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畑の番人とLet'sハピハロ!



 某月某日。
 世が世ならば、日本という国ではお祭り騒ぎで盛り上がる日である。というのも、その日が外国で言うところのお盆のようなもので、収穫祭を祝って催す季節の行事であって。日本では其れが少し歪な形で伝わり、其れが更に変化を遂げて、結果ただの仮装行列なるものに化してしまっているのだ。その日の事を、ハロウィンと言った。
 そんな時季が到来した事に、当本丸の内である者の一人もそわそわした様子で落ち着きが無かった。本丸の将を預かっている筈の審神者である。
 彼女は、その日の仕事ノルマを速やかにスムーズに済ませると、洗濯済みの綺麗で真っ白なシーツを被って、沓脱石に常備してあった突っ掛けなる物(所謂サンダル)を履くと、そのまま勢い良く庭先へと飛び出していった。この時、近侍の刀は側に居なかった為、彼女を止める者は誰一人として居なかったのだった。
 彼女が向かった場所は何処かと思えば、手短に目指せる畑であった。何とも意外な場所である。
 一先ず、兎にも角にも誰かしらに突撃したかった彼女は、適当に近場に居た相手へと突撃していった。その対象となったのは、今日も変わらず元気に畑を耕していた桑名江であった。いきなり後ろから何者かに其れなりの勢いを付けてのタックルをかまされたにも関わらず、彼は常と変わらぬ調子を崩さずにのんびりと振り返り、おのが背中へ突撃してきた者を見つめる。
「おやぁ? 此れは此れは、一体誰だろう? 大きくて真っ白な布を被っているところだけを見ると、某堀川のところの刀を思い浮かべるけれども……君は、山姥切国広とも違うみたいだねぇ〜。まぁ、其れは其れとして、僕に何の用かな?」
「出逢ったが運命さだめなり……! そんな訳で、お菓子を寄越しませい! さもなくば、悪戯させませい!」
「ふむ……その声は、主かなぁ? どうしてそんな格好をしてるの?」
「其れは、今日がハロウィンだからなのですよ!! ハロウィンと言えば、一に仮装、二にお菓子または悪戯なり……っ! 此れ、今時鉄則だから、よくよく覚えておくと良いのですぞ〜」
「其れでその格好だった訳かぁ〜。成程成程……。ちなみに、その布お化けみたいな格好を選んだ理由を訊いても?」
「すぐに出来て比較的楽な仮装を考えた結果辿り着いたのが、某有名処のメジェドだったのだよ。でも、ただそんままを成り切るというのも面白くないと思ったから、追加要素で猫耳を足したって訳なる。ぶっちゃけて、FGOの某キャラのなんちゃって風仕立てなのですよ。……そういう訳ですんで、我はお菓子を所望するのです。Happy Halloween! trick or treat?」
「う〜ん……今は畑仕事中だったからお菓子は持っていないんだよねぇ〜。代わりに、主にはコレをあげるよ。ハイ、どうぞ!」
 そう言って彼より手渡されたのは、立派な出来の南瓜だった。丁度、非力な彼女の両手でも抱え切れるくらいのサイズの。まさか、お菓子を持っていない代わりに南瓜を貰うとは思っていなかった彼女はポカンと固まった。
 そんな彼女にはお構い無しとばかりに、彼は鉄壁の前髪の下でキラキラと目を輝かせながら若干興奮気味に今年の南瓜の出来の良さについてを語り出す。
「いやぁ〜っ、今年は気候も土も良い感じの条件が重なったからかな? 南瓜が豊作でねぇ〜! これまでで最高の出来の南瓜が出来たんだ! きっと味の方もとっても美味しい物に仕上がってる筈だから、穫れ立て新鮮な内に色々試してみようね! 嗚呼、此れで何を作ろうかなぁ〜? まだまだ沢山あるから、楽しみで仕方ないよ!」
「お、おぉ〜……? 其れは良かったね……? 我はお菓子を所望した筈だったんだが、加工前の南瓜丸ごとそのままを貰ってしまって控えめに言って戸惑ってるんだドン……っ。コレ、どうしたら良いんだドン??」
「南瓜は栄養もたっぷりで体に良いだけじゃなく、余すところ無く全て使える凄い野菜なんだよぉ! 例えば、中身を繰り抜いちゃえば、かの収穫祭で使うっていう“ジャック・オー・ランタン”ってランタンに早変わりだし! 繰り抜いた中身の身の部分は、煮付けなりパンプキンケーキなり色んな料理に使えちゃうし! ワタの部分だって、スムージーにしちゃえば使えるし! 種だって炒ってしまえば、そのままもイケるけれど、お菓子とかのトッピング材料にもなっちゃうんだよ! ねっ、凄いでしょう!!」
「う、うんっ……! 南瓜が何か色々と凄くてとっても素晴らしいお野菜なんだな、って事は分かったよ! でも、主、加工前の状態の物貰っても料理出来ない駄目人間やからどうしたら良いか分からん!! ので、現在進行形で絶賛大混乱中なんだが!?」
「嗚呼、うん、その辺は心配しなくても大丈夫だよぉ〜っ。勿論、主には僕が後でちゃんと加工した物を改めて渡してあげるから、安心して完成品を待っててね!」
「あっ、そうなんやね! 良かったぁ!! てっきり、調理も全部込々で自分でしろよって事なんかと思って一瞬盛大に焦ったわぁ〜!!」
「ははっ、そんなまっさかぁ〜! 主にそんな無責任にぶん投げみたいな丸投げしたりしないよ〜っ」
 無邪気にそう言って笑った桑名だが、いきなり説明も無しに南瓜丸ごとそのままをハイと笑顔で渡されたら今言った風に思わなくも無いだろう。思わず、常にマイペースを崩さない彼からのすわ愛故の暴挙たる裏返しか何かかと身構えてしまったではないか。
 実際のところは、特に何という言う訳でも無く、平和的且ついつもの彼であったので、安心したついでに南瓜の加工を頼むべく彼と厨を目指して歩き出した。
 外付きの方の洗い場で一旦泥を洗い流してから厨へ運び入れるという事で、彼の作業する様子を何となく側で眺めていたらば、勝手口の方より厨へと入る一歩手前で、不意に足を止めた彼が唐突に何かを思い出したように声を発して背後を振り返った。
「あっ……そういやぁ、僕から言うのを忘れてたや……。ねぇ、主、一つ確認なんだけど……さっき言ってたハッピーなんちゃらってヤツ、今日から明日へ日付が変わるまでは有効なんだよね?」
「え? あ、うん……そうなる、んかねぇ……? 其れが、どうかした?」
「うん、折角の機会だから、僕もやっとこうかなって思ってさ。だから……僕からも、トリックオアトリート? 主に。……駄目?」
「ッぐ……! 駄目、じゃないけど……ッ、言い方があざといぞ桑君や……!!」
「あははっ、御免ね。其れで……答えはどっちなのかな?」
「えっと……確か道中短刀ちゃん達に遭遇した時ように飴ちゃん辺りを用意してた筈なんだが……っ。あ、あれっ……? ポッケに入れたと思ってたんやけどなー、どうやら入れたつもりで机に置きっぱで出て来ちゃったみたいやんなぁ〜……っ。あいやぁ〜……うっかりやね」
「と、いう事は……?」
「手持ちお菓子ゼロという事で、答えは“trick”……つまりは、悪戯選択、という事になりますなぁ〜……っ。……あはっ!」
 思わぬまさかの事態が重なり、控えめに言って冷や汗ダラダラな状況であった。取り敢えず、誤魔化しで其れと無く乾いた笑みを浮かべてみたが、何の解決にもならなかった。否、此処は成るようにしか成らないところである。一先ず、彼からどんな沙汰が下りるのか、息を飲んで待った。
 すると、目元が隠れているが故に表情の読めない彼が、口許に悪戯っぽいにんまりとした笑みを浮かべてこう口を開いた。
「じゃあ、悪戯決定という事で……っ」
 言葉の後、布越しに彼が近付いてきたのが分かって、少しだけ身を硬くする。何時いつに無い距離の詰め方でもあった為、緊張のあまりギュッと目を閉じると、その瞬間に布越しの前頭部辺りにふわりとした感触が降ってきた。その感触が何だったのだろうかと閉じていた目を開いて、布地の穴目からそぉっと覗いて見たら、身長差故だろうか……普段は前髪の壁に遮られて見る事の叶わぬ彼の目がチラリと覗いていて。おまけに、前髪の隙間から覗く其れは、何とも甘い空気漂う視線で此方を見つめてきていた。思わず、心臓がギュッと縮まり、鼓動のBPMが急上昇し凄まじいビートを奏で始める。
 そんな審神者の変化に気付かぬ様子の桑名は、至近距離のままふわりと甘やかに笑ってみせた。
「正直なところを言うと、本当は布越しじゃなく直接しようかと思ったのだけど……今の僕、畑仕事してた関係で泥んこまみれだし……綺麗な君を汚しちゃうのも悪いかなって思ったからさ。今は、此れだけで。……うーん、悪戯ってこんな感じで合ってた?」
「っぅえ!? あ、あーっ……た、たぶん? だ、大丈夫じゃない、かと……ッ!」
「そぉ? 良かったぁ〜。じゃあ、僕からの悪戯は此れで終了って事で。僕はこれからこの南瓜を色々と加工してくるから、主は部屋でゆっくりまったり待っててよ。出来たら部屋に持って行くから、楽しみにしててね〜」
「あ、うん……っ、そんじゃあ私は部屋で大人しく待ってるねぇ〜……っ」
 悪戯が終わるなり、何事も無かったかのように厨へと去って行った桑名氏。審神者はというと、今しがた起きた束の間の出来事が信じられなくて、暫くその場で呆然と突っ立っているのであった。
 後々その場を目撃した刀剣曰く、“まるで魂が抜け出ていったかのような状態だった”そうな。


執筆日:2022.10.31