始まりは何て事は無い日常に転がる風景での事だった。
偶々、本当に偶々厨の近くに用があって通り掛かった折の事である。ふと穏やかな談笑をする声が耳に届いて、其処に
其れからというもの、それとなく流れ行く日常の風景を注意深く眺めていれば、やはり、何度と同じような場面に出会し、案外彼女は己が思っているよりも取っ付き易い御人だったのではないかと考えを改める事となる。
また、或時の話だ。何気無い、ほんの
そう……我が本丸の部領であり守るべき愛しき人の子である小鳥は、我々刀剣男士に対して些か警戒心が薄いのだ。いや、全く無いという訳では決してないのだが……如何せん、己の
私から見るに、彼女は宛ら愛玩動物のような感覚を覚えるのだ。そして、私は山鳥の名を冠する刀だ。己よりも小さく愛らしい小鳥の世話が焼けるという話があるのならば、食い付かない筈が無かった。だが、己は太刀として顕現している上に、男神故に身の丈も体格も女人の身である彼女からすれば脅威の対象として映り兼ねない。ついでに、同胞の姫鶴より、「アンタは思ってるより見た目厳ちくて怖そうに見えんだから、あんま怖がらせるような真似しない事だね」と有難い忠告をつい先日受けたばかりだ。気を付けるに越した事は無いだろう。
一先ず、恐怖感を抱かれないように接するにはどうするべきか、其れを学ぶ事にした。幸い、参考となる者達は周りに数多と溢れている。この時ばかりは、本丸という特殊空間に居る事を痛く感謝した。何気無く思っていた風景を凝らして見ると、実は己が知りたいと思っていた答えは近くに転がっているものと知るのだから。
見れば、作業の片手間に小腹の空き具合を察すると、側に居る者が其れとなく菓子の類を勧め、口元へ持っていくからそのまま口で迎えてしまっているようだ。半ば流れ作業のようでなくもない。親鳥が雛鳥へ給餌を行うが如く、周りの者達が彼女へ食べ物を口元へ運ぶ仕草を取れば、彼女は其れを欲するが儘受け入れ口を開いて待つ。此れを愛らしいと思わずして何としようか。
思えば、初めて目にした時の彼女が口にした物は大学芋だった。八つ刻の御八ツにと燭台切が拵えていた物である。その次に見た物は、万屋街で売っていた市販菓子の類で、棒状の生地に“チヨコレヰト”なる物が掛けられた洋菓子だ。この時は確か、粟田口派の若鳥である秋田藤四郎が小鳥の口へ運んでいた。大半は菓子類の物が多いように思えるが、偶に夕餉の手伝い等の際にその日のおかずとなる料理の味見と称してやはり餌付けされている光景を何度か見た。厨で見掛ける時は、その相手の多くが大概厨を牛耳る者達が多く見受けられるが、別段刀種毎に差がある訳でも無いらしい。まぁ、打刀以上となると、面と向かって“あ〜ん”をされるのは恥ずかしいとの言を零していたものの、結局はその者の手ずから食べているのが少々意地らしくもある。与える物は、彼女が嫌いでない限り何でも許されるという事だけでも分かれば十分だ。
次はその機会が訪れるのを待つだけとなるのだが……此れが意外にも案外早く訪れた。己に近侍の任が回ってきたのだ。早い話が、任が解かれるまでは小鳥の側仕えが出来るという事だ。つまりは、小鳥へ餌付けする機会がこんなにも早く訪れたのだ。私は嬉々としていそいそと小鳥の元へ参じた。そして、餌付け出来る機会を今か今かと待ち侘びた。
私が小鳥に対して餌付けする機会を伺っている事は、子猫を通じて我が鳥達には筒抜けである。よって、この度の近侍役には子猫が後方支援として背後に控えてくれている。気質が近いからか、はたまた単純に猫そのものを好く故かは分からぬが、小鳥は子猫に気を許しているように思える。恐らく、子猫自身が極める為の修業という研鑽を積んだ事もあるのだろう。小鳥は一見するとか弱き守られるだけの人の子の娘だが、その実は我が一文字一族の者達をも恐れず懐に入れ可愛がってくれるような剛胆さを兼ね備え持つ。其処にまた惹かれて止まないものなのだが……閑話休題。
――丁度、提出書類の締め切りが近いとの事で、八つ刻の頃が近付き休憩を挟もうかと提案するも、「その時間すらも惜しいから、すまんが作業の片手間に食べづらい物なら後で頂く事にするよ」とすげなく断られてしまった。然し、まだ策はある為、動揺はしない。何故ならば、そう言われるのを読んで予め作業の片手間でも食べ易い菓子類を用意していたからだ。故に、私は此処ぞとばかりに嬉々として提案する。
「そう言うだろうと思って、小鳥の好む菓子を用意したぞ。
「……うむ、何やよう分からんけども了解した。気遣いあざっす」
本当に集中しているのだろう。言葉節からも伝わる、今手を止めるのは惜しいとばかりに滲んだ様子に素直に応じて淡々と返された返事に頷く。なるべく作業の邪魔にならないようにと、この日の為に子猫と相談して選んだのは、最初から最後まで“チヨコレヰト”の詰まった棒状の菓子である。比較的安価で手に入る事から彼女の好む菓子の一つなのだと子猫より聞き、ならばと選んだ物だ。作業の片手間に与え易いし、仕事の邪魔にもならない、ついでに言えば難無く餌付け可能となる優れ物でもある。全ては、彼女が画面に集中して手元の
私は包装の封を開けて中身を一本取り出し、小鳥の口元へと運ぶ手前で子猫に目配せを送った。その意図を正しく受け取った子猫が小鳥の耳に届くように言葉を口にする。
「ほらよ、主が好きな●ッポだぜ。直接口に運んでやるから、そんまま口開けろにゃ」
「おー、あざーっす。助かるわ〜」
始めから己が言っては、恐らくこうはいとも容易く行かなかっただろう。然し、今は文字入力に集中している余り他の事への意識が緩んでいる模様だ。此れは好機である。この機を逃さず、私はもう一押しの一言を告げた。
「そら、君の望む甘味だ」
「んっ……あむ、んぐんぐ……。んぅ〜、うみゃいっ」
「そうか。其れは良かった。ならば、遠慮せず残りも食べると良い」
「チョコの甘さが美味え。糖分が疲れた脳味噌に沁み渡るんじゃあ〜〜〜っ」
手元に集中する余りその他の事が疎かになっている小鳥は、私の手ずから与えられたとは気付かずに無防備に口を開け、雛鳥宜しく餌付けを受け入れた。そして、平然とそのまま咀嚼し、次を口元へ運べば躊躇無くまた口を開いてみせる。この何と愛らしい事よ。堪らず笑みを抑え切れずに「ッふ、」と息を漏らしてしまった。其れがいけなかったのだろう。
私の漏らした吐息という反応が集中を欠いたのか、単純に気になったが故の事なのか、恐らくは何方共であろう。とうとう小鳥が此方を向いてしまった。そして、誰の手ずから物を食べていたのかの経緯を知ってしまった。
途端、ギシリと思考と動きを固めた小鳥。暫し沈黙の間が訪れるが、その短い沈黙を破ったのもまた小鳥自身であった。
「……えっ? な、ん……えっ?? 何? 今の今まで“あ〜ん”してくれてたの、全然気付かんかったけど、まさかのまさかでちょもさんやった…………?」
「見事にスルーしたまんまいつも通り食ってたから、てっきり受け入れた上での事なのかとばかりに思ってたにゃ」
「いやいやいや、そもそもがあのちょもさんが“あ〜ん”してくれてるとか普通思わんやんけッッッ!?」
「私もやってみたくなってな。試しにと挑戦してみたら、案外あっさりと私の手ずから食べてくれたので、私としては既に満足の結果と捉えている」
「にゃんてこったい!! お頭の御手を煩わせたと知られたら、日光さんに何て言われるかッ……!!」
「其処は安心してくれて構わない。我が翼へは事前に事の次第は通しており、私の意思によるものだと伝えているので何も心配は要らない。故に、小鳥は先程のように作業の片手間に甘味を堪能していてくれ。勿論、私の手ずからだが」
「既に話を通し済みとか用意周到過ぎんか、一文字?? まぁ、脳味噌疲れてて糖分摂取したいし、何なら疲労から多少なりとも頭の
「私自身が良しとするだけに非ず、私自ら小鳥へ給餌したいと思っているのだから、そう身構えずとも大丈夫だ。小鳥は只今お疲れモードで、我が本丸を束ねる長を労うという意味では、存分に甘えてくれて構わない」
「ふむ……? じゃあ、良い……のか??」
「私が許可しよう」
「そういう事なら、お言葉に甘えてあざーっす……?」
「大概主も雑というか何というか、にゃあ〜……っ。まぁ、お頭が満足そうにしてんならいっか」
そんなこんなな出来事を重ねて以来、私は度々小鳥へ愛の餌付けを施しに行く。
公開日:2023.10.15