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なちりとなんくるないさ〜話



 じわり、眠る審神者の目頭から透明な雫の珠が生まれた。涙だ。
 近侍として起こしに部屋へ訪れた小さな刀は、その涙に戸惑いつつも、そっと傍らに寄り添い、眠る彼女の様子を窺った。悲しそうだとか、苦しい、辛い……そういった感情は感じ取れない。一先ず、近侍刀は安堵した。
 けれど、審神者が眠りながら涙を溢しているのは事実だ。どうして泣いているのだろう。どんな夢を見ているのだろうか。近侍刀の短刀は、首を傾げながら静かに様子を見守る。
 すると、涙が鼻筋の上を伝い落ちる前に、彼女の目蓋が震えた。目を覚ます兆しである。審神者は、起きる手前で、徐に布団の中から片腕だけを出して頭上へと伸ばし、ティッシュを一枚掴んで引っ張った。其れを伝い落ちそうになっていた涙を拭うように目元へ宛がい、目蓋を開く。
「おはようさんっ。何か、夢見ながら泣いてたみたいだけど……大丈夫かい? 見てたのが、嫌な夢だとか悪い夢とかの類じゃなけりゃあ良いんだが……」
 目覚めを喜ぶように声をかけてみたら、審神者は寝起き特有のぽやぽやんとした空気で口を開いた。
「なちりか……?」
「そうさぁ。俺だよ、俺! 主が昨日近侍を任せてくれた、琉球刀の真ん中の北谷菜切だよ〜。朝飯出来たから、起こしに来たんだ。ちゃんと眠れたかい…?」
「うん……おはよう。すぐ起きる……」
 寝惚け半分なのか、開口一番彼の名を呼ぶ時に訛った言い方の方で呼んだ。彼女の出身は本土の方で、九州地方ではあったものの、島の出では決して無い。だが、各所の訛り言葉――所謂方言とやらを好いていた彼女は、常という程に自身の出身地ではないお国言葉を真似ていた。其れで、つい出てしまったものなのだろう。己の遣う島言葉の言い方で呼ばれた菜切は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「さっきも訊きかけたけど……今日はどんな夢見てたんだい?」
 もそもそと布団の中から這い出て起き上がる審神者へ、目覚めの一杯にと持ってきていた白湯を差し出しながら問う。其れを受け取った彼女は、未だ夢の余韻が尾を引くのか、ぼんやりとした様子で答えた。
「別に、悲しい夢とか、嫌な類の夢を見た訳じゃあ無いよ。俺も、無意識下で泣いちゃってたから、心配かけたかもだけど……」
「じゃあ、どんな夢見てたか訊いても良いかい?」
「んー……自分でもよく分かんない内容の夢で、何でこんな夢見たのかの理解が出来てないから説明しづらいんだけど……。覚えてる範囲で言うと、確か国広三兄弟が出て来たなぁ……あと、光世ちゃんと前田君も。何かね、皆それぞれに集まってお歌歌ってるような流れだったよぉ」
「歌かぁ〜。其れって、どんな歌だったか覚えてるかい…?」
「うん、覚えてるよ〜。えーっと、俺が知ってる曲で、結構昔に流行ったとある民族調のボカロ曲でね……。何でか其れを、人力動画とかで見るみたく伏兄が歌ってたんよ」
「おぉ、堀川んとこの一番上のにーにだな! 其れで其れで?」
「夢から覚める直前に、前田君と光世ちゃん二人に後ろからハグ受けたとこまでは覚えてんだけど……何か、よく分かんない内に目が覚めたって感じで、まだ理解が追い付いとらん」
「何で泣いちまったかの理由は分かんないのかね?」
「分かんね。まぁ、強いて言うなら……たぶん、感動から来た感情だったんじゃないかね? 感極まったりすると、人って泣いちゃったりする事あるだろ…? たぶん、そんな感じじゃねーかな。俺もよく分からん。何で自分泣いたか分かんないとかザラにあるから、大した問題にもならんけど」
「主はちょいちょい雑だよなぁ〜。まぁ、悲しいとか怖い夢とかじゃ無かっただけマシかぁ……っ」
 着替える審神者の横で布団を片してくれている合間に、会話は進む。
「もし、怖い夢とか見たら言ってくれよな〜。大した事は出来ないかもしんないけど、一応此れでも短刀だしさぁ! 守り刀としての役割くらいは果たせると思うんだ〜!」
「琉球王国を守る為の刀だったんだもんなぁ〜。心強いね」
「今は主の刀だよぅ。だから、主に悪い奴がちょっかい掛けようもんなら、俺がスパパパァーッ! て追い払ってやるさ!」
「流石はちぃにーに、頼もしいねぇ〜」
「へへへっ、俺だってやる時はやるんだぞ!」
 顔を洗いに洗面所へ向かう彼女の後を付いていく菜切。そして、顔を洗い終わった彼女へタオルを渡してやる。髪を整え、軽くクリームを施したら、朝の身支度は完成だ。目薬も点してすっかり目覚めた様子の彼女は振り返り、彼に問う。
「今日の朝御飯てなぁに……?」
「今日はなぁ〜…白米と胡瓜の浅漬けに、鯖の味噌煮焼き、其れに里芋と大根と人参に油揚げで作ったお味噌汁、あと付け合わせでほうれん草のおひたしもあるよ! お味噌汁は、お好みで葱入れてね〜っ」
「朝から豪華やねぇ〜。純和風食のフルコースや。ほな、お味噌汁は俺葱入れて食べよ」
「本当は今日、ほうれん草のおひたしの代わりにもずく酢を一品加えようと思ってたんだけどねぇ〜。主が苦手だって聞いて、其れじゃあ主も平気なのにしとくかぁーってなったんだよな!」
「すまんな、なちり君……っ。わし、もずく酢というより、酢の物が苦手なんよ……。やき、紅白なますとかとっと好かんでなぁ〜。子供の頃も給食とかで“若布としらすの甘酢和え”とかあったんやけど、当時は我慢して食うててもやっぱ好かんかったわ…」
「酢の物だって美味しいし栄養あるんだぞ〜?」
「分かってんだけど、酸味強い食べ物がどうしても無理なんよ〜。やき、俺トマト駄目なんよ?」
「好き嫌いばっかしてたら大きくなれないさぁ〜」
「はぁい、すいましぇ〜ん……っ。あ、でも、お吸い物とかならもずく食べきるよ! お吸い物のもずくは好き!」
「おぉっ、じゃあ今度もずくのお吸い物作ってあげようかね!」
「わぁーい、やった〜!」
 朝の献立に始まり、会話に花を咲かせる二人は、のんびりゆったりと大広間へと向かう。
「あとねぇ、海藻系で言うと、たこ焼きでならクロメ食べれるよ! 佐賀関の方でクロメを入れたたこ焼き売ってるお店があってな、俺、其処の食べてクロメ食べなろうたんよ〜っ。本当たまぁ〜にしか連れてってもらえへんかったけど、彼処で食べるクロメのたこ焼きは美味しかったなぁ〜! また食べたいにゃあ〜……っ」
「うーん、クロメかぁ〜……。まだ試した事無いメニューだけども、他の人と相談してみるよ! その味を知ってるのが主しか居ないのが心許ないけどなぁ〜」
「いっその事、興味ある子だけ限定で現地行って食べてみる……? クロメは好み分かれるタイプの食べ物やから、本当に平気な子だけに絞ってさ」
「そうだな! 一遍食べて味を知ってからの方が再現しやすいし! よし来た! なら俺、その遠征組に立候補するよ…っ!!」
「じゃあ、俺は、なちり君以外の面子で希望ある子集ってみよかね。そんで、スケジュールしっかり組んで、こんちゃんに頼み込んでみようね〜」
「はははっ! 楽しみだなぁ〜! 千代金丸と治金丸にも声かけとこう!」
「ところで話は変わるけんど……本日の御八ツは何ですか?」
「朝飯食う前から御八ツの事訊いてくるなんて、主は食いしん坊がちまやーだねぇ〜」
「だぁーって、なちり君が厨当番の時は、琉球メニュー食べれるんだもの〜! サーターアンダギーは俺の好物だよ!!」
「サーターアンダギーだな! 任せとけ! 俺の十八番の腕の見せどころだぁ!」
「楽しみに待ってます! じゅるり」
「俺が作るからには、皆にたんと食わせるよ〜! 腹一杯食えば、嫌な事ぜぇーんぶ吹き飛ぶさぁ! なんくるないさーだよぉ〜っ!」
「うんうんっ、何事もなんくるないさー精神で居れば案外何とかなるもんね…!」
 鼻歌を口ずさむ陽気さでにこにこと微笑む二人から漂う空気は、何とも明るいものであった。


執筆日:2022.04.24
公開日:2022.04.26