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何気無い再会と縁



 其れは、なんて事は無い、いつもの日常風景の一つに散らばっていた出来事に過ぎなかった。
「あ…………、」
「ん……?」
「お、おま……っ、もしや――主、か……?」
「えっ……」
 何気無く通りすがりにすれ違った人に、不意に声をかけられたような気がして。振り向いた先で、そう口にされた瞬間、遥か彼方の奥深くに眠っていた記憶が掘り起こされた。そうして、崩れていたパズルのピースがパチリと嵌まるように脳裏の記憶と記憶とが結び付けられて、脳から下された命令が驚きと瞬きという反応に組み換えられて示される。
「え……もしかして、もしかしなくとも……“大包平”、だったりする……?」
「もしかしなくとも、俺は俺だ。嘗てお前の戦友・・として人生の一時を共にした、“大包平”だ! 今は、“池田包平”と名乗っている身だが」
「はぁ〜っ、まさか嘗ての仲間とこうして再会するなんて事が叶うとはなァ〜! いやはや、こりゃ驚き以外の何物でもないだろ」
「その口振りからするに、相変わらずの様子だったようだな? まぁ、今世でも息災で何よりとでも言っておくか」
「ははっ、そりゃどうも」
 偶々立ち寄った某有名珈琲喫茶での事だった。嘗て、前世の記憶で少しの間、人生を共にした戦友とも称せる仲間の一人とまさかの再会を果たしたのである。しかも、今世は互いに同じ時を生きる人間同士で、齢も近しい程のようだった。つまりは、同じ土俵……互いに平等な立ち位置に居るようだ。嘗てを思えば、其れは妙な感覚であった。
 ――というのも、嘗ての我等は、仕事上だけで言えば己は上司であり彼はその部下という立場であって、また別の面で見れば自身は物の心を励起する力を有した審神者という者であり対する彼は刀剣に宿りし付喪神……などという関係性で成り立っていた。それぞれ、正しき歴史を守る為の戦に投じられた兵であり、その道具の武器であったのだ。その面だけを見ると、何とも複雑で息苦しくなるような堅苦しさなようなものを感じるかもしれないが、戦に勝利する為と用意された本丸に集いし彼等刀剣男士という仲間達との生活は、存外愉しいものだったと記憶している。まぁ、その記憶も今や前世より引き継いだと思しき魂に刻まれた情報の一つに過ぎないが……。
 そんな嘗ての前世で決して短くはない時間を過ごした仲間の一人であった刀――古備前の一振りにして、国宝の一つに数えられた、大包平――その人と、何の因果か今世もまた巡り合ったのである。しかも、互いに嘗ての記憶を継承した状態で……。此れは、極々稀な現象であろう。二人して驚きを露わに言葉を口にするが、その表情や態度は明らかに喜びの感情が滲み出ていて、まるで一瞬の時にして嘗ての頃に戻ったかのように空気は打ち解けた。
 丁度、何処ぞ空いた席にでも座ろうかと思案していたところだったので、彼の座っていた窓際カウンター席へ同席する事にした。特に連れが居るとかでも無かったようで、しかし一応はと空席で空いていた隣席へ座って良いかを問うと、難無く承諾されて紳士的にも椅子まで引いて招いてくれる。其れに遠慮無く甘えて言葉短めに礼の言葉を告げて、同じカウンター席へと同席させてもらった。
 此方が椅子に腰を落ち着けると、早速という感じで彼は口を開いてきた。
「改めて思うが、こうして逢うのは久しいな。実際は、今世で逢う・・・・・のは初めてになるが」
「其れな! でも、前世の記憶残ってるっつーか覚えてるからかな……不思議と初めてって感覚が全く無くて、寧ろ懐かしい感覚のが強い感じするな。ははっ、今世でもお前と逢えるなんて思わなかったなぁ〜! いや、マジ吃驚……ッ!! ねぇ、元気にしてた? あっそだ、此処で逢ったのも何かの縁だし、折角だから連絡先交換しても良い? つか、カネヒラって今何してんの? あと、個人的気になる事だから訊くけど、今歳幾つよ? パッと見、あんま俺と変わんないっぽく見えるけど。あっ、お前と同郷だったうぐの奴はどう? 今も元気してる? てか、彼奴も今世に居んのかな?? 嘗ての本丸に居た俺の刀で再び巡り逢えたの、お前が初めてだったからよく分かんないや」
「待て待て待て待て……ッ、そう一気に纏めて訊くな!! 一旦落ち着け餅つけ! 年単位で久方振りに懐かしい顔振りに逢えたのが嬉しいのは心底分かるが、順に答えてやるから一回クールダウンしろ! というか、そんな一遍に質問するな阿呆!!」
「ふはっ! すまんっ、つい興奮しちゃっていきなり質問攻めにしてしもうたわ。御免御免っ……!」
「はぁ……っ、全くお前という奴は本当に相変わらずのようだな……。まぁ、その事に今俺は無性に安堵しているのだが……っ。此れで、嘗ての記憶も無しで完全な初対面扱いされていたらば、少なからずショックを受けていたところだろうな。実際のところは、何とも平和的且つ緩い空気で打ち解けている訳だが」
「はははっ! 本当、人生何が起きるか分かんねぇもんだわねぇ〜。……っくくく、」
 まさかの再会を果たした事が無性に可笑しくてクツクツと喉奥で笑い声を殺していると、向こうも愉快そうに口角を上げて笑っていた。
「口調も相変わらずの男勝りなままなところを見るに、跳ねっ返りのじゃじゃ馬娘なところは変わっていないようだな?」
「おうともさ。今世も俺は俺のまま生まれ生きてきたのよ。そういうカネヒラは? 少しは違ったりしたのかな?」
「寧ろ、違い過ぎる事だらけに決まっておろう。まず、今世は俺も人の子としてこの世に生を受け生まれたのだぞ? 嘗ては物で神の末席に身を置くような位であったと言うに、だ。此れが笑わずに居られると思うか?」
「ふふっ、某鶴の爺さんなら確実に笑っとる事だろうて」
「故に、俺は初め戸惑いつつも人間としての人生を絶賛謳歌中の真っ最中だ」
「つまり、生まれてすぐの頃から刀の頃or刀剣男士として共に戦った時の記憶は憶えてたって事かいな?」
「ザックリ言うとそんなところだ。逆に、お前の方はどうなんだ? 前世の審神者の頃の記憶は、何時いつ頃思い出したんだ?」
「ん〜っと……俺の場合は、生まれて少し経ってから……になるかなぁ? イマイチ思い出した瞬間とか切っ掛けの部分は憶えてなくて……確か、物心付く頃ぐらいにはぼんやり思い出してた感あるかな……。年齢で言うと、たぶん三、四歳ぐらいの辺りだったかと。最初は断片的に夜寝てる時に見る夢みたいな感じで、その内……“あっ、コレ夢ちゃうわ、記憶やん”って気付いた感じ?」
「成程な。其れならば、今のお前が嘗ての時と変わりないように思えても自然という事か……」
合間に手元のカップの珈琲へ口を付けつつ喉を潤す。ついでに、自分の方は注文した品のサンドイッチにも手を付け、一口齧り付く。黙ってモグモグと咀嚼していたらば、その隙に彼は先程浴びせ掛けた大量の質問への回答を返してくれた。
「先程の問いに順に答えていくが……手始めに、俺の今の齢についてだが、歳は今年で二十八になる。で、職業の方は、まぁ……大手会社の営業マンとして働かせて頂いている身だな。今は、仕事の合間の昼休憩中というところだ。ので、残り時間は少ないが、連絡先を交換しておけば近い内また逢えるだろう。という訳で、今しがたのお前ではないが、今のお前の連絡先を知りたい。手短に教えてもらっても良いだろうか?」
「若干の上から目線な物言いの感じは相変わらずやんなぁ〜……まぁ、気にせんからええけど」
 ポツリ、しがない感想を漏らしつつちゃちゃっとロック解除したスマホを気軽に横スライドに流して寄越してやる。すると、渡し方が雑だの、んな気安く赤の他人にスマホ操作を委ねるもんじゃないだの、不用心が過ぎるぞ馬鹿者だのとの小言が飛んできた。さっき逢ってから数分しか経っていない関係性でよく言う。そう思わなくもなかったが、敢えて口にはせず、代わりに食べ途中のサンドイッチを平らげる事に集中した。
 程無くして、彼の連絡先が登録されたらしい己のスマホが返される。念の為と、食べる手を止めて電話帳欄を確認してみると、新規登録されたアドレスと番号が二、三種類程。其れに首を傾げて「うん?」という声を上げれば、間を置かずに彼からの応答が返ってきた。
「アドレスの方は、見ての通り、俺の私用端末の方のメアドと使ってるSNSのIDだ。番号の方は、俺の自宅の方のと私用の方の番号で、もう一つは万が一用の仕事用の番号だ。基本は私用の連絡先しか使わんだろうが、知らんよりは知ってる方がのちの為にもなるだろうと思っての配慮だ。嗚呼……あと、自宅住所の方も教えといた方が良いな。また一々お前から借りて打ち込む手間が面倒だから、手記で渡す。すぐに済む、ちょっと待っていろ」
「お、おう……っ、何か色々と気遣ってくれてすまんな……?」
「何、此れくらいなんて事は無いさ。昔のよしみだ。これからも付き合いがあるなら、連絡先は知っていた方がお互い都合が良いかと思っての事だ。……ほら、書いたぞ。此処が、今俺が住んでいる住所だ。失くさずに持っておけよ」
「んむっ……アザーッス」
 手早くサラサラと書き記されたメモの切れ端には、走り書きで書かれた割りに案外綺麗な文字が並んでいた。力強く男らしくも洗練された文字の其れに、嘗て昔彼の修行時に貰った手紙の記憶が過って懐かしくなる。ちょっとした小さな事なのに、その小さな事が切っ掛けで前世の記憶の一部が綻んで、つい感傷に浸りそうになった。
 ――が、再び彼に声をかけられて、思考の海に飲まれかけていた意識が弾かれ、ハッと面を上げた。
「折角逢えたのだから、もう少しお前と話していたい気持ちともっと訊きたい思いとで山々なんだが……生憎、現在進行形で本当に時間が押していてだな……っ。悪いが、今日のところはこの辺ですまん。残りの質問については今度逢った時にでもゆっくり話す。最後に、お前の今住んでいる住所だけでも教えてくれないか? このメモの空いているところで構わん、適当なジャジャジャ書きの字でも良いから書いてくれ」
「むぐっ、……分かったんで、ちょい待ち。物食ってる最中やったから、一寸だけ待ってくれ」
「すまん……っ、急かすつもりは無かったのだが……」
「んぐぐっ…………っうん、良いよ。ちょっちだけ待ってね、すぐ書き上げるから……っ」
 口の中の物を咀嚼しつつ飲み込みつつで返事を返し、トレイを少しだけ横に避けた後に手渡された手帳とペンを手に自分の自宅住所を書いてやった。ついでとばかりに、現在名乗っている氏名も一緒に書き留めてやる。急ぎである事を念頭に入れて書いたので、本当に適当で汚い字だが、読めれば良いだけの物である筈なので、此処は大目に見てもらう事にしよう。
 言われた通りにパパッと書き記した手帳を男に返せば、今しがた書き込まれた内容を覗き込むなり微妙な顔を作って呟く。
「本当に適当な字で書かれるとは思ってなくて驚いた……」
「お前が急いでるから適当で良いって言ったんだろ! 文句あんなら書き直してやらなくもないけども?」
「いや、一応は読める範囲だからこのままで構わん。……にしても、お前の適当に書いた時の殴り書いたような癖は昔と変わりないな。何も言われなかったら、お前のような女が書いた字とは判らんだろう」
「は? 何、喧嘩売ってんのお前? 嘗ての上司であり主たる相手を気安くディスってくるとは良い度胸じゃねェーの?? お゛ん??」
「そのすぐメンチ切るところも変わってないな、お前……」
 半ば呆れた表情で以て何とも遺憾な感想を頂いたが、その直後にすぐ態度を改めた彼が再び手帳の方へ視線を落としてポツリと零した。
「……嗚呼、此れ・・が今のお前の名前なのだな……」
 そう零した彼が一瞬見せた横顔が何とも言えない表情だった為、返す言葉がすぐには見付からなくて黙って様子を窺っていたらば、再び口を開いた彼が感慨深そうにこう口にする。
「嘗てでは、立場上真名を明かす訳にはいかなかった故、使命を全うする最後の最後の時まで知る事は叶わなかったものなぁ……。其れが、今や同じ人間且つ対等な立場であるからにして、こうも容易くお前の名前を知る事が出来るのだから、嘗てを思うと感慨深い事だな」
「……あのぉ〜、たかが現在の名前を教えただけでそんな反応されると微妙に困るんですが……。もしかしなくともだが、お前、その反応事ある毎にするつもりか……?」
「あっ、いや、その……す、すまんっ……。つい、妙な感動を覚えてしまってな……。だが、過去を思えばこそ、仕方のない事だろうっ。前の俺は、お前の本当の名前すら知る立場に居なかったのだから……っ」
 そう言って、何とも雑に殴り書きされた文字を愛おしそうに撫でながら思い出に懐古を抱く男を、横目に眺めながら避けたトレイを元の位置に引き寄せつつ率直な感想を素っ気無く口にする。
「……感動も一入ひとしおに浸るのは一向に構わんが、時間……良いのか? 俺は今日休日であるが故どう過ごそうが幾らでも自由な訳だが、お前は仕事途中なのを抜け出して来てたんだろう? あんま油売ってる暇無いんじゃねぇの?」
「ハッ……! そうだった! お前と再会出来たのが嬉し過ぎてうっかり現実の事を忘れるところだった!! すまんっ、恩に着る……!! 今回の埋め合わせは後日必ずすると誓おう!! 日程等については後で連絡を寄越す!! そういう訳で、今日のところは失礼させてもらう……っ!!」
「おー、お仕事お疲れさん……っ。まぁ、埋め合わせの件は何時いつでも構わんから、余所見したりして転んで怪我とかせんようになぁ〜っ」
「するか、戯け!! 俺を誰だと思ってるんだ!?」
「良いから早よ行けや」
 既に食後の珈琲を楽しんでいるだけの様子だったようで、男は大慌てで席を立つなり椅子の背に掛けていた上着とトレイを手に取って急いでその場を去って行った。慌しく嵐のように去って行った彼の背をゆるりと見送りつつ。
(相変わらず声もデカけりゃ背もデカイやっちゃな……)
 とか何とか思いながら、自身はのんびりと途中だった食事の手を再開させるのだった。
 まぁ、彼の事だから、職場近くの場所を選んで来ていただろう故に、恐らく職場へはそう時間を掛けずに戻る事が出来るだろう。……と、言えども、お昼休憩の時間がどれくらいまでかは此方の把握外の話なので知ったこっちゃないが。
 さてさて、これからの生活が少し楽しみな事だ。何せ、昔懐かしい旧知の仲の者の縁が再び繋がり、これまでの生活にきっと賑やかな色を付けてくれる事間違い無しだろうからだ。偶々お昼にフラリと立ち寄ったに過ぎない店だったが、嘗ての縁ある者と巡り逢わせてくれた事に感謝しなくては……。
 程無くして、自身の食事を終えた彼女は先程この場を去った男同様に颯爽と席を立ち、店を後にした。休日のショッピングの途中で立ち寄っただけに過ぎない場所であったが、何とも良い事があったものだ。少なくとも、彼女にとっては良い事の一つだった。
 一通りショッピングを済ませていた彼女は今日のところはもう気が済んだのか、本日の戦利品を手に鼻歌を口ずさみながら帰路を歩く。その背は、何とも上機嫌でスキップでもしそうな程明るい雰囲気を滲ませていたのであった。


執筆日:2022.10.29