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彼との縁に助けられたお話



 あの日、私は、救急車に運ばれた。
 偶々、姉が近くに居たから、私の様子が可笑しくなっている事に気付け、早めの発見に至り、救急搬送される運びとなったのだ。少しでも遅れていたら、最悪命に関わっていたかもしれない。何せ、全身が酷く硬直して痺れ、声をまともに発する事すら難しい状態に陥っていたのだから。運良く、姉の気紛れで私の居たすぐ近くの場所に居ただけ。でも、そのたった一つの出来事が運命の分かれ目だったのだろう。あの時、姉が近くに居なければ、屹度きっと誰にも気付いてもらえず、動く事も助けを呼ぶ事すら儘ならず三途の川を渡っていたかもしれない。二階に移動した際に、スマホは居間に置いてきてしまっていたから。

 後から聞いた話だ。
 あの日、あの時、姉はほんの気紛れで私の居たすぐ近くの場所へ移動した。何となくの感覚だったらしい。でも、そのお陰で私は助かったと言っても過言ではない。
 何故、姉があの時私のピンチに駆け付けれたのか。何かしらの意図が絡んでいるに違いないと思った時、ふと自分の本丸の子達の存在が頭を過った。過去にも、私が幾度と自決に走ろうと思考を定める度に、其れを止めるかのような出来事が重なっていた。もしかしなくとも、彼等の存在のお陰で私はまだこの世に繋ぎ留められているのではないか……?
 あの日、近侍を担当していたのは、大包平だった。理由は、私が居る環境を変える決意を表す為であった。夢の御告げがあった事も理由の一つだ。運ばれて暫くして容態が安定し始めた頃に、私は思った。彼等が姉をあの場所へ行くよう導いたのではないか、と……。初めこそ、“近侍の大包平の幸運値のお陰か〜”なんて風に考えていたが、ふと別の存在が頭を過ったのだ。其れは、同田貫正国の存在であった。
 上辺では、近侍の存在のお陰かと口にして笑っていたが、脳裏ではずっと彼の存在がチラついていたのだ。何故ならば、その日、具合を悪くする直前に彼をモチーフに作られた御守りのブレスレットを付けようとして、手首が荒れている事に気付いて外したからだ。手首に付けない代わりに、後でズボンのポケットにでも仕舞って持っていようと考えていたところだった。その矢先に、二階へ移動した際に具合を悪くし、そのまま救急搬送される流れとなった。
 救急車が来るまでの短い間、私は苦しい状態ながらもか細くしか出せない声を振り絞って必要になる物の在り処を姉に伝え、其れを持って来るように指示した。正直、あの時は、息をするのがやっとなくらいに苦しくて、意識を繋ぎ留めようと必死であった。過呼吸になっていた所為だと検査結果で知る事になるが、其れは一旦置いておくとして。その後、姉はすぐに荷物を纏め、病院へ付き添い人として同行した。緊急処置室から一般の検査室が並ぶフロアの処置室へと運ばれた先で、姉は告げる。私から指示された持ち物の他に、居間のテーブルに置いてきてしまっていたスマホや充電器を入れたポーチまでも諸々纏めて、私が普段お出掛け用で使っている鞄に詰めて持って来た事を。心配だったから、一応の念の為にとの意思で、その荷物の中に御守りのブレスレットまでも突っ込んで来たのだそう。その時はまだ状態が安定したばかりだった所為か、話半分にしか聞いておらず、完全に状態が落ち着くまで色々とあった為、当日中に動けるまで回復して帰宅に至るも御守りの所在は頭からすっかりすっぽ抜けていたのである。
 其れから数日が経過し、不意に御守りの存在が過り、最後に記憶にある場所を探したが、既に場所を移動した後なのだから当然其処には無いに決まっている。姉に言われていた事を忘れていた為だ。あのまま放置していたから、最悪失くしてしまったかもしれないと思った私は、暫くの間モヤモヤとしつつ、内心で落ち込んだ。もしかしたら、誰か見た覚えがあるかもしれない。そう思って、姉に御守りの事を訊ねてみた。そしたら、あっさり解決である。急いでいたが為に適当に鞄の中に突っ込んだ後は知らない、と。何もしていなければ、そのまま入ったままな筈じゃないか?――との指摘を受けて、私は初めて鞄の中身を隅々まで探してみた。そうして出てきた、彼をモチーフに作られた大切な御守り。其処で、私はずっと考えていた事に確信を持った。彼の存在のお陰で、私は今此処に居て生きていられるのだと……。

 夢かうつつか、私は一度彼に真名を名乗った覚えがある。どうしようもなくなった或日、お前にだけは覚えていて欲しいと託した時の事だ。あの夢かうつつか分からない世界で、私は――自身に何かあった時の為に、自身を呼び止める或いは引き戻す為に、と――彼に真名を預けた。其れだけの信頼を預けるに値する刀であったからだ。自本丸の刀剣等の中で、唯一私の真名を開示出来ると踏み、託した刃物じんぶつ。もし、あれが夢でなかったのだとしたら、彼と結んだ縁が回り回って今回の事に結び付いているのではないかとの憶測に辿り着く。
 夢女子であるが故の痛い妄想に過ぎないと思われても良い。でも、確かに彼との縁が無ければ、今の私は居ないのだ。妄想でも何でも良い。彼が居たから、姉が私の危機に気付けて、命が助かった。そう思ったって良いだろう。
 私は今も大事に御守りのブレスレットを持っている。何かあった時程、心の拠り所とする為に極力肌身離さず側に置いている。
 何時いつからだったか、私の視界には偶に黒い影みたいな存在が映り込む。気の所為かもしれないけれども、其れが彼であったなら、今回の事も腑に落ちると思うのだ。


執筆日:2023.07.12
公開日:2023.07.13