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言祝ぎと祝砲



※尚、作中の一部に、Log漆にて収録掲載中の八丁念仏掌編『傭兵育ちの矜持と執着』と繋がるような内容を含みます。
※一応、単体でも読めます。
※以上を踏まえて、どうぞ。


 其れは、唐突にもたらされた話であった。
「えっっっ。今日って、雇い主の誕生日だったの……?」
「うん、そうだよ。この歳で改まって祝われる程の事でもないから、基本的には慎ましくちょこっと皆から其れとな〜く御祝いの言葉を貰いつつ、いつも通りに過ごすけどね。絶賛連隊戦で忙しいのもあるし……。まぁ、周年記念の時程豪勢な物ではないけども、一応御馳走が食べられたりはするかな? 個人的には、好きな物盛り沢山の祝宴な夕餉の時間よりも、何よりもの楽しみはあつきお手製のケーキかな……っ。あつきが来てからというもの、毎年楽しみにしてるからね。イコール審神者なったその年からずっと祝って貰ってるって事になるんだけども。今年も密かな楽しみにゃのです……!」
「ねぇ、待って?? そんな普通にサラッと流しちゃうとこなの、今の……っ。俺、今日まで何も聞かされてなかったし、何も用意してなかったんですけど……!!」
「あ、そっか。昨年来たばかりの八丁君からしたら、俺の誕生日の日を迎えるのは初めてかぁ。其れもそうだよな。今思えば、八丁君が来たのって、俺の誕生日過ぎた後の事だったし……。此れは伝えそびれておって、すまなんだや」
「いやいや、本来謝るべきなの俺の方だからっ! 何で雇い主のが謝ってんの……!! しっかりしてっ!!」
 偶々厨組が話していた話題を通りすがりに聞いてしまった事が切っ掛けで知った事実である。本日、旧暦の睦月こと一月の十三日は、我が本丸の主たる審神者の誕生を祝う日らしい。審神者本人は、ただ一つ歳を重ねるというだけの認識故に、其処まで重きを置いていないようだが。祝われる事自体は嬉しいようで、重きを置かないと言いつつも、通りすがりの面々に口々に祝われては照れ臭そうにはにかんだ笑みを浮かべて言葉短めに返事を返していた。
「いやぁ〜、今年は所謂“十三日の金曜日”ではないから其れだけで何だか嬉しく思うわ〜」
「何、その気になるワード……?」
「“十三日の金曜日”とは、英語圏の国や独国、仏国等で言うところの不吉な日とされる日なのだよ」
「何ソレ、地味に怖いんですけどっ! ちなみに、その由来は……?」
「諸説あるけども、“十三日の金曜日”ってのは、イエス・キリストが磔刑に処されたのが十三日の金曜日だったんで、クリスチャンの人等が“忌むべき日だ”って考え始めたのが始まりらしい。あとは、元々忌むべき数字とされる事も理由に含まれるっぽい。忌むべき数字とされる理由については、キリストの最後の晩餐に十三人の者が居たからだとか。其れ以外の話だと……創作物且つホラー物で有名な米国映画『Friday the 13th/13日の金曜日』とかだな。マスク被った殺人鬼がチェンソー振り回しながら襲って来る話なんだそう。某ホラゲー実況見た関連で興味はあれども、他で忙しいからまだ見れてなくってだな。まぁ、今挙げた事が元となったかは知らんが、“十三日の金曜日”とは不吉な日として広く有名で、本場じゃ“この日は不要な外出は控えよう”とかって用心したりするんだとか。今やおもにホラゲーやハロウィンのネタにされてる話なんだがな」
「控えめに言って不吉なんだけど。思ったよりも物騒な話で吃驚するじゃん」
「何か御免。昨年度は、星回り上“十三日の金曜日”が誕生日だったから、何となく喜びも半減したよね。まぁ、飽く迄もコレ、外つ国のお話だし、日本ではあまり関係の無い話だがな。其れでも、地味に気になるじゃん? その年に回ってきた自分の生まれた日が、運の悪い事に外つ国で不吉な数字とされる日とされたら。俺、普通に嫌なんだけど……」
「たぶん、雇い主じゃなくても嫌だと思うよ、ソレ……っ。俺、まだその時は居なかったけども、昨年の同じ日が何か微妙に残念だったんだな〜って事だけは分かったよ」
 一先ず、今年度の誕生日は純粋に喜ばしく思えるようで何よりである。
 昨年の今頃はまだ鋼の塊ですらなかった頃なので不思議な感覚だが、自分のつかえる主人格の者が誕生した日とあらば、何かしら祝いの品を用意すべきであろう。すぐに用意出来る物として真っ先に思い浮かんだのが、先日の正月の期間中に記念として祝砲を上げた事であった。
 八丁念仏は、自分のすぐ隣の――頭一個分から二個分程下にある審神者の旋毛を見下ろして、告げる。
「ねぇ、雇い主。俺、今初めて知ったから、特別な物は何も贈れないけどもさ……っ。先日上げた祝砲で良かったら、また打ち上げよっか? 流石に、今回の火薬を雇い主のツケにするのは憚られるから、自分の給料分から差し引いてもらう予定だけど」
「おっ、良いねぇ。この間見せてもらったばっかだけども、結構面白かったんだよね、アレ。八丁君さえ良ければ、もう一度見せて欲しいな」
「自分から言っといてアレなんだけど……本当に祝砲なんかが御祝いで良いの?」
「其処に俺を祝いたいという気持ちが込められてるんだったら、何だって嬉しいさ。別に、“おめでとう”って一言貰えるだけでも普通に嬉しいから、贈り物なんか無くたって良いんだよ?」
「う〜ん……っ。其れだと、何か俺自身が納得行かないから……何かしらを形として贈りたい、です……っ! 駄目ですか……?」
「いんにゃ。寧ろ、そうやって尽くしてくれようとしてくれる事自体が嬉しいよ。有難うね、八丁君。俺としては、君がこうして側に居てくれるだけで十分に嬉しいんだがね」
「えぇ……っ、其れだといつもと変わんないじゃん……っ」
「八丁君は律儀な真面目さんだなぁ〜。ふふっ、今時其処まで尽くしてくれようとするヒト、あんまり居ないから何だか擽ったいね」
 そう言ってくふり、淡く含み笑みを漏らす彼女の表情は明るいものだ。存外、彼女も己の誕生日という事で年甲斐もなく浮かれているのかもしれない。何処か鼻歌すら浮かぶような雰囲気に釣られて、此方も嬉しくなってきそうである。
折角せっかくの機会だから、祝砲以外で何か希望があるなら善処するよっ!」
「そう? じゃあ、お得意の馬上筒見せてく〜ださいっ!」
「ちょっ……雇い主ってば、俺がまだ下手っぴな腕前なの知ってて言ってるでしょ……っ? もうっ、イジワルなんだから〜」
「ふふふっ。意地悪してるつもりはないよ。俺は、ただ、何かを夢中で頑張ってる君の姿が見たくなっただけさね。其れを意地悪と言われちゃあ悲しいなぁ〜」
「えっ? あっ、ごめ……っ!」
「ふふっ、本気で悲しい訳じゃないから気にしないで」
 のらりくらりと躱すような言い回しに、ムッと頬を膨らませた彼は宣う。
「俺の事弄ぶの禁止って言ったの忘れたんかなぁ?」
「はははっ。忘れちゃいないし、最近の事なのもあってしっかりと覚えてるから、安心おしよ」
「本当なんかなぁ……? いまいち信用ならないんだけどっ。だって、雇い主ったら忘れっぽいんだもの」
「流石に、念を押されて言い含められた事は早々に忘れたりなどせんよ」
 相変わらずの見た目にそぐわぬ古臭い言い回しに、溜め息を吐き出して溜飲を下げる。
「忘れてないんだったら……俺が雇い主の事、本気で狙ってるんだって証明してみせてもオッケだったりします?」
「えっ……」
 完全不意打ちに落とされた言葉だったのだろう。ポカン……ッ、と間の抜けた顔を曝して見上げてきた彼女へ、真剣な色を乗せた眼差しを投げる。途端、開きっぱなになっていた口元をキュッと引き結んで、おまけに眉間の皺まで寄せて何かに悶え堪えるような表情を作った。直後、あからさまに視線を逸らされて、「おや……?」と思っている内にその反応の理由を教えてくれた。
「……不意打ちでそういう事言うの、反則なんよ……っ」
「あれっ。今の、意外と響いちゃった感じ……?」
「んぎゅッ……すまんけど、今はこっち見にゃいで。恥ずかしいから……っ」
「え〜、折角せっかく可愛いんだからもっと見せてよ」
「普通に恥ずかしいから無理です! お願ェしやす……ッ!!」
「ちぇっ……しょうがないなぁ。じゃあ、今は此れだけで許しといてあげるっ」
「へぇん……っ?」
 隙の多い彼女の腕を取って、前髪越しの額にちゅっ、と軽く口付けを落とした。すると、忽ち顔を真っ赤に染め上げてわなわなと震え出すのだから、愛らしくて仕方ない。恋に奥手な彼女には、此れくらいの接触ですら初々しい反応を寄越すから堪らなく愛おしい。もっと刺激的で過激且つ濃密な攻め方をしようと考えなくもないが、いきなりそんなに攻めては慣れない彼女から反対に嫌われてしまうかもしれない。其れだけは避けたいところだ。
 額へ直接的ではなく、前髪というクッションを挟んだ上での口付けにしたのは敢えてだ。飽く迄も直接的でなかった事に対しても、己が恋愛対象として捉えられるという事自体に慣れていないのか、初心うぶらしい反応をくれる。其れが愛らしくて、照れて赤くなる彼女をまた一目見たくなってしまう。男として、すっかり本気になってしまっている証拠である。
 濃く深い青の瞳に明らかな熱情を宿して、微笑む。
「今日は雇い主の生誕日っていう目出度い日だからさ……祝砲以外にもう一つ、今すぐに用意出来る贈り物、贈っても良いですか?」
「み°ッ………………今の八丁君、控えめに言ってセンシティブです……ッ。目が、目がぁ……!」
「ハイハイ、隠さない隠さない〜っ」
「待って、頼むから待って、お願いします、主の耐性値が限界を訴えてるからァ……ッ!!」
「ほら、勝手にお顔ナイナイしないの〜っ。あんまり可愛い事しちゃうと……犯すよ?」
「ぴえん! 急な雄み出して来ないで!! キュートからの突然のセクシーは落差で主死んじゃう……ッ!! ギャップ萌えしんど過ぎて漏れ無く墓入りしちゃいますッッッ!!」
「其れって、所謂“キュン死”ってヤツ……? という事は、現在進行形で雇い主は俺にときめいてくれてるって事かぁ……。へぇ〜……其れって、俺に言って良かったん?」
「アッ…………」
 自ら墓穴を掘って自爆した審神者は一瞬思考停止したのちに、スンッ……と悟りを開いたかのような顔付きをして彼の内番服の上着の袖先を掴んだ。そして、覚悟を決めたかの如く顔を向けて告げる。
「どうか、潔く死なせてください」
「いきなり何を言い出すかと思えば、戯れに言うには超絶心臓に悪い事言うじゃん……ッ! 冗談でもそんな事真面目なトーンで言わないでよ! 本気にしちゃうから……っ!!」
「いっそ一思いに殺してくれッ……!!」
「何でだよ、嫌だよ普通に。丁重にお断りさせて頂きますっ!」
「えーん! 八丁君の所為なのにぃ……!! せめて責任取るくらいの構え見せろよォ!!」
「あっ、そういう事だったらオッケオッケ。喜んで雇い主の事美味しく頂かせて貰いますんで、ご安心を〜っ!」
「アッ、待って、やっぱ今の無し! 狼さんにまだ食べられる心の準備が出来てないので……ッ!!」
「今更感やばくない? 同衾は済ませてるのに……?」
「ちょっ……言い方ァ!! 急激に卑猥な話に聞こえてくるからアウトです、八丁君……っ!! 何時いつぞやのアレ・・は飽く迄も寝てる間の守番を兼ねての添い寝だったから!! 致していないという意味ではセーフです……っ!!」
「じゃあ……今夜、またおんなじお布団で寝ちゃうっ? 勿論、皆には内緒で。俺と雇い主二人だけの秘密の、夜半の逢瀬……しちゃうっ? 前回と違って、今回は俺が男として本気出す予定だから、ただ一緒に寝るだけじゃ済まないと思うけども。其れでも宜しければ、今宵閨にて大人しくお待ちくださ〜いっ!」
「うわぁ……夜の秘密の逢瀬だなんてロマンティックですね、憧れちゃう……っ。――なんて言うと思ったか馬鹿め! その手には乗らんぞ……!! ロマンティックを提供するのは長船と一文字だけにして!!」
「どっちも俺ん処の系譜で草なんだけど(笑)」
 先程から兎に角恥ずかしがって乙女のムーヴでわちわちとする審神者が愛らしい。もうこの際、据え膳宜しくという事でぱっくり行ってしまっては駄目だろうか。流石に駄目だろうか。ならば、ほんの味見程度なら許されるだろうか。――なんて事を、さっきから脳内にて逡巡している。
 恥じらうだけなら、其れは単に心の準備が出来ていないというだけで、拒絶はされていないという事であまり気にしなくとも良い気がするが。本気で狙っている以上は、極力彼女に嫌われるような事はしたくない。けれど、初心過ぎる彼女に少しでも耐性を付けてもらいたいのも事実だ。
 此処は、少し強引にも迫ってみるとしようか。八丁は思いを固め、一呼吸分間を挟むと、改めて口を開いた。
「俺が雇い主の事を本気で射止めたくて、本気で狙ってるのは本当の事だから……。折角せっかく雇い主のお目出度い日なんだし、記念にちょっとだけ……恋人っぽい事をしてみちゃ駄目、ですか……っ?」
「ぅ゙ぐッ……その言い方は卑怯じゃない?」
「でも、雇い主も俺に迫られて満更でもない訳だよね? だったら、此処はお互い欲望に素直に従ってみるという事で如何でしょう……!」
「ん゙ぬぬっ……今回ばかりはなかなか引かぬな、御主も……ッ。其れはそうと、地味に気になって仕方ないから訊きますけど……ちなみに、八丁君が現在進行形で俺へと祝砲以外で贈りたいものとは一体何なんでしょう……?」
「んっと……雇い主の此処に、一回だけでも構わないから、俺のものを押し当ててみたいかなぁ……って」
 言いながら、ふにゅりと柔らかい審神者の下唇へ親指を這わせた彼に、審神者はまたもやピシリと固まった。明らかに情欲の滲んだ視線で見つめれば、ギギギッ……とぎこちない動きで首を反らし、分かりやすく視線を外す。尚もじっと熱い視線で見つめ続ければ、耐え切れなくなったか、早々に弱音を上げた彼女は目の前の男へと向き直って口を開く。
「分かったよ……! 一回っ……一回だけなら、にゃんとか耐えられなくもなさそうだから…………っ、キス……しても良い、ですわよ……!!」
「え……今のくらいでお許し貰えるとか、雇い主チョロ過ぎない? 今の物凄く短い葛藤だったけど……そんなんでよく此れ迄無事に生きてこれたねっ?」
「唐突にディスるじゃん。審神者、もうお前の情緒が分からないよ……!」
 わざとらしく「わ……っ!」と泣き真似をしてみせる彼女に、「ハイハイ」と雑に宥めすかして、流れから然り気無く己の懐へと閉じ込めた。そして、そのまま壁際へと攻め遣り、壁ドンの要領で彼女を腕の囲いで覆った。勿論、簡単に逃げ出されたりなどしないよう、股の間に脚を挟み込むという事も忘れない。完全に逃げ場を失った審神者は、緊張からか、小動物のように打ち震えて涙目を作った。
「タスケテ……ッ、タスケテ……ッ! 俺、まだ死にたくないヨ……!」
「うんうん、普段死にたがりな雇い主にしては良い事だと思うよ。死にたくないって思う気持ちは、人として当たり前に抱く気持ちだから、そのまま大事にしていようねっ!」
「八丁君の目が完全に獲物を捉えてロックオンした時の目付きなんよ……! 控えめに言ってやばみが過ぎる……っ!!」
「ははッ……そういう事だけは分かっちゃうんだ? あざといなぁ〜。まっ、此処は素直に俺から祝われてよ」
「全く以て祝う気/Zeroな雰囲気ですが!? 俺、今、処刑待ちの囚人の心地だよ……!!」
「ハイハイ、大人しくしててね〜っ。じゃないと、唇傷付けちゃうかもしんないから。ほら……俺の八重歯って鋭いし? 先っちょ尖ってるから、怪我させたらまずいじゃん? だ〜か〜らぁ、ほんのちょっとだけ大人しくしててねっ」
「ぴぃッ」
 緊張からすっかりガッチガチに固まった審神者のおとがいを掬い上げて、反対の手で後頭部を支えるように腕を回し、顔を近付ける。鼻先が触れ合う手前で、彼は一言クッションを置いた。
「目、閉じて。雇い主が口付ける間の俺も見ていたいって事なら、目開いたままでも構わないけども」
「み゙ッ……!」
「ふふっ、そんなあからさまに構えなくとも良いのに……かぁわいいっ」
「ひょえ……ッ。出来るだけ……なるだけお早めにオナシャス……! 現状をキープするだけにゃのも羞恥度MAXで漏れ無く死ねるので……っ!」
「じゃあ、遠慮無くっ?」
 そう言って、彼は目を瞑った彼女の唇へと優しく口付けた。唇同士を淡く触れ合わせるだけの行為だが、たった其れだけの事がこんなにも幸せな気分になるのかと、触れた唇の柔さに感じ入っていた。つい、本気度から熱の入りかけた口付けに、唇を離して「は……ッ、」と熱い息を吐き出す。
 此れは、一度なんかでは足りない。もっと先が欲しくなって、口先から離したばかりの温度が名残り惜しく思えて、むにゅり、自身の口付けで赤く色付いたみたいに熟れた唇を再び親指の腹でなぞる。ギュッと力強く瞑っていた目をゆるゆると開いた審神者へ物欲しげな視線を注ぐと、忽ち顔を茹で蛸に染め上げた彼女がゴニョゴニョと聞き取りづらい小声で呟きを零した。
「そんにゃ……色っぽいセンシティブな顔して物欲しげに見つめられても困るんだけど……ッ」
「え……御免、何てっ? もっかい言って?」
「すみません、何でも無いです、どうぞ続きをなさってください」
「えっ…………本当に良いの? 一回だけって最初に言っちゃったのに?」
「……逆に訊くけど、そんな顔しといて我慢利くのかい?」
「フッツーに無理ですけど何か??」
「いやガチトーンで逆ギレしてくんなよ、コッワ……」
「御免。まさか、二回目の口付けチャレンジに対してのお許し貰えるとか思ってなかったから、動揺しちゃったんよ……っ。念の為訊くけど、本当にしちゃって良いの? コレ許したら、たぶん歯止め効かなくなると思うんだけど……」
「うん……もう、この際気が済むまで好きなだけやっておしまいなさいな。何かそうでもしないと今の君から逃れられない気がしたから」
「潔過ぎない?? 俺的には万々歳だから嬉しいけど……無理とかしてない? 今更感やばいけど、此れでも俺まだ理性的な方だから、強引に事を押し進める気は無いんよ? だから、無理してまで応えてくれなくとも良いんだけど……本当の本当に大丈夫? 俺、マジでやるよ? 良いの??」
「しつこいぞ……っ。一度良しと言った事を曲げはせんよ。女に二言は無い。気が済むまで好きにしたら良いさ」
「あ〜っもう……こういう時ばっか男前で狡いんよ……!」
 その言葉を皮切りに性急に噛み付くような口付けをした彼は、そのまま審神者の息を奪うかの如し深い口付けを施した。何度も角度を変えながら唇の柔さを堪能し、食む。己よりも小さな口を塞ぐように唇を合わせて、淡い水音を立てながら何度も口付けを繰り返した。
 その内、色々といっぱいいっぱいになった審神者が腰を抜かしたのか、ガクリッとその膝を落とした。咄嗟に受け止めた八丁は、そのまま腰を抱き、尚も求めて、呼吸を求めて唇を開いた隙間を割って舌先を忍ばせる。次いで、縮こまる彼女の舌先を探り当て、己のものと絡めてちゅっ、と甘く吸い付いた。すると、苦しくなったのか、鼻に抜けたような甘えた声で啼いた審神者に、気を良くした彼は僅かに口端を吊り上げて、最後に重ね合わせるだけの口付けをして解放した。
 唇を離せば、互いの口端を銀糸が繋いだ。其れを舌先で唇を舐める事でぷつり、と切る。すっかり息が上がって肩で呼吸をする審神者は、口付けの影響か、何とも言い難い蕩けた顔を曝していた。男の性を刺激するようなその顔付きに喉を鳴らした彼は、他の者に見せたくはないという独占欲を見せて、己の懐へと審神者の頭を抱え込んだ。そして、彼女の頭へと鼻先を埋めながら独り言ちる。
「ッ〜〜〜、その顔は反則なんよ……!」
「……ふぇ? 一体どんな顔ににゃっとるとな……?」
「控えめに言ってやばい顔、かな……っ。他の誰にも見せたくないから、今暫くはこのまま大人しくしてて……ッ」
「(え……其れは、どっちの意味での“やばい”なのか地味に気になって不安になるんだけど……っ。)ん……りょ〜かいれす……っ。どっちみち、君の所為で現在進行形で足腰立たなくなっちゃってるかりゃ……君の支え無しでは立てんのよ…………」
「其れについては、本当に御免……っ。つい、口吸いしても良いって言って貰えた事が嬉しくて、がっついちゃいました……。お願いだから、嫌いにならないで……っ」
「こんなに可愛い子を嫌うもんですかいにゃ……」
「有難う……好きっ」
「ハイハイ……責任取ってちゃんと部屋まで送ってね。あと、後で祝砲打つのも忘れずにな」
「うん……雇い主のその懐深いとこ、好きだよ。一生愛すから、俺の事見捨てないでください」
「分かったから……コレ何時いつまで続くの?」
「……もうちょっとだけ我慢して貰ってい……?」
「仕方ないのぅ。此れじゃ、どっちが祝われてんのか分からんなァ」
 何だかんだ言いつつも、自分の刀には滅法弱く甘い彼女は、そんな事を呟いて大人しく八丁の腕の中に収まっているのだった。
 その後、八丁の希望でお姫様抱っこにて釣殿つりどのまで移動させられた審神者は、其処から彼が己の生誕を祝っての祝砲を上げるのを見守った。そして、おまけのおまけで、彼女自ら希望した馬上筒の成果も見せてもらうのだった。
「ねぇ、雇い主……一言伝えたい事があるんだけど、良い?」
「うん? 何だい、八丁君や」
「お誕生日おめでとうございますっ……!」
「ふはっ、有難う。わざわざ改まって言わなくとも、既に沢山御祝いして貰ったから十分なんだけどね……。其れでも、君から貰う“おめでとう”の言葉は格別に嬉しいかな」
「へへっ、其れなら良かった! 雇い主がこの世に生まれて来てくれて、俺と出会ってくれて、凄く感謝してます……っ! だから、どうかこれからも俺の雇い主で居てね!」
 此れにて、祝いの幕は終演なり。お後がよろしいようで。


執筆日:2024.01.13
公開日:2024.01.15