彼等は時々、私の耳を塞いでくる。
その意図は、その時によって様々だ。
例えば、万屋街や演練の場などに居る時だ。
ふと、他人を呪う罵詈雑言や陰湿な噂話なんかが耳に入り込んできたりする事がある。
伴に鶯丸が居れば、そっと私の両耳へ掌を押し当て、蓋をするように塞いでくる。背後に居る彼を振り返るように見上げれば、彼は俄に口角を上げて笑うのだ。
「君が聞く必要の無い話だ。居心地は悪いかもしれないが……終わるまで、彼方が移動するまで、暫くはこのままで居てくれ」
私の事を気遣っての事なのは、敢えて訊かずとも分かった。
そういった類の話題を聞けば、否が応でも表情を歪めてしまうから……。条件反射のようなものだった。
故に、私は大人しく彼の掌が離されるまでを待つのだ。掌の蓋越しに小さく聞こえる彼の心地好い低音を聞くのが好きだから。
また、或る時の例えである。
何処という特定の条件は無い、通りを歩いていたりする時だ。
唐突に降って聞こえてきたみたいな声が、するりと耳の奥を侵すように入り込んでくる事がある。其れは、凡そ何を言っているのか分からない、ただの言葉の羅列のように思えた。仮に、声の主を探したとても、振り向いた先には誰も居ない。
そんな不気味な声に身を硬めて動けずに居ると、何処からともなくスッと現れたにっかり青江の手によって耳を塞がれるのだ。
「聞いてはいけないよ。なるだけ意識を傾けないようにもしてくれ。でないと……連れていかれてしまうかもしれないからねぇ」
此れは、きっと警告なのだろう。
聞いてはいけないものを聞けば、無事では済まないから。
大人しく耳を閉ざされていれば、その内、彼は塞いでいた手を退けて解放してくれる。
「危なかったねぇ。運良く僕が近くに居て。そうでなければ、君、今頃声のヌシに脳髄まで侵されていたかもしれないから……。間に合って良かったね」
その後、いつも意味深な言葉が付き物ではあるけれど、私の知らぬところで私を守ってくれているのだと知るのである。
また、或る時の例えである。
不慮の事故や何とかが原因で戦に巻き込まれた時だ。
私の刀達が揃って血に飢えた獣の如く目をギラつかせ、咆哮を上げ、己が刃を煌めかせて力を揮う。凄惨な光景が辺り一面で繰り広げられ、視界を暴力的なまでの画で犯す。本物の戦場に立てば、当然の事とは言え……戦無き平穏な世から来た者にとって、目の前に広がる光景は慣れぬものであった。
視界だけならば、閉ざせば何て事はない。しかし、音までもはそうもいかなかった。
すれば、側を離れずに居た巴形薙刀がそっと私の両耳を塞いでくるのだ。
そして、彼は落ち着き払った声音で言う。
「主には過ぎるものだろう……。事が終わるまで、俺がこうして塞いでいてやろう。恐れなくても良い。主には、俺が付いている。近付く敵は、皆全て一陣に薙ぎ払ってみせよう。指一本触れさせなどはせぬ故、此処で大人しく待機していろ」
私は決まってただ頷きを返し、彼に耳を塞がれたまま、静かに事が終わるまでを待つ。慣れはしなかったけれど、恐くはなかった。肝が据わっているからだろうか。目を閉じる事はせずに、戦の指揮を執る者として、当事者の一人として、目の前の戦から目を逸らさずに焼き付ける。
音は遠くくぐもった風にしか聞こえなかったけれども、皆一様に勇ましく格好良く、そして美しかった。
温かな掌に蓋をされた事で響く、よく聞こえる自身の鼓動の音へ耳を傾けつつ思うのだった。
彼等は時々、私の耳を塞いでくる。
その意図は、その時によって様々だ。
しかし、その何れもが私を慮っての事なのは確かである。
執筆日:2022.04.09