或る日、中堅層に入る審神者を集めて、政府所属の戦闘部隊を育成・指揮する研修会が行われた。元政府所属部隊を預かる身だった彼女も、審神者レベルが200代に到達していた為か、召集を受け研修へと参加する事に。
一度目は、政府より相性等から判断された男士一人を宛がわれて、シミュレートでの実戦訓練を積まされた。その際宛がわれたのは、同田貫であった。恐らく、元戦闘部隊所属であった来歴を買われての事だろう。
二度目は、彼を含んだ数振りの男士を実際の戦場に出陣させるのを目的とした研修会が行われた。彼女が任された部隊に指示された戦場は五面の舞台で、厚保樫山。メンバーは全員で七振り。初期レア打の同田貫・和泉守・大倶利伽羅に、脇差の堀川・骨喰、太刀の燭台切、槍の御手杵という編成だった。錬度はほぼ揃っていたが故、バランスは良かった。但し、出陣先が遠戦必須であり、高レベル帯じゃなければ厳しい戦場であると経験上理解していた為、一先ず遠戦を付けれる者には必ず一つ装備させ、後は各々に合わせた刀装及び馬を装備させようと判断した。万が一も視野に入れ、全員に御守りを配布し装備させる事も忘れない。
取り敢えず、レベル差や成長具合を見ながら編成を入れ替え周回して行こうと決めたところで、突如滞在していた施設全体の電気が停電、一時的に暗闇の世界で行動を余儀なくされた。彼女は冷静な判断を下し、出陣は一時中断、照明等環境が回復するまでは待機、万が一に備えて警戒だけは怠るなと指示。停電後すぐに非常電源に切り替わり、視野の明るさは取り戻したものの、事態は一変。急を要する事態となっていた。
なんと、今の混乱に乗じて敵部隊が侵入してきたとの伝令が飛んできたのだ。彼女の部隊付きになっていた補助・ナビゲート役のこんのすけが慌てて知らせに来るも、彼女は不信感を拭えず、一度は「此れもシミュレートもしくは訓練の一環か、はたまた試験か何かか?」と問う。「そんな筈は……っ、」と反論したこんのすけ曰く、仮にそうであれば此方にもそのような指示が通っているとの事。其れに対し、「どうだかな……」との呟きを返した彼女であったが、其れ以上無駄に言い争っている余裕は無かった。事態は一刻を争う。
「一先ず、警戒レベル4として、只今より審神者様の退避を最優先で行動してください……!」
「別に、私其処まで弱くないんだけどな……。まぁ、一応は従っておくが」
彼女は過去の経験より、意識を訓練から本物の実戦へと切り替え、避難経路の確保及び敵部隊の侵入箇所の特定、戦闘は最小限に抑えての移動を開始した。慣れた雰囲気でこんのすけにナビを頼みつつ、脇差二人に偵察を指示、施設出入口付近の敵部隊の排除を頼んだ。加えて、残りの部隊で退路を確保しながら、侵入してきた敵討伐を図る事を指示。先行させた二人とは常に通信を繋いだ状態で状況の把握、対残りのメンバーとは端末と通信機を直接通しての遣り取りで進行した。
その移動途中で、先行した部隊(脇差二人)から出入口付近にて、『敵部隊を確認、規模は小隊。数は四体で、刀種は打刀と脇差一体と短刀が二体。まだ此方の存在には気付いていない様子』との情報が入る。彼女は残りの部隊達と隠れて進みながら指示を飛ばす。
「相手が小隊で、他に敵影無しとの事ならば、二人だけでも何とかなるだろう。その為の装備ガン積みだ。応援を呼ばれる前に片を付けろ。まずは奇襲し、ダメージを負わせたところで叩きのめせ。躊躇するなよ」
『了解です』
直後、審神者側に付いていた部隊の方でも敵影を確認、応戦してから其方へ向かうと指示した。互いの健闘を祈った上で戦闘開始と入る。
彼女側の部隊が会敵した敵部隊は、槍・太刀・脇差・打刀一体ずつに短刀二体の六体構成だった。
「室内ならば、槍・太刀の弱体化は同じ条件、室内戦に最も有利な短刀・脇差から潰せ」
「応……っ!」
そのまま彼女はすぐ側の狭い場所に身を隠した状態で待機、リアタイで戦況を見守りながら通信機で指示を飛ばす形を取った。そんな彼女の百戦錬磨してきた風な空気に、彼女の護衛として側に付いていた同田貫は内心舌を巻いた。
会敵中、打ち漏らし短刀が彼女の潜んでいる方角へ行くも、間一髪、彼女と接触する前に同田貫が破壊した。その後は、他の敵と遭遇する事無く先行部隊の二人と合流を果たし、退路先へと急いだ。
施設を出たすぐの場所で先に避難出来ていた他の研修生が結界を展開、応急措置に過ぎないが簡易的な結界を張り避難場所として安全地帯を確保してくれていた。その結界を張った女審神者は、気弱な質の者で、戦闘には向かないタイプの者であったが、結界などの防衛技術には長けていたので功を奏したそうとの事。まだ年若き少女の任されていた部隊が六面出陣予定だった部隊であり、おもに短刀と脇差だけで構成されていた夜戦部隊だったのも運だったのだろう。
彼女に遅れるようにして避難してきた、もう一人の研修生である男審神者とその連れの部隊が到着。無事を確認したところで、問題が発生した。結界を強化していた事で、外部からの侵入が一切出来ないようになっていたのだ。此処でも、冷静な判断を下せた彼女は、機転を利かせて口を開く。
「今回の研修会が開催されるに当たって配布された、登録番号等のデータがあるだろう。其れを口頭で間違いなく答えられたら、今回の研修会に登録されたメンバー本人という事だ。仲間を疑うような事はしたくはないが、状況が状況なんだ、万が一敵が化けてないとも言い切れない。混乱に乗じて敵の陣地内に紛れ込むなんてのは、オーソドックスな遣り方だろう? 悪いが、確かめさせてもらおう」
彼女の堂々たる物言いと気迫にビビっていた男審神者だったが、いきなりの疑いを掛けられるような展開に、当然の如くに反論した。
「そう言う君達はどうなんだよ!? 俺だけ疑うなんて、あまりに理不尽だ!!」
そう問うてきた彼の言葉に、まぁ一理あると頷いた彼女は、しかしこう返すのである。
「此処に到着するまでの粗方の情報を共有したところ、それぞれ必ず審神者が部隊に付いていた為に、敵の紛れ込む隙は無かったと思われる。対し、貴殿だけ通信を繋ぐ事もしないまま、一時的に部隊の者達と離れていた時間があったと言う。此れはリスクだ。敵地から離れる際に審神者を優先的に逃がすのは正しい判断だ、何故ならば審神者さえ生き残れればまた新たな戦力を生み出せるから。室内戦に有利な数振りを護衛に付けて先に逃がした戦法は良かった。……が、その隙に乗じて味方の者と入れ替わった愚か者が居る可能性も拭い切れない。リスクは承知の上だ。誰一人間違いなく答えられた時はその時さ。非礼があった事を詫びよう。だが、今、此処は戦場と変わりない場所だ。安直な考えは捨て去って頂こう。皆命は惜しいんだ、君だって変な疑いを掛けられたままは嫌だろう?」
彼女からの厳しい指摘に、男審神者は不満そうにしながらも納得したように頷く。彼女はナビゲート役のこんのすけに登録されたデータとの参照を頼むと指示し、淡々とした流れで今回の研修の為に登録された己の番号を口頭で告げていく。研修に参加する為に必要なものだ、全く知らない・答えられない訳が無い。順に次々と答えていき、登録データと合致した者から結界内へ入る事を許可していく。
最後の二人となって、「さあ、次は貴殿の番だ。貴殿の番号は何だ?」と質問。訊かれた男士である陸奥守は、だんまりと口を閉ざしたまま口を引き結んで答えない。その嫌な空白に、不安を抱く男審神者が急かした。次いで、彼女が再び口を開く。
「言えないのか……? だったら、その時点で貴殿の事は敵と見なすが……良いのかい?」
半ば詰問するように問いかける。其れに倣うように、背後で臨戦態勢を取る彼女の部隊。観念したかのように手を挙げた陸奥守が、隣に居たもう一振りの男士と目配せしたのちに重い口を開いた。
「わしの番号は、◆◆◆◆◆-◆◆じゃ」
「……俺の番号は、陸奥守に続く番号で、◆◆◆◆◆-◆◆だ」
告げられた番号を登録データと参照していたこんのすけは、恐る恐る震えた声で今出た答えを口にする。
「只今参照致しました番号は、
ぶわりと毛を逆立てながら告げる彼の言葉に呼応するように、その場に居た戦闘部隊の者達は一様に
「おんしゃみたいな切れ者が居らざったら、こんまま上手い事行ったんやけどなぁ」
「やはり貴様等敵部隊の者か……! テメェ等と入れ替わった男士はどうした……っ!!」
「あぁ、
「ほざけぇっ!!」
再び飛び掛かっていく彼女をせせら笑うように笑んで見せた彼は言う。
「おんし、大人しそうに見えて結構熾烈な御人やったんじゃにゃあ。まさかここまで頭がキレるんとは思わざったぜよ。
「今回政府施設内へ侵入してきた敵部隊の首謀者は貴様か!?」
「さぁ、其れはどうやろうねぇ……? 判断はおんしゃ等に任せるぜよ」
そう告げて、二人揃って逃げる体勢となるのを見越して、彼女は
「敵部隊が逃げるぞ!! 未だ刀装が無事な者は追い駆け始末せよ!! 敵に対し一切の慈悲を与えるな!! 容赦無く殲滅せよ!! 但し、深追いはするな!! 生き残り戻ってくる事のみを優先せよッ……!!」
「応……ッ!!」
「残りの部隊は、他に敵影が無いかの巡視・警戒を怠るな……!!」
「了解した……!!」
「医療に心得のある者は負傷者への怪我の手当てを! 応援が来るまでの辛抱だ……っ!! 少数部隊でも持ち堪えるぞ!!」
自身の受け持つ部隊だけに留まらず、テキパキと各部隊へ向けての指示まで飛ばす彼女の戦慣れした空気に、呆然と指示を聞くだけに徹する事しか出来なかった年若の男審神者が呟く。
「……君、凄いな……。こんな状況下でも取り乱す事無く、冷静に的確な指示が出せるなんて……。以前、何かそのような経験でもあったのか?」
「まぁ、少々政府所属の戦闘部隊に身を置いていた事がありまして、其れで……。しかし、所詮私は、戦乱からは程遠い平和な時代の世から来た一般人に過ぎない」
「えっ、其れにしては指示を飛ばしたりするのに慣れた風に見えたけれど……。ご出身はどの時代で? あ、俺は令和の出身です」
「私はというと、実のところは平成の世出身なんだ。審神者適性有りとスカウトを受けたのは平成の終わりだったが、生まれそのもの自体は平成初期故、ニュース等で色々と学んだ……というだけの身さ。実戦経験は此方側に来てからのもの故に、実際に戦地に赴かれていた元軍人審神者に比べたらまだまだ劣るよ」
「こりゃ驚いた……っ、平成の世だって十分戦とは欠け離れた平和な時代だったろうに。さっきの振る舞い、
会話に混ざってきた男審神者の部隊の鶴丸が驚きの声を上げる。其れに対し、彼女は気まずげに頬を掻きつつ返す。
「あー……まぁ、振る舞いについては、たぶん、元々の気質から来るものと言いますか……。采配についても、単なる経験からの判断に過ぎないから、私本人としては何とも……っ」
「其れにしてもさっきのアンタ、格好良かったぜ? 前回のに引き続き研修メンバーに選ばれただけはあるよ」
続いて自身の預かる部隊の同田貫より賛辞の言葉を贈られた事に、戸惑いを隠せぬ形で口を開いた。
「えぇっと、今はそんな話どころではなくってだな……っ。――今日の研修会に収集された審神者は、今此処に居る者で全員か? 前回の研修会で集められた人数と照らし合わせても、半数も揃っていないように見えるが……その点の確認は一体どうなっている? というか、本部との連絡は本当に取れているんだよなぁ?」
「ご、ご心配に駆られるお気持ちは分かりますが、どうか落ち着かれてください……! 本部とは今現在もきちんと通信が繋がっておりますし、応援部隊からの連絡も逐一入ってきてますから!!」
「此方、今回収集された方々のデータと今しがたまでに入ってきた情報等を照らし合わせたところ……今回の研修会に召集された審神者の方々は全部で五名で、内三名が此処に避難。残りの二名の内、一名は地下シェルター内に避難し安全が確認されるまでは立て籠るとの事。もう一名の方は、敵から逃走中の経路に転送装置があったとの事で、緊急転送ボタンを押したのちに時の政府本部施設内にて保護されたそうです。前回召集されていたのは十名の方達だったのですが、半数がそれぞれの予定や都合上から今回の参加を見送られましたので、半分の五名での参加となっていた模様です。よって、本来ならば、審神者一人に対し一部隊を任せる予定だったところを、急遽大幅に変更せざるを得なくなったという訳なのです」
「あぁ、其れで中途半端な微妙な数だったのか……」
「ので、今回選抜された刀剣男士の方々は全部で三拾七名で、その中から夜戦想定の部隊を二隊、他日中での野戦・市街戦・室内戦を想定しての部隊を三隊と構成されておりました。各部隊人数は、それぞれ六振りが二隊、他七振り・八振り・十振りの部隊が一隊ずつ、各審神者様へ任されていました。加えて、壱から伍までの番号を各隊に振り分けられておりまして、現地点に居るのは内壱番隊と参番隊と肆番隊で、他地点に居るのが弐番隊と伍番隊という事になります。保護されたのが伍番隊との連絡ですので、地下シェルターに避難しているのは弐番隊という事になりますね。各部隊とも負傷はあれど破壊は免れたとの事……。よって、唯一生存が分かっていないのは、肆番隊の内の二振りという事になりますね……。以上が今現在報告出来る情報です」
「報告有難う。引き続き、新たな情報が入るまで待機、及び情報が入り次第逐一報告を頼む」
「了解致しました」
彼女付きのナビゲーター役であったこんのすけとは違い、見た目通りの冷静沈着さを見せるくろのすけは、これまで入ってきている情報を淡々と報告してきた。くろのすけは、年若の少女の部隊付きナビゲーターであった。成程、何とも相性が良くバランスの取れたメンバーだ。
くろのすけの報告を聞いて項垂れる肆番隊の男審神者へ、壱番隊だった彼女がほんの手慰みにしかならないが励ましの声をかけた。
「研修とは言え、実戦を想定したプログラムを組まれていた以上は今回のような事は起こり得る。戦とは常に隣り合わせ……我々審神者はそういう世界に身を置いているんだ。故に、何が何でも生き残らねばならない。そんな中、今回貴殿は生き残った。審神者としての使命は果たせている。正確な事は掴めていないが……貴殿の元に合流出来なかった時点で、彼等の事は破壊されたものと判断せざるを得ない。此処は戦場……酷な事を言うようで心苦しいが、今はそうやって割り切るしかないんだ。今はこうして結界内にて安全地帯を確保出来ているが、事態の収束が付かない以上、其れも一時的なものに過ぎない。……気をしっかり持ちなさい」
「……君は、俺と違って強いね」
「そう見せているだけに過ぎんさ……。私も、審神者とて肩書きを取ればただの人、所詮人間に過ぎないのだから」
そうこう手当てを受けたり報告を受けている内に、敵部隊の一味であった陸奥守達を追い駆けていった壱番隊の部隊が戻ってきた。彼等が言うに、蜂須賀に化けていた方は討伐出来たが、陸奥守の方は逃げ足が早く追い切れなかったと言う。深追いをするな、との命だった為、此れ以上は危険と判断し、残党を殲滅しつつの合流を優先したとの報告を受けた。
部隊長を任されていた同田貫は悔しそうに歯噛みしたが、無事に戻ってこれただけで十分だと
彼等が安全地帯に戻ってきたタイミングで応援部隊が到着、各審神者の本丸所属の刀剣男士達が揃って己の主達を迎えに行った。壱番隊を預かった彼女の元にも自本丸の者達が押し寄せ、初期刀を筆頭に抱擁を受ける。
「研修会が行われてる政府施設が敵の襲撃を受けたって知らせが入ってきた瞬間、本丸の皆一様に戦慄したんだから……っ! もう凄かったよ〜!! 皆凄ェ殺気立っちゃってさぁ、受話器
「ははは……っ、取り敢えずそっちはそっちで大変だったんだなってのは分かったよ。心配かけて悪かった。私はこの通り無事だったから、安心おしよ」
「主が無事で本当に良かったぁ〜……っっっ!!」
「ハイハイ、泣かないの〜。全くしょうがない子なんだから……っ」
そう言いつつも、自身も漸くホッと安堵付けたように体の力が抜けていくのを感じた。皆一様に張り詰めていた緊張の糸が
研修会は現時点を以て中止となり、それぞれ負傷者は専門の医療機関施設へと運ばれていった。政府所属の戦闘部隊の者等は、部隊を解散後、各々の担当部署へと帰っていった。
参番隊を任されていた彼女は、本丸へと帰還後、消耗の激しさから三日間寝込む羽目となった。
研修会場となった施設襲撃を受けて、政府側はより一層の結界・防衛措置を強化、不祥事態があったと今件を詫び、研修の召集を受けていた本丸の審神者達には特別手当に詫びの分が加算されて支払われた。
調査結果の元、肆番隊に編成されていた政府所属部隊の蜂須賀・陸奥守の二振りは、敵との戦闘中に破壊されていた事が判明。目前に現れたのちに逃げた敵の内、蜂須賀の姿に化けていた敵打刀は参番隊に組まれていた御手杵が破壊、陸奥守の方は追っ手を振り切り逃走、その後も行方を眩ませたまま消息不明との事である。
後日、生き延びていた敵打刀の陸奥守は、再び姿を現し、政府所属部隊の同位体を装って彼女へ近付く。干渉してきたのは、政府施設からの帰り道に寄った、政府施設の近場にある万屋街道の途中である。
偶々、政府施設内に顔を見せに来ていた彼女の姿を認め、わざわざ追い駆けてきたのだと嘘を
「わざわざ声をかけてきたくらいだ、何か私に用があったのだろう?」
そう問えば、「特別用は無いが、せっかく逢えたんやき、お茶
「仕事は良いのか?」
胡乱気に見つめてくる彼女、彼は慌てて付け足すように口を開く。
「今日は非番で何も予定は入っちょらん! ほいやき、暇を持て余しちょったんじゃ! ほんまの事ちや!? 嘘や思うんなら直接上に訊いてもろうてもえいぜよ!!」
「ふーん……? 其処まで言うんなら信じてやっても良いかねぇ。仮に、アンタが仕事サボってたとしても、私にゃ何の関係も無いしなぁ〜。バレたらアンタが叱られるだけってな!」
「おんし、意外と冷たい事言うにゃあ〜っ」
「だって事実だし」
「まぁ、そうじゃけんども……ちっくとくらいわしの事庇うてくれるっちゅー姿勢見してくれてもええんやないか? わしとおんしゃの仲やに……」
そう言って可愛らしく拗ねてみせると、彼女は意外だと言わんばかりの表情を浮かべて返してきた。
「あんれまぁ……いつの間にそんなに懐かれてしまったのかね。まっさか其処までアンタに懐かれるとは思ってなかったわ」
「わし、実は結構おんしゃの事気に入っちゅーがぜよ!」
「まだ数えれるくらいの数回しか一緒に仕事しとらんけどもね」
「やけんど、相性が良かったら気に入るんにそう時間は掛からんぜよ。ほいやき、おんしゃの姿見付けた瞬間、こりゃ運がえいち逸る気持ちも抑えて追い駆けてきたんちや……!」
「そりゃご苦労なこって」
「ほいで……わしと一緒にお茶、してくれるが?」
「お茶するくらいなら、まぁ許してあげても良いかなぁ……? 政府での用事は済んで今絶賛フリー状態だしな」
そう茶目っ気を含ませて返された返事に、彼は大いに喜んで受け答えた。
「おおきに! ほいたら、早速わしお薦めの茶屋に案内しちゃる! そんお店、見た目はこじんまりしちゅーだけんど、中は小さな喫茶店みたいになっちょって、色々食べれるとこになっちゅーがぜよ! ほいで、こないだ食べた甘味がまっこと美味うて美味うて……! おんしに是非とも紹介しちゃりたい思うちょったんじゃ!! おんしが甘い物好き言いよった話、よう覚えちょったきね……っ! いやぁ〜、念願叶うて良かったぜよ!!」
「そんな美味しいのが食べれるって言うんなら、楽しみだなぁ〜」
「おん! ようよう楽しみにしちょってやぁ!! わし自慢のお店じゃき、頬っぺた落ちるの覚悟しとうせ〜!」
そう言われ、万屋街の一角に店を構える茶屋の一つに通される。確かに小さな店だったが、思った以上に広めの飲食スペースがあり、其処で注文した物を食べれるとの事だった。元々は老舗の和菓子屋だったのを改装して茶屋風に建て直されたらしい。
中へ入ってすぐ辺りの席へ着き、彼お薦めのスイーツだと言う葛餅を注文した。運ばれてくるまでの間、出されたホットのほうじ茶を飲んで待つ事に。その間に、待ち時間の繋ぎとして、彼が此処の品で他のお薦めの商品とやらを教えてくれた。どうやら持ち帰りも出来るとの話に、帰りに本丸の子達へのお土産を買って帰ろうかな〜……と思う。
そうこう話している内に、ふと浮かべていた表情を変えた陸奥守は零した。
「おんしみたいなんが主やったら、何か変わったがじゃろうか……」
「えっ……?」
耳を疑って視線を彼の方へ向けると、彼は真面目な顔付きで此方を見つめていた。
「もし、おんしがわしの主になってくれたら、其れ以上に嬉しい事は無いんがやけんどにゃぁ……」
「は…………? おま、何言って……、」
「冗談やないぞ。わしは本気でおまんが欲しい思うちゅー」
「私が、欲しいって……其れ……」
「……恋慕、言う感情なんやろうなぁ、こん気持ちは。おまんと出逢うた時からじゃ……。わしは、おまんが好きじゃ。立場上、誰ぞ人間に対して特別な感情を抱いたらいかん言うんは分かっちゅー……例え許されざる事じゃっても、わしはおまんに恋い焦がれてしょうがないぜよ」
「むつ……」
「にゃあ、おまんからの気持ちも聞かしてくれんか……?」
そう言って、彼は湯呑みに添えるように置かれていた彼女の手を取って乞うた。その必死さに、彼女は今此処ですぐに何かを答える事を躊躇った。正確には、いきなりの事に戸惑い、答えを出す行為を躊躇したのだ。
其処へ、追撃するかのように彼からの言葉が落とされる。
「わしにゃあ、おまんをわしの主にしたいっちゅーんが一番やないがよ。……わしは、おんしと添い遂げたいち思うちゅーがぜよ。ほいやき、ほんまの事は主になって欲しいっていうがは二の次でにゃあ……おんしをわしの
最後の一言に込められた空気と、彼の瞳に宿った光の色が、
彼は敢えて冷静に努めた口調で言う。
「どういた……? まぁだ頼んだ品は来ちょらん。まだお茶も飲み切っちょらん内から席立つ
「…………そういう事かよ、」
「そがな怖い顔しなや〜っ。せっかくの別嬪さんが
にやり、不敵に笑んでみせた陸奥守に、やはりかと思わざるを得なかった。お陰で、突然何を言い出すのかの合点が行った。
己が仇と言わんばかりの形相で睨め付けていると、先の派手な物音を聞き付けてか、店員が何かトラブルかと思ってやって来たらしい。渦中の二人が居るテーブルへとやって来て、不安そうな顔を浮かべて問う。
「あ、あのぅ……っ、何かご不快になるような事がございましたか……? もし、此方に不手際等ありましたら、何なりとお申し付けください……っ! すぐに対応させて頂きますので……!」
「あー、何ちゃー無いぜよ! わしが下手な事言うて怒らしてしもうただけやき! 変に
「えーっと、そういう事でしたら、私共は要らない世話でしたかね……? こ、此れは失礼致しました……っ!」
「どうも、すんませんでした……! あっ、拭く物もろうてもえいですろうか? お茶溢いてしもうたき……っ」
「え? あっ、拭く物ですね! すぐにご用意致しますので、少々お待ちを……っ!」
騒ぎにばかり気を捉れていたらしい気の小さい店員は、彼に言われて初めて気が付いた風に返事を返し、慌てて奥へと引っ込んでいった。
その間、彼女は椅子を引いて突っ立ったままだ。店員が側へ来ても尚変わらず彼を鬼のような形相で睨め付けていたのに対し、彼は声を落として告げる。
「そがに怒りなや……わしはほんまに今日はおまんとお茶しに来ただけやき」
「…………」
「……他のお客さん等が見ゆーぜよ。下手に大事にさせたくないがよったら、早う座り直しとうせ。せっかくのお茶も冷めてしまうぜよ」
そんな呑気にお茶に構ってられる余裕は無い……! ――と、大声で言い返してやりたいところだったが、彼女は抑え、静かに椅子に腰を据え直した。しかし、未だ顔は憮然としたままだ。だが、彼は其れだけで満足したのか、ニコリと偽りの笑みを貼り付けて頷いた。
「其れでえい……! せっかくの時間なんじゃ、そうカッカせんで愉しゅーお茶しようや。おまんかて、事が穏便に運ぶっちゅーなら、下手に荒立てよう
「だから、こんな人の往来がある場所でわざわざ干渉してきたって……?」
「おまんに逢いたかったんはほんまちや? お茶に誘うたのは、おまんと話がしとうての建前やったけども。此処の甘味が美味いがはほんまやし、おまんに紹介したかったのもほんまの事ちや」
「へぇ……じゃあ、さっきの私の事が好きだのどうのって話は、私を貶める為のただの茶番か」
「いんや? さっきの話も全部ほんまの事ちや。わしは本気でおまんに惚れちゅー……こんままむざむざ折られて殺されるだけに終えるくらいやったら、おまんと添い遂げて終わりたい」
「は…………?」
完全に意図せぬ範疇の回答であった。彼女は複雑な表情で以て固まったまま思考停止する。其れを、彼は何処か物悲しそうに憂いを帯びた表情で以て見返した。
「嘘やと思うたか? おまんを騙す為だけに考えた方便やと、そがな風に思うたか……?」
「……今までの流れ全て込みで考えたら……そりゃ、“嘘だろ? 此奴本気で言ってんのかよ?”って疑うのも無理ないわなァ……。最初に会敵した時だって、お前は私達を欺こうとした……そうだろ? 忘れたとは言わせんぞ。政府所属の戦闘部隊だったとは言え、一時的に預かった身の彼等を傷付け、内部隊の二振りを死に追い遣ったんだからな。今更誤魔化しなんか効かんぞ。……一瞬、騙されかけた私が言えた口じゃないけれども」
「騙すつもりは無かったんちや……。けんど、こうまでせんとおまんを捕まえる事は出来んじゃろう? 加えて、二人きりになるタイミングを作ろうもんなら、更々難しい事や。……ほいやき、おまんが政府に用があったタイミングを狙うて、おまんの知り合いの“陸奥守吉行”に成り済ましてお茶に誘うたんじゃ。幸い、ほんまに奴は非番で出陣の命は受けちょらざったしのぉ……好都合じゃち、利用させてもろうたわ」
「他人のプライバシーやスケジュール把握してるとか、キモイ以外の何物でもないんだが……」
「そがに引かんとってや〜……っ。全部おまんに逢いとうてした事ぞ?」
「信用ならんな。そもそも、端から信用出来る訳が無いだろう? んな簡単に信用出来たら、世の中上手く回ってらぁな」
「まははっ……そらそうじゃわなぁ……。けんども、おまんを愛しい思うちゅー気持ちは本物ちや。此れだけは嘘やない。……信じてくれ、とは言わんがにゃあ」
そう半ば諦めた風に笑って言った彼に、不思議と今の言葉に嘘偽りは無いと感じ取れた彼女は、些か険の取れた表情になって言う。
「本当に私の事好いてくれてんだねぇ……」
「……さっきからそうずっと言いゆーやないか……っ」
「すまんねぇ、職業柄……というか、元々の気質のせいもあって疑り深くなってしまってるんでな。一時的に人間不信になった人間が、そう簡単に人を信じれるようにはならんよ」
「……ほうかえ。そいたぁすまざった……」
椅子に背を凭れ、項垂れた風に俯く彼に向かって、再び口を開く。
「……でも、まぁ……本当の本気で惚れられてるんだったら、応えない事もないが……?」
刹那、彼は弾かれたように顔を上げて彼女を見た。その真っ直ぐと向けられる視線に一瞬たじろぎながらも、彼女は真摯に向き合うように告げる。
「本来なら、許されるべき事じゃないと思うんだがな……折れかけて尚生きたいという思いがあったから、今お前は存在出来てるんだと思うし……。こないだの交戦時にも感じたのだけど、お前は他の敵と比べて本当の意味では憎めないというか……何かが違う気がしたのだよねぇ。上手く言葉に出来なくてアレなんだけど……っ」
「ッ……!」
「ま、だからと言って、全部が全部許す気は無いぞ? 一度でも道を踏み外してしまったのなら、その責任は最後の最後まで償わなきゃならんのは道理だし、当然の話だと思う……。ただ今回、刃を交えるでもなく対話で事に区切りを付けようとした姿勢はプラスになったかな」
「ほんまか……!」
「私がお前の主になるだとか、番になるだとかの話は置いといてよ……! お前がまだ此方側に未練があって戻りたい、敵との縁を切りたいとかって事なら、協力しない事もないよって話。まぁ、現時点で通報は免れないものと理解してくれよ。仮に逃げようものならその時は容赦無く斬るがな!」
「おんしゃあ、げにおっかない御人じゃなぁ……っ。……けんど、話が分かる人で良かったぜよ……! 此れで、わしの居った部隊を担当しちょった政府役人の人に義理は返せる。不義理を働いてしもうた事は、今更悔やんでもしょうのない事なんは分かっちゅーきの。刃生懸けて償う所存ちや」
「おう、男前な事言うじゃないの」
「おんしには敵わんけどなぁ〜……! まはははっ! 流石はわしの惚れた
「やだ、お前まだ諦めてなかったんだねぇ……っ!?」
「諦める気なぁーんざ初めから無いぜよ? わしは絶対におんしを手に入れるまでは死んでも死に切れんきねぇ……っ! わしを捕まえた事、覚悟しちょれよ!!」
「わぁー……っ、飛んでもない子に好かれたもんだなァ……。さて、どうしたもんかね」
口ではそんな軽口を叩きながら、大して困った風でもない彼女は、すっかりいつもの勝ち気な笑みを浮かべていた。纏う雰囲気も何処か愉しげですらある。
一先ず、遅れて持ってこられた布巾を受け取りつつ、勢い良く席を立ったせいで溢れたお茶を拭き取り綺麗にする。次いで、運ばれてきた注文の品を穏やかな笑みで受け取りながら礼を述べる。
「布巾、有難うございます。さっきはお騒がせしてしまい、すみませんでした……っ。後できちんとお詫び致しますね」
「へぇっ……? ご、ごゆっくり〜……」
この短時間で何があったのやら。知らぬ存ぜぬ店員にはさっぱり分からぬ事。しかし、何やら丸く収まったそうで、険悪な雰囲気は消え去り、他の客達も普通に気にせずお茶を楽しんでいるのを見遣って、一先ず不安は去ったのかなと思ったらしい店員は、戸惑いつつも営業文句を告げて下がっていった。
そんな店員の背を見送って二人して顔を見合わせ後、小さく吹き出すように笑った。あんなに剣呑としていた空気が嘘のようである。
その後は、彼が最初に目論んだ通りに穏やかにお茶を楽しみ、店を後にした。
店から出た後の流れは次の通りである。
「――あ、もしもし、尼野さんですか? 璃子こと猫丸です〜。いつもお世話になってます〜。あのー、今ってお時間空いてますでしょうか?」
『猫丸か? どうした、さっきもウチの部署に顔出してたっていうじゃねーか。どういった用件だい?』
「いやぁ〜、何の因果でしょうなぁ、先日研修会会場に指定されていた施設を襲った敵首謀者と見られる方とばったりお会い致しましてね……? 出頭の意思を見せられたんで、これから其方まで送還しようかと思うんですが……急遽お縄に付ける準備って出来ますかねぇ?」
『は――…? おまっ……正気で言ってるか? 先日の、事件首謀者とばったり会ったから、連行してくるだぁ……っ!? 見付けたのか、彼奴を!! というか、お前は無事なのか!?』
「はい、全くの無傷で無事ですよぅ? ちょっとだけ一悶着起こりましたけども、至って平和に解決致しました! ああ、ちなみに言っておきますと、首謀者ご本刃から直々に私へ逢いに来たとかだったそうで、始めから戦う意思は無かったそうです〜。一先ずは、その事をお伝えしたくご連絡した次第です〜」
『よし分かった。お前、そっから動くな。あと、奴から目を離すなよ。もう一個おまけに訊くが、お前今何処に居る?』
「えーっと、政府施設を出てすぐの万屋街道の東寄り、橋を一つ渡った先にある老舗の和菓子店兼お茶屋さんの前ですけども……?」
『了解した。今そっちに迎えとして俺の部下数名派遣したから、其奴等来るまで大人しく待機しといてくれ。くれぐれも奴から目を離すなよ!』
「離すも何も……逆に
「そがなつれない事言いなや〜っ。わしとおまんの仲やか!」
「まだ通話中だ! こら、引っ付くな! ベタベタすな……っ!!」
『……何かよく分からんが、よくやった!! お手柄だぞ!!』
「ウッス。だば、用件はそんだけでしたんで、電話切りますね。自分以外の男と話してるのが気に食わん言うて邪魔してくるぜよぜよが
電話越しに響いていた彼女の怒声は途中で途切れて聞こえなくなった。重要な話は既に聞き終わっていたからであろう。向こうが切る前に自分の方から切ったらしい“尼野”と呼ばれた男は、自身の部下に指示を飛ばして、某事件の首謀者を捕える為に動き出す。
彼女はというと、何とも言い難い空気で彼の執拗な熱烈アピールを押さえ付けながら言い付けの通り待機していた。……まぁ、あまりのしつこさに、半ば本気で橋から突き落としてやろうかと欄干の場所まで移動し、彼の胸倉を掴んで川の上に身を乗り出すように橋の上から彼の上半身を突き出していたが。
事は思わぬ形で平穏に幕を閉じたのであった。
「ほ、ほほほほんまにすまぁざった!! 悪かったきに、その手を離しとうせぇ……ッ!!」
「応よ、お望み通り離してやらァ。あばよ」
「だぁーっっっ!! そうじゃのうて、陸地に離しとうせっちゅー意味じゃあーッッッ!!!!」
「つ、通報のあった例の首謀者である“陸奥守吉行”の姿を確認……! 現時刻を以て捕縛する……っ!!」
「つー訳で、嬢ちゃん……ソイツの事、こっちに寄越してくんねぇかな? お縄にしたくても、そのままじゃお縄どころかあの世行き確定なんだわ」
「いや、アンタ等来るの遅いから……待ち草臥れてマジで此奴の事突き落とすつもりだったわ」
「飛んだおっかねぇ嬢ちゃんを追っ駆けてきたもんだねぇ、アンタも……。仮に突き落として死ななかったら、みすみす逃がす事になってたんだが……其れは頭に無かったのかい?」
「いやぁ〜、この
「そがに褒められたら照れるのぉ……っ!!」
「別に褒めてねぇよ。だから桜舞わすんじゃない。オラ、お巡りさん来たんだから、さっさとお縄に付いて牢屋にぶち込まれてこい。話は其れからだ、ド阿呆」
「ええ子にしちょくき、わしの事迎えに来とうせな……! わし、待っちゅーきね!!」
「おーおー、オメェが本当に良い子にしてて私の気が向く事があったらなァ〜。……お待たせしてすみませんでした。どうぞ、連れてってくだせぇ」
「ア、ハイッ……お勤めご苦労様でした。ご協力感謝致します……っ」
のちに、この元敵側であった個体の陸奥守は、拘留後、特別措置により監視付きで政府所属の刀となり、度々仕事を抜け出しては彼女の元へ通うのだった。
執筆日:2022.07.05