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畏怖



 そこはかとなく、言い知れぬような感情が其処には存在していると思った。
 何となくでしかない感覚だが、其れ・・には全てを委ねてしまってはいけない気がしたのだ。何故、かは分からない。だけれど、確実に、己は其れ・・に全てを委ねる事を忌避しているようだと思った。
 信頼していない訳ではない。ただ、心の奥底の何処かで警戒してしまっているのだ。
 そう、此れはきっと、畏怖……という感情なのではないか。そんな感情を、私は彼――福岡一文字の刀にして一族の長を名乗る、山鳥毛――へ抱いていた。
 彼は私の事を見つめる時、ひたと真っ直ぐにその深紅のまなこを向けてくる。その瞳の奥に、どうしてか感情の読めない、そこはかとなく居心地の悪い何かを感じて、まともに目を合わせて物を喋る事が怖いと思えてしまう。
 そう、恐ろしいのだ。私は、彼という刀の真性が知れなくて……。
 故に、畏れを――畏怖という感情を抱くのだ。彼の、深紅の眼と視線を合わせる事に。あの深紅の眼を見つめ続けた暁には、何処とも知れぬ場所に連れ去られてしまうのではないか……そんな、口にもし難い事を考えてしまって。
「――小鳥、私の可愛い小鳥よ、君はなかなかに恥ずかしがり屋で目を合わせてはくれないな。まぁ、そんなところも私と似通っているようでいとは思うが」
 近頃、錬度が頭打ちとなって久しく時が経っているせいか、こうして時折姿を見せては通りすがりの猫を愛でるように声をかけてきたり髪先に触れてきたりなんて事が増えた。その時に見せる……此方を窺い見つめる視線が、どうも甘ったるく蕩けたように感じて、何ともし難く思っている。
 よって、私からの返答は素っ気ない口振りとなってしまうのである。
「……人には、誰かと目線を合わせて話すという事が困難に思う人種も居るのです。……私のように」
「しかし、君は他の者達とは比較的目を合わせて話せているように見えたが……?」
「其れは、訓練の賜物であって、何の努力も無しに成し得ている事ではないのですよ。そもが、貴方のように間近でねっとりじっとり見つめ続けてくる方はそう居ません故」
「そうか。其れはすまない事をしてしまっていたな……。どうか、お許し願いたい。……だが、私はどうしても君ともう少し親密な関係になりたいと思っているのだよ。私も、他の者達と同じように接して欲しいと……」
 まぁ、幾らぞんざいにあしらおうとも、彼の方は何ら障害にも思わないようで、視線と同じような甘やかな甘言を口にしてくるのだが。その時に見せる、何とも言えない眼の奥にチラつく感情と色が、そこはかとなく恐ろしくて、下手な口を利けなくなる。其れもまた畏怖を覚える所以だ。
「嗚呼、私の小鳥よ……そう怯えないで欲しい。私は、ただ君と仲良くなりたいだけなんだ。この言葉に、嘘偽りなど一切含まない……全て私の本心からの言葉さ。どうか、受け入れてはもらえまいか」
 彼の深紅の眼が、視線が、私を捕えて離さない。
 いつか、その色が、熱が、私という存在そのものを絡め取って囚われの身にしてしまわないかと……そんな事を考えてしまって仕方がない。


執筆日:2022.10.24
公開日:2022.10.25