▼▲
雨降る箱庭



 『雨降る箱庭』とは、御手杵の神域の総称である。
 何故そんな風に呼ぶのか、理由は簡単である。其処では、基本、いつも雨が降っているらしい。けれど、冬の季節の間だけは雪景色に変わっているとの事だ。恐らく、御手杵の逸話になぞらえての事なのだろう。
 其処には、実際に在る本丸を縮小化させたみたいな建物が存在し、庭も在る。花も四季折々で、本丸と同じように季節が巡っているそうな。
 家とも本丸とも違う場所に逃げ込みたくなった審神者を囲い隠す為に、時折彼が連れてきてくれる場所だ。審神者にとって、其処はひたすらに優しい癒しの空間なのだそう。御手杵自身も、審神者の健やかな生活を守る為の措置として連れてきているので、お互いwin-winの関係性で成り立っているのだ。
 『雨降る箱庭』へ行き来出来るのは、御手杵自身と審神者のみである。御手杵が望んだ時、彼女が望んだ時、パターンはそれぞれであるが、何方にせよ出入り可能なのはこの二人のみであった。心を許し許され合った仲だからこその事なのだろう。


 或る時、審神者はふと御手杵の姿を探した。けれど、本丸の何処にも彼の姿は見当たらない。すれば、向かうは一つだけだ。彼女はひっそり自身の部屋へと戻ると、何も無い空間へ手を翳して念じた。チャンネルを合わせるように意識を集中すると、見えない何かがカーテンのように揺らめき、彼の神域へと繋がる通路が開く。審神者は得体の知れぬ暗闇の中へ、躊躇無く足を踏み入れた。目指すは、彼の居る元である。
 暫し、薄暗がりの中を歩いて進んだ。次第に視界も明るさも開けて、小さな本丸が姿を現す。彼はきっとその中の審神者部屋となる一室に居るのだろう。彼女はそう当たりを付けて、迷わず真っ直ぐに目的地へと歩いていった。
 案の定、彼はくだんの一室に居た。壁に凭れ掛かるようにして座り、静かに目を閉じ、雨音に耳を澄ましていたようだ。彼女が来るなり、ゆうるりまなこを開いた彼は、ふわりと微笑わらう。
「あんた、まぁーたこっちに来ちまったのかぁ? あんまりこっちばっかに居座ってっと、また歌仙とかから小言言われちまうぜ」
「そうは言うけれど、私此処を気に入ってるのだもの。静かで澄んだ処だし、余計な事を気にしなくて済む。おまけに、貴方が居るもの。私が元気なら、文句無いでしょう?」
「はははっ……まぁ、俺はそんな気にしないから良いけどな。好きなだけ居れば良いよ」
「有難う」
「ところで、今日は何しに来たんだ?」
「雨音を聴きながら読書をする為よ。ネット上のASMR動画とかの作業BGMを引っ張ってきても良かったのだけれど……そんな手間を掛けずとも、雨音を聴ける場所が私にはあるからね」
「あんた、本当に此処が好きなんだなぁ〜。俺としちゃ嬉しいから全然構わないんだけど……嫉妬深い奴が妬きそうな話だなぁ」
「その時はその時よ。私は皆の事を等しく大事にしてるし、愛してるから。ヤキモチ妬いちゃう子が居たら、そっとなだめてあげれば良いだけよ。皆ちゃんと分かってくれるからね」
 そう言って、彼女は「ふふふっ、」と笑い、彼の隣へ腰を下ろし、手に持っていたハードカバーの本を開いた。読んでいた途中に挟んでいた栞紐を外して、前回読んでいたところから読み始める。
 そうして少しと読まない内に、すぐ隣から太く大きな腕が伸びてきて、審神者の身を攫った。正確には、脇下を掴んで上へと持ち上げたのだ。ひょいっと軽々しく持ち上げられた彼女の行き着いた場所は、彼の股の間である。どうやら、構われずで寂しかったようだ。
 彼女は本を閉じぬまま、背後の彼を見上げて問うた。
「なぁに? 御手杵」
「うんにゃ、特に用は無いんだけど……何となく、こうして引っ付いていたいなって思っただけ」
「そう。重くはなぁい?」
「あんたくらいのは全然軽いって。寧ろ、また少し痩せたか? あんた」
「此れでもちゃんと食べてるつもりなのだけれどね」
「飯はしっかり食わなきゃ駄目だぞ〜。じゃないと、あんたの抱き心地が悪くなっちまう」
「あら、失礼だ事っ。私は貴方のクッションや抱き枕でなくってよ?」
「分かってるって。単純に、あんたの事を心配して言っただけだよ」
 そう言って、彼は彼女を後ろから乗し掛かるように抱き締めた。所謂、あすなろ抱き、というやつであろう。
 彼が口を開いたのは其れきりで、後は静かに彼女の温度を腕に閉じ込めたまま、目を瞑った。このまま暫し寝るつもりなのだろう。
 審神者は、彼の頭をゆるりと撫でて、本を読む事を再開する。
 そうして、二人の時は穏やかに過ぎていったのだった。


執筆日:2022.05.17