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生きた家



 ここ数ヶ月、急に台所の排水口が逆流するようになった。
 二週間程置きにパイプクリーナーを使用しても全く改善しない為、たぶん配水管その物が詰まってしまっているのだろうと思われる。何が詰まっているにせよ、改善してもらわなければ大いに困る。
 よって、頼みの綱の専門業者を呼んで、調べてもらう事にした。しかし、結果は異常無しで、原因不明のまま、排水口の逆流は解決せず。
 何が原因かも分からずのまま逆流を続ける事に、不気味さを覚え、あまりの気味の悪さに、最終的には時の政府の浄化専門の課に頼み込む流れとなってしまった。そして、審神者姉妹の実家に浄化課の南海太郎朝尊と肥前忠広の二人が派遣された。
「こんな現世のド田舎までご足労頂き、有難うございます。問題の排水口とやらは、此方の事でして……。彼是かれこれ二、三ヶ月以上は謎の逆流を繰り返しておりまして、水作業する度に困っているんです。一応、専門の業者を頼ってみたりもしたんですけど、お手上げ状態でして……」
「調べてくれた業者曰く、何の異常も無しとの事なんですが、どう考えても異常でしか無くて、本当気味が悪くって……。まぁ、ウチの家が大層古いせいで、配水管その物が老朽化してる可能性も無くは無いんですけども……」
「ふむふむ、成程……。一見すると、ただの何の変哲も無さそうな何処にでもある排水口のように見えるがね。確かに、少し水を多く流しただけで逆流の兆しが見られるようだ。此れでは、家事を片付けたくても大層不便で困る事だろう。まぁ、僕達が来たからには、解決してみせようか。……では早速、配水管その物の状態を確認させて頂こうかね? 肥前君」
「ハイ、此れだろ先生」
「うむ。では、失礼して、少々シンク下の収納スペースを開けさせて頂くよ。でないと、管その物の状態を確認出来ないからね。……嗚呼、その前に頼みたい事があるのだが、配水管の調査の前に一度水を止めてきてもらっても良いかね?」
「既に俺が言って止めてもらってるよ」
「ほぉ、仕事が早くて助かるよ。其れでは、調査開始としようか」
 そう言って、専用の工具だろう道具を使って調査を始めた浄化課の二人。姉妹二人とその家族は、作業の様子を片隅で見守るが、およそ配水管の調査に使う物とは思えない品々に不安を隠し切れずに、姉妹の片割れが徐に口を開いて問うた。
「あの……本当に改善されるんでしょうか?」
「うん……? もしや、見慣れぬ工具やらに不安にさせてしまったかね? 此れは申し訳ない事をした」
「先生に任せとけば、大抵の事は万事解決するから、何も問題は無ェよ。機械の故障だろうが、怪異による異常だろうが、先生に掛かりゃ全部解決に導いてくれる。だから、そう心配すんな」
「今、サラッと怖い事も聞いた気がするのだけど、気のせいだよね……?」
「おや、其方のお嬢さんは、怪異などの関連事は苦手とするのかね?」
「すみません……ウチの姉、ホラー系全般駄目なタイプの人でして……っ。職業柄怪異が関わるかもしんないって話聞いてビビってるくらいの耐性の低さなんで。反対に、私はある程度耐性持ちなので、精神的異常が無い状態であればまあまあ……」
「ふむふむ、其れはすまなかったね。しかし、原因が判った以上は説明せねばならないのだが……お姉さんに配慮するなら、彼女の退席を促した方が良いかもしれない」
「えっ、判ったんですか……!?」
「まぁ、僕が開発した道具を使えば、ちょちょいのちょいさ。端的に言うと、現状の排水口の流れの悪さは、配水管の物理的な詰まりが原因だったよ。その物理的に詰まらせている物が、本来なら此方側の物ではない・・・・・・・・・から一般的な業者に頼んでも判らなかったのだろうね」
「え…………と言う事は、つまり……そういう…………?」
「流石は耐性の有る妹さんだ、察しが早くて助かるよ。今から其れを取り除く作業に入るから、出来れば審神者でないお身内の方の目には触れないでいて欲しいのだが……。まぁ、ぶっちゃけ、見ていたところで見えようも無い事だろうけれど、念の為はね。見えたら見えたで、決して気分の良いものでは無いだろうから、極力見ない事をお薦めするよ。特に、見る力・・・を有しているらしい奥方は、興味本意で見る事はやめた方が良い」
「そういう訳だから、オカンは私と一緒に居間で大人しく作業終わるまで待ってようか!」
「あのー、耐性有りの私は、引き続き作業の流れを見守っていても……?」
「嗚呼、構わないよ。当事者が一人居てくれた方が、後で説明する時が楽だからね。では、これから詰まりの原因を取り除くが、宜しいかね?」
「どうぞ、宜しくお願い致します」
「肥前君、例の物を」
「嗚呼……何時いつでも準備出来てるぜ」
「では、除去及び浄化作業を開始しよう」
 政府職員の肥前が何やら御札の貼られた箱らしき物を持って待機していた。恐らく、何かを封印する用で使う代物なのだろう。
 専用の手袋らしき物を嵌めた南海が、先端に鉄鋏みたいな機械の付いた道具を手に再びシンク下の収納スペースへ頭を突っ込んだ。そうして、何かを取り除くような動きでナニカを引き摺り出した彼は、助手の肥前を呼ぶ。
「肥前君、肥前君……」
「今側まで持ってくから、んな繰り返し名前呼ばないでくれ先生」
「いや、すまないね。思ったよりも大きな収穫物となりそうだから、つい興奮してしまってね……!」
「嬉しいのは分かったけど、先生落ち着いてくれよ……。此処は現世の依頼先で、政府の研究室じゃねぇんだから」
「ふふふふっ……此れはまた研究し甲斐のある代物だ……! 政府へ帰還してからが楽しみだね!」
 そんなこんな、怪しげで不気味な笑みを零す彼を宥めて作業の続きへ促す肥前は慣れた様子である。

 結果的、詰まりの原因は、何処からか侵入し死滅したと思しき蛇の死骸が詰まっていた事が、定期でパイプクリーナーを繰り返しても逆流していた原因と判明した。しかも、その蛇はなかなかの大蛇サイズで、僅かに霊力の残滓を感じるに、もしかしたら何処ぞの審神者崩れの者が飼っていたか、使役していた式神の類と思われたし。
 「何でこんなド田舎の片田舎の家の配水管にんなモンが詰まっとんねん!?」と姉妹二人は驚きを隠せない様子で、思わぬ結果に度肝を抜かれた模様であった。
 そもそも、何かが詰まっている時点で軽くホラー現象である。
 そんな二人へ向かって浄化課の南海はこう言った。
「まぁ、蛇の死骸で済んで良かったじゃないか! 此れで出て来たのが人の片腕とかだったら、大事件どころの話では無かったと思うのだがね?」
「先生……そういうの軽々しく言うのヤメロって言ってるだろ……? 冗談に聞こえないどころか洒落シャレにもなんねぇから……」
 何はともあれ、其れ以来、排水の際に詰まるような事も逆流するような事も無くなったそうな。

 にしても、何故、現世の片田舎の一軒家の配水管なぞにそんな物が詰まっていたのだろうか。
 政府へ帰還後、報告書作成に追われていた肥前は、相棒の南海へ訊ねた。
「なぁ、先生……今先生が解剖中の大蛇の死骸は、結局何であんな処に詰まってたんだろうな?」
「其れはね、大いに簡単な話さ」
 政府の浄化課が持つ研究室の一角で収穫物の研究に勤しむ彼は言う。
「大方、今回の依頼人である姉妹二人の何方どちらかを狙って仕掛けられた物だったんだろうが……下調べを怠ったのが裏目と出たのだろう。解き放っていた式の蛇は、あの家に掛けられた守護の術式の反動を食らい、力を失って、あの場から出るに出られなくなり、終いにはその場で息絶えてしまったという訳さ。此れは、恐らく、諜報を目的として忍び込まされた式の一種さ。故に、ただの人には見えない。だから、表面上に異常という形で表れるまで気付かなかったのだろう」
「じゃあ、あの家に掛かってた守護の術は……」
「僕の憶測だがね……アレは、審神者である姉妹二人のものではないと思うよ。霊力の質が、何方共と異なっていたからね」
「なら、アレを掛けたのは、あの二人の血縁者の誰かか、外部の者になるって事か……?」
「いや……もっと面白い話がある。アレは、彼女達の住まうご実家その物が自ら掛けた物だとしたら……君はどう思うかね?」
「はぁ? 家自体が勝手に動いて守護の術を掛けたって言うのかよ? 生き物でもなし、無機物である筈の家がんな真似出来る訳……」
「其れが、完全なる不可能とも言い難いのだよ、肥前君。彼処の家は、見るからに大層古いお家だっただろう……? 年数を重ねに重ねた器物が想いを宿したらどうなるか、其れを体現する我々刀剣の付喪ならば、分かる事だろう? そもそもが、家という物を完全なる無機物と断定してしまう事自体が誤りなのだよ。人は度々こう言うだろう……? “家は生きている”と……つまりはそういう事なのさ。彼女達の住まう家は、最早ただの家ではない。意思を宿した家なんだ。だから、住人である彼女達家族を傷付けようとする物を排除しようとしたのではないかね……? 古き家とて、長きを経ては付喪と成る――我々がその証明と言えるだろう?」


執筆日:2022.07.12