▼▲
山鳥のお茶目な好奇心と嫉妬



 とある日の昼下がり、山鳥毛は身内とも呼べる上杉の刀達と午後の一時を楽しんでいた。その時、ふと子供達の間で上がった話題にぱちくりと目を瞬かせた。
「そういえば、山鳥毛さんは、主様が動物好きな事知ってますか?」
「いや、今初めて聞いたが……そうなのか?」
「はいっ! 僕達の主様は、其れはとてもとても動物がお好きな方なんです……っ! 特に一番お好きなのは、猫科の動物だと仰ってました! なので、僕の虎君の事も怖がらずに接してくれるんです」
「そうか。其れは良かったな、五虎退よ」
「あるじのどうぶつずきなところでいうと、まだまだあるぞ……っ! 山鳥毛は、まだこのほんまるにきたばかりでしらないだろうからおしえてあげるけど、どうぶつをめにしたときのあるじは、とってもやわらかいひょうじょうをするのだぞ!」
「ほう、其れはなかなか興味深い事を聞いた」
「ふだんはりりしいかおつきでおしごとがんばってるんだけど、どうぶつをみたときだけはまとってるふんいきがかわるのだ!」
「其れは……一体どういった風に変わるのだ?」
「えぇっと、ぼくからみてのかんそうだから、ほかのひとからみたらちがうのかもしれないのだけれど……とってもやさしくて、おだやかで、こころがぽかぽかほっこりしてくるようなふんいきなんだぞ! ねっ、五虎退!」
「はっ、はい……っ! 動物を目にされてる時の主様は、とってもお優しい目をされるんです! 実は、僕、あの目が大好きなんですよね……っ。恥ずかしいので、他の人には内緒ですが……っ」
「ふふふっ……成程、小鳥は皆に愛されているのだな。確かに、この本丸に降ろされて初めて彼女を目にした時、不思議と温かで柔らかく心地の良い空気を感じ取ったものだ。生きとし生ける生き物達を慈しむ心を持っているという事は、今代の主たる彼女にはまことに命を育み見守る力が備わっているという事なのだろう。その器はきっと、巣に集う者等を統べる将たる者としてにも通じているのだろうな……。まだ私はこの本丸に来て日が浅い……だが、その短き間の中でも、此処に集う鳥達の伸びやかで健やかたる姿を見ると分かるよ。この巣は、とても居心地の好い巣だ、其れは確信出来る」
 山鳥毛の零した言葉に、上杉組の短刀二人はしっかりとした肯定の頷きを返す。素直な言葉に頷き合えるのも、きっと彼女の本質が純粋で素直な人柄だからこそなのであろう。故に、この本丸の者達は総じて優しく思い遣りの心に溢れていて、新参者な自分に対しても気兼ね無く接してくれる。見た目の強面感に捉われずきちんと内面を見てもらえるのは、有難い限りだ。またとなく再会する事の叶った子等の様子を見て思う。
 其れはそうと、未だ己の見ず知らずの一面があると耳にしては気になるというもの……。其処で、山鳥毛は彼女が一日に何度と通りかかるであろう場所で一つ試してみる事にした。
 離れの間と母屋とを繋ぐ通路の一角にて、山鳥毛は本丸に遊びに来る野生の鳥達と戯れながら反応を見てみる事にしたのだ。彼には“山鳥”との名が付いている為か、動物の中で鳥と相性が最も良い。其れ故かは分からぬが、外を出歩いていると自然と鳥達が寄って来たりする。今回は、其れを利用してみようという試みである。
 さて、果たして、我が君主たる小鳥は望む表情を見せてくれるのだろうか――…?
 いまいち不安が残る中、其れを億尾にも出さず、平然を装って縁側に腰掛け寛いでいた。
 すると、少ししたのちに、幾許かの距離を置いた辺りからひっそりこっそりと此方を窺うような視線を感じた。見遣れば、目的の人物が柱の陰に隠れるようにして立っていた。しかし、此方の様子が気になって仕方ないのか、首から上がひょっこりと顔を覗かせている。まるで童のようで愛らしい。当初の考えでは、向こうから此方へとやって来るまで敢えて何も声をかけずに居るつもりだったのだが、あまりの愛らしさについ構いたくなってしまい、思わず此方から声をかけてしまっていた。
 好奇心旺盛な子供の如く興味津々とばかりに離れた処から目を輝かせている審神者を手招いて言う。
「小鳥よ、先程から其処に居るのは分かっているぞ? そんな離れた処に居ないで、こっちへ来なさい」
 なるべく相手を怖がらせないように声音優しめを意識して声をかける。この時、声に少しだけ茶目っ気を滲ませたのはわざとである。
 元々は隠れる気など無かったのだろう、一瞬言葉に応じる素振りを見せたものの、一歩手前で踏み止まった後、再び柱の陰に引っ込むように隠れた審神者は声を抑えて問う。
「ちょもさん的には良いかもしんないけども……今、俺そっち行ったら、たぶん鳥さん達逃げちゃわない……っ? 大丈夫?」
「そんなに気にせずとも大丈夫だ。私が居るから、鳥達もきっと逃げはしないさ。其れとも……小鳥には、そうも気にする何かがあるのかな?」
「うん……俺、何でか昔っから近所の野良猫や鳩に避けられちゃってさぁ……あんま近寄れた事無いのよね、悲しい事に……っ。俺はちょっとでも戯れたくて近付こうとするのだけど、いっつも何でか逃げられちゃってショボンなのよ」
「そうだったのか……。しかし、今は私が一緒だから大丈夫さ。だから、小鳥はそう身構えずにもっとこっちへ来てみると良い。ほら、大丈夫だ」
 尻込みする彼女に尚も念を込めるように重ねて言うと、「其処まで言うのなら……」という風に体ごと此方へ覗かせ、恐る恐る近付いてきた。手元に羽を休めに止まった小さな鳥を気にしてか、その動きはとても慎重を期していたが、やがて側までやって来ると自身に止まったままで逃げる素振りを見せぬ様子に安堵したようで、細く息をいて小声で口を利いてきた。
「本当だ。その子、ちょもさんによく懐いてるみたいで全然逃げないね。良かった……っ」
「私の言った通りだっただろう?」
「うん。此処まで近くに来て逃げられないの、初めてかも……」
「私が安全だと教えたからな。君を見ても逃げたりはしないさ」
「やっぱり、ちょもさん相手やから手懐けられとるんかな……?」
「うん? もしや、鳥相手だから……とでも言いたいのかな?」
「うん。名前に鳥の字が入ってるからね。おまけに、俺含め皆の事を“鳥”と称すし。相性良いんじゃないかと思って」
「まぁ、其れも一理あるとは思うが……このように小さな命はとても愛らしく思うだろう?」
「めっちゃ思う。小動物って可愛いよね……! 鳥も勿論可愛いと思う! 猫とか他の動物と比べてそんな詳しくは無いけど、この子よく見る感じの種類の鳥やね。何の鳥かな……?」
「此れは、山雀ヤマガラと言う野鳥の一種だ。基本、木の多い場所を好むのだが、此処本丸では外敵が少ないからだろうか……庭先へ遊びに下りてきたようだな。山雀は一年中見られる鳥だから、興味があるなら、気が向いた時に探してみると良いだろう。……ところで、小鳥は動物が好きなのだと五虎退や謙信達から聞いたのだが……鳥も好きか?」
 自然とした流れで会話が弾んだ事で、彼はその先も楽しめないかと然り気無く己の範疇にあるような話題を投げた。すると、彼女は平然と答えてみせ、そのままナチュラルに次の会話へと繋げていった。
「え? うん、好きよ? つか、大抵の動物は何でも好きやな。鳥系でよく見かける系で言ったら、鶺鴒セキレイとか好きやね! あの地面歩く時のすばしっこいとことか、飛ぶ時の上下動激しい感じの独特な飛び方なとことか、見かけるとつい目で追い駆けちゃってるわ」
「鶺鴒か、アレはなかなかに素早いぞ。しかし、あの見た目が小柄で小さめなところが愛らしいところだな」
「尾羽がピコピコ動くのも可愛いよね」
「どうやら、小鳥は鳥に対しての見る目がありそうだな?」
「そうなんかねぇ? 自分じゃあよく分からんけども……他で鳥で好きなのって言ったら、トンビかな。俺の実家は田舎でさ、山すぐのとこだったから、よく鳴き声聴いてたんよね〜。“ピーヒョロロ”って鳴き声、アレ、私好きよ」
「はははっ、小鳥は意外な鳥をも好むか。しかし、鳶は鷹の一種故、猛禽の類……山鳥の仲間とも言えるが、その辺り、小鳥はどのように思う?」
 小鳥を手の上に遊ばせたまま、彼女の方を向いて意味深げにそう問うた山鳥毛は小さく微笑みを浮かべて笑んだ。さて、今の問いと笑みをどう受け取るのか。審神者の出方を窺った。
 天然なのか、鈍いだけなのか、特に深くは考えもせずにそのままの意味として受け取ったらしい彼女は、キョトンとした表情を浮かべてこう返す。
「どう思うって……普通に、格好良いなぁ〜って思うけども?」
「“格好良い”とな……?」
「うん。昔ね、子供の頃に行った鍾乳洞の近くで鳶に餌やってる人が居て、其れを見た時、普段人の近くにはそう寄って来ない筈の大きな鳥が人に手懐けられてて餌付けも出来るだなんて、子供ながらに凄いなぁって思ってたの。俺、本当ちっちゃい時から動物好きで育ったからさ、テレビとかで鷹匠とか見て純粋に憧れを抱いてたような子だったんだよね〜っ。まぁ、所詮は憧れを抱く程度だけで終わってんだけど。猛禽類とかって、普通なら獰猛で危険だからって怖がられる方が多いんだろうけど、俺は怖いとは思わないんだよね。そりゃ、何もしてなくていきなり襲われたりだとかしたら怖いとか思ったりするかもだけどさ。俺的には、猛禽類には猛禽類の良さや美しさがあると思えるのよ……! 目付きの鋭さとか、爪の鋭いところとかさ、如何にもって感じで格好良いじゃんね!」
 純粋そのものな感想が返事として返ってきた事に、今度は山鳥毛の方が呆気に取られる番だった。一瞬の間というくらいの寸の間、呆然と彼女の事を見つめたのち、感情が遅れて追い付いてきたのか、小さく吹き出すように笑い出した。
「――っふ、はははははっ……! そうか、小鳥にとっては、山鳥と名が付こうがお構い無しと言ったところであったか……っ! はははっ、此れは一本取られてしまったな」
「えっ……? な、何、急に……? どしたん……っ?」
「いや、何……私が勝手に気にしていたというだけに過ぎないさ。小鳥は気にしなくて良い。君は……そのまま変わらずに居てくれたら良い」
「はぁ……? よ、く分かりませんけども……まぁ、気にせんでええって言うんなら、そん通りに受け取っとくわ……」
「嗚呼……やはり、私は呼ばれるべくして呼ばれた、という事なのだろうな……。この小鳥にして、山鳥毛よ此処に在り、とね」
 一人感慨深く独り言を呟くものの、隣で其れを聞く彼女は意味不明だと言わんばかりに顔を顰めて怪訝な顔を作っていた。まぁ、先程零した言葉に含めたもう一つの意味については、また別の機会に問う事としよう。
 せっかく彼女と触れ合える時間を作ったのだ、こんなところで会話を途切れさせる訳には行くまい。手元で遊ばせたままだった小さな野鳥を審神者の方へ差し出しながら言った。
「いつもは逃げられてばかりで、戯れるどころか触れる事さえ出来ていないと先程零していたな……? 私と話していた事で、山雀の方の警戒も解けた事だろう。どうだ、この機会に小鳥も触ってみないか?」
「えっ!? いやぁ〜……そんないきなりはちょっち無理やない? ちょもさん相手やからすんなり出来とる事であってやな、俺がやったら至難の業的な事にならんかなぁ〜……って……」
「そう心配せずとも大丈夫だ。今こうして会話を続けている間も、この山雀はずっと私の手に大人しく止まったままで居る。恐らく、もうある程度人馴れしてきているのだろう。試しに、背中や頭の辺りなどを撫でてみたらどうだ?」
「えぇっ……そんな簡単にイケるかなぁ……? 俺が触った瞬間逃げたりしたら御免やで?」
「仮に、逃げてしまったとしても怒ったりなどしないさ。その時は、また機会を見て再挑戦してみれば良い。安心しなさい、その時は私も側に付いていよう」
 半ば遠慮気味に身を引こうとしている審神者に対して、彼は尚も食い気味で促した。その控えめなようで圧倒的に断れない感じの圧に根負けして……というよりは、疼いて仕方ない好奇心に負けての事だろう。彼の差し出す指先に止まる一羽の山雀へ恐る恐る手を伸ばしてみた。息を殺すように、そぉっとそぉっと、人差し指だけを伸ばしてちょこん、とだけ触れてみる。小鳥は逃げない。そのまま、彼女は指の背で軽く触れるだけの程度で背を撫ぜてみた。小鳥は全く恐れる事も無く、山鳥毛の手に止まり続けている。
 ちょんちょんと軽く撫ぜる事に慣れてきた様子を見て、彼女は少しだけ挑戦してみようと思ったのか、自身の手へと飛び移れるように彼の方へと差し出してきた。其れに、山鳥毛が促すと、人懐こい山雀はすんなりと審神者の出す指に飛び移り、“ツツピーツツピー”と囀り始めた。その鳴き声を聴いて、彼女は瞳を興奮に瞬かせながら明らかに口許を綻ばせて笑う。
「あっ、初めて鳴いた……! しかも、この声、地元の方でもよく聴いた鳴き声だ……っ! 何の鳥の声やろうって思ってたんやけど、山雀の声やったんやね! よく朝の時間とかの通りすがりで聴いたなぁ〜っ!」
「そうか、小鳥の耳にも馴染みのある鳴き声だったのだな。其れは良かった」
「ふふっ……実は、俺、昔からこうやって小鳥を手に乗せてみたかったんだよね……! 小さな頃からの夢が叶っちゃったなぁ〜!」
「其れは何よりだ。しかし、小鳥の望みは何とも小さく愛らしいものだったのだな……?」
「あははっ……柄に合わないって思った? 如何にもファンシーでファンタジックな夢だって」
「うん……?? 最後の方は外ツ国の言葉だろうか? 意味は、よく分からなかったが……別に悪いとは一つも思ったりなどしていないぞ? 小鳥はそのままで愛らしい存在だからな。今のを聞いて、より愛らしさが増した気がする」
「えぇっ……!? いや、そういうのは俺の専門外だから……っ、控えめに言って他の人に言ってやってください……! 例えば、乱ちゃんだとか清光辺りだとか……」
「ふふふっ、そう照れなくとも良い。小鳥は、十分に愛らしい御仁だ。勿論、此れは世辞などではなく私の本心さ。小鳥は、まこと可愛らしい笑みを浮かべて笑う」
「えっ! 俺……そんなにやけた顔してた……?」
「五虎退や謙信達から聞いてはいたが……成程、動物相手では実に愛らしく蕩けた微笑みを浮かべるらしい事は本当のようだ。その相手が鳥相手、というのが少々妬けてしまうが……。私相手には、見せて頂けないのかな?」
「え……や、此れは、そのぉ……無意識になるものというか、そんな感じでして……決して、皆に対して壁を築いてるとかそんなんじゃなく……っ」
「嗚呼、分かっているさ。我が小鳥は、存外恥ずかしがり屋の照れ屋で、人以外の者に対してとなると自然と素が出やすい質にある者なのであるとな。我々は、元を辿れば刀剣からなる者……しかし、今や仮初にも人の身を器に戴く者故、姿形は人と然して変わらない。となれば、人と接するのとそう変わりなくなってしまう事となるだろう。其れ故、小鳥は無意識に遠慮気味となっていたのではないか? 自覚が無いものであったならば、すまなかったが」
 純粋な好奇心から心擽られての一歩内側へ踏み込む問い掛けであった。しかし、今しがた彼が述べた事は事実である。彼女は、人の姿をした相手へは少し遠慮というか少し気の引けたような感じを見せていた。恐らくは、彼女の本質に至るところから来る無意識のものであろう。どうも、彼女は人という者に対しては些か苦手意識を持つ種族らしい。過去に何があったかは知れぬところだが、きっと他者が容易に踏み込める領域の話でない事は確かだ。故に、深くは踏み込まず、上辺をなぞる程度に抑えて問うた。審神者は、その気遣いに気付いたか否かは分からぬが、敢えて深くは踏み込まずの遠回しな言葉に、苦笑いを零しつつも口を割った。
「あはは……っ、気付かれちまいやしたか……っ。あんまり他人との間に亀裂を生みたくないから、其れとなく隠してたつもりだったのだけれど……バレちゃったんなら仕方ないやっ」
「……聞いても宜しいのかな?」
「大した話じゃないんだけどね……俺、ぶっちゃけが苦手なの」
「人が苦手、とは……?」
「言葉通りの意味さ。俺は人と接するのが苦手なの。其れは、一度、思い切り人間関係を崩してしまったからでね。其れ以来、人と接するのが怖くなった。人と関わるのが、嫌になった。だから、なるべくなら他者と関わらずに生きていたいって思うようになったの。一度人間不信になってしまったら、簡単にはその警戒を解けない。再び人を信じれるようになれるかも分からない……。でも、たぶんきっと、俺は馬鹿だから、簡単に人を信じようとすると思う。其れで、また裏切られても、同じ事を繰り返していくんだと思う……。人間って馬鹿で愚かな生き物だからさ、変なとこで学習しないんだよね」
「……だから、人ではないものと接する方が楽であると……?」
「早い話がそういう事かな。あとは、単純に……動物は、周りに居る人間という群れを通してではなく、俺という個人だけを見て反応を返してくれるだろう? おまけに、周りの人間達と違って、俺を貶したり変に囃し立てたりして笑い者にしたりしない。動物はとっても素直な生き物だ。だから、好きなんだ。この子達は、俺単体を見てくれるからね」
 そう言って、彼女は目尻を和らげ頬を緩ませて、指先で囀る一羽の山雀を見つめた。子供達が言っていた、何時いつに無い程に柔らかい表情であった。
 彼女にとっての動物達の存在は、とても大きな癒しであり、また心の拠り所のようなものであるのだろう。彼女の浮かべる表情と纏う空気がそう物語っていた。生きとし生ける動物達は、良くも悪くも素直である。故に、自分達を好く存在には目敏く、鋭い感性を持つ。五感全てが受け取るのだ、この人間は自分達を愛してくれる存在であると……。だからこそ心を砕き寄り添う姿勢を見せるのだろう。いつか、己もそんな存在に成り得るだろうか。自然と心内に思っていた。
 目の前の指先に止まる小さき命へ心砕く様子を見せる彼女に、年甲斐も無く悋気を起こしかけて、ふと気付く。自分は気付かぬ内に其れ程までに目の前の存在に心を注いでいたのかと……。どうやら、自分の思わぬところにまで我が主たるや相手に対し想いを傾けていたらしい。気付いたところで、其れを面に出すには些か恥ずかしく、未だ時期尚早のように思え、そっと胸の内に仕舞っておく事にしたが。
 同じく鳥の名を戴く身の上としては、少々妬けてしまってしょうがなかった。だからこそ、少しだけ我を見せるように、彼は小さく小言を呟いた。
「私には、同じように構ってはくれないのか……?」
「えっ……?」
 彼女の隣で片膝を立て、その上に頬杖を付くようにして僅かばかりに茶目っ気を滲ませて言った。その言葉に、彼女は些か驚いたように瞳孔を細め、ぱちくりと瞬かせる。次いで、手元のまことの小鳥を見遣ってから再び口を開く。
「ちょもさんも、俺に撫でられたいの……?」
「私も同じ“鳥”なのでな……其方ばかり構われていては、些か妬けてしまうというものさ」
「ちょもさんも妬いたりするんだねぇ……?」
「私とて一人の男故、妬きもするさ。君が相手しているのが雄鳥であれば、尚更」
「えっ、この子雄だったの!? 全然気付かんかった! というか、鳥の雄雌の見分け方とか知らんし分からんかったから、何も考えずに接しとったわ。な、何か御免なぁ?」
「いや、別に構わないさ。君の珍しい一面が見られただけでも良しとしよう」
 そう言って、暗に機嫌を損ねた訳では無いと言い含めるも、彼女的には思うところがあったのか、不意に此方の方へと腕を伸ばし、その柔らかな掌をふわりと頭上に重ねた。そして、ゆるりと一撫で二撫でするように頭の上を行き来した。彼女の思わぬ行為に、呆けてしまった彼は唖然とする。その間も、彼女の手は緩く彼の頭を撫ぜ、右に左と優しく行き来した。
 数十秒間程たっぷり固まった後、我に返るようにハッとして、目の下の入れ墨を僅かに赤く染め上げながら咳払いをして誤魔化した。
「その、小鳥よ……そのようにされては、些か擽ったくなってきてしまうのだが……っ」
「あっ、頭撫でられるの嫌だった?」
「否……嫌、という訳ではなかったのだが……その、あまりこういった風に扱われた事が無かった故に、どのような反応を返したものかと……っ」
「ふふっ……でも、体は正直みたいよ? ちょもさん、桜出てる。俺に頭撫でられるの、嫌いじゃなかったんだね。良かった」
「ぐッ、此れは……その、人で言うところの生理現象のようなものに等しくてだな……っ」
「ふふっ、知ってる。刀剣男士が嬉しかったり何たりで感情が昂ると自然と溢れてきちゃうものなんだよね? 皆そうだから、今更恥ずかしがる事なんか無いよ。戦から帰ってきた直後とか、誉沢山取った後だとか、皆散らしてるものね。俺は見てて楽しいし、皆が今幸せなんだなって一目見て分かるから嬉しいかな? だから、変に無理して抑え込んだりしなくて良いからね」
「うぅっ……面目無い……っ」
「んふふっ……ちょもさんもウチの刀なんやから、遠慮せず甘えて来て良いんよ〜っ」
 先程まで手元に止まっていた小鳥に向けていた甘く蕩けた視線が、今や己自身に向いている事に気付き、山鳥毛は今更ながら照れ臭く感じてきてしまっているのだった。此れは、他の誰かが近くを通り掛からない限り、今暫くはこのままになりそうである。
 少しばかりの好奇心と悪戯心から抱いた嫉妬が、まさかの事態を生んでしまい、内心山鳥毛は一文字の長としての立場と一人の男としての自尊心との間で揺れ動くのであった。


執筆日:2022.09.05