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とある本丸の日光一文字顕現記



 日課任務のノルマ分の書類を片付けている最中で、これまでの戦に関する資料を見ている時、ふとした事に思い至り、すぐ側で雑務をこなしていた近侍の名前を呼んだ。
「日光さん、日光さんや……ちょいと今宜しいかね?」
「どうした? 主よ」
「いやね、今ちょいとこれまでの記録を整理するついでで見返してたんだけど……そん中から見付けたデータに、ある情報を確認して、思い至った事がありましてん」
「聞こう」
 片付けていた雑務の手を止めて話を聞く体勢に入った彼と向き合うように姿勢を傾けて、改めて口を開く。
「日光さんがウチの本丸に初顕現した時の事は、覚えてるか?」
「嗚呼、よくよく覚えている。忘れも出来まい……エラーが生じたとか何とかで、俺の初顕現シーンを拝めなかっただの撮影会が出来なかったなどと言われ、あまつさえ、“一文字一家一の恥ずかしがり屋”などと称されたのだからな……。其れが、どうしたと言うのだ? その後、江戸城の報酬にてすぐに二振り目の俺を獲得出来た故に、顕現時の件については解決した事だったろう。まだ根に持つように文句を重ねるつもりか? 言っておくが、アレは俺そのものに原因があった訳ではなく……そもそもが、エラーが起きたのは、この本丸の回線が悪過ぎる事が所以しての事であってだな……っ」
「あ、否、お前を非難したくてその件を持ち出したんじゃなくてね……っ。というか、その件については一応解決してて俺も許してるから安心してくれ。其れで、俺が話したいのはそういう話でなくてだな……」
「そうか。其れはすまない。話の腰を折ってしまったな。続きを話してくれ」
「おう。で、俺が言いたい事というのは、お前の初顕現した時のエラーの原因についてなんだけど……。アレ、改めて考えてみたら、弱小回線なのが原因じゃなかったのかもしれない」
「と、言うと……?」
「もしかしたら、俺自身に原因があったのかもしれない……。まぁ、悪まで憶測の域を出ない、仮定としての範囲の話なんだけどね。あとは、解釈の仕方次第という見方もある」
「どういう事だ……? 其れは」
「では、今言った思考に至るまでの経緯を説明するに当たって、これからとある話を一つしよう。俺の夢見の話についてだ」
 そう言って、審神者は、彼が顕現するより少し前の記憶を語り始める。


*******


 ――事は、彼……日光一文字の実装が確認されて暫く経っての事である。
 彼女の運営する本丸では、それなりの鍛刀運は持っている方だが、日光一文字はまだ期間限定下での鍛刀しか許可されておらず、当時で既に二回鍛刀キャンペーンが開催されていたが、その何方共惨敗という記録であった。その事に少しの落胆はあったものの、「まぁ、鍛刀や泥などで来る刀は運によるところ……故に、刀本刃ほんにんが来たいと思った時に来るさ」と比較的緩い思考で考えていた。だから、二度目も駄目だったけれど、再び鍛刀キャンペーンは開催されるので其処まで強く執着する事無く日常任務をこなして過ごしていた。
 そんな折である。まだ自分の本丸には居ない筈の彼を夢に見たのは……。
 日光一文字が出て来る夢を見たのは、鍛刀キャンペーンの時期でも何でも無い、彼と関わるような事も特に無くの、ただの平穏平凡の日常生活の中での事だった。不意に、夢に彼が登場してきたのだ。まだその時は、彼の事をほとんどと言って良い程知らなかったというのに。寝る直前に彼に纏わる情報を見聞きしたでも無くだ。本当の本当に不意を突く形で彼の存在が夢に出て来たのだ。ちなみに、おまけに言うと、当時はまだ姫鶴一文字も実装されていない頃の事である。
 夢の内容は、こうだ。

 ――彼女は、気付いたら、何処ぞの宿泊施設……立派なホテルらしき場所の前に来ていて、入口前辺りで建物を見上げていた。そうして、ぼんやりとした思考で「何故自分はこんな処に居るんだっけか……?」と考えている折である。すぐ側に居たらしき加州清光に、こう言われたのだ。
「どうしたの、主? 会議出席で疲れちゃった……? なら、早くホテルチェックインして、部屋行って休もう!」
「うん……そだねぇ」
「俺、先行って部屋の空き確認してくる! 主はゆっくりで良いからね〜」
「ん。有難う、清光」
 その会話で、どうやら自分は審神者会議の帰りだったのか、と今現在の時系列を理解した。頭がぼんやりしているのは、何度行っても慣れない人の集まりに参加した事による疲労からかと思い直す。そうして、いつもと比べてのんびりとした歩みでホテル建物内へと足を踏み入れた。
 其処からは、少し場面が飛んで、初期刀且つお伴で付いてきた清光とは別行動を取るように、一人最上階の展望台兼ラウンジとなっているスペースを目指していた。直前に、彼と別れる際、「疲れてるのなら部屋でゆっくり休んでる方が良いんじゃない?」と言われたが、多少の疲労よりも、ロビーの案内板で見た展望台スペースから見えるという景色の事が気になって。「せっかくだから、ちょっと一人で楽しんでくる」と言って、単独行動を選んだ。エレベーターは混んでいたのか、敢えて選んだ手段かは不明だが、移動は徒歩で階段を上がって行った。
 途中、同じように会議へ出席した帰りと思しき女性の審神者や他所本丸所属の刀剣男士達とすれ違う。皆、一様にふわふわとした感じで談笑しており、偶の外出という機会に浮き足立っているのだろう。まぁ、其れは自身も同じかと思いつつ、通りすがりに目が合った審神者達へ会釈をしながら目的地を目指した。
 階段が途切れた先が最上階で、目的地に到達した事を示す。踊り場で一人自分と同じように一人の時間を楽しむ同性審神者が、柵の手摺に凭れて階下の景色を見つめながら本丸の外の空気を楽しんでいた。人見知りでコミュ障ながらも、何故かその時ばかりは積極的に声をかけに行き、他本丸の人との会話を弾ませた。
「どうも。貴女も、展望台目当てで来た感じですか?」
「えぇ、まぁ。ちょっと一人になりたくて……っ」
「そうなんですね、私も似たようなもんです……! 実は、私も人が多く集まるような場所あんまり得意じゃなくて……っ。其れで、会議終わるなり早々とゆっくり出来る此方まで退散してきた感じです」
「ふふふっ……私達似た者同士ですね」
「あ、其方はもう展望台からの景色は見られたんですか?」
「はい。すっごく綺麗でしたよ。高い場所から見る景色って壮観だから、景色を見るのが好きって方にはお薦めですね」
「わぁっ、其れは楽しみです……! 私、これから見に行くところだったので、嬉しい事を聞きました!」
「どうぞ、素敵な時間を過ごしてきてくださいね」
「有難うございます。貴女の方も、素敵な時間を……! ではまた!」
 会話終わりに一つ会釈を垂れて、その場を別れるつもりで展望台スペースの方へ向かおうとした。直後、突然の大きな地震に襲われ、今しがた軽く言葉を交わした女性審神者から悲鳴が上がる。取り敢えず、体を支える為、急いで身近な捕まれる場所に捕まろうと、壁近くの手摺に捕まって揺れが収まるまでを待った。
 グラグラと地を揺るがす大きな強い揺れは長く、揺れが弱まるまで数分を要した。体感的には、随分長く感じた。故に、内心此れは只事じゃないぞと思い、兎に角自分の刀達の元へと合流せねばと考えた。
 一先ずは、避難と合流を優先すべきと思考を定め、大きな揺れに怯えて動けなくなってしまっている女性審神者に避難を促し、自身は自分の刀が宿泊する部屋の階を目指して階段を駆け下りていく。その間も、揺れは収まっていないのか、微弱だが足元は小さく揺れていて不安定だった。此れは異常事態である。辺りは、宿泊客達の悲鳴が木霊していて、皆一様に慌てて避難経路を目指して逃げている様だった。審神者も急いで目的階を目指して足を早める。
 六階辺りの踊り場を通り過ぎようとした時だったろうか。再び大きな揺れに見舞われ、思わず体勢を崩しかけ、驚いた自身の口から悲鳴が漏れ出た。その声を聞き付けてか、同じ階に居たのだろう、日光一文字が姿を現し、慌てて此方へと駆け付ける。
「主、無事か……!」
「日光さんっ!? 何で、此処に……!」
「偶々この階が俺の泊まる部屋になっていた為、滞在していただけだ。チェックイン時に、空き状況から、俺だけ主とは別の階の部屋となってしまったからな。護衛という意味であれば、本来なら同じ階に泊まるのが望ましかったのだろうが、空きが無かった故に致し方ない事。しかし、偶然であれど、有事にすぐに主の元へ駆け付けれたのは幸いだった。怪我は無いな?」
「俺は大丈夫、何とも無いよ。危うく体勢崩しそうになってちょっと吃驚しちゃったけども。日光さんの方は? 何とも無い?」
「嗚呼、此方は何も支障は無い。何時いつでも万事動ける状態だ」
「よしっ……其れじゃあ、急いで清光達と合流しよう! 清光と前田君達は、私とおんなじ四階が泊まる部屋になってたから、たぶんまだ四階に居る筈……っ!」
 取り敢えず、お互いの無事を確認し合ったのちに、これからの行動目的を話し合った上で動き出そうとしたところで、ふと或る事に思い至る。
 そういえば、ナチュラルに会話していたが、自本丸にはまだ日光一文字は未実装でなかっただろうか……?
 突然の事に一瞬忘れかけていたが、そうである。我が本丸に、彼、日光一文字はまだ居ない筈なのだ。其れにも関わらず、彼は今、自身の事を“主”と呼んだ。本来であるなら有り得ない、不思議で可笑しな事である。故に、気付いた審神者は、非常事態で急いで逃げねばならぬという状況にも関わらず踊り場で足を止め、共に階下を目指して駆け下りていた彼を振り返った。
「どうした? 主……っ、」
「御免、こんな時に限ってんな事してる暇無ェだろって思うかもだけど、大事な事だからちょっと一旦確認させて……っ」
「何だ? 状況が状況だ、出来る限り手短に頼む」
「お前、さっき俺と逢って開口一番に“主”と呼んだが……お前は、本当にウチの日光一文字か? 変に疑うようで申し訳ないんだが、本当に本当の事なら、ウチの本丸にはまだ日光一文字は未実装の筈なんだが……っ。その上でもう一度訊くが、お前は本当に俺の刀なのか?」
「俺の意識としては、目の前に居る貴女こそが我が主と思っているが……何か手違いがあったとでも言うのか?」
「えっと……何でか理由は分からんけど、一先ず、お前の中での主――仕えるべき主君たるは俺だと認識してる訳ね? 取り敢えずは分かった、成程ね。不思議な事もあるもんだ」
「今の話を聞くに……本当の事ならば、俺はまだ主の本丸には顕現していないという事になるが……どういう事だ? そうであれば、今の俺はどうして顕現している事になる?」
「其処が問題なんだよ。俺もさっきナチュラルに会話しちゃってたけども、何でか初めお前の事見ても不思議に思うどころか、自分の刀だと認識して喋ってたんだ。お前が本丸に来た覚えも、顕現したって記憶も無いのに……。おまけに、今も再確認しながら喋りつつ励起の過程で巡ってる筈の霊力の質を探ってみてたんだが、お前の顕現に至る根源は、なんと俺の霊力だって事が分かった」
「ならば、やはり我が主たるは貴女で間違い無いのだな? 何故、顕現していない筈の俺が主の刀となっているかは不明だが……我が主たるは貴女、であれば、何が何でも守らねばならぬ対象である。そして、今は非常事態だ。此処は危険だ、急いで安全な場所まで避難せねばなるまい」
「うん。取り敢えず、今は急いで避難しつつ味方と合流しよう。原因究明とかの詳しい話は、現状解決した後だ……!」
 そうして再び足を動かし始め、四階層を目指して駆けていたらば、再度大きな揺れが襲い、足を滑らして体勢を崩した。思わず口から悲鳴が零れ出たが、側に居た彼が瞬時に腕を掴んでくれ、体を支えられる。
「大事無いか、主よ……!」
「だ、大丈夫っ……! 日光さんのお陰でギリセーフだったわ……! 咄嗟のフォロー有難う!」
「礼には及ばん。臣下たる者、主を守る事は当然なり。地震で些か足場が不安定だ、気を付けて進むぞ」
「うんっ……!」
「必要であれば、俺が主を抱えて走ろう」
「いやっ、流石に其れは恥ずかしいし、まだ走れない程の状態には至ってないから、丁重にお断りさせて頂くよ……!」
 そんなこんな言葉を交わしつつ、第一目的の四階へ到達し、我が初期刀の宿泊する部屋を目指して走る。すると、前方数メートル先で目的の人物の姿を確認する。途端、彼女は口を開いて初期刀の名前を叫んだ。
「清光っ……!!」
「主……!! 良かった、無事だったんだね!!」
「嗚呼! 取り敢えず、建物内は危険だ!! 今すぐにでも安全な外へ避難し――、」
 初期刀の元へ駆け寄ろうとした瞬間、すぐ側の壁に亀裂が走り、足場が崩れて地面がずれる。途端、目の前の清光と背後に居た彼から悲鳴の声が上がる。
「主ッ……!!」
 寸でのところで崩壊は免れたが、どうやら地震の影響により建物その物が脆くなっているようだ。今すぐ清光の元へ駆け寄りたかったが、其れも無理そうである。その事を理解した清光自身が声を張って告げる。
「こっちは既に通路が脆くなってるみたいだから、此れ以上こっちに来ちゃ駄目……! 危ないから、主は別のルートから安全な場所まで逃げて!! 俺の方も、どうにかして逃げるから!! 後で絶対に合流しよ!!」
「ッ……分かった! 絶対だぞ! 俺の知らんとこで折れたら絶許だかんな!? 絶対無事に合流しろよ!!」
「約束!! さぁ、早く行って……っ!! 俺も向こうのルートから逃げるから!!」
 そう言って、目の前の紅の刀は自分達が通ってきた方とは反対方向へと足を向けて駆け出す。こうなっては致し方ない、今は身の安全のが最優先だ。審神者は彼を連れて階段のある方まで引き返す事にした。
「この階に長時間留まるのは不味そうだ……っ。一先ず、階段で急ぎ下の階を目指そう! んで、ロビー通って出口から脱出しよう!」
「相分かった!」
 そうして再び階段を駆け下り始めた瞬間、何故か目の前の空間に歪みが生じて視界がグラリと傾いた。眩暈にも似た感覚に、一瞬前傾体勢のまま階下へ体が落下しかけたが、寸でのところで彼に支えられる。
「大丈夫か!? 主、しっかりしろ……!!」
「あっぶね……ッ。有難う、日光さん……っ、助かった……!」
「いや、何、主が無事であれば構わん。本当に大丈夫か?」
「うん……一応は……っ。突然、目の前の景色が歪んだように見えたのと同時に、ちょっと眩暈感じてさ……。大丈夫、一瞬だけで動けなくなる程では無かったから心配要らないよ」
「そうか……。しかし、何かあれば遠慮無く言え。俺が背におぶるなり腕に抱えるなりして進もう。無理はするな。貴女は大事な御方だ。大事があってはいけない……っ」
「うん、心配してくれて有難う。でも、まだ大丈夫だから。本当に無理そうになったらちゃんと申告するから……今は安全な場所まで避難する事を優先しよう」
 心配を見せる彼にそう言って、歪んだ空間を避けるように、まだ無事そうなルートを選ぶように手短な階の道へ入り、廊下を駆けていく。すると、次第にホテル建物内全体の空間が歪み始めたのか、至るところがグニャグニャと歪んでいくのを確認した。
「一体全体どうなってんだ、この状況……!? 完全訳ワカメなんですけど!?」
「どうも、この空間自体に歪みが生じて不安定になっているようだな……っ。主よ、俺から離れるなよ!」
「こうも訳ワカメな状況じゃ、安全な場所へ逃げたくても何処へ向かえば良いのか分かんなくなるじゃねェーかよ! チクショウがッ……!!」
「悪態は後で幾らでもけよう! 今は兎に角、無事な経路を見付け次第、其処から出る他あるまい……!」
「異議無し……っ! 兎にも角にも、今はこっから脱出する事が最優先!! ――っと、おわぁッッッ!?」
「主ッ!!」
 揺れは収まったものの、今度は建物……というよりは、空間の崩壊が始まったようで、目の前の足場が崩れて、その衝撃でバランスを崩し真っ暗闇の穴の下へと落っこちかける。其れを、またもや寸でのところで彼に救われる。今のは流石に肝が冷えた。彼に後ろへと腕を引かれて、安否を確認されたところでヒュッと息を飲む。
 今のは確実に危なかった。危うく底無しの暗闇の穴へ落っこちるところだった。悪い意味で心臓をドッドッと鳴らしながら、気持ちを落ち着かせるように深呼吸する。
「此方はもう駄目なようだ……っ。まだ無事な彼方の道を行こう、主。大丈夫か……? まだ走れるか?」
「ウッス……何とか……っ」
「無理ならば俺を頼れ。今すぐにでも抱えて走ろう」
「いや……まだ大丈夫っすから……っ。早く安全なとこ目指して脱出しよう。最早、何処が出口で安全かも分かんなくなってきてるけども……っ」
「落ち着いたのなら行くぞ。危険故、此処から先は俺が先行して行く。主はなるべく離れぬよう、俺の後を遅れぬように付いて来てくれ」
「了解した……っ」
 呼吸も気持ちも落ち着けたところで、再び走り出す。空間の歪みを認知しては、まだ歪んではいないルートを選択して其方の方の道を進んでいく。すると、段々空間の歪みが建物の崩壊へ……と言うより、完全空間の崩壊へと言った方が正しいような状況に変化していき。気付けば、元在った道が無くなったり、壁か扉しか無かった空間に新たな道が出来ていたりと、よく分からない事になっていた。こうなっては、もう混乱するしかない。審神者は心の内の叫びを叫んだ。
「最早どうなってんだよ、コンニャロー……ッ!!」
「愚痴を叫んだところで、現状が変わる事はあるまい。無駄に体力を消耗するだけだぞ。この先何があるか分からん、今はなるべく体力を温存する事に努めてくれ」
「いや、本当訳ワカメなんだわ、本っ当に……! そもそもが、日光さんが俺の刀として顕現してる時点で混乱の極みなのに、其処に更なる訳分からん状況重なるとか脳味噌追っ付かんわ! クソが……ッ!! ただでさえ俺馬鹿だし、キャパ小せぇんだよッ!! 変な事に巻き込むなよ!! どうしろっていうのよ馬鹿ァッッッ!!」
「すまんッ……だが、今主を守れるのは俺しか居るまい。よく分からぬ顕現を果たしている俺が側に居る事は不安であろうが、許せ……っ」
「いや、今のは日光さんに対して愚痴った訳じゃなかったんだけど、何か御免ね!? 日光さんは何も悪くないよ!! 寧ろ、よく分かんない状況下ながらも主らしい俺を何度も守ろうと動いてくれててありがとね!! 感謝しか無ェわ!!」
「主を守るのは、臣下であらば当然の事」
 そんなこんな、走り続けていたらば、不意に何か不穏な気配の視線のようなものを覚え、少しだけ走る速度を落として意識を周囲へと向ける。すると、前方にて先導するように走っていた彼が、視線をチラリ此方に向けて問う。
「如何した、主よ……!」
「いや……何か、今、不穏な気配というか、誰かの視線みたいなものを感じた気がして……っ。今やもう、この空間には俺達二人しか居ない筈なのに……」
「敵か? であれば、俺の出番だな。姿を見付け次第、暫時斬り伏せてみせよう。主は引き続き俺の後ろに控えていろ」
「うん……っ。でも、まだ何となく不穏な気配を感じただけに過ぎないから、何とも言えない……っ」
「しかし、主が不穏に思う気配という事は、つまり俺達を害する者であろう。敵に容赦はせんぞ。俺の方も策敵を続けるが、俺はまだ顕現してからすぐの未熟な身……故に、あまり当てにはならんだろう。元より、太刀の身故、偵察値は低い。特も付かぬ身なれば、尚更の事だろう。偵察に関しては、主の勘を頼る方が良かろう。引き続き警戒を頼む」
「分かった」
 神経を研ぎ澄ませたまま、周囲への警戒も怠らずに無事な道を進む内、段々と不穏な気配が濃くなっているような気がした。勘違いで無ければ、どうも陽動されているような気もする。しかし、まだ進める比較的安全そうなルートを選択して進めば、自然とそうなるのだ。どうやら、最初から選択肢は用意されていなかったらしい。既に、もうずっと休み無く足を動かし続けているせいで、疲労も蓄積している。逃げ場も無い以上は、先を進む他無い。
「日光さん……っ、悪いけど、このままで聞いてくれるっ……? 最悪なお知らせだよ……ッ」
「聞こう」
「どうも、俺達不穏な気配のする方向へ近付いてるっぽい……っ。まだ残ってるルート進むにつれて、気配が濃くなってってるんだ……ッ」
「其れは、確かに悪い知らせだな。しかし、この道の他、進める道はあるまい」
「そ……なんだよねっ……! クッソ…………!」
「主、其れ以上喋るな……っ。もうあまり気力を残してはおるまい。最悪、動けなくなっては元も子も無かろう。もう暫しの辛抱だ……っ、主の事はこの俺が何が何でも守り抜く! 必ずや本丸まで無事に帰還させると誓おう……!」
 既にだいぶ体力を消耗し、息も苦しくなってきているところでの彼の力強い言葉は、何とも強い励ましとなり心の支えとなった。正直とてもしんどく、今にも一度休んで少しでも体力回復を図りたかったが、今立ち止まってはもう走れない気がして、何とか足を動かし続けた。
 そうして道を進み続ける先で、とうとう予感は確信に変わり、不穏な気配が形を露わに視界へと映る。
「日光さんっ……!」
「嗚呼、俺も視認した。止まれ、主……! 敵が何であれ、主を害するならば斬るだけよ!」
「でもっ……日光さんは何の装備も無しで、刀装も無い状態で敵に突っ込んだら、負傷した場合本体へ直接ダメージが……!」
「フンッ……戦において、傷を負う事を恐れて気後れしていては、勝てる戦にも勝てまい。命捨てる覚悟でのぞまねば……!」
「命捨てちゃ駄目……! 俺の刀なら、絶対に折れる事は許さないから!!」
「しかし、其れ程の覚悟無くば、この戦にて俺は主を守れん!」
「此れは主命だ!! 必ず生きて本丸に帰る……っ!! 何が何でもだ!!」
 息も絶え絶えながらそう全力で叫び散らせば、瞠目して此方を見つめる彼の視線と真っ直ぐ交わった。直後、彼は不敵な笑みを浮かべて、口を開いた。
「主命とあらば、従わねばなるまい……。相分かった! 日光一文字、必ずや主を連れて無事に帰還してみせようぞ!」
 刹那、彼は腰元に帯びていた刀を抜いてみせた。そして、目の前の赤い目をギラつかせる異形の者へ向かって、その刃の切っ先を向ける。
「恨みは無いが主命である、滅びろ!」
 恐ろしき咆哮を上げる異形の者へ刃を振り下ろす彼の一閃は、未熟と口にはしていたがその身に相応しく鋭い一撃であった。彼の刃によってほふられた異形は、大した反撃も行えぬ内に断末魔の声を上げて消える。同時に、彼女等が居た空間も完全に崩壊したのか、足場を失い、二人諸共崩壊に巻き込まれる。目に映る視界が真っ白に塗り潰される直前に、彼より手を伸ばされて彼の手を掴んだ気がしたが、その一瞬の出来事ののち、意識は暗転した。

 気が付いた時には、何処ぞと知れぬ地面に寝転んでおり、場所は外であったのだろう、其処は青く澄んだ空の下であった。
 一先ず、彼女は身を起こし、体の状態を確認した。良かった。どうやら、五体満足の無事であるらしい。ホッと安堵したところで、自身の傍らに転がるようにして在った物に気付く。其れは、一振りの刀であった。黒い鞘に包まれた、赤紫の下げ緒で結ばれている太刀は、どう見ても見覚えのある刀だった。これまでの短い間でしか見ていないが、記憶に新しく、また印象強く記憶している彼……日光一文字の本体である。先の戦闘で力を使い果たしたのか、何故か顕現は解かれた状態であったが、試しに刀身を出して状態を確認してみるに、どうやら彼も無事なようだった。取り敢えず、今は顕現するだけの霊力が足らずに休息状態……要は眠りの状態に入っているのだろう。そう見当を付けて、一先ずはこの場から移動しようと立ち上がる。
 しかし、あれだけ沢山走ったせいか、上手く足に力が入らずに、足元がふらついて前傾姿勢となった。思わず、腕に抱えた彼の本体を取り落としかけるも、寸でのところで堪え、何とか事無きを得る。よろつきながらも足元に力を入れ直して、体勢を立て直し、少しずつ歩き出す。此処が何処か分からぬが、まぁあの謎の空間からは脱出出来たのだ。近くの建物を目指して歩けば、その内人にも会えよう。そしたら、政府への保護を頼もう。現状のままでは恐らく、帰還の途中で体力が持たずに倒れる可能性の方が高い。加えて、レアリティーの高い刀を所持した状態だ、ちゃんとした励起状態を確認出来ずのまま盗まれでもしては敵わない。せめて、彼の状態を正確に確認出来るまでは気を抜けない。
 そう考えて、彼女はふらつく体で近くの建物を目指し、救護を求めた。結果的、彼諸共審神者は政府に保護され、検査と聴取を受けた。聴取によれば、どうも彼女は一時的に行方知れずになっており、生息不明扱いとなっていたようだ。おまけに、審神者会議に出席した帰りという事で宿泊したホテルの記憶は、どうも実際の出来事と食い違いがあるらしい。
 というのも、実際彼女が会議に出席した記録は無く、また彼女の言った日に会議は開催されておらず、彼女の泊まったらしき政府管轄のホテルも実在する物では無いらしい。
 そして、保護に至るまでの経緯を説明するに、どうも怪異に遭遇していたとの事が判明した。恐らく、彼女が最初に気付いた時の時点で、怪異の領域に取り込まれていたのではとの見解を示された。
 また、彼女が保護したと思しき日光一文字の個体だが、怪異との戦闘で著しく霊力を消耗しているようだったが、励起自体には問題無く、ただ体力消費を抑える為に眠っているだけとの診断を下された。おまけに、経緯は不明だが、既に霊力供給のパスは彼女と繋がっており、彼女が顕現した主という事で契約は成されている……との事だった。まぁ、励起に異常無し故に、彼女自身が回復及び怪異との戦闘での穢れを祓い落とした後は、刀と共に本丸へ帰っても良いと許可された。
 彼女の回復は数日掛かったが、ともあれ、一人と一振りは無事本丸への帰還を果たす事が出来たのだった。
 帰還を果たしてすぐに、審神者は彼の本体を手に鍛練所へ向かい、再顕現を行う。そうして再び相見えた彼は、こう口上を述べた。
「右手に歴史書、左手に法螺貝。日光一文字、只今見参である」
 無事正式な顕現を果たせた彼の手を取り、審神者は言った。
「ようこそ、我が本丸へ……っ! 改めて宜しくね、日光さん!」
 ――夢は其処で途切れて、後の事はよく覚えていない……。


*******


 一通りの話を語り終えた審神者は、お茶を一服して、喉を潤した。静かに話に聞き入っていた日光は、神妙な顔で頷きながら口を開く。
「成程……俺が此処に来る前に、そんな夢を…………。だがしかし、今聞いた夢の話と実際の俺の初顕現との話が、どう繋がると言うのだ……?」
「要はね、エラーの原因は、既に正式な顕現を果たしてるのに再び顕現シーンが流れかけたからでは……? とかって解釈も出来ないかと思いまして」
「ふむ……其れはなかなかに面白い見解だな。だが、もしやすると、その憶測自体が真実かもしれないな、小鳥よ」
「お、お頭っ……!? 何時いつから……!!」
「驚かせてすまない、我が左翼よ。小鳥が何やら我が翼の事で興味深い話をしているのが耳に入ってな……つい、一緒になって聞き入ってしまったのだ」
「ねぇ、ちょもさん……ちなみに、どの辺りから聞いてたんです?」
「うん? そうだな……小鳥が我が翼の夢を見た時の話を語っている辺りからか?」
「其れ、ほぼ最初っからですやん……っ」
「はははっ……すまない。盗み聞きするような真似をするつもりは無かったのだが……小鳥の見る夢の内容がどうにも気になってしょうがなくて、だな……っ」
「もしかしたら……そのよく分かんない謎の怪異の話、俺が原因だったりするかも……? ほら、俺、夢告げ鳥だし……知らない内に夢枕立ってたかもしんないし? ……なんちてっ」
 いつの間にやら、話を聞きに来ていたらしい山鳥毛の乱入に続いて、もう一振りの鳥太刀である姫鶴一文字までもが話に混ざってきた。その事実に、話に夢中で彼等が入室してきていた事に気付けなかった事を場違いにも謝罪する彼。真面目が過ぎる男である。
「話を戻すけど……姫鶴さんの夢告げ鳥の話と俺の見た夢の話、どう繋がるの?」
「んっとねぇ……たぶんなんだけど、もしかしたら、日光君の出て来たって夢で見た怪異らしきもの……? 其れ、俺かもしんないって事」
「えっ…………何で?」
「だって、その怪異、結果的には主へ直接的な攻撃はしてこなかったんでしょ……? 日光君については除いて」
「う、うん……まぁ、そうなるんだけども……なして其れで姫鶴さんに繋がる訳なん?」
「ほら、俺ってば、日光君差し置いて先に顕現しちゃったじゃん……? しかも、初実装を記念しての鍛刀キャンペで、鍛刀チャレンジ開始して四日目の一発目札無しでさ。おまけに、顕現する直前、主が体調不良訴えるくらい霊力吸い取っちゃってたみたいだし……? だから、夢枕立ってた対価に必要以上の力吸い取っちゃったのかもって思ってぇ〜……」
「あー……まぁ、事実、あの時今までに無いくらい体調不良起こしたというか、眩暈起こしたのははっきり覚えてて、今でもめっちゃ記憶に残ってるけども……? え、其れで姫鶴さんが今の話に繋がっちゃうの!? 何か凄いな!?」
「ぶっちゃけ、俺のはだいぶこじつけな感も無くは無いけどね〜。日光君のは、案外リアルな話かもしんないよ……?」
「確かに、今の憶測が本当であれば、エラーの件も辻褄が合うしな。強ち、間違っていないのかもしれない……っ」
「では、俺の初顕現のエラーとやらは……」
「うん。もしかしたら、既に此処に顕現してた事になってたから、エラーという形で俺は拝めなかったのかもね。……まっ、ちゃんとその後江戸城イベで二振り目獲得して拝めたけどな! いやぁ〜、資料見てた過程で偶々思い至った解釈だったが、我ながらなかなかに驚きな展開だよね〜っ! もしもの話が、こうも繋がるとは……! 鶴さんじゃないけども驚きだじぇ……っ!」
 そんなこんな、仕事そっちのけで駄弁っていたらば、自分の名前を出された事に反応してか、もしくは驚きの気配を察知してか、鶴丸国永本刃ほんにんが顔を覗かせて「俺の事呼んだかい?」と瞬きした。其れに対し、軽く笑いながら「違うよ」と返しつつも、名前を出した事の詫びに、糖分補給用にと卓上に置いていた茶菓子のラムネをあげた。事の流れを理解していない鶴丸は、何が何やらといった風に首を傾げていたが、貰える物は貰っておこうの精神で喜んで受け取る。その後は、仕事の邪魔をしては悪いだろうと言って早々に退散していった。
 話に区切りが付いたついで、一文字の鳥太刀二振りにも同じようにラムネを配り、ついでのついでで休憩を挟むかと今部屋に居る人数分の茶を淹れてこようと席を立つ。「茶ならば俺が」と付いてきた近侍も連れ立って、母屋の厨を目指した。
 その道中にて、彼は徐に口を開いて言った。
「先の顕現についての話だが……」
「うん?」
「まことの話であれば、俺は真なる意味で主の刀として認められた――という事と解釈しても良いのだな?」
 眼鏡越しに真っ直ぐと見つめてくる彼の視線を受けて、審神者は柔和な笑みを浮かべて頷く。
「勿論だとも……っ。元より、さっきの例え話が有っても無くても、どんな形であれこの本丸に来てくれた時点でお前は俺の刀だよ。其れは間違い無いさ。ちなみに、此れは本心からの言葉だよ」
「……そうか」
「ふふっ……という訳ですから、今やカンストして暫く経ちますが、これからも我が本丸の戦力として宜しくお願いしますよ?」
「嗚呼……この身、我が刃に誓って告げよう。日光一文字は、これから先もずっと主の刀であり、引き続き主に忠義を尽くす所存であると」
 そう言って不敵に笑んでみせた彼は、夢で見た時と同じように笑っていた。夢と違うのは、実際の彼はその手に本体を持っていなかったし、カンストして一時前線より退いた事で内番着姿であったが。


執筆日:2022.07.21