防人作戦が掃討戦へ切り替わろうとした瞬間、敵の出方が変わった。其れまで度々増援を送り込んできていた戦法から、全ての敵がフィールド上より姿を消し、とある時代の場所へと集中的に時間遡行を開始し始めたのだ。
奴等の向かった先とは、京都の椿寺であった。ならば、その時代のその場所を空間ごと切り取る形で封鎖し、放棄すれば片は付くのではないか……始めは皆そう考えた。しかし、問題は其処が『本丸』に指定されているという事であった。故に、政府は、過去特命調査と銘打ち調査した歴史と同じようには行かないと判断を下す。だが、通常の遡行経路は遮断、閉ざされている現状では、出陣出来るのは一振りが限界だと、こんのすけは分析結果を伝えた。此れにより、各本丸の審神者は、始まりの五振りである初期刀の出陣要請を受け入れざる他無かった。其れ以外の選択肢を、政府が用意していなかったからである。
結果的、当本丸の加州は、かの椿寺への単騎出陣後、三日月宗近と共に無事帰還を果たす。――が、同時に本丸を守っていた外壁とも言える“白き月”の姿をしていた巨大な結界は崩壊。本丸の最終防衛システムは消え去り、三日月の防壁が解けたからか、敵が本丸の座標を完全に把握したらしく、直接的な攻撃を仕掛けに侵入してきたのだ。恐らく、“白き月”の結界が展開されている間は、直接的干渉は困難……というよりは、結界に阻まれ出来なかったのだろう。振り出しへ戻ったかのような光景であった。
けれど、皆誰しもが諦めておらず、今度は帰還したばかりの加州を含めた部隊を編成ののち、本体の姿に戻っていた状態の三日月を携えての再度の出撃に出た。迎え撃つべくして出向いた先に居たのは、とてつもなく強大な敵であった。これまでの常識を全て覆すような、恐ろしく禍々しい雰囲気を放つ敵である。その姿を目の当たりにした審神者は、こう分析した……。刀種関係無く全ての敵を凝縮、固めたような集合体ではないか、と――。
“混”との分類を受けたその敵には、一切の刃が通らなかった。まるで見えない壁でもあるような、そんな風に思えたくらいに太刀打ち出来ずに、出陣の命を受けた五振りの者達は忽ち一陣に薙ぎ払われ、戦線離脱寸前にまで追い込まれた。嘗て無き程の強さを前に、一度はもう駄目かと皆揃って絶望を抱いた事だろう。しかし、最後の最後に諦めなかった加州が“三日月を使う”事で、一切の刃を受け付けなかった敵の守りを打ち砕いたのだ。戦局の流れが変わった瞬間であった。其処からの怒濤の猛攻撃は凄まじかった。人型を取り戻した三日月を加えての連撃をお見舞いし、ようよう敵を討ち果たす事が叶ったのである。
彼等のお陰で、守るべき歴史と共に本丸は守られ、審神者も無事、誰一人として欠ける事も無く折れる事も無く、舞台の幕は降りたのであった。
時の政府は、今回の敵襲撃により甚大な被害を受けた為か、ボロボロの満身創痍であるとの現状の一報がこんのすけより伝えられた。最低限の機能だけは生き残ったようだが、大半がやられてしまったとの事で、政府職員達は一様に後始末に追われているのだそう。暫くは、生き残った最低限の機能のみでの通信しか出来ないとの通達も受けたが、彼等の尽力無くして我々審神者各位と本丸の生還は果たせなかった事だろう。まだ完全に事が終わった訳ではないが、再び戻ってきた安寧と平穏に、一先ずは皆無事で良かったと胸を撫で下ろそうではないか。
クダ屋さんとやらは、今頃きっと後始末に追われ、政府内の
“白き月”の防壁のお陰で被害を最小限に抑える事が叶った本丸にて、審神者と刀剣男士達は仲間の生還に歓喜し、その身を抱き締め合う。
当本丸で出陣の命を受けた五振りは、始まりの五振りと称される五振りであった。五振りとも満身創痍という空気で疲れ切った表情ではあったものの、強大な敵に打ち勝つ事が出来たからか、その顔はまこと晴れやかなものだった。
突然の単騎出陣に涙目となったくらいの泣き虫の審神者は、まずいの一番に今回の功労者たる初期刀の彼を抱き締めて迎えた。
「お帰り、清光ぅ……っ!!」
「うん…ただいま、主。加州清光、只今無事に帰還しました…! 三日月もちゃんと居るよ」
「う゛うぅ……っ、皆無事で良かったぁ〜〜〜……っ!」
「もぉー、俺の主は泣き虫なんだからぁ〜。約束通りちゃんと無事に帰ってきたんだから、泣かないの…! まだ全部片付いた訳でもないんだから……っ。本丸の主なんだったら、もうちょいしっかりしてよね?」
「あい……っ、すんません………。でも、今くらいは大目に見てよ……。まさかの単騎出陣なんて命が下るとは思ってなくて、ただでさえ情緒不安定期間中なところ追い打ち掛けられたんだから……っ」
ずびりと鼻を啜る彼女の鼻は赤い。叱られた子供のようにシュンとしてしまった審神者へ、共に難関を乗り切った陸奥守は笑顔を浮かべて笑って言う。
「まぁまぁ、今回くらいは許いちゃってもええやないか……! 対大侵寇防人作戦が始まってからずっと気ぃ張り詰めちょったんじゃき、今
「あー、ハイハイ。もうちょっと経ってからね」
「清光……っ!!」
「嘘、冗談。……まっ、半分は本気だったけどね。俺達のせいで主泣かせちゃった訳だし。せめて泣き止むくらいまでは〜…なぁんて思ったけど、其れも他の奴等が
「この馬鹿……っ!」
「イテッ……! 暴力はんたぁーい!!」
「五月蝿い! この馬鹿! 阿呆!! 主に心配かけやがって……っ!!」
「言っとくけど、今回一番心配かけさせたの、俺じゃなくて三日月だからァ!! 愚痴ならそっちに言えよな!?」
「そうだな。今回坊主は一番頑張った功労者だからな。だが、まぁ…別の意味で最も頑張ったであろうは三日月であるとも言えよう」
未だ泣きっ面を曝す審神者を抱き締めて離さないままで居る加州の頭へ拳をお見舞いする大和守が、同じく涙を浮かべた目で罵倒をぶつけてくる。元の主を同じくするが故に、彼も審神者と同じくらいに心配していたのだろう。「馬鹿ッ……!」と罵り、「不細工な顔」と笑って返されていた。其れに対し、隣に立っていた一文字のご隠居は「うはは!」と愉快そうに笑っていた。
そんな沖田組を横目に、ハグの番を譲ってもらった陸奥守が審神者の事をギューッと抱き締める。
「う゛ぅ〜っ、お帰りむっちゃぁ〜〜〜っ!」
「まはははっ! 無事に帰ってきたきに、もうそがに泣かんとうせ〜。目蓋、腫れてしまうぜよ」
「今ばっかりは許せ、ぐすん……っ」
「次は俺の番だぞ」
「ほにほに。ほいたら、お次はまんばにタッチじゃ!」
「お帰り、まんばちゃぁん……っ!」
「嗚呼、ただいま」
「次、俺に替わってもらっても良いかな…?」
「良いぞ。ほら、次は蜂須賀の番だ」
「お帰り、はっちぃ〜〜〜っ!」
「ただいま、主」
「この流れだと、次は僕だね?」
「はい、どうぞっ」
「お帰り、かせぇ〜〜〜んっ!」
「はははっ、ただいま主。こうして温かく迎えてもらえるのは、やはり嬉しい事だね」
「だからこそ、俺達は頑張れるし、此処に帰ってくる為に必ず生きて戻ろうと思えるんだよね」
五振り順番にハグし合い、満足げな顔を浮かべたところで、最後に残っていたもう一振りの前へ審神者は踏み出す。
「ほら、お爺ちゃんもお帰りのハグ……!」
「おや、俺も良いのか……?」
「みかちだって頑張ったんだから、無事に帰ってこれた喜びを噛み締める為にも…! そっちが来ないなら、こっちから行くぞ!」
「あなや……まさか、こんな事になろうとはなぁ。無事に帰ったとしても、まずは説教が先だとばかりに思っていた故……此れはちと予想外の展開であった。ははははは……っ」
「はいっ、みかちもぎゅう〜っ!」
「うむ……只今帰還したぞ、主や。心配をかけてしまって、すまなんだや……」
「マジ其れな」
「怒っておるのだろう…?」
「当たり前だろ。本当に心配したんだから……っ」
「怒っても無理はない事を俺はした。本当にすまぬ事をしたと思っている……」
「もう二度と、皆に何も言わず勝手に出て行くなんて真似しないって誓ってくれるんなら許す……っ」
「俺を、許してくれるのか……?」
「皆無事に済んだのなら、何だって良いよ……。取り敢えず、皆無事で良かった………ッ!」
目一杯力を込めて抱き締めてくる審神者を、寸の間呆然と見下ろした彼に、横から静かに肘で小突いて催促してきた加州。其れに促される形でやっと彼女へしっかと腕を回した三日月は、心底安心したとばかりに顔を綻ばせた。
「嗚呼…再び主と逢う事が叶って嬉しいなぁ……。やはり、俺は、何処まで行っても人の子が愛しくて敵わんようだ……」
「お帰りなさい、お爺ちゃん……っ!」
「有難うなぁ、主よ…」
「御礼言うのはこっちの方やから……! お爺ちゃんやって一人で頑張ってくれてたんやから! 本丸を守ってくれて有難う! でも、折れても良いなんて言うて、一人だけ犠牲になろうとした事は絶対に許さんからな……っ!!」
「あなや……っ」
全てを許すかに見えた流れは、しかし、やはり腹に据え兼ねる事だったのか、審神者は目の縁に涙をこさえたままキッと眦を吊り上げてぷんすこ怒りを露わにした。涙目故に迫力には欠けるが、その目力の強さの余り、思わずたじろいでしまう三日月。だが、身を引こうとする彼の服を掴んで離さない彼女が其れを許さなかった。
審神者は、泣き止んだ顔で彼を見上げ、言った。
「みかち、ちょっくら少しだけしゃがんで、額出して」
「う、うん……? 額なぞ出して、どうしろと言うのだ…??」
「良いから、早よう言った通りにせい」
「わ、分かった……っ。此れで良いのか……?」
言われた通り、その場で少し身を屈め、前髪を上げて額を差し出した三日月。審神者は、その目前に利き手を翳すと、意図した形に指を構え、力を込め、三日月の額を弾いた。直後、ばちんっ! と良い音が響いたと共に、彼が頭を仰け反らせる。所謂、デコピンというヤツであった。
「今回の件は、コレで許してやるとすんよ!」
ニヒヒッ、悪戯が成功した子供の如く無邪気に笑んだ彼女を暫しポカン…ッ、と見つめた三日月は、次の瞬間には吹き出すように笑っていた。
「はっはっはっ……! 此れはしてやられたなぁ! まさかの“デコピン”を食らわされて許しを得ようとは思わなんだで……何とも可愛らしい“お仕置き”だな?」
「でも、其れなりに力込めてやったから痛かったでしょ?」
「うむ。今、鏡を覗けば、確実に赤くなっている事間違い無しであろうなぁ!」
「赤くなるどころか、指当たったとこから煙出てるんですけど……其れは良いの?」
「はははっ……此れくらいの罰は甘んじて受けようぞ」
「そっ…? なら、次は俺からの制裁という名のお仕置きも食らってもらうとすっかなぁ〜」
「うん? 今、何と…?」
審神者より弾かれた箇所を赤くしつつ煙を立ち昇らせる三日月の両サイドを堅めに、突如現れた岩融と小狐丸がそれぞれ彼を押さえに掛かる。何をされるかを分かっていない三日月は、二人の出現と謎の展開に、些か混乱した様子で審神者と入れ替わるようにして目の前へ来た加州を見た。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、加州や……っ。此れは、一体……?」
「はーい、三日月はそのまま大人しく二人に押さえられててね〜。あぁ…あと、歯ァ食い縛っといてよ。なるべく力加減はするけど、あんたまだ極めてないから、たぶん無傷じゃ居らんないだろうかんね」
「は……? ま、待て待て、話が見えぬっ……せめて説明を、」
「主は一応手入れ部屋の準備宜しくぅー」
「いつでもオッケーですんで、遠慮は要らん、思いっ切りぶちかましちゃってくだせぇ。俺が許す」
「はぁーい、じゃあお爺ちゃんは歯ァ食い縛って受け止めてね!」
「えっ、な、や、まっ……!?」
「オルァッッッ!!」
「ぐぅっっっ!!?」
笑顔でニッコリ笑みを浮かべたかと思えば、刹那の瞬きの内に豹変し纏う空気を変えた加州から繰り出されたのは、とても鋭く重いストレートな一撃であった。端的に言って可愛くない一撃である。其れをまともに鳩尾へ食らった彼は、一瞬衝撃に吹き飛ぶやもと思ったが、両サイドの支えもあり、吹っ飛んで壁に激突もしくは穴を開ける……なんて事は免れたのだった。しかし、今の一撃で確実に彼はダメージを負い、一気に中傷になったのである。
溜まっていた鬱憤を晴らすかの如くあの天下五剣を殴り飛ばした初期刀殿は、スッキリとした顔付きで殴り付けた拳をヒラヒラと振る。
「本当は顔面目掛けて殴ってやろうかとも思ったんだけどさァ〜……流石のソレは可哀想かなって、やめといてあげたよ。一発くらい、その綺麗に整った顔殴ってみたかったけどね。其れはまた今度の機会に取っとく事にする」
「うわ、我が初期刀ながらエグい事考えるなぁ……っ。まぁ、気持ちは分からんでもないけど。ぶっちゃけ、お前がやらへんかったら俺がやっとったかもしれんし。言うて、既に清光がスタンバってる気配感じとったから、じゃったら俺はデコピンくらいで済ましとこっかなァ〜、って思ったんよな。せめてもの優しさよ。……最終的には、やっぱ中傷なって手入れ部屋行きになってんけどもな(笑)」
加州より手渡された三日月の本体を半笑いで受け取る彼女の言葉に、周りで聞いていた皆は揃って戦慄した。審神者を本気で怒らせては駄目だと。眠れる獅子を起こしてはならぬと、ちょっぴり背筋を凍らせた皆であった。
一方、何の説明も受けずして殴られた側の三日月は、暫し衝撃に悶えていたのだが、復活を果たしたのか、
「怒られてしまうのは承知と思っていたが……いやはや、此れは流石に沁みたなぁ……っ」
「当然であろうな」
「まぁ、此れで少しは効いたのではありませんか…?」
彼を支えていた二人がそれぞれに呟きを返す。其れへ継ぐように、加州が拳を掌に打ち付けながら口を利く。
「効かなきゃもっぺん殴るだけだけど。今度は容赦無く顔狙うよ……?」
「いや、もう大丈夫だ! 今ので十分効いておるから、もう良い…! 此れ以上おぬしに本気で殴られては敵わん……っ! 今度こそ本当に折れてしまいそうだ!! 其れだけは避けたい! 俺はまだ此処に居たいからな……っ!!」
「ん……其れ聞けて、安心した」
もう一殴りしてやろうかと拳を構える素振りをした直後、慌てて言葉を捲し立てて叫んだ彼に、皆揃って笑みを浮かべてにこやかに笑った。その言葉こそが聞きたかったのだと、言外にそう言わんばかりに……。
皆の様子に、忽ち毒気を抜かれた三日月は、安堵の溜め息を
「嗚呼……やはり、此処は居心地が良いなぁ……っ」
「其れは何よりで。……皆で守り切った本丸なんだから、当たり前じゃんとも思えるけどもね。まっ、掃討戦はまだ残ってるし、全然事も終わってないから、気は抜けないぞ〜っ。何せ、まだまだ防人作戦は続いてるんだからな! 残りも引き続き頑張って行くぞー!!」
「おぉーっ!!」
審神者のかけ声に、皆の威勢の良い声が一斉に応える。其れにまた気を引き締め合った一同は、気合いを入れ直し、闘志を
引き続き、掃討戦へ参加する部隊は出撃準備を整えに向かい、審神者は出撃部隊への指示を行う傍らで、加州より負傷させられた三日月の手入れを行う。
手入れの最中、審神者は厳重に言い含めるように今回の件についての愚痴を零した。
「もう金輪際こんな真似はやめてよね…? 審神者の心臓、幾らあっても足りないから……っ」
「あい、すまなんだ……今はとくと反省しておるよ」
「本当やめてね、ああいう事は。俺のハートはただでさえ繊細なんだから……本当やめて。マジでやめて」
「本当にすまなかった。心より詫びよう……っ」
「うん、反省してんのなら良し。次やらかしたら、清光の腹パンだけじゃすまないから。次やったら俺も殴る。容赦無く殴る。顔面集中的に」
「そっ、其れは流石に堪えるから、そうならぬように努めるとしよう……ッ」
「ほん其れな。……取り敢えず、お爺ちゃんは暫くの間一人で行動するの禁止ね。どっかに出掛ける際は必ず誰かと一緒に出掛ける事、そうでなくとも誰かしらに声かけてから出て行く事……! あと、外れてた装備ちゃんと付けといてね。万が一の事あっちゃ大変だから。御守りもしっかり持っとこうね。おまけの補足……今回の件でお爺ちゃんかなり体力消耗しただろうから、一時的ではあるけども、強制的に白鞘の刑に処します。掃討戦…というよりは、防人作戦が終わるまでは大人しくしとく事!良いね…っ?」
「相分かった……俺も今回ばかりは骨が折れた……。故に、甘んじて受ける事としよう。何方にせよ、爺は前線には出してもらえぬだろうからな」
「頼むから、此れ以上無茶せんといて……っ」
「はははははっ……! 止めねばすぐに無理をするおぬしにだけは言われたくはないなぁ…。確かに骨は折れたが、此れくらいで音を上げる俺ではないぞ……? 主や皆を含めた本丸を守る為ならば、幾らだって働く所存だ」
「目下、お爺ちゃんの仕事は休む事…! どうしても何かしてたいって言うなら、近侍任せるから、今は其れで我慢してて……っ!!」
「あなや……まさかの近侍役を任せてもらえるのか……そうかそうか…。いやはや、此れは鶴ではないが驚きだな…っ! ははははははっ……!!」
平気そうな顔をしている裏で、その実はやはり満身創痍であったのだろう彼は笑ってそう言ったが、審神者の側に再び居れる事は嬉しかったようで。大層嬉しげに誉桜を舞い散らすのだった。
その後、白鞘の刑に処され、大人しく審神者の隣に収まり、縁側で共に花見をしながらお茶を飲む二人の元に、哨戒部隊からの報せを持ってきた初期刀殿がやって来る。
「なぁーにこんなとこで二人してゆるっとお茶なんかしてんの……? まだ掃討戦終わってないんですけど…ちょっと一気に気ィ緩み過ぎじゃない?」
「おや、初期刀殿ではないか。おぬしもどうだ……?」
「いや、俺まだ仕事あるから。この後も遠征の予定入ってるし」
「今回ので小判の消費激し過ぎて、前回の強化プログラム・終盤の最後ん時から経過見ても、ゴリッゴリに削りまくってるからね……。幾らまだ余裕があるとは言え、消費激しかったんは事実やし、今件が終わった後大阪城イベが控えていようと、金策に走っとく事の意味は十二分にあるからな。博多君もめっちゃ同意してくれとったし。貯蓄は大事よ。例え雀の涙、焼け石に水状態でも、塵も積もれば山となると信じて……!」
「うん、其れは全然構わないんだけどさ……あんた等さっきから何食ってんの?」
「小腹空いてたから、御八ツに豆菓子食べてました。お爺ちゃんが買ってて押入れに隠してた秘蔵のお菓子の一つだよ。ちなみ、豆菓子は、
「…まぁ、くれるんなら貰っとこうかな……っ」
結局は二人に促されるまま、三日月とは反対の位置に腰を下ろした加州は、審神者の隣へ並ぶ。そして、お茶とあんドーナツそれぞれを受け取り、手始めにお茶を啜って喉を潤した。
次いで、湯呑みを置き、哨戒部隊からの報告を記したデータを端末ごと渡して彼女へと見せる。
「ハイ、此れ。さっき送られてきた、今の現状記載したデータね」
「アザッス」
「一応、先に目を通させてもらったけど、出撃部隊から挙がってる報告と
「つまりは、問題は無さそうって事ね。裏ボスみたいな彼奴倒してからの掃討戦では、特に増援とか云々の兆しも変化も見られないし。出来る事ならこのまま終わってくれる事を祈るんだが……」
「まぁ、甚大な被害を受けたのは、此方も彼方も同じであろう……。あんな骨董までをも引き摺り出してきたのだからなぁ。今暫くは、大人しく身を潜めておくのではないか? 戦力増幅の為に。或いは、また別の策を練って此方へ侵略してくるか……。嘗ての生温い侵寇の仕方ではなくなる事は確かだな」
「厄介な事この上無いが……そうでなくっちゃ、ただただ延々と終わりの見えぬ戦が続くだけ…。その暁には、何を目的として始めた戦かも忘れて行く事だろうからなァ。其れじゃあ本物の戦とは言えんだろうよ。彼方側は動き出した…出方を変え、戦法を変えた。ならば、此方も其れに適応し、迎え撃つのみよ。ふははっ……いやぁ、胸が躍るというか、高ぶるねぇ……!」
端末を確認しながら三日月の言葉に応じていたかと思えば、突如纏う空気を変え、
「出たよ、主の戦闘狂ぶりなとこ……っ。重ねて言うけど、絶対に駄目だからね? 主が表に出るのは」
「わぁーってるってぇ〜。俺が武器を手に取るのは最終手段の時だけ…!」
「
「ちょっ、三日月……!?」
「何……主を戦に巻き込む気は此れっぽっちも無いぞ? ただ、なかなかに猛々しいなと思っただけだ」
「まぁ、戦無き世から来た身なら、本来ならば本物の戦を見て恐れ
「故の、滾りを抱くか……。俺の主は何とも逞しいな。故に、誇らしく思うぞ」
「そうやって煽ってたら、この人マジでガチで戦に出兼ねないからやめてくれる??」
「はっはっはっ……! いやはや、まこと面白く楽しい此処は離れ難くなるなぁ……っ」
「良いじゃん、其れで。お爺ちゃんも此処で皆と笑っててよ。俺は、そんな本丸を…皆を守る為に戦ってるんだから。俺に、簡単に命を
また今年も共に拝む事の叶った桜色に染まる庭先を見つめてそう言った審神者が、儚げな笑みを浮かべて笑った。
その笑みを見て、目を伏せ、俄に歪む笑みを返した彼は、噛み締めるように、または堪えるように言葉を絞り出す。
「嗚呼…そうさなぁ……。此処は、
彼の顔を一頻り見つめた後、庭の景色へと視線を戻した審神者は、晴れやかな表情を浮かべて呟くのだった。
「良かった……そう思ってもらえる場所に、本丸に出来てて…。なら、俺の想いは一つだけだよ。……皆の帰る場所であるこの本丸を、ただ守り抜く……其れだけだ!」
顔を上げた彼の額には、情けなくも手当て跡の残る真白い湿布が貼られていたが、その眦には確かに温かな透明な輝きが見て取れたのだった。
「嗚呼、此処はほんに居心地良き場所だな……」
「当然。主が俺達と共に一から築き上げてきた場所なんだから、当たり前に決まってるでしょ?」
あんドーナツを囓りながら自信満々にそう言い放った加州の言葉たるや、流石は審神者と共に本丸の始まりより居る者だと思える説得力を感じるものであった。
――主たる者の元へ還った月は、泣き笑いを浮かべて桜色に埋もれ、強く光り輝く。
執筆日:2022.04.06