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尊し初恋の相手



 飴色の眼。琥珀色の眼。猫みたいな金色の眼。
 色々と表現する言葉は見付かりそうだったけど、取り敢えずは其れくらいに留める。
「――主、」
 どんなに遠く離れた処に居ても、低く何処までも響く通りの良い声が己を呼ばう。
 振り返って、声のした方角を見遣れば、口許に当てていた手を下ろす途中であった真っ黒な刀が居た。
 いつ何時でも格好良さを気にして、其れでいて紳士且つスマートな気遣いの出来る、よく出来た男。巷でよく聞く言葉を借りれば、“スパダリ”という部類に入る、スーパー超絶イケメンのハイスペック男士だった。
 そんな刀にも欠点はあって、何処までも完璧そうに見えて、意外と苦手なものは其処らに居る一般人と変わりなかったり。
 元の主を、かの有名な武将で“独眼竜”と名高い、東北・奥州を治めていた伊達政宗公であらせられる。伊達男っぷりは、其処から来ているそうな。
 名を、燭台切光忠と言った。元の主の印象を色濃く映した風に顕現してみせた太刀。銘となった“燭台切”さえ、元の主が名付けた故に他ならない。
 徳川家に“嫁入り”した事でも有名な、備前派長船の刀工・光忠の作にして、伊達政宗公お気に入りの刀であった物。
 だが、その姿は今や真っ黒に焼け焦げており、はばきの金も熔けてなかごの部分にくっ付いてしまっている。言ってしまえば、武器としての刀としては、全くの使い物にならないという在り様である。
 しかし、現代に生きる我々のような人間達が美を見出し、今にも残る貴重な資料の一つとして、今尚大層大事に博物館にて管理・展示してきている代物だ。
 其れが、今の燭台切光忠という刀を形成する逸話であり、糧である。
 焼刃となって尚、その姿は美しい刀なのだ。
 故に、皆に愛され、この世に受け継がれてきた宝物。

 ――そんな刀の事を、私は愛している。
 審神者となる前の私の、初恋を奪っていった、罪深き男。其れが、私にとっての、“燭台切光忠”という刀であった。
 飴のように甘やかに溶けた、蕩けた視線の向こう、轟々ごうごうと熱く燃え盛る炉の中の火みたいな熱を灯して、微笑む。私の、一等大事で、思い入れのある、本丸設立して最初の太刀。
 だけれど、簡単には口にしてやらないわ。女としての意地とプライドがあるから。
 だから、私は、好いた刀の熱い視線を貰っても、敢えて口を噤んで視線を返すだけ。
 呼び声に応じて振り向いた私に、彼は然り気無く歩み寄って距離を詰めつつ再び声をかける。
「主、丁度良かった、今部屋へ訪ねに行こうと思ってたんだ」
「何の用かしら?」
「今、周回中の部隊の編成についての件なんだけど……、」
 近侍役として側に付き、仕事の補助を行う為に、積極的に彼は私に足りぬ部分への助言をくれた。その度に、私は密かに内心で乙女としての気持ちを踊らせながら言葉に耳を傾ける。彼も、そんな私と関われる事へ嬉々とした気持ちを僅かに覗かせつつ、付かず離れずの距離に居る。
 しかし、未だ、互いに一線を越える事はしない。今の曖昧な関係性を崩したくはないから。
 そんな私達の様子を遠くから見守っていた同派の者達は、ひそひそとだが何とも焦れったそうに呟いた。
「なぁ、福ちゃんさん・・・・・・や。同じ“光忠”として、アレを見てどう思うよ……?」
「うーん、そうだなぁ……。俺は、この本丸に来てまだ一年と経たないけれど、そんな俺から見てみても、彼等二人はとってもお似合いの良い雰囲気なんじゃないかな? ――って思うよ」
「だよなぁ〜。福ちゃんから見てもそうなら、やっぱそうだよなぁ〜」
「まぁ、ぶっちゃけ焦れったくは思うよねぇ〜」
「もう一押しって感じなんだけど、肝心のところまでは踏み切らないんだよねぇーっ、あの二人。本当、焦れったいったらないわ〜」
「そうやって、ひとのこいじにへたなよこやりをいれようとするのも、やぼってものなんだぞ、きみたち……?」
「でも、しょうじき、きになるきもちはわからなくもないんだぞ!」
「つまりは、皆が皆、二人の事を其れとなく応援しつつ見守ってるって訳だ……っ」
「ご明察〜っ!」
「まっ、悪まで俺達は外野だからさ。野次馬は野次馬らしく、そっと見守りつつやんわりフォローしときますよっと!」
「ふふふっ……じゃあ、俺も、“お兄ちゃん”としての恋路の行方を優しく見守っていようかねぇ?」
「とりあえず、わたしたちは、そろそろたいさんとしようか」
「これいじょうおじゃましちゃうのは、ふたりにわるいしね!」
「後は、仲睦まじいお二人だけの時間を過ごしてもらうとしますか……!」
 こそこそと物陰より去っていく身内の気配が消えた事で、あからさま分かりやすくホッと息をいた彼はボソリと呟く。
「もう……、好奇心も程々にして欲しいんだけどな……っ。全く…………っ」
「うん? どうしたの、光忠……?」
「んっ? ううんっ、何でも無いよ! ちょっと、お邪魔虫な気配を感じただけだから……っ。もう居なくなったようだし、主は気にしなくて大丈夫だよ!」
「はぁ…………? よく、分かんないけども……」
 そうして、また変わらぬ空気で彼と二人だけの時間を過ごすのである。
 はっきりとはしない、焦れったく曖昧な関係を保ったまま。


執筆日:2022.12.23