さっきまで、あんなに楽しそうに周りの刀達と談笑していると思っていたのに。
皆と別れて、一人離れの自室へ向かうとなった途端に、先程まで浮かべていた表情を全て削ぎ落としたかのような真顔に変わる瞬間を見てしまった。まるで、今まで皆に向けていた顔は上辺だけの飾り物だったみたいな変化の仕方だった。
言い難い何かを感じて、背筋がゾッとしたのを皮切りに己は咄嗟の行動に出ていた。
「やっといっ主……っ!」
此方の呼び声がきちんと届いていたようで、反応を示した彼女が足を止めてくるりと振り返る。そうして此方を向いた時には、既に先程の陰ある顔は鳴りを潜めたみたくパッと切り替えられていた。
「おや、八丁君、どったの?」
声音も、先の陰など感じないものである。其処で気付いた。嗚呼、この人も自分と似た性質を持った人なんだと……。
二面性と称すと聞こえは悪いが、要はそういう事なのだろう。一人で居る時と誰かと居る時との顔を使い分けている。恐らく、生まれ持つものではなく、彼女が育ってきた環境の末身に付けた特性。自身を守る為に身に付けた防御本能に近いのだろう。
「特に用は無いんだけど〜……後学の為にも、もうちょい雇い主のお話聞いてたいなぁ〜って思いまして……! 雇い主さえ良ければ、お付き合い願えないかと!」
咄嗟の思い付きで口走った言葉は、訝しがられる事も無くすんなり受け入れられたようで。己の言葉に、一瞬キョトンとした表情を浮かべた彼女は、ぱちくりと瞬きを数回挟んだのちに快い返事を口にした。
「良いけど……俺の話っつっても、大して面白くもないと思うけど?」
「いやいや、そんな事無いって! 雇い主の話は意外と為になる事も多いからね! 広く浅く知識を持ってるのって、結構色々と役に立つんよ? 何事も無知より少しでも知ってる方が動きやすいじゃない? そういう意味では、雇い主が記憶してる雑学の知識も糧になるって事……!」
「成程。一理あるな」
「そーいう訳なんでっ、雇い主のお話もっと聞いてみたーい!」
「ははっ……まぁ、そういう事なら別に構わんよ。今残してる仕事終わらせてからが良いかな? ながらでも良いなら、仕事しながらの片手間に話す事も出来るけど」
「アッ、お仕事はお仕事できちんとして欲しいんで、邪魔にならないようにお手伝いしながら控えさせて頂きたく〜! 書類間違って提出とか言う事態起こっても大変だし? あっ、俺の事はお気になさらず! 仕事終わるまで近くで控えてるから、終わったら呼んで!」
「ふむ。ほいたら、お言葉に甘えて仕事片付けんのに集中しよっかね〜っ」
己の頭の回転が早くて助かった。こういう時、頭の回転の早さが役に立つ。己の取り柄がこんなところで役に立つとは、何事も馬鹿にはならないものだと思った。
すっかり本丸の主然として振る舞う彼女の後ろ背を見つめて、密かに眉根を潜める。古備前の兄さん方が言っていた通り、注意深く見ておく必要が有りそうだ。でないと、皆が陰で心配しているように、自分達の知らぬところで勝手に消えて居なくなるかもしれない。この本丸にまだ来たばかりの己でさえそう思えるのだから、余っ程である。
己の本能が告げている。彼女を、本当の意味で一人きりにしてはいけないという警鐘を……。
己は、ただの雇われ刀。戦争に勝つ為にと投入された、一武器であり戦力に過ぎない。一時的に雇われただけの傭兵。戦が終われば用済みになる。過ぎた感情を抱く行為は、仕事への支障を来すだけだ。自ずから自滅を図る行為は、即ちその雇い主側にも悪影響を及ぼす。慎まなければ。使われる刀で居なくては、何の為に実装許可を受けたのか分からなくなる。自制心を忘れるな。自分は、ただの雇われ刀。本丸の主に尽くすのが仕事だ。身分を弁えろ。己の存在意義を履き違えるな。
そうやって自身の中で渦巻く感情を御して、笑みを取り繕って笑う。彼女の負担になってはならない。ただでさえ、こんなにも細く脆い、今にも手折られそうな程にか弱い人なのだから。重くならない程度の気遣いを向けながら、様子を窺う。
大丈夫、さっきの暗い影はたぶん一時的なものだ。常時顔を取り繕うのは疲れるから、皆が心配しないようにと誰も居なくなったタイミングを図っての事だろう。自分だってそうだろう……? 例え、彼女が自身と似ているからと、余計な感情まで寄せて押し付けてはならない。飽く迄も、自分は本丸の一戦力の一振り。其れを忘れるな。
静かに仕事へと集中し始めた彼女の斜め後ろで控えながら、細かな雑務を手伝いこなしていく。主然とある時の彼女は、毅然としている。例え、其れが虚勢に過ぎずとも良いのだ。彼女を守る事も、自分達刀剣男士に任せられた仕事であり、務めなのだから。自分は自分の仕事をしつつ、他の刀達と同じように見守る。其れで十分な筈だ。だのに、胸の奥底に蟠るように燻る、この苦い感情は何なのだろう。まだ、人の身を得て浅い自身では分からない、名も付けられぬ感情である事だけは確かだった。
公開日:2023.07.10