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死を望む者は、他人の死を羨む



 ふと目を遣った先のテレビで、銃が乱射される事件が起きたとの報道が流れていた。どうやら、乱射した銃により死傷者が出たらしい。同時に、共に見ていた家族が、「怖いね、恐ろしいね」と客観的感想を零すのを聞く。
 しかし、私は、画面の中で流れる悲惨な事件の内容を語る映像を見て、思ってはならない事を思ってしまった。
(羨ましいなぁ……)
 何に対しての感情だったのかを弁明すると、決して犯人側と同様の思考に至り、物騒な思想を抱いた訳ではない事を先に述べておこう。
 なら、何に対しての“羨み”だったのか。其れは、殺された人間側へ抱いた感情だった。
 意図して殺された訳ではない命に対して、そんな事を考えるのは死者に対する冒涜であり、決して許された事ではないのは分かっている。けれども、他人の死を羨む程に、誰かに殺される事を願っていた。だから、そんな風に思ってしまったのだ。
 自分で自分を殺し切る事が出来なかった故に。呆気無く誰かに一瞬で殺して欲しいと願う自分が、其処に居た。こんな事、産みの親に言える筈も無かろう。
 私は静かに口を噤んで黙った。余計な言葉を口走ったりしないように。


 ――そんな事があったという話題を、何気無しに世間話でも話すみたいに語ると、其れを聞いていた或る刀は言った。
「仮に、銃一発食らったとしても、当たりどころずれてたら致命傷にすらならないよ? ただ傷付いて出血して痛いだけって、そんなの辛くない? 俺なら、そんな物に頼らなくても、雇い主の望む通りになれるよっ。何せ……俺がこうして顕現するに混ざった逸話に、今の雇い主にぴったりの話があるからね。俺っていう刀に斬られても気付かず、念仏を唱えながら八丁歩いた先で真っ二つに斬れて絶命したって僧の逸話……! 俺が“八丁念仏”足る為に必要だった物語だよっ! ……まぁ、でも? 雇い主を斬る役目は、初期刀や初鍛刀辺りの刀が担当するべき事だろうから、俺の出る幕じゃないかな?」
 意外にも、話に乗っかってきた彼の真意は読めない。しかし、否定される事無く、寧ろ肯定寄りの回答を貰えた事に、少し救われた気がした。故に、彼の言葉へはこう返した。
「もし、この先、俺を斬ってと望む事があって、今名前が挙がった二人の存在が其れを拒んだとして、他に適役が見付からなかった時は……その時は、八丁君を頼ろうと思うよ」
「えっ……まさかの冗談とかでなく? マジで? 其れ、本気で言ってる……?」
「まぁ、結構本気な方かな。本当は、こういう事迂闊に口に出すもんじゃないんだろうけど…………ほら、俺ってば大概死にたがりの生き急ぎ野郎な感じで生きてるから? 定期で生きる事に疲れちゃう質だから、さっさと楽になれたらなー……なぁんて思う事が時偶にあるのよ」
「あー…………うんっ、何となく理解しました。でも……本当に俺で良いの? 良いなら、良いんだけどさぁ」
 納得したようであまり腑に落ちていない様子の彼が、少し拗ねたような声音で呟く。其れに、私はにっかりと笑って重ねて言った。
「君になら、殺されても悔いは残らないかな。自分が心許す刀にほふられるなら、いっそ本望だろう。どうせ、俺みたいな人間は碌な死に方しねぇだろうし。其れなら、自分の刀に斬られた方がスッキリ逝けそう」
「随分あっさりぶちまけるね……っ」
「君相手なら、悪い様にはしないって分かってるからね」
「うわー、俺ってば意外と信頼されてる……?」
「俺、結構自分の刀には心砕いてる方だと思うけどねぇ」
「はははっ……サラッと任せられたけど、此れって責任重大じゃない……? 大丈夫かな、俺なんか相手で……。まぁ、雇い主が命預けるくらいの覚悟と信頼を預けてくれてる身だし? 雇われてる側としては其れに応えない訳にはいかないよねーっ! ……うんっ、出来る限りの範囲で頑張りまーっす!」
「ふふっ……期待してるよ」
 然り気無く言霊での口約束を結んでしまった事に、後から遅れて気付いたけれども、今のところ後悔は無いから、そのまま有効のままにしておく事にした。屹度きっと、彼も其れを望んでいるだろうから、その方が良いのだ。
 この選択は、決して間違いではないと、私は思う。肯定の意を示した事の意味は、恐らく、そういう事なのだろうから。


執筆日:2023.06.15
公開日:2023.06.27