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カレーという魔法の言葉



 掃討戦への鬼周回で脳死した審神者は完全お疲れモードで、兎に角休みたいという感じであった。
 でも、お腹は減っているから何か軽く食べてから寝ないと、腹が減り過ぎて逆に眠れなさそうである。ならば、クロワッサンのパン一個とビスケットでも食べてから歯を磨いて寝ようと考えた。
 しかし、そのパンを取りに来た厨にて、カレーを作る大倶利伽羅と遭遇した。
 彼は、本日の食事当番だったらしく、夕飯のカレーを煮込んでいるところであった。大倶利伽羅特製カレーは、本丸の皆に絶大な人気を誇るメニューの一つである。しかも、話を聞くに、今丁度完成したばかりだと言う。
 出来立ち熱々のホカホカのカレーとか、なんて魅力的な言葉なのだろうか。厨に充満するスパイシーな香りが空腹を、食欲を刺激する。
 其処へトドメの一言である。
「どうせ、そのパン一個じゃ大して腹膨れないだろ……。どっちみち何か腹に入れてから寝るんなら、コレ食ってから寝るか?」
 そう言って彼は、小さめの器に炊き立ちの御飯を気持ち軽めにほんの少しだけよそい、出来立てホヤホヤのカレールーを掛ける。そして、その完璧に計算し尽くされた量に盛った其れを、目の前へと差し出してきた。
 彼の眼差しがジ……ッ、と真っ直ぐ此方を見つめてくる。暫し、無言の応酬の遣り取りが交わされる。結果、彼女は敗北し、彼より差し出される器を受け取った。
 審神者は悔しそうに顔を歪めて呟く。
「くっ……やはり、この如何にもな食欲をそそる匂いには勝てなかったァ……!」
「フッ……どうせ食べるなら、ちゃんとした物を食っておけ。その方が、光忠や歌仙が五月蝿うるさくないし、あんたの為にもなる」
「う゛ぅっ……何か今無性に悔しいぞぅ……!」
「そら、スプーンをやるから、冷めない内に食え」
「有難うございます……頂きます……っ」
 結局、食べようと思っていたパンとビスケットはやめにして、ご丁寧にもつがれたカレーを食べる事にした審神者は、厨に隣接するように存在する小さな居間のスペースで一人もそもそと口を付ける。
 すると、野暮用で抜けていたのだろう、厨番の燭台切が戻ってきて、隣の居間に居る彼女を見付けて声をかける。
「あれっ? 主、疲れたから今日はもう寝るって言って部屋に戻ったんじゃなかったのかい?」
「…寝るにしても、腹減ってたから何か軽く食べてから寝ようと思って……。最初は、常備の為に買い溜めしてるロングライフのパン一個とビスケットでも食って簡単に済ませようとしてたのよ? でも、いざ厨覗いてみたら、皆が大好きなカレーがあったし……思わず匂いに釣られてより空腹を刺激されたし……。何より、如何にも美味そうな出来立てのカレーよそわれた器目の前に差し出されてみろ……っ。抗う方が無理って話じゃん」
「目が合って数秒で陥落してましたよね。僕、横で作業してたんで、ばっちりその瞬間目撃しちゃいましたよ」
「つまりは、誘惑に勝てなかったと……」
「ハラペコ人間に対して、カレーという言葉は魔法の言葉と同義なのだよ。俺の言ってる意味、君達になら分かるだろう……?」
「まぁ、へんにパンとかでかんたんにすませるよりかは、しっかりとおなかにたまって、えいようもつくんだぞ…!」
「うん、其れは勿論分かってるんだけどね……でも、何か悔しいんだよ! カレーの誘惑にあっさり負けてしまったという事が……っ!!」
「悔しがってる割には、着実に匙の手が進んでいるようだが……?」
「だって、文句無しに美味いんだもん……っ。匂いからして、俺にはちょっぴり辛めな仕上がりになってるんだろうなァとは思ってたけど……食べてみたらそんな気にならないし、つーか純粋に美味いし、取り敢えず美味ェ以外のコメントが出て来ねぇ。誰か俺の脳味噌に語彙力追加して」
「主、疲れてんだよ……。其れ食べたらちゃんと寝なね」
 頭空っぽな中身スッカスカの食リポにも成り得ない感想を零していたらば、通りすがりの初期刀殿から生温かい返答を貰った。
 そんな彼も、遠征マラソン部隊組だったのから周回部隊に回され、疲れた顔を張り付けていた。其れでも尚、可愛さと格好良さを失わないところは流石としか言い様が無い。
 加州の後に続くように厨へ入ってきた国広の方の山姥切――通称まんばが、今日の夕飯メニューを見遣って目を輝かせる。
「おぉっ、今晩はカレーか……! 此れは米が進みそうだなっ」
「其れを見越して、今日は多めに米を炊いてある。好きなだけおかわりすれば良い。……あんたも、たった其れだけの量で食べ足りないのなら、おかわりするか?」
 まんばの言葉に受け答えていたついでの流れで、大倶利伽羅は居間の方へ振り向きながら言う。その台詞に対し、彼女はまた複雑そうな表情を浮かべて、お行儀悪くも匙を咥えたまま返す。
「いや……今食ってるのだけで十分です……っ。此れ以上食ったら、普通に食うのと変わんなくなっちゃうし、腹休めしてからじゃないと寝れなくなっちゃうんで……」
「そうか。なら、あんたの分は別に避けておくから、起きた時に食え」
「アザーッス……」
「あんた、まだ起きてたんだな…?」
「君は相変わらず元気そうね、まんばちゃん……っ」
「そうでもないぞ…? 一応、コレでも疲労は溜まってきてる方なんだ。だが、まだ疲労マークが付く程ではないというだけだ。まだまだ周回出来る体力は残っている」
「兄弟は、極めてからより一層脳筋に磨きが掛かったから、体力が有り余ってるんだよね!」
「国広兄弟上二人凄ェかよ……ッ。その体力俺にも分けてくれや……」
「体力増強云々の前に、あんたはしっかり食ってしっかり寝ろ。食べ上げた後の食器は、置いといてくれたらこっちが下げて片付けておくから」
「ウッス……何から何まですまんやで伽羅ちゃんや……」
「驚く程死んでるなぁ〜、君……。まっ、俺も他人の事言えた口じゃないがな!」
「今回、伊達組総出で周回してるもんな! 鶴爺!」
「其れで言ったら、織田組もだぞ」
「おっ? 長谷部の旦那も張り合うか?」
「疲れてるんですよ。放ってあげなさいな」
「今晩の献立はカレーかぁ……っ! やったぁ!!」
 加州やまんばと入れ替わりにやって来た鶴丸や太鼓鐘に、長谷部や薬研等織田組が揃い踏みで続く。
 大倶利伽羅のカレーは、今回も大人気の大絶賛を受け、早々と綺麗さっぱりスッカラカンに完食されたのだった。


執筆日:2022.04.06
公開日:2022.04.08