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江の里より現れた新刀剣男士は保護者みある子だった件について(個体差)



 の大侵寇を終えたのが一月ひとつき前で、休み無しの連続で大阪城イベにて小判稼ぎに奔走し最下層まで掘削、その後連戦で引き続く形で迎えた今回のイベント、秘宝の里……ならぬ“江の里”。イベント最終日前日に何とか回り切り、目標の八万へ到達する事が叶った。そうしてお迎えした新刀剣男士――稲葉江は、想像していたイメージと大分だいぶ異なる刀であった。
 というのも、巷で噂されていた事を総合するに、完全中の人関連のイメージで固められていたというか、何かそういうアレで全く違うイメージを抱いていたのである。例えば、某アイドルゲームの影響により“プロデューサー”だとか“武内P”だとか、はたまた、号をいじっての某有名物置宣伝cmネタをもじって“百人(99振りの刀+審神者)乗っても大丈夫!”とか言われたりと……兎に角そんなイメージが根強く付いてしまっていたのだ。故に、顕現して直後、審神者は初め気安く“稲葉君”と呼び掛けたが、其れをすぐに訂正する事にしたのである。彼と初めて会い声を聞いての第一印象は、端的に言って、彼は武人そのものたる刀だと思った。其れも、山の神と称される祢々切丸等といった雰囲気に近いような者だった。そんな彼に対し、気安く君付けで“稲葉君”などと呼べる訳が無かった。審神者は、内心半分今まで抱いていたイメージのギャップとの差に困惑しながら、改まって呼びかけを試みた。
「あ、えっと……! 取り敢えず、ようこそおいでませ! 我が本丸へ来て頂き、誠に嬉しく存じます……っ!! ちょっとあまりのギャップとの差に動揺感凄まじくて、色々わたわたとてんやわんやしてしまって御免なさいね……っ!! 顕現してすぐでお見苦しいところをお見せしてしまったのもあり、大変申し訳なく思いますが、何卒ご容赦を……!!」
「……もしよ、其方が我の主となる者か?」
「あっ、はい! どうも、私めがこの本丸の審神者を勤めます者でございます……っ! どうぞ、これから末永く宜しくお願い致しますね!」
「……御主、泣いておったのか? 泣き濡らした後のように目元が赤く腫れておるように見受けられるが」
「え……っ、ああああ、ここっ、此れはっ……その……た、大した事無いというか、えーっと、端的に言ってお気になさらないでくださいまし……っ! その方が私としては助かると言いますか……! な、何て……アハハハッ」
「しかし、泣いた跡があるのは事実であろう……? 我はその理由を存ぜぬが、女人の涙には弱い……っ。頼むから、泣かないでくれ」
「あああっ、いやその、本当に此れは稲葉さんが関係するとか全く無くてですね!? というか、既に泣いてませんから、そんな困ったようなお顔をなさらないでください……っ! マジで本当に大丈夫ですんで!! 顕現してすぐに変な心配掛けるような事しちゃってすみませんんん……っ!!」
「そう、か……。心配要らぬと言うならば、此れ以上の心配は不要と受け取るが……しかし、万が一、我に要因があらば詫びよう。武人たる者がか弱き女子おなごを泣かせては廃るというもの……下手な気遣いは無用だ、嘘偽り無く言え」
「ひえぇぇ……っ!!」
 初っぱなから色々テンパったせいでやらかしたと思い、平身低頭でペコペコとひたすら頭を下げていたらば、不意に目元の赤みを指摘され、慌てて取り繕う言葉を探した。何故ならば、その泣き跡は、正真正銘彼が原因でのものでは無かったからだ。そもが、何故彼が顕現に至る際に目元を赤くしてしまっていたのか。其れは、直前までの周回中に作業BGMにと流していた推し曲に、久々にまともに聴いた事もあってつい感傷的になって聴き入り、泣いてしまったのだ。泣いたと言っても、ほんのちょっぴりホロリと来ただけの程度であるのだが……。一瞬でも泣いた事に変わりは無いし、しかも其れが彼が顕現する数分前という直前の事であった。そんなしょうもない理由を馬鹿正直に話す訳にもいくまい。端的に言って憚られる上に恥ずかしい……っ。故に、盛大にテンパりながらも、彼女は言い訳の言葉を探す。そして、苦し紛れに閃いた思い付きの訳を述べる事にした。
「あっ、あのですね……! 実は、この目元が赤くなった理由は……い、所謂、“ものもらい”というヤツのせいなんですよ!!」
「ものもらい、とな……?」
「そ、そうなんです……っ! 私、今ちょっと免疫力落ちちゃってるみたいで、右目のふちのところ辺りに結膜炎ってのが出来てしまっていて……その、時折目が物凄く痒くなってしまったり、何かごみでも入ってしまった時みたいにごろごろと違和感があったりとか、酷いとチクチク痛んだりする事があるんです……っ! 今目が赤くなってるのも、さっき痛くて涙が出たのも、其れ等が影響しての事なんです……! 稲葉さんが来る少し前の寸前に其れで目がイタタタタァ……ッ! てなってしまったので、そのせいで泣いた跡みたいに稲葉さんの目には映ってしまったんでしょうね! 本当、あの、しょうもない事でお騒がせしてしまって誠に申し訳ないッ……!!」
「いや……そういった事が理由であったならば仕方なかろう。此方も、早合点してしまってすまなかった……。その、我はあまり女人の泣き顔というのを見慣れぬ故な……そのせいであろう。余計な世話をかけた」
「いえいえ……! 稲葉さんは何も悪くありませんから……っ!! 強いて言うなら、これから新刀剣男士をお迎えしようというタイミング近くに、泣いた跡にしか見えんような顔作った自分が悪いんでお構い無く……っ!! 稲葉さんは我が本丸に来たばかりの方なんですから、何か分からない事とかあったら遠慮無く聞いてくださいね! あ、そうだ……っ、せっかくですから、本丸内の案内は同派の方や結城に所縁ゆかりのある方へ頼みましょうか? その方が、稲葉さんも本丸へ馴染みやすいかな、と――…」
 真実を織り混ぜた言い訳である、そう安易にはバレぬ筈と思うが……変に誤魔化してしまった手前だ。何となく気持ち気まずさを抱いてしまって、軽く一方的に言葉を並べ立てていると、不意に未だうっすらと赤みの残る目元へと彼の指先が伸ばされた。あまりに突然の事だった故に、彼女は言葉尻声が萎み、驚きから不自然に体を硬直させる。その事に気付いているのか否か、彼はすりり…っ、とまるで壊れ物でも扱う如く優しく労るような手付きで目元へと触れ、撫ぜてきた。動揺が凄まじ過ぎるとか云々のレベルでは無い域で審神者は言葉を失う。ただただ棒立ちとなるばかりだ。そうして茫然と立ち尽くしていると、徐に彼が口を開いて申した。
「うむ……確かに、目蓋のみならず眼そのものの方も些か赤みを帯びて充血しておるようだ。まだ痛みはあるのか……?」
「え……? あ、え…っと、市販の目薬持ってるので、其れを点眼すれば大丈夫です、よ……? 仮に、市販の物でも効かなければ、専門の医者や病院に掛かればあっという間に治りますから……そんな真剣に心配なさらずとも大丈夫なのです……っ」
「そうか。今はそのような便利な時代になったのか……。目を患っていると言うから、生活に苦労しているのではないかと案じてしまったのだが……我の杞憂に済んで良かった」
「えっ……あ、ども……有難うございます……っ。ご心配、痛み入ります……」
「其方は女子おなごの身だ……体は大事にしろ」
「アッハイ……其れは、ごもっともでして……あの、そんな風に触れずとも、もう大丈夫なんで……っ。えと、初対面で会った初っ端からご心配お掛けしてしまってすみませんでした……ッ」
「詫びなど不要。主の身を守るのも我の務めだ、不調があればすぐに呼べ。暫時看護出来る者を連れてこよう。我は天下を志す者故、武辺者に過ぎんが……警護の任ならば任せよ」
「ひえっっっ……!」
 顕現直後に審神者が起こしたハプニングによってか、どうやら多少なり過保護というか庇護の念を審神者に対し抱いたらしい。
 その結果、当該本丸の稲葉江は、早くも審神者の保護者勢というポジショニングに付くのであった。故に、その灰褐色の双眸から注がれる視線には、やけに生温かいものを感じるのだった。


執筆日:2022.05.09