刀と審神者が寄り添い合い、やがて恋仲となり結ばれ、長き時を共に過ごし……そして、死別するといった結末を辿る物語を読んだ。
悪まで人の作った創作話――フィクションに過ぎなかったが、その物語の一つである話を読んでいて、私は無性に悲しくなってしまった。此れが、俗に謂う“感情移入”というものなのだろう。ただの架空の物語だというに、けれど、何処か他人事には思えず、私は静かに一人涙を流した。
だって、いつかは私も死んでしまうだろうから……。人である限りは、彼等付喪の神である者等とは異なり、短い生涯を終えた暁にはあの世への旅路へと旅立つのだ。即ち、其れは死を意味し、大好きな彼等と死に別れてしまう事を意味していた。今すぐ死に別れてしまう訳では無いと分かっている事なのに、どうしても心揺さぶられて仕方がなかった。
私は、ころり、そのまま後ろ側……畳の上へと寝転んだ。そして、溢れ出る涙を拭う為、ティッシュを取り、其れを目元へ宛がって、暫く落ち着くまで泣いた。
途中、近侍を務めていた同田貫が、用向きで訪ねたのだろう、部屋の戸を開くなり声をかけようとして――其れを途中でやめた。私が一人畳の上に寝転び、啜り泣く様を見てしまったからだろう。次いで、静かに頭の傍近くまでやって来ると、此方を覗き込むようにして屈み込み、口を開く。
「何やってんだ、あんた……? まだ仕事の途中だったんじゃないのかよ」
「ッ………、ご…めっ……、」
「……何かあったのか」
努めてそう優しく訊ねてくれているのだろう、声低くも穏やかな声音がすぐ側から聴こえてきた。
私は、涙声を隠せぬ状態で、小さく嗚咽を洩らし、震えるのを抑えて何とか意思を伝えようと喉を震わせた。
「仕事は…もう、終わって休憩、してたんだけど……暇潰しに読んでたお話が、すっごく悲しくて……っ、でも、素敵なお話で……思った以上に感情移入してしまったみたいでして………っ」
「其れで一人泣いてたって事かよ」
「は、はっ………紛らわしい事して、御免……っ。けど、ちょっと…暫く泣き止めそうに無い、かも…………っ」
「あんた、ただでさえ情緒不安定どころかジェットコースター並みに乱高下する癖に、おまけに涙脆いの知ってて、何でわざわざ泣くような話読んだんだよ……」
「いやぁ、ははっ……実は、今言ったお話…前にも何度か読んでたお話でね……。その時は、今みたいに泣く事も無かった筈なんだけど…どうしてだろ……? 何でか…今は、凄く泣けてきちゃって……、気付いたら涙出てた…………っ」
「へぇ…。で……? その話ってのは、どんなヤツだったんだ?」
「刀と審神者がくっ付いた後、最終的に死に別れちゃう感じのお話です……っ」
「其れ、たぶんだが…審神者の方が先に死ぬってオチだったんじゃねェーの?」
「ははっ……大当たり、大正解ですわ………っ」
「そりゃあ、あんたからしたら他人事にゃ思えねぇ話だろうなァ」
ひくり、また嗚咽が込み上がってきて、無意識に唇を噛み締めて声が洩れそうになるのを堪えた。ティッシュの上から押さえた腕に、じわり涙の水分が滲む感触が伝わる。眦から溢れ伝い落ちたばかりの涙は、熱く感じた。ただ、其れだけの事なのに、何だか無性に泣けてきてしまって、また次の新しい涙が溢れて、ティッシュを濡らした。
「あんたってさぁ、泣く時いつも堪えるみたく唇噛み締めんだろ……。其れ、癖か何かかァ?」
「えっ………、ッ、……分かん、な……っぐす、」
「あんま強く噛み締め過ぎんなよ……。切れてあとで傷になっちまっても可哀想だからよォ。……あと、泣きたい時くらい、我慢せず泣けよ。俺が付いててやるからさァ」
彼の優しく囁くような声音が、頭を撫でてくれる温かな手の感触や温度が、また涙を誘ってしまって、ぐすん、と鼻を啜った。そしたら、彼が殊更優しい手付きで頭を撫でてきた。
好き、嬉しい……っ、といった感情が胸中を占める。同時に、この温もりを離し難いと思ってしまった。いつかは、必ずきっとお別れが来てしまう事は分かっているのに。例え、その別れが死別であろうと無かろうと、想像しただけで何だか悲しくなってしまって、涙が溢れた。
止まらぬ涙が、あとからあとから溢れてきて止まない。私は、堪え切れずに、小さく吐息を洩らした。次いで、感情のままに思った事を口にし、懺悔した。
「御免、ね………っ、私、人間だから……きっと皆を置いてっちゃう……っ。ごめ、…ねっ………まだ先の事だとは分かってるんだけど……どうしようもなく悲しくなっちゃったの……っ。大好きな皆と、離れ難く思っちゃった………。いつもは、死にたがりの、死に急ぎ野郎なのにねっ……変に、死にたくないなぁ…生きてたいなって、思っちゃった……っ」
「……生きたいって思うのはさァ、生きてる人間なら当然の話なんじゃねェーの?」
「そ…なのかな……? 可笑しくないんだったら…良かったぁ………っ。まだ、本丸の皆とは離れたくないから……皆と、一緒に生きて、笑ってたいから………ッ、どうか、私が短い生涯を終えるまでは…傍に居てね、たぬさん……ッ」
最早、呪いにも近い、懇願のようなぼやきだった。そんな独白みたいな独り言へ、彼は穏やかに優しくも努めて冷静な声音で以て返事を返すのだった。
「頼まれずとも……元からその気で居っから心配すんな。あんたが死ぬそん時は、ちゃんと俺達あんたの刀が傍で見守りながら看取ってやるからよ…。精々
其れがきっと、彼なりの今出せる答えで、フォローのつもりだったのだろう。私は、目元へ被せていたティッシュを退けて、下手くそな笑みを浮かべて笑い、真上から優しく此方を見つめ続ける視線を見つめ返した。握り込んだティッシュは、水分を含んですっかりビショビショのぐしゃぐしゃ状態であった。
未だ透明な膜が視界を覆ってまともに彼の顔を映す事は叶わなかったが、ゆらゆらと涙の水面に遮られた先で見えた彼は、笑っているような気がした。きっと、仕方がない奴だとばかりに呆れた方での笑みだとは思うが。優しげに目を細めて笑う彼が、顔を近付けて言った。
「今更離れてくれって拒まれても、離す気も離れてやる気も無ェから……あんたは大人しく俺達に愛されてろ」
「ッ……、うん………っ、有難うたぬさん、好きですっ……大好きです……!」
「知ってる」
逆さまの位置から顔を包み込むようにして両頬を挟んできた彼が、そう穏やかに言い、無防備な額へと口付けを落とす。とても優しい、温かな口付けであった。
私は、泣き止まぬまま、もっとと子供みたいにせがみ、涙で湿った手を伸ばした。すると、拒む事も無くするりと受け取った彼が、熱く硬い掌でぎゅっと力強くしっかと掴み握ってくれた。私も、其れに応えるべく、ぎゅっと力を込めて握る。次いで、彼から唇へと優しい口付けが降ってきた。触れるだけの、柔らかなキスだった。おまけとばかりに、涙に濡れた頬にまで降ってきて、その感想が「しょっぺェ……っ」というものだった。途端、私は笑い声を上げて笑った。泣いたのだから、そりゃあしょっぱいに決まっているだろう。
あっという間に彼に絆されて引っ込んだ涙に、内心凄いやと思ってしまった。彼が傍に居てくれる限り、私はどんな不幸が災厄が降り掛かろうと生きて行けるだろう。其れだけ、私を強くしてくれたのだ。生きる糧を、支えをくれたのだ。ならば、生きるしかあるまい。大好きな彼等と、少しでも長く居る為に、短い生を謳歌するべく、戦乱の世を戦い抜き、生き抜いてやるのだ。その先に、どんな未来が待ち受けていようとも。
公開日:2022.03.24