或る処に、へし沼住民のお姉さんが居た。
その言葉の通り、女性で、見た目も中身の偏差値も極普通の何処にでも居そうな奴だった。
ただ、突飛出るものとしたら…それは、推し刀がへし切長谷部な長谷部大好きへしLOVE勢で、いつも愛する彼に対する愛情が並々ならぬもので、日々溢れんばかりに注いでいるだけだった。
そして、今日も変わらず、国宝級に美しく飾ったねんどろいどな長谷部を、野菜を口説く例の刀の如く愛でていた。
『はぁ…っ、今日も可愛いよ長谷部…!ウチの長谷部は、格好良くて可愛いよね!うんっ、知ってる…っ!!だって、今日の近侍な彼もテライケメソ格好良かったもん…!!思わず目を逸らしてキャーッ!!って、普段使わない女子ボイスで奇声上げちゃったもんっっっ!!嗚呼、なんてギルティーな美しさ…っ!あまりの国宝級の美しさに、目が眩んでしまいますわ…ッ!!』
クラリ、と額に手を当てると、途端によろめいて床に手を付く彼女。
此処は、舞台だろうか…?
否、ただの二十歳過ぎの寂しい独身な女の家の部屋の一室である。
阿呆らしい言葉は台本に書いてある台詞ではなく、全て彼女の口から出てくるアドリブ且つ心の叫びだ。
即ち、パトス。
へし切長谷部という彼を崇め奉るが故に迸るパトスであった。
もう一度言おう。
此処は、寂しい寂しい独り身の女が暮らす、しがないアパートの一室だった。
『まぁ…此処まで二次元に命捧げてりゃ、彼氏なんて出来る訳無いよな。一度くらい彼氏作ってデートしてみたい…。私ヲタクで腐女子だから、イベントとか趣味に関係する事以外じゃインドア派だから、お家デートくらいしか楽しめないだろうけど。最早、ソレ、デートと言えるのか…?まっ、今はそんな事よりも、愛しい愛しい長谷部だけどねぇ〜っ!!はぁ…、結婚するなら長谷部が良いな…。現実的に無理だから、せめて長谷部みたいな人とで良いからさ…。どっかに落ちてないかなぁーっ!!』
無茶苦茶な事を言う。
「おま、ソレ、無理な。」と突っ込まれる事間違いなしの発言である。
そんなんだから、彼氏居ない歴=年齢にまで陥るんだよ、と思いますよね?
そこで、「言うな、頭が痛い…ッ!!」や「現実から逃避という名の逃避行してくるね!」な方…。
ご安心ください。
コレを書いている奴も同類です(←うるせぇ黙れ放っとけや…ッ!!)。
話が脱線したのを無理矢理戻せば、何やらまた演劇紛いな事をやらかしている彼女。
『嗚呼、今日も麗しいですわ、我が君…っ。今朝よりも一段と瞳の煌めきが増しておりますわ…!嗚呼…夜の星で貴方の輝きが一層強まっているのですね…っ!綺麗ですよ、我が愛しの君…!!………カメラ用意しよう。撮影会だ。』
クネクネと次から次へとポーズを繰り出していたかと思うと、突然動きを止め、再び動きを再開すれば、今度は撮影会を開くだのどうだのと宣い始めた。
カメ子の如くレフ眼カメラを手にすると、元々カメラマンする為に其処に居ましたバリにスタンバる彼女。
パシャアッ!!パシャアッ!!と小気味良くシャッターを切る。
『良いよ良いよ、このアングル…!格好良いよ、長谷部!!流石は国宝、モデルも華麗にこなすね…っ!!ひゅーひゅーっ!!』
誰か、この馬鹿を黙らせてはくれまいか。
隣の部屋の住人は、さぞかし迷惑に思っている事であろう。
(※今のところ、演劇の練習か何かをしているのだろうと思われている。)
『あ…もう零時だ。いつの間にか日付越えちゃってるんだよねぇ…。早く寝よ。明日も仕事あるし!…土曜日だけど。』
時計を見て慌ててカメラやら何やらを片付ける彼女。
一瞬だけ、自分で言った一言に落ち込み、盛大にげんなりしたが。
『あーあ…っ、君が動くねんで、且つ大きくなれる子だったら良いのにな…。そしたら、色々とお家の事頼めて、お世話出来るのになぁ…っ。』
ちょいちょいとペットを可愛がるが如く、指の背でねんな彼の頭を撫でる。
『まぁ…無理な話だけどね…っ。おやすみ、長谷部!良い夢見るんだよ…!』
ボフリッ!とベッドへinすれば、忽ちスヤァ…ッと夢の世界へ。
彼女がぐっすりと眠る真夜中の間に、お空の上では、藤色の光を放つ一つの星が、瞬いてはキラリと流れて落ちていったのであった。
―翌日。
ピピチュチュンッ、と爽やかに囀ずる鳥の声が聞こえる朝。
設定した覚えのないアラームの音で起こされた。
「―主…、主…っ!起きてください…!もう朝ですよ…?早く起きないと、仕事に遅刻してしまいますよ…っ!」
『……ゔぅ゙ん…っ、まだ、あともうちょっと…っ。』
「駄目です…!起きてください、主…っ!!」
聞き覚えのある声が、彼女の寝惚けた頭を揺さぶる。
『んぅ……?この声…長谷部……?』
毎日飽きる程に聞いていた声に、段々と覚醒していく頭。
「はい…っ!貴女の長谷部ですよ…!声だけでお解りになられるなんて…っ、流石は俺の主ですね!!」
『…………………は?』
唐突に覚醒した彼女は、ガバリと勢い良く跳ね起きた。
そして、今しがたまで自分に話しかけていたであろう奴を視界に入れて、驚き固まる。
「嗚呼、起きられたんですね?おはようございます、主。今日は何をしましょうか?家臣の手打ち?寺社の焼き討ち?御随意にどうぞ。」
あの愛しい彼の台詞もまんまに体現したかのような幻を見る彼女。
思わず、自分はまだ寝惚けているのかと両目を擦った。
『あれ、消えてない…。じゃあ、夢なのかな?コレ…。頬っぺたつねれば良いんだっけ…?』
「主…?どうかされましたか…?」
『イテ…ッ!え…コレ夢じゃないの…?じゃあ、やっぱり幻覚…?私の頭、とうとうソコまでいく程末期になったかな…。』
「あ、主…っ!?一体何をされてるんですか!?ご自分の頬をつねったりなどと…っ!」
『いや…この現状が夢か幻覚か幻の類いなんじゃないかと…。』
「俺は、夢でも幻でもありませんよ…!貴女の長谷部である俺は、此処に居ます…っ!!」
普段画面越しに崇め拝んできた綺麗過ぎるお顔が、自身の顔面に至近距離で飛び込んできた為に、無言で壁際まで退がる彼女。
稀に見る俊敏力且つ機動力である。
「何故お避けになるのですか…?」
『いや、現実を認めるのが無理で…ッ!』
「嘘でも冗談でもありませんよ?ちなみに、偽物でもありません。正真正銘、貴女の刀のへし切長谷部ですよ…?」
『え………嘘、信じらんない。俺のキャパやばい。』
「まだ信じて頂けませんか…?」
捨てられた仔犬みたいな目をして見つめられる彼女。
当然クリーンヒットしたハートに、脳内はカオス状態。
口からは、「ん゙っん゙ん゙…ッ!!」と声が漏れた。
「じゃあ、こうしましょう。昨日の晩、主は俺に言いましたよね…?俺が、“動くねんで、且つ大きくなれる子だったら良いのにな”と。」
『ま…っ、ソレ、確かに言った…っ!!』
「これで、もうお解りですよね?」
にこっと微笑む彼の笑みは、昨晩、国宝級だと叫んでいた、あの笑みだった。
心の中の彼女が、「ゴフ…ッ!!」と吐血した。
『ハ…ッ!そういえば、ねんは…っ!?私の大事なねんへし…っ!!』
何時も在る筈の場所に、件の彼は居ない。
だが、代わりに、目の前に動く大きな…というか、恐らく等身大の彼が居る。
『えっと…まさかだけど、昨日まで普通に置物だったねんとか言わないよね……?』
「いえ、正しくその通りですが?」
『………Oh…神よ…っ。』
「はい、俺は付喪神で、本来なら刀の神だったところがねんに宿った神ですが。」
『何でソコ、ナチュラルにサラッと言っちゃうんですか。』
まさかの事実に、寝起きドッキリ吃驚大成功とか言わないで。
「さぁ、起きたのなら、顔を洗って着替えてくださいね、主!朝餉が出来てますよ!」
『え、何て言う状況コレ…。俺の嫁がマジ出来る嫁過ぎてどうしよう。』
「早くしないと遅刻しますよ?」
『ちょ…っ、なんて良妻…じゃなかった…ッ!もしかしてだけど、元がねんだったって言うなら、元のサイズにもなれちゃうの…!?』
「主命とあらば!」
その一秒後、朝っぱらから大きな声で盛大に叫んでしまった事は言うまでもない…。
そして、寝起きの喉が吃驚してやられたのは必然的な事であった。
「今日の朝食は、俺の手作り且つ主の好きな物ですよ…っ!」
『わぁ、なんて良い嫁過ぎるのお前。マジで凄いな!!』
「俺は、主の為なら何だってしますよ!!」
『うん、知ってた。格好良い、尊い、惚れる。』
「え…?」
執筆日:2018.04.14