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推しは万病に効く



 雨の日で気分マイナスで、且つ、空腹でつい過去の嫌な記憶を思い出して沈んだ気持ちも、推しの事を考えている内はへっちゃらだし、何なら口元ニヤけてきそうな程気持ちが浮上してくるから不思議。だから、推しという存在は生きる糧となるのだ。
 そういう意味では、常に推し活している自分は最強なのでは……?
 ――そんな事を考えながら、今日も今日とて愛しの推しを視界に入れつつ、推しの成分を此れでもかと浴びるのである。
「はあ〜〜〜っっっ」
「何だ。ヒトに抱き着いておきながら、藪から棒に思い切り溜め息をくとは、失礼な奴だな」
「端的に言ってスマンソ。他意は無いので許せ。あと、念の為釈明しとくと、クソデカ溜め息いたのは単に今抱く感情を抑え切れなかった事による突発的作用であって、別にマイナス感情から来るものではないので安心して欲しい」
 そう口にしつつ、推しこと大包平の懐へ抱き着いて、甘えるように額をグリグリと押し付ける。すると、口では呆れた口調で言葉を零しながらも、頭の上に温かいものが降ってくるのだから堪らなくなる。端的に言って惚れる。控えめに言って好き、底無し沼に愛してる。まぁ、実際その沼に嵌って以来抜け出せないでいるどころか、事ある毎に深く深く沈むばかりでいる側なので、結局のところ端から抜け出す気など無いのだ。
 頭の上に乗っかる温かく大きな掌の感触を大人しく堪能していたらば、ふと頭上より降ってきた声が次のように呟いた。
「だが、まぁ……話くらいなら聞いてやらん事もないぞ。何か悩み事でもあるなら話せ」
「んふっ。俺の推しが尊いなァ〜って事を考えてただけだよ」
「本当にそうなのか……?」
「本当だよ。嘘じゃない。ぶっちゃけ言うと……俺は今、絶賛脳内で愛しの推しについてを考えてはニマつきそうになる顔を必死に堪えようとしていただけさね。其れで抱き着いたという訳なのだよ。お分かり頂けたかいね?」
「その“推し”というのは、何処の馬の骨の事だろうなぁ?」
「おやまぁ。嫉妬と来たかい? 分かりやすい事この上なくて感謝するが……ふふっ、安心しなね。俺が考えてた相手というのは、大包平お前の事だから」
「……ふんっ、なら良い」
「んっふ、俺の嫁がぎゃんかわ……ッ!」
 素直な返しに照れたのか、損ねかけた機嫌を良くして満足そうに頷くから。推しへの愛しさが余って、ついはしゃいだ調子で限界ヲタクみたいな台詞を吐いて顔を押し付けてしまった。すると、気に入らない事でもあったのか、途端にむっとした大包平より上から覆い被さる如くに抱き込まれ、先の台詞に対しての言葉を返される。
「おい、今のは聞き捨てならんぞ。お前が・・・俺の嫁だ。其処はきっちり訂正しておくぞ。そもが、この大包平を嫁などと宣うのはお前ぐらいしかおるまい……っ」
「ん゙っふッ! 其処は律儀に訂正すんのね……っ。別に良いけど。実質俺のが嫁ポジなんはホンマのこっちゃし」
「フフンッ。俺は生涯お前だけを愛し、手放す事など無い事を誓うぞ。故に、“いつか飽きられるかもしれない”などと不安がる必要は無い。何せ、俺に愛されるという事は、俺を愛した分を生涯懸けて返される事に他ならないからな。精々死ぬ迄俺に愛し尽くされる事を覚悟しておくんだな? 其れだけ、この大包平はお前の事を愛しているという証拠だ。どうだ、嬉しかろう?」
「最っ高の殺し文句じゃん、有難うございますッッッ!!」
 大好きな推しにはっきりと“愛している”と言われて喜ばない女が居ようか。否、この大包平相手に限って居る訳が無かろう(反語)。
 思わず照れ隠しに勢い良く頭突きをかましてしまったけれども、逞しき体幹の強さで以て受け止められた上で口付けという形でお返しされてしまったので、まともな言語すら喋れなくなってしまうのは当然の摂理だった。ご馳走様です……!


執筆日:2024.01.25
公開日:2024.01.28