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芥へ感謝を



 日中だけを言えば、すっかり春らしい気候となったこの頃。
 未だ朝晩の冷え込みは残るものの、比較的動きやすくなった暖かさに、心持ちも少し晴れやかな心地を抱く。
 そんな折、気紛れに広い敷地の本丸内を散策がてら歩き回っていたらば、部屋の埃を払う泛塵の姿を見掛けた。
 真田組の部屋は、常日頃から泛塵の働きでいつも綺麗に整っているものと思っていたが、今日も畳を傷付けぬようにと昔ながらの掃除用具を用いて掃除をしていた。
 開け放たれた障子の影からひょこりと姿を見せると、其れに気付いた彼が手を止めて声をかける。
「おや、主か。どうした……?」
「今日あったかいから、偶には体動かさないとなって散歩がてら本丸内の散策してたの」
「其れで此方までやって来たのだな。何か変化を見付けたりなどの収穫はあったか?」
「そうだね。季節の移ろいと共に庭先の植物達や鳥達の種類も変わってきた感じがするよ。まぁ、景趣に関しては、こっちが四季に合わせて変えてはいるけども……其れを抜きにしても、目に映る景色で四季の移ろいを感じれるのは風情があって良いよね」
「草花なら、大千鳥がこの間手を加えていたと思うぞ。庭先へ遊びに来る鳥達に関しては、一文字の頭なる山鳥毛や短刀の奴等が、度々眺めてはどの鳥が飛んできていたなどと話していた」
「ふふふっ、それぞれの様子が目に浮かぶようだね。あっ、お掃除の途中でお邪魔しちゃって御免なさいね。私には構わず続きの方を、どうぞ」
「そうか。では、遠慮無く」
「いつも精が出るね」
「埃や塵は、放っておくとすぐに溜まる。だから、気が付くと部屋の隅などに積もってしまう事が多いんだ。僕は、其れすらも防ぐ為に、日々こうして欠かさずに埃を払っている。すれば、悪い気も溜まる事も無く、室内の空気も澄む上に、後々大掃除などという事をしなくとも良くなり効率的だぞ」
 儚げ美人の空気感漂う雰囲気から、何となく勝手に個人的に取っ付きづらい相手だと思っていたのだが。案外そんな事は無かったのか。本丸にやって来て一年が経過し、すっかり本丸の空気にも馴染んだ様子の彼に、自然と笑みを描いていた。
 其れを切っ掛けに思った訳ではないが、本丸に来ていつの間にか一年の年月が経過していた事の感謝をふと告げたくなって。熱心に埃を払う彼へ向かって再び口を開いた。
「泛塵君、我が本丸に来てくれて有難うね」
「えっ……? どうしたんだ、いきなり……?」
「ふふふっ、何となく伝えたくなったから言ってみただけだよ。君が来てくれてから、もう一年が過ぎたと思うと、何だか感慨深く思えちゃって……。本当に有難うね。君が来て以来、十文字君も色々と張り切ってて楽しそうで、前より明るい表情をしている事も増えたから、見守る側としても審神者としても凄く嬉しく思ってる。改めて、有難うね」
「そんな、こんなごみ如きに改めての感謝など……っ。感謝するのは、寧ろ僕の方だ……! こんなごみのような僕を受け入れてくれて……本当に感謝している。僕なんかでも本丸の力に、何かしらの役に立てているのなら、幸いの一言に尽きる。……ところで、何故唐突にこのような話を?」
「ん? 実は、三月九日である今日は、“39”の語呂合わせから有難うって意味の“サンキュー”にちなんで、“感謝の日”と言われてるの。其れで、何となくでも日頃の感謝を伝えてみようかなって思い付いたのが切っ掛け。だから、泛塵君が我が本丸に来てくれた事に感謝を! ってね……!」
 改めての感謝を告げるなど、少々気恥ずかしさを覚えて擽ったい気持ちを抱くが、其れでも、時には素直に心からの感謝をと思っての言葉だった。そんな思いが届いたのか否かは分からぬが、はにかんだ風の微笑みを浮かべて受け取った彼は、幸せそうに笑うのだった。


執筆日:2023.03.09
公開日:2023.03.10