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幕間:血の匂い



※やんやりとですが、肥前忠広と孫六兼元を一緒に組んで見られる回想・其の139『咆哮、遠く』のネタバレを含む内容となっておりますので、まだ未回収という方はご注意くださいませ。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。


 其れは、彼がまだ本丸に来て間もない頃の事であった。
「主人、ちょっと良いか……?」
「ハイハイ、何の御用で御座んしょ」
 廊下で偶々すれ違ったところを徐ろに呼び止められて振り向けば、嫌に鋭い面差しで以て腕を掴まれた。別に逃げも隠れもしないのに、用心深い事だこと。初めこそそう思って、彼が何の用があって呼び止めたのかの先を促す。すると、彼は眇めた浅葱の目はそのままに、腕を掴む手に一層力を込めてこう言った。
「今しがた、主人とすれ違った際に僅かながら血の匂いを感じ取ったのだが……アンタ、どっか怪我をしてるのか?」
「えっ? 何処も怪我なんてしてないけど……」
「とぼけても無駄だぞ。俺は人斬りの刀であったが故、血の匂いには敏感でな……。正直に言えば悪いようにはしない」
「いや、本当マジで怪我はしてないんだけど……っ。其れ以外で血の匂いって………………あっ、」
 一つだけ思い当たる節があって、その事に頭が行き着いた途端、とてつもなく居心地の悪さを覚えて明後日の方向へ視線を背けた。其れが悪かったのだろう。殊更腕を掴むのに力を込めてグッと顔を寄せて攻め寄ってきた彼は言う。
「どうやら身に覚えがあるようじゃないか。素直に白状したら、何もしないで居よう。さぁ、吐け」
「分かった、分かった! 正直に話すから圧掛けるのやめて……ッ!! あと、顔近い!!」
「分かったのなら良い。……全て吐くまで逃げるなよ?」
「逃げも隠れもしねぇから一旦落ち着け! あと、この手も離して!! 地味に痛ェ……ッ!!」
「……言質は取ったからな」
 分かりやすく痛がる様子を見せれば、納得したのか。拘束の手を離してくれた。思い切り掴まれていた腕は、手加減をされていたとは言え、其処はただの人間と刀剣男士だ。力の差は歴然である。おまけに審神者は女の身だ。男の手に掛かれば一溜まりもない。
 一先ず、解放された事への安堵の溜め息をいた審神者は、気まずげなのを隠さない様子で口を開く。
「えーっと……取り敢えず、君が目敏くも血の匂いを嗅ぎ付けた事は素直に賞賛しよう。だが、この時ばかりはちと間が悪かったというか何というか……兎に角、君の心配には及ばないので、先んじて言っておく。勘違いさせるような言動を取って悪かった。でも、俺の口から直接説明するのも野暮というか……ぶっちゃけ恥ずかしい事この上ない事に面倒なので、専門の方々に代理してもらおうと思います。宜しいかね……?」
「は……? 一体どういうつもりで……、」
「薬研藤四郎及び粟田口短刀の皆さーん、もしくは其れに準ずる元姫君の短刀だった方々ぁーっ、ちょいとご協力お願いしたいので集合ぉーっ!」
 怪訝な表情で再び鋭い面差しを向けて言い募ろうとしたのを遮り、軽く両の手を叩いて集合合図を鳴らして必要となる刃員じんいんを募った。忽ち、何処からともなくわらわらと集まってきた童姿の短刀達が姿を現す。
「お呼びかい、大将?」
「あぁ、突然呼び付けてすまんね。最近イベント続きで何かとドタバタしてたもんで、新刃教育課程で必要な事を伝えとくのを忘れていたらしくてな。悪いが、手が空いてる子達を集めて、彼に保健体育の授業頼んでも良いかい? 俺の口から直接話しても良いが……その、ね……っ」
「おっと、ソイツぁ察してやれずにすまねぇ。というか、俺達もすっかり忘れてたわ。新刃入隊は石田の旦那以来だったもんな。石田の旦那には日向も京極の奴も付いてっから、説明するのに事欠かなかっただろうし、俺達が出る幕でもなかったが……孫六の旦那は打刀だし、接点のある刀でその手に詳しい奴も居ねぇから、そうも行かないもんなぁ。そう考えると、新刃教育がてら保健体育の講義をまともに開いたのは……八丁の旦那以来か。無骨の旦那には不動が付いてたしな。よし、大体事情は分かったぜ。そういう事なら、俺達に任せときな」
「流石薬研。端的説明だけで把握してもらえて助かるよ」
「いや、何。伊達に五年以上もアンタと黎明期から一緒に居ないからな。多少の事ならちょいと持ち出された単語で分からん事もない。其れに、俺は大将の自慢の初泥刀だしな? 些細な面倒事くらいなら気安く請け負うさ」
「有難う薬研〜マジ感謝ッ」
「ははっ。まぁ、此ればっかりは大将が女で生まれたが故の定めというか、難儀な宿命だよな」
「とりま、薬研を中心にいつもの感じで宜しくおなしゃす……っ」
「応、任せときな! 孫六の旦那には、俺達がきっちり叩き込んでいてやらぁ!」
 いきなり集められたにも関わらず、ナチュラルな会話を目の前で繰り広げられた彼は置いてけぼりにされたのか。鋭い面差しはそのままに憮然とした態度のまま口を開いた。
「おい、俺を置いて勝手に話を進めるな。あと、血の匂いの原因についての究明がまだなんだが……っ」
「その件については、大将に代わって俺から説明してやるから、一旦その殺気引っ込めな。なぁに、話を聞きゃあ大将が何故代理を立ててまで説明させたかの理由が分かるからよ。こっからは俺達短刀ズに付いてきな。次同じ事をやらかさねぇよう、みっちり叩き込んでやるから覚悟しとけ」
「お、おいっ……俺はこれから一体何をされるんだ!?」
「単なる人体についての必要事項を学ばせる為の講義受けるだけだよ。俺はこの後も仕事詰まってるし、講義に時間割く程時間的余裕も体力的余裕も残ってないんでね。すまんが、少しの間拘束されるのについては我慢しとくれや。んじゃ、頑張って〜」
「主人……っ!!」
「ささっ、主君は早くお部屋に戻りましょうか。この季節の風は、主君のお体に障りますから」
「雑用でも何でも、側仕えの事なら僕達にお任せくださいね!」
「はいはーいっ! 孫六さんは僕達と一緒にお勉強会のお時間ですよ〜! 主君の為にも、しっかり覚えて帰ってくださいね!」
「一体何だってんだ、クソ……ッ!」
 自分よりも先輩刀の、おまけに極短刀達に意味も分からず寄って集られて困惑気味の彼の口から罵倒が漏れ出た。其れを背中へと受けながら自室へと引っ込んだ審神者は、精々女の面倒臭く辛い定めをまざまざと思い知るが良いと思った。


 ――次の日。
 変わらず月のもの期間中故に気怠い体を引き摺って通路を歩いていたらば。昨日のデジャヴか。前方から例の新刃刀の姿がやって来るではないか。そのまま何事も無くすれ違うつもりで歩みを進めていたら、あと一・二メートル程の距離に迫ったところで、ふと彼が立ち止まって此方へ気遣わしげな視線を向けた。
「主人……昨日は、出会い頭に不躾な物言いをして悪かった……。まさか、血の匂いの正体が女人の身で言うところの“月のもの”だったとは思わなくてな……。察しの悪さに気を悪くしただろう? わざわざ言いづらい事を口にさせようとして、申し訳なかった。この通りだ……ッ」
「ぇ゙ッ……いやいや、そんな謝られるような事されてないから! 頭上げて……っ!!」
「しかし、気分を害したのは事実だろう……?」
「そりゃ……確かに“また、この手の問題にぶち当たったかぁ〜”とは思わなくもなかったけども……。此ればっかしは女として生まれた宿命だからなぁ。今更なこって」
「だが、知らなかった事とは言え、無礼を働いたのは事実だ。誠に申し訳なかった」
「もう良いって……っ。女の生理問題云々は、今も昔も変わらず難儀な話だからしゃーないとして許すよ。昨日、あの後、薬研達からみっちり教え込まれたんだろう? だったら、俺からは特に何も言う事は無いよ」
 どうやら、予想していた通り、講義の最中きっかり絞られたらしい。見るからに昨日の威勢は何処にも無かった。申し訳なさそうに下げていた頭を上げた彼は、姿勢を戻しながら一つ言葉を零した。
「昨日、起き抜けに見たアンタの顔がやけに白けていたのは、月のものの所為で貧血気味だったからなんだな……。本当にすまん。無知とは恐ろしいもんだね」
「その様子だと、乱ちゃん辺りにキツく言われたかい……?」
「誰という個刃にというより、講義を開催してくださった皆様方から、かな……?」
「ははっ。俺の刀達は強いだろう? 今度手合せで一戦交えてみると良い。予想するまでもなく、コテンパンにぶちのめされるだろうぜ」
「おいおい、冗談抜かせ……っ。あんな恐ろしい御仁等と死合いするなんざ、生きて帰れる気がしない……! 俺はまだまだ折れたくはないぞ!! 折角せっかく人の身を得られたんだ! 其れなりに愉しみたい……ッ!!」
「おや、其れは其れで愉快。面白そうだから、今度改めて組んでみようか」
「勘弁してくれ、主人……! 昨日だけでも何度折れるかと思った事か……ッ!!」
「おお、其れは御愁傷様でした。先輩方に扱かれて、一段と強くなって良かったじゃないか」
 売り言葉に買い言葉。軽口を叩いてニヒルな笑みを浮かべ、クツクツと喉を鳴らして笑えば、気まずげな顔に戻った彼が不貞腐れたように口先を尖らせた。
「主人も人が悪いな……っ。俺が嫌がると知っていてわざと揶揄からかってくるとは……」
「ふふふっ。揶揄い程度で怒りの矛先を鎮めたんだ。此れくらいは大目に見てくれないと困る。君には、これからウチの戦力として本格的に活躍して頂くんでね。末永く宜しく頼むよ」
「全く……アンタも大概食えない御仁だな。まっ、用心棒は稼ぎが良いんでね。肩慣らしも終わった事だし、精々稼がせてもらうとしようか」
 面構えの変わった様子を見守って、審神者は特が付いて良い顔をするようになったなと思った。口に出すのは野暮に思えて敢えて言わなかったが。
 話が一区切りしたところで、審神者は目的地へと歩みを再開しようと歩き出した。すると、何故か彼まで後ろを付いてくる様子を見せたので、立ち止まって背後を振り返り見て言う。
「あの、まだ何か用で……?」
「いや? 用は何も無いが、今日は非番で暇を持て余しているんでね。用心棒らしく、アンタが向かう方向に付いて行くとしよう」
「いや……別にわざわざ付いて来なくても良いんだけど……っ」
「そんなつれない事を言うなよ。月のもので体が辛かろう主人を気遣っての事だよ」
「胡散臭い……」
「こりゃ失敬」
 あからさまな胡散臭さを匂わせての発言に顔を顰めて見つめ返せば、所在無さげに両手を上げた彼が苦い笑みを浮かべて笑う。一応、昨日の今日故に何かしらで挽回したいらしい。そういう事ならば、下心の見える胡散臭さにも目を瞑るとしよう。
「……付いて来るのは構わないけど、仕事の邪魔はしないでね」
「ハイハイ、心得てますよっと」
「今から行く処、君と因縁のある刀が居ると思うけど……喧嘩売らない事。約束守れたら、付いて来る事認めてあげる」
「承知したよ」
「……今のよくよく覚えたからな。二言は聞かんぞ」
 そう前置きを告げて、文土佐組の部屋を目指して歩く。何も知らない気付かない男は、機嫌良さげに鼻歌でも口ずさみそうな調子で後ろを付いて回る。女だてらに本丸の指揮を執り仕切るのが物珍しいのだろう。其れも今の内だけ。その内慣れる事だろうが。
 そうこう歩く内に、あっという間に目的地へと辿り着く。審神者は一言入室の断りを口にして仕切り戸を開いた。
「失礼しまーす。頼んでた資料受け取りに来たよ〜」
「おや、いらっしゃい。待っていたよ。頼まれていた資料は此処に。新刃君を連れて来るとは、君もなかなかに面白い事を考えたものだね」
「先生……使ったモンはちゃんと元の位置に戻せってあれ程……って、――ゲッ!! 何で此奴が此処に居んだよ!?」
「成程。此処はお前の部屋だったのか」
「孫六さんは暇してるからって事で用心棒がてら引っ付いて来ただけだから、あんま気にしないでくれ」
「普通に気にするわ!! アンタ、よくこんな奴を平然とした顔で連れ回せるな……ッ!?」
「うん? 今、何やら聞き捨てならない事を言われたか? 売られた喧嘩は買うぞ? どうする、人斬り仲間さんよ」
「会って即約束破ろうとすな、この脳筋めが。単細胞なのも治安の悪さ発揮するのも俺だけにして」
「あでッ……手厳しいねぇ」
 因縁の刀こと肥前忠広と顔を会わせるなり喧嘩を吹っかけようとした彼の二の腕を裏拳で小突いて制す。全く油断も隙も無い刀だ。大して痛くも痒くも無かろうに大袈裟な反応を取ってみせた彼が、愉悦的な笑みを浮かべて笑う。
「ウチの新刃がすまんね。後でよぉく言い聞かせとくから、今日のところは大目に見てやってくだせぇや」
「ふふっ、君も忙しいね。新刃が参入する度に教育の方面にも手を割かねばならないとは」
「審神者になったら付き物だろ。今更そんな程度の事でグダグダ言わんさ。あと……俺から言わせてもらえば、刀その物自体が人斬る前提で作られたモンだ。人斬りが何だとかで一々ビビったりしねぇーから、肥前君もいい加減その辺開き直ったら? 確かに、君は元特命調査の先行調査員であり元政府刀という点においては、他の子達と異なる参入の仕方だったかもしれない。でも、今は俺の刀だろう? 分かったら、ウジウジしてねぇーでまんばちゃんみたく割り切れ。あと、新刃如きの安易な挑発に煽られてんじゃないよ。本丸においての顕現序列は君のが先輩だろう? もっとしっかりしな」
「……別に、そういう意味で悩んでるんじゃねぇーよ……っ」
「まぁ……抱えるものは、それぞれで異なるからね。その葛藤すらも君足り得る為に必要なんだろう。だったら、いっその事全部飲み込んでしまえ。以蔵さんは俺の推しメンだから、今更人斬りだろうと何だろうと脅されようが驚きはせんぞ。寧ろ、ヲタクとしては滾る要素にしかならん」
「おい、ちょっと待て。今の会話、何か急に話の方向性変わっただろ?」
「あれ、そう思うかい? 俺は別に話を変えたつもりは無かったが……?」
「……調子狂うぜ、ったく……。俺みたいな奴に構うとは、物好きだなアンタも」
「多少頭イカれてないと、この業界生き残れないんでね。ふふっ……肥前君は良い子よ。いつも俺の為に頑張ってくれて有難うね。おもに、朝尊さんの監督兼保護者役として」
「先生については、まぁ……俺が好きで面倒見てるから良いんだけどよ……」
「ほぉ……こりゃたまげた。本当に飼い慣らされてるとは……あの番犬の牙を此処まで削ぐとは、逆に興味深い」
「孫六さん」
 一度ひとたび会話を交わしてみせていれば、此れまた余計な事を言わんとして口を開いた彼がまたもや煽る口調で物を言った。直ぐ様、ピリ付いた空気に、分かりやすい咎めとして名前を呼んだ。此れを意に介さなかったらしい彼は、愉悦の滲んだ顔でせせら笑う。
「言葉の通りだろう。主人の番犬を務める奴は、今や殺気の足りない犬っころと化している。刃の冴えを失えば、ソイツは武器としちゃあ鈍らと変わらんだろう?」
「口を慎めよ、新刃。……喧嘩売るなって最初に約束しただろう?」
「今の程度で喧嘩と称するには、安過ぎるぞ主人や」
「お前が決める事じゃない。あまり調子こくと痛い目見るぞ、孫六兼元」
「ッ……!」
 語気を強めて殺気を向ければ、息を呑んだ彼が思わず口を噤んだのを気配で察した。全く、こうまでしないと言う事を聞かないとは困った新刃だ。行く行くは大物と成り得るのだろうが、今はまだただの駄々っ子にしか過ぎない。
 一先ず、この場を収めて、当初の目的は果たしたと踵を返そうとして――ぐらり、傾いた視界に息を詰めて踏み留まった。すぐに察した様子の肥前が側まで駆け寄り、顔色を覗き込んでくる。
「おいッ……アンタ酷い顔色だぞ……! 無理すんな!」
「眩暈でも起こしたかね? 其れはいけないな……すぐには動かず、まずは落ち着くのを待とうか。肥前君、念の為に薬研君と実休君を連れて来てもらえるかい? 僕達は専門外だから、薬の事に詳しい彼等の方がまだ適任だろう」
「分かった。すぐに呼んでくるから、先生は此奴がこっから動かねぇよう見張っててくれ……!」
「ちょっと眩暈起こしただけに大袈裟な……っ」
「アンタが倒れたりなんかしたら元も子もねぇだろうが!! 大人しく言う事聞いて座るか横になってろ……っ!! テメェも呆けてねぇで主の看護手伝え!!」
「えッ、あ、俺もか??」
「当たり前ェだろ!? 何腑抜けた面して阿呆みてぇーな事抜かしてやがる……! テメェも主の刀なら、自分の主人の体調くらい気遣えるようになれってんだ!! クソッ……!!」
 ほんのちょっとふらついただけでコレなのだから、世話無い。まぁ、心配してもらえる内が花とも言うが。月のものの重さがこんな形で現れるとは思うまい。偶々、今月は前回と比べて初日から三日までの間が重い方だっただけなのだが。男の身でしか顕現しない彼等には分からないか。
 明らかに血の足りない顔色をして勧められるまま座り込めば、下腹部と腰辺りへドッと鈍い重みが纏わり付いて、思わず呻いてしまった。反射で床へ両手を付き、ガリリと畳の目に爪を立てるが、気休めにしかならない。無意識に寄る眉根に事態の深刻さを把握したらしき彼が動く。
「すまない、ちょっと触れるぞ……っ」
「んぇっ……? な、に……っ」
 ツキツキと襲い来る下腹部の痛みを遣り過ごそうと考えていたらば、不意に体を支えるようにして触れてきた彼の手が、優しく体を横たわらせてくれた。そのまま、利き手は腰の辺りを支えたまま、気遣わしげな目で此方を覗き込んでくる。
「痛むんだろう? 昨日の勉強会で、こういう時の場合は横にならせた方が楽になると聞き及んだんでな。勝手ながら体勢を変えさせてもらったが……どうだ? 少しは楽になったか?」
「え……アッハイ……有難うございます……?」
「偉そうな口を叩きながらこのザマなんだから、嘲笑われても無理はないな……。側に付いておきながら気付かずすまなかった」
「嘲笑ったりなんかしないよ。此ればっかりは、女同士でも分かり合えない事だってあるんだから……男の身である君達なら更々分かりっこないだろう」
「だが、主人が体調優れないまま押して仕事をこなそうとしていたところに、余計な心労を掛けたのは事実だろう? 本当に悪かったよ。理解したつもりで居て、結局は本当の意味での理解はしていなかったんだから。毎月こんな辛いものと向き合えるとは、女人は強いな……」
「そうでなきゃ、子供なんか産めませんからね……」
「ははっ、確かに其れは言えてるな」
「……まぁ、俺は子供産む予定も結婚する予定もありませんけど」
「其れは……、」
 何言かを彼が言いかけたところで、召集を受けた二振りが肥前と共に戻ってきた。忽ち、室内は騒がしくなる。専門医として呼ばれた二振りの圧に押し負けた孫六は、静かにそっと下がり、壁際の方へと控えた。
 肥前に呼ばれて来た二振りは、審神者の状態を見るや否や、重症と判断したらしく、テキパキと往診準備に掛かる。
「肥前の旦那に呼ばれて来たが、眩暈起こしちまったって? 大将、昨晩ちゃんと眠れたのか……?」
「貧血かな……顔色が優れないね。無理はいけないよ。体温が少し低過ぎるみたいだから、体を温める物を用意しよう」
「気圧の変動でも大将の身には障るからな……。ちっと腹の下と腰診るのに触るからな」
「イ゙ッ! ッ〜……!!」
「すまん、力加減ミスった」
「もう、何か色々と頭ごちゃごちゃとしてきて泣きそう……っ」
「おや。精神的にも限界が来てしまったかね? 大丈夫だよ。君はいつも我々を思って努力を重ね頑張ってくれている。僕達はその頑張りをちゃんと見ているよ」
「月のものの最中はいつも通りで居られないから、心が弱りやすいものね……。君は、今まで辛くても我慢してきたんだね。偉いね。でも、今は我慢しなくても良いんだよ? 僕達は君が無理をして体を壊す事の方が悲しいし、辛い……。だから、どうかこれ以上の無理は重ねないで、辛い時は辛いって言って良いんだ」
「ぅ゙えっ……実休ざぁん……ッ」
「あーあ……今のが主の涙腺刺激しちまったみてぇだな」
 お察しの通り、今の台詞がトドメとなって涙腺のダムが決壊した。止めようと思っても、一度溢れてしまうのを許してしまった涙は、容易には止まってくれない。次々に新しい涙が伝って濡れた部分が気持ち悪くて、鼻を啜る。そうすれば、慣れた手付きであやす薬研が優しい口調で言葉をくれた。
「おーおー、大丈夫だからな大将。こんな事ぐれぇで嫌いになんかなったりしねぇから。アンタは泣くより笑っていてくれや」
「ふえぇ゙……っ、今その口説き文句は逆効果やぁ゙〜……グスンッ」
「泣いた顔も可愛らしいけれど、僕は君の笑った顔の方が好きだなぁ。だから、笑って?」
「ねぇ、怒涛の責め苦何なの?? 長船の光忠は皆そういうテイストなの?? 俺を悶え死にさせたいの?? 頼むから勘弁してくれよぉ〜……っ。出来ればそっとしておいてぇ゙〜っ」
「やなこった」
「俺も同感。下手に放置して勝手に死なれる方が、寝覚め悪くて嫌だね」
「過保護ぉ゙……っ!」
「一度やらかした事のある前科持ちの君に言われてもねぇ。僕は庇ってあげられないよ」
「朝尊さんまでも俺を見捨てるのか……っ!」
「おい、其処の新刃。此奴の事、よくよく見とけよ。じゃねーと、何やらかすか分かったもんじゃねーからなぁ。自分の知らねぇ処で勝手に死なれたくなかったら、用心棒らしくちゃんと責任持って見張っとけよ」
「肥前君……! 余計な事は吹き込まなくてヨロシね!!」
「はッ、何処が余計だよ。アンタを本当の意味で守る為なら、必要な事だろうが」
「に゙ぃ゙ーッ!」
 最早情緒はぐちゃぐちゃである。奇声を上げて反抗の意思を示すも何処吹く風。不覚にも泣き顔を曝す額にデコピンを食らい、痛みから余計に涙目となった。
 血の匂いに敏感である彼は、一歩離れた処から様子を窺っていた。新参者が立ち入るべきでないと空気を読んでの事だろう。
 ひとりだけ輪から外れるようにして佇む彼の事が気に掛かった審神者は、情けない面を下げながらも、ちょいちょいと手招きした。其れを察した孫六は、静かに傍らへと近寄り、腰を屈めて視点を合わせて口を開く。
「どうした、主人……? 俺に何か用かい?」
「孫六さんには申し訳ないんだけど……今暫く辛い波が引くまでお手々握らせてもらってても良いですか?」
「俺の手なんかで良いのかい?」
「孫六さんの手が良いんです……駄目?」
「……主人の仰せとあらば、気が済むまで好きにしたら良いさ」
「へへっ……有難う孫六さん。無理言って御免ね」
「いや……弱ってるアンタの力になれるのなら、手くらい幾らでも貸してやるよ。早く善くなると良いな」
「うん……。重いのが過ぎたら、多少はマシになる筈だから……」
「まぁ、大将の場合、生理前後一週間は漏れ無く体調安定しないけどな」
「うぐふッ……其れは今言わなくてもいくない?」
「大事な事だからな。伝えておくに越した事は無い」
「薬研て案外スパルタよね……。ぅ゙ッ……ズキズキ来たぁ゙…………ッ」
「大丈夫か……? って、全然大丈夫な訳ないよな……」
「全然ダイジョバナイですッ……! ふぎゅぅ゙……女辞めたい……いっそ人間辞めたい……生きてるの辛い」
「生きろ。アンタは美しい」
「其れ、●シタカの台詞やん……もののけ●パロかよ……皆●ブリ好きね」
 くだらない冗談で笑えるくらいの余裕は残っているのが、まだ救いか。生き辛くなった世の中でも懸命に生きようとする人の子の強さに触れて、また一つ彼は人という生き物の愛しさを知る。


執筆日:2023.12.03
公開日:2023.12.04