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愛しと口が謳ってしょうがない



※極の正月ボイスのネタバレを含みます。陸奥守吉行の極修行を終えていない方はご注意くださいませ。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。


 自分としては、当然の如く為すべきものとしての気遣いのつもりで言った事であった。
 新年にも関わらず年末年始から催されている連隊戦に掛かりっきりで、多方面において忙しくしていた審神者に、少しくらいのんびりと腰を落ち着ける時間を作れてやったらとの思いも滲んでいたのは事実だ。故に、新年を祝う挨拶を告げた後に続けて言った言葉は、本心から吐き出されたものでもあった。
「ほら、おまさんも早う席に着いとうせ」
 言葉尻柔らかに告げた其れは、自分が思ったよりも甘い響きを持って彼女へと届く。審神者の守刀としての立場も勿論含まれるが、今の言葉に含まれた甘やかな響きは……屹度きっと、少なからず彼女の事を想っている心情が溢れての事だろう。自覚はしている。
 彼女の手を特等席まで引いて導いてやる為に差し出した手を緩く振って主張すれば、審神者はその手を一瞬だけキョトンとした顔で見つめた後に、ポッと頬を淡く染めて擽ったそうに目を細めた。
「にゃあぁ」
 そして、先の己の言葉への返答の代わりに、仔猫の鳴き声のような甲高い声を発して応えた。次いで、擽ったそうな笑みはそのままに、差し出した手へと小さく華奢な手を重ねてくる。握ればすっぽり収まってしまうくらいに小さく壊れてしまいそうなか弱い審神者の手を優しく取って、席まで案内してやりながら彼女と同様に柔ら目を細めて微笑む。
「ふふっ、こりゃまた随分こじゃんと愛らしい返事が返ってきたもんやねや。どういたよ?」
「むっちゃんに“おまさん”て言われながらリードされるの、何だか未だに慣れてなくって……っ。控えめに言ってこしょばゆいような、兎に角擽ったくて」
「ほうかえ。けんど、わしにとっておまさんは主であると同時に命と同じくらい大事な人でもあるき、敬い気遣うがは当然の事ちや」
「其れは分かってるんだけども……にゃんか無性に恥ずかしくなってきてしもうてやぁ……っ」
「ほがぁに照れる主も好きながよ。毎年の事だけんど、年末年始の連隊戦お疲れさん。宴の席くらいばぁゆっくりごとごと寛いどうせ。こんところ、目まぐるしゅうしちょったやろ……? 偶には、体を労うて休息を入れるがも肝要ちや。おまさんは、放っちょくとすぐにざんじ無茶を重ねるき」
「あははっ……お言葉が痛い」
 労りの言葉と共に軽い小言を挟めば、申し訳なさそうな顔で乾いた笑みを漏らして言葉を濁す。
 本日は祝いの席。折角せっかくの晴れの日に、あまり気分を害すような事を告げるのも可哀想だ。小言は此れくらいに留めて、後はほんの束の間の休息時間としてやろう。
「ほれ、おまさんも正月くらいばぁは飲みとうせ」
「えっ……でも、俺、あんまお酒得意じゃないし、弱くてすぐに酔っ払っちゃうから。この後も、まだ連隊戦の周回控えてるし……っ。だから、宴もちょこっと参加してお腹満たしたら、後は仕事に戻ろうと思ってたんだけど…………」
「おまさんは真面目さんやねや。其処が長所でもあるけんど、時には休む事も必要ぞ? 主があんまり根を詰め過ぎちょっても、部下の息が詰まる一方や。少しちっくとは気ぃ緩める事も覚えんといけんね」
「あぅ……ご指摘はごもっともで」
 すっかり意気消沈してしまった審神者を励ますべく、言葉を選んで口にしていく。
「おぉのっ……こりゃすまざった。何も、そがなつもりで言うた訳じゃなかったがじゃ! 正月の宴の時くらいばぁは、仕事の事は忘れて楽しんで欲しい思うての事やったんやけんど……逆に責め立てるりぐるようになってしもうた。下手に仕事の事を持ち出いたわしの所為やねや。わしが勧めようとした酒についたち、おまさんの為にと酒好きの呑兵衛共が用意した御神酒やったき、お猪口一杯は無理でも一口だけ飲んで貰いたい思うての事で……っ。ほいやき、わしとしては、ちょこっとでも飲んで欲しいがです……! 本当に駄目げにいかんそうなら無理せんとってね!」
「あ、コレ御神酒だったの? 道理で酒精の匂いが強いと思った」
「ほにほに。主の為に、主が飲みやすいモンを選んで、御神刀組が清めたモンじゃ。ご利益効果は折り紙付きぜよ」
「そういう事なら、この一杯だけ飲んじゃおうかな」
「其れがえいろう。主が飲んだちいう事を知らしちゃったら、彼奴等も喜ぶろ。仮に、もしお猪口一杯分だけで酔い潰れてしもうたち、わしが責任持って部屋まで運んじゃるき、安心しぃや」
 そう言って、御神酒を注いだお猪口を落とさないようしっかりと手に握らせてやると。口を付ける手前で、ふと此方を仰ぎ見るように振り向いた彼女が悪戯な笑みを浮かべて笑った。
「確かに、むっちゃんお相手なら酔った後の介抱も安心して任せられそうね。責任持って運んだついでに、送り狼さんになってパクリと行っちゃうご予定ですかぃ?」
「んなッ……!?」
「ふふっ、冗談だよ。本気にしないでね。今のくらいで怒っちゃやぁーよ」
「ッ〜〜……。そがな事、冗談でも絶対他の刀等に言わんでくれや……っ」
「ありゃ。何で……?」
「おまさんにそがな事言われて、本気にせん奴はこの本丸に居らんき……っ。頼むき、今のはわしだけにしちょってくれんか……? おまさんを相手するがは、わしだけがえいき……」
「へっ…………?」
 真面目な口調で吐き出すも、羞恥が勝って、つい懇願するような口調になってしまったのは否めない故に、大目に見て欲しいところだ。しかし、元々方言男士であったところの其れがトドメとなったのだろう。逆によく効いてしまったらしい審神者には効果抜群であった。
 まだ酒の一口も飲まぬ内から顔を真っ赤に染め上げた彼女は、恥ずかしげにその身を縮こまらせると、傍らに居た自分の軽装の袖口を引っ張って、袖先の布地で顔を隠そうとした。引っ張った布面積が少な過ぎてあまり体裁を保ててはいなかったが。
 またもや愛らしい真似をしてくれる彼女に、悶える気持ちも一入ひとしおに深々と溜め息を吐き出して言葉を告ぐ。
「あまりこがな事は言いとうはなかったけんど……今しか無い思うたき言う。……あんまり可愛い事せんでくれや。そがに可愛い真似されたら、わしかてぐらりと来てしまうぜよ。わしかて男やきにゃあ……其れを忘れんでくれ」
「ぴぇッッッ。突然の雄みは惚れるからやめぇって言ったやんけ……!? 君達の其れは最早毒とも言える刺激物なんよ!! 軽く悶え死ぬので、そんな安易に与えないでください……ッ!!」
「ほぉん……? ほんなら、本気で惚れさせちゃろうか……?」
「ぎゃん! むっちゃんの雄みに勝てない……!! 誰かタスケテ……ッ!!」
「はぁーい、其処までだよむっちゃんさん。其れ以上は本気で主の精神が保たないからやめたげて」
「何じゃ、加州……これからがえいところやったのに、邪魔せんとってよ〜」
「いや、冗談抜きで主がギブアップ示してるから。可哀想だから其の辺で留めてやんなよ」
「はぁ〜っ。初期刀殿から言われたらしゃあないねや〜」
 初期刀の加州乱入により、すっかり茶番劇と化してしまった。まぁ、その方が審神者にとっては気休めになって良いか。
 冗談半分、実は本気で口説き落とそうかと思っていたところを邪魔されて、少しばかり臍を曲げて不貞腐れ気味に口先を尖らせる。
 其れを察した審神者が、クイクイッと控えめに袖口を引っ張り、内緒話をするように口元へ手を当てる仕草を取ったので、耳を傾けてやれば。声を潜めた彼女から思わぬ言葉を貰うのであった。
「あのね……俺、むっちゃんになら、本当に介抱任せても良いって思ってるよ。勿論、其処には万が一送り狼になられても許せるという意味も込めて……っ」
「おまっ……!? そりゃどがな意味で……!! 送り狼いう意味が分からんおぼこ・・・でもないろうに、其れを敢えて言うっちゅー事はつまり……っ、おんし本気かえ?」
「ふふっ、皆には内緒だぞ。むっちゃんにだけ許す密事だ。俺は、これから御神酒飲んで酔っ払っちゃうだろうけど……むっちゃんが居るから、後の事は全部任せて良いんだよね? 俺、たぶん、酔ったら十中八九正気失っちゃうだろうから、前以て言っとくね。後の事は頼んだよ、俺の守刀さん。……ふひっ」
 そう言ってお猪口に口を付けた彼女は艷やかに笑んだ。例え、この後、本当に傍らに侍る男に喰らわれる事になると分かっていても。尚も、愛らしい事を吐くのだから敵わない。


執筆日:2024.01.17