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色気の過剰摂取はお奨めしません



 戦帰り直後の彼が、汗を流す事もせぬまま、部屋へとやって来た。
「ただいまぁー……っ。今、帰ったぞぉー」
「お帰んなさぁーいっ。出陣任務、乙でした〜」
「おーっ。俺、今回滅茶苦茶頑張ったし、誉取ったんだ。だから、誉めてくれよ…」
「その前に報告は? あと、怪我は? 大丈夫なの?」
「あー、此れな……っ。敵ほふった時の返り血だから心配要らないぞ〜。皆、刀装で防げたから無事だ。負傷者は居ないし、刀装も無事だから予備配布する必要も無いぞ。任務は滞る事無く予定通り完了した。……なぁ、報告は以上で良いか? さっきから暑くて仕方なくってさぁ……っ」
「あぁ…今日は例年と比べてクソあったかい程気温上がってるからなぁ。そりゃ着込みに着込んだ格好は暑かろうて。……つか、私のとこ来る前に井戸か風呂行って軽く汗流してくれば良かったのに…。返り血も付いたままじゃ気持ち悪いでしょ?」
「んー……っ、何となく早くあんたに会いたくて、帰城するなり急いで此処まで来た」
 いつもとは何処か異なる雰囲気を纏わせた彼が、ぽつり、零す。
「なぁ……装備外すのめんどいから、服脱ぐの、あんたが手伝ってくれないか…?」
「えっ……!?」
 思わずすっとんきょうな声が出た。其れに対し、彼は何も変な事は言ってないだろうという風にキョトンとした顔を返してきた。いや、言われた此方が動揺するには十分なくらいの可笑しな事を言われたのは確かだぞ。私は、変に脈拍を速めながら、取り敢えず頷く返事を返してやり、装備を外してやるお手伝いをしてやった。
 肩やら胸元に着けている防具を外し、次いで腰周りの装備を外しに掛かる。外した防具の類は、御手杵の手によって乱雑に床へと放り落とされていった。私が腰の装備等を外してやっている内に、籠手や足元を覆っていた防具を外したのだろう、幾分か身軽になったらしき彼が上着のジャケットを脱ぎ捨てているところだった。其れを見遣り、返り血が付着していたのは、おもにジャケットやズボンの裾辺りだったのだろうと理解する。中の白いワイシャツは、汗が滲んでヨレていたが、比較的綺麗なままを保っていたから分かった事だった。
 彼がワイシャツの釦を外す流れをただ呆然と眺めていたらば、唐突に彼が頭の上から言葉を投げかけてきた。
「…そんなにまじまじと見つめられても、期待するようなものは何も出せないぞ……?」
「え? あ、いや…っ、別にそういうつもりで見てた訳じゃないから……!」
「ふぅん……まぁ、何でも良いんだけどさ。悪いんだが、首の此れ……あんたが外してくれないか? 汗で張り付くのが気持ち悪くってさぁ……っ」
「あ、おぅ。此れ外せば良いのね…? ちょっとこのままだと高くて外しづらいから…っ、少し屈んでもらっても良い?」
「ん……っ、此れで届くか?」
「うん、有難う。此れならネックレス外せそうだわ」
 彼に乞われるがまま、ネックレスを外してやる事にした私は、身長差から届かないからと少し屈むよう頼んだ。そしたら、彼は素直に大人しく少し前屈みになるように背中を曲げ、私の方へ首を差し出すようにしてくれた。お陰でちゃんと首裏まで手が届くと思い、ネックレスの留め具へと手を伸ばした。そして、思った以上に熱い体温をした彼の肌に触れる事になり、驚く。
「うわっ!? 滅茶苦茶熱いじゃん、お前の体……! 熱でもあるんじゃないかってくらいに火照ってない? 大丈夫か?」
「だから、俺、さっきから暑くてしょうがないって言ってるじゃん……っ」
「ネックレスも滅茶苦茶熱くなってるんだけど……。まるで、真夏の日射しに熱されたくらいに熱いぞ、此れ……っ」
「触るの無理くらいに熱いなら、自分で外すぞ…?」
「いや、触れなくはないから、大丈夫。ちょっと待ってね……っ。後ろに回ってじゃなく正面から外してるから、手探りでちょっと手こずるかも…。汗で滑るのもあるから」
「ん……ゆっくりで良いよ。俺、あんたが外してくれるまで、大人しく待つからさ」
 そう言って、彼は言葉通りに大人しくその身をキープし、首飾りのネックレスを外し終えるのを待った。たっぷり数十秒掛け、無事にネックレスを外し終え、彼の顔を見上げた。
「外し終わったよ、ぎね! 次は、何、を……っ」
 彼の目と合った瞬間、ヒュッと息が止まるかと思った。其れだけの衝撃が今の彼にはあった。
「なぁ、主……俺、今凄く暑くてしょうがないからさぁ…このワイシャツってヤツも脱がしてくれるか?」
「え……あ、其れもッスか………?」
「あ…嫌なら良いんだ。自分で脱げなくもないし」
 じゃあ最初から自分で脱げよ、との台詞は言えなかった。正直に申そう……。視界に映る彼が暴力的なまでに色っぽ過ぎて、控えめに言って目の遣り場に困るのだ……! 端的に言って、えちえちのえちな光景であった。何だ、その悩ましげな気怠げな表情は……っ! センシティブとしか言い様の無い有り様だった。しかし、悲しきかな、情けなくも何も言えない私は、ただただ無言で釦を外してやる事しか出来なかった。
 もうこの際、審神者としての威厳とかどうでも良いわ。無様だろうが構わん。早くこの作業を終わらせて仕事に戻りたかった。笑いたきゃ笑えよ。そんな事を思いつつも、手元は緊張から上手く動いてくれず、もたもたとした手付きで慎重に上から順に釦を外していく。
 そうして、徐々に露わになっていく、鍛え抜かれた逞しき腹筋と厚みのある胸板。一番下の釦を外し終える頃には、こっちが暑苦しいわというくらい顔から火を噴かせる程に真っ赤だった。早く洗面所に駆け込んで、思い切り冷たい水でバシャバシャ顔洗いたい……っ。ワイシャツの釦を外してやるという作業だけで、どうしてこうも変な汗をかいてしまったのだろう。不思議でならないが、取り敢えず目の前の任務は完了したのだ、此れにて私も晴れて自由の身だろうと思い込んでいた。
 その隙を突くみたく、するり、熱く湿り気のある大きな掌が、露出していた首筋へと滑り落とすように宛がわれた。刹那、声にもならぬ声を上げかけて、息を詰めた。
「あんたも随分と暑そうだなぁ……暑いなら、服脱ぐの、手伝ってやろうか?」
「なっ……ん、や、待っ………!」
「大丈夫だって…上、脱がすだけで、変な事はしないから……」
 そう口走った彼が、その大きな体を抱き付かせるみたいにピタリと密着させてきた。次いで、衿元を緩めながら、急激に火照ったせいで汗の滲む首筋へ鼻先を擦らせ、匂いを嗅いできた。
「ん……あんたの匂い、良い匂いするよなぁ…。何か、何処となく甘い花みたいな香りがしてさ……凄ぇ良い匂い。ずっと嗅いでたいくらいだなぁー……っ」
 やっぱり、何か、変だ。私は謎の危機感を覚え、咄嗟に目の前の硬い胸板を押し返した。空しいかな、其れだけの力ではビクともせず、何も変わる事は無かった。非力なのが悔しい。今後は少しずつでも筋力を付けようと誓ったところで、鎖骨へと辿り着いたんだろう、開いた胸元から覗いていた鎖骨の窪みを見て、ふと笑いを零した彼が爆弾発言をかました。
「ははっ……主のは華奢な鎖骨だなぁ。可愛らしくて、良い匂いがして……美味そうだ」
「――はっ……?」
 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。しかし、呆気に取られて硬直している内に、彼はなんと私の鎖骨へと口付けてきたのだ。瞬間、ゾクリとした変な感覚が脳髄へと走って……。
 気付いた時には、反射的に、思い切り彼の左頬へとビンタしていた。所謂、平手打ちというヤツである。直後、私は我に返り、盛大に慌てまくって彼へと平謝りした。
「わに゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛ァーッッッ!? ごごごごっ、御免ね、ぎね!! つい、何か反射的に手が出ちゃって思い切りはたいちゃった……ッ!! ガチですまん!! 口ん中切ったりとかしてない!? 大丈夫!?? 手入れ部屋今すぐ行く!?」
「……いや、いきなりの事で吃驚はしたけど…手入れ必要なくらいな事は無いから……っ」
「本当に!? 無理とかしてないよね!?」
「本当、本当の事だから落ち着いてくれよ……っ」
「マジで御免ね!! めっちゃ御免……ッ!! ぎねのテライケメソな顔面にビンタかますとか、俺、なかなかに恐ろしい事したな!? 後日、御手杵のモンペなファンに刺されないか不安だわ……!」
「仮にあんたが街中で刺されるような事になったら、その時は俺が庇って代わりに相手突き穿ってやるから安心してくれよ」
「うわ頼もしい! 流石俺の一番槍! 強くて格好良くて逞しいとか、惚れる以外の何物でも無いじゃん! 好きッ……!!」
「まさか今の流れで言われるとは思わなかったんだが……でも、そうか、今のでもあんたは俺の事嫌わないで居てくれるんだな……っ」
 直後、彼は至極嬉しそうに微笑むのだった。思わぬ形で暴露してしまった本音に死にたいし、今すぐ何処か深い穴へ延々と埋まってたいと思った。首や耳に至るまで全身を真っ赤に染める勢いで体温急上昇させざるを得なくなった私は、いっその事このまま爆発四散して塵と消え去りたいと顔を覆い隠した。もう彼の顔を見れない。頭の上から彼の呼びかける声が聴こえるが、応じれる余裕は無かった。
 寸分後、私は直立不動のままフリーズし、固まったまま意識をお空の彼方へと飛ばすのだった。ただでさえ免疫の無い俺に、此れ以上の摂取は過剰摂取になる――!
 結果、羞恥が天元突破した私は気絶して倒れた。其れを介抱してくれたのは、勿論倒れるまでの原因を作った御手杵であった。
 クッ殺だよ、クソゥ……ッッッ!!


執筆日:2022.03.21
公開日:2022.03.24