどうでっしゃろ?」
「うむ。では、その通りに」
「え、マジで言ってんの?この子……今の軽いジョークのつもりだったんだけど…」
「戦に身をやつす事しか出来ぬ者であるが故、事細かな器用な作業などには向かぬが、護衛の任や側仕え程度の事ならばこなせよう。存分に使え」
「本気と書いてマジの方だった……。そうッスかぁー……。まぁ、他に大した案も思い浮かばなそうだし、良しとするかぁ〜」
 斯くして、暫しの間、審神者の後を親鳥に付いて歩く雛鳥の如く付いて回る大千鳥の姿が見られたのだとか。
 バグを起こした一件以降、何も用が無くとも何かと審神者の後ろを付いて歩くようになった為、気になった審神者本人が何でかの訳を問い質すと、審神者の側に居ると赤子の姿で居た時の名残か、妙に落ち着くからだそうな。おまけに、側に付いているだけで護衛の任も果たせるのなら一石二鳥だろう、との事である。いや、もう何も言えまい。
 彼が審神者の後を付いて歩く姿を目撃するようになった刀剣男士達からは、“まるで親鳥の後を付いて歩く雛鳥のようだ”との感想が零された。全く以てその通りであるのだが、本体の全長だけでも凡そ六尺一寸程もあるという事は、人の身の器の方は推定二メートル近くもある体躯をした成人男性の者であるという事で、些かちぐはぐとした光景のように思えた。
 純粋でいて無垢であり、且つ大きな見た目をしているから故に、彼女の後を付いて歩く様は“大きな雛鳥のようだ”と称された訳である。巷で言うところの、“でっかわ”というヤツであった。
 まぁ、可愛いのは事実だし、悪い気はしなかったから、彼の気が済むまでそのままにしておくけれども。


執筆日:2022.03.15