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山鳥の放流



 季節は梅雨時季の、水無月も下旬に差し掛かろうとしていた折の事。戦力拡充イベント(難コース)周回中での出来事であった。
 高速槍の攻撃を食らって軽傷未満とは言えども掠り傷を作ってしまった山鳥毛は、帰城するなり即審神者による采配から強制的に手入部屋へと突っ込まれた。丁度、その時はまだ空き部屋が残っているからとの理由で、手伝い札は使わずそのまま通常扱いで手入を受ける……予定であったのだが。その後、度重なる周回によってすぐに負傷者が続出し。程度に差は有れど、軽傷に満たぬ掠り傷であろうとなかろうと手入刃員が出たのならば、必然的な流れで空き部屋もすぐに埋まってしまうというもの。
 故に、急ぎ空きを作る為にと、当初はそのままで手入を終わらせる筈だった予定を急遽変更し、状況に応じた対応として手伝い札を途中投下した審神者。次いで、手入待ちで待機する者へと明け渡すべく、手入が完了したばかりの山鳥毛を追い出す如くぺいんっと手入部屋の外へと追い遣った。
 一応、入室前に、「すまんが、ちょもさんっ。手入部屋が満室なっとる上に、また手入要員出たから手伝い札使うで!」という断りを入れての事だったが。部屋の戸を勢い良く〈ガラスパァンッッッ!!〉と開け放つのと同時に言い放っていた事もあり、あまり意味は成していない気がする。けれども、兎に角時間が惜しい模様の審神者は、些か手荒い扱いをした点には気にも留めずに、テキパキと次の周回に向けての采配を決めては指示を飛ばし、事を進めていく。
 その間に、審神者の傍らに控える形で手持ちの端末で出陣予定部隊のステータス状態を確認していた近侍の御手杵は、慌ただしく回っていく場にそぐわぬ気の抜けた緩い口調で発言した。
「なぁ主〜、今良いか?」
「何?」
「お頭さんの疲労度なんだけどさ。桜、散りかけちまってるぜ」
「そうか。じゃあ、拡充イベ周回に戻る前に、桜回復の為にも、一旦1-1面単騎で出陣してきてもらうとしましょか。行けるよね、ちょもさん?」
 手入部屋から追い出されて間を置かずに、身支度を整えての即単騎での函館出陣の任を拝命させられた山鳥毛。此処までの怒涛の流れに、一瞬呆気に取られた風にキョトンとした顔を浮かべるも、其処は一家の長を務める刀だ。ちょびっと程は動揺しつつも、問題は無いとの判断と審神者から寄せられた疑い無き信頼に応えるべく、おのが本体を握り込んで返答を寄越した。
「あ、あぁ。気力回復の為の出陣の旨、了解した。錬度は上限に達して幾久しいが、小鳥の為にも更なる累積経験値を積むべく、体を張って頑張らねばな。では、準備が整い次第出るとしよう」
「応、いってらっしゃい」
 顕現して早数年。時に雑な扱いをされようと、戦に勝つ為、本丸の頂点に君臨するは審神者なり。彼女が命じたならば、余程の事でも無い限り其れに背く道理は無い。だからこそ、やけにあっさりとした軽い言葉での見送りであっても、其れは信頼してくれている事の裏返しとして受け取った山鳥毛は、己の部領たる彼女の采配通りに指定を受けた時代へ単騎出陣していった。
 恐らく、彼が不平不満の文句の一つすら漏らす事無く従ったのは、戦事において互いに遠慮が無く、また、慣れた流れであった事もあるのだろう。しかし、この流れを見る者によっては受取り方が異なるのも、また必然であった。
 山鳥毛が単騎出陣して間もなくして、苦言を呈しに来た者が一人居た。一文字一家の頭たる山鳥毛の左腕と言われる、日光一文字である。
 あからさまに不服顔を張り付けた日光は、憚る事無く物申した。
「主よ……幾ら早く周回を回したいという気持ちが勝るからと、お頭に対しあのような扱いをするとは、些か問題があるのではないか?」
「あー……もしかして、手入部屋に空きが無かったからって、手入途中にも関わらず手伝い札使ってサッと済まして、終わるなり即桜付け周回に飼ってる鳥を野に放つみたく“行ってこーい”ってお外出した事指摘してる?」
「その事以外に他にあると? 幾らお頭が一家の鳥を称しているからと言って、あのような扱いは有るまじき行為である。よって、控えめに言って不敬だと思ったが故、一言物申しに来た次第なり。……して、主自身はどのような意図があってあんな真似を?」
 傍から見れば、物凄い形相をした堅気でない者がか弱い女子おなごに対して凄みながら迫っているような状況である。しかし、幾千練磨の猛者なる審神者からしてみれば最早慣れたもので、一切合切態度を変えずに受け答えた。
「日光さん的にしてみれば、“一文字のかしら張ってる相手に無礼な真似働いてんじゃねぇーよ、オ゙ル゙ァ゙!!”って感じに思うのかもしれんが……」
「俺は姫ではないので、オラオラ系の言葉は使わないが」
「俺まだ喋ってる途中だから黙って聞け」
「……失礼した。どうぞ、続けてくれ」
「俺的には、手伝い札使ってさっさと手入済ます行為は、審神者的温情とも取れなくはないのでは?――と思うんだがね。だって、考えてもみなよ。怪我の程度に差は有れど、何時いつまでも手入部屋という個室で拘束され続ける方が退屈且つ窮屈だろうし、肩身狭い思いするでしょうよ。自分が手入受けてる間にも他の皆は周回続けてる訳なんだしさ。というか、ぶっちゃけ仕事に対して私情挟まないでくれないかな? 公私混同は非常に遣り難くなるから控えてもらえない? 挟みたくなる気持ちも分からんでもないけど」
「しかし……何もあのように雑な扱いをしなくとも、他に幾らでも遣り様があったのではないかと俺は思うのだが」
「確かに一理ある。だが、俺は今とてつもなく多忙を極めている上に霊力の消耗が激しいから、回せる時に回したいの。此れに関しては、手入部屋フル稼働で回してる状況から察して欲しい。それに、逐一、部隊の各ステータスを確認しながら回してるから、疲労度とかに関しては何も問題は無いと思うよ。再三言うようでくどいかもしれんが、今この場で私情こそ最も不要なものだよ。公私混同は別の機会にしてくれ」
「だが……っ、」
「――小鳥の言う通りだ、翼よ。私に対してのその気遣いは、今は不要だ」
「ッ――!? お頭……っ!」
 どうしても審神者の遣り方が解せなかったらしい日光は、尚も食い下がり、文句の続きを言い募ろうと口を開きかけた。だが、その寸でで話題の中心刃物たる声が流れをぶった切る形で言葉を発し、話を遮った。
 次いで、そのまま朗々たる声で以て帰還の口上を告げる。
「山鳥毛、只今帰城した。私が不在の間に我が翼が迷惑をかけたようで、すまない」
「おぉ。ちょもさん、お帰んなさい。出陣させた直後に、俺自身“あ、コレ後から日光さん辺りに一発どやされるかもしれんなぁ〜”とは思わなくもなかったからさ。見事予感的中というやつで、内心ちょっと笑っちゃったけども」
「ははっ。其れでこそ、我が本丸を束ねる長に相応しい限りだ。我が一家の者にも等しき扱いで叱ってくれて感謝する」
「我、審神者六年目ぞ? 百十振りもの刀相手にしてんだから、こんなん慣れだわさ。まぁ、如何にもヤーさんな輩相手に自宅飼いの家畜ペットみたいな扱いしたら、普通に部下の人等に苦情という名のクレーム入れられんのは避けられんだろうなぁ〜とは覚悟したがな」
「確かに、先程は見事なまでの流れで本丸より解き放たれてしまったな」
「御前的ニュアンスで表現したら、“山鳥が野に放たれたか、うははっ!”……って感じ?」
「小鳥は物真似が上手いな。実に則宗の特徴を捉えている」
「お頭、今はそういう話をしている場合では……」
「翼よ。お前の言いたい気持ちも理解は出来るが、今や私はこの本丸に属する身。故に、一介の部下という訳だ。其処に、一家の長などという肩書きは関係無い。この巣を束ね統べるは小鳥である。この点を履き違えるな」
「はっ……。この度は、分を弁えず主に対して苦言を申した事は不敬でありました。後程、改めての謝罪と共に詫びの品をご用意しておきます」
「うむ。分かれば良いのだ」
 何やら一家同士の者等の間で問題は解決した流れとなっている模様だが、其処までしてもらう必要は感じていなかった審神者は控えめに口を利いて言う。
「あのー……何や変な流れなっとるから口挟ましてもらうけんど、何も其処までしてもらわんくてもエエんやで……? 別に、こんな揉め事なんざ慣れっこやから、わざわざ一々詫びだの何だの用意せんでエエんよ??」
「お頭の言う事は絶対である」
「アッハイ……」
「……翼よ」
「……失礼。口が過ぎました。今の言葉は忘れてください」
「いや、もうこの際何でもエエわ……。とりま、この後も引き続き周回するから、次に声かかるまで待機しとってな。既にカンストして一時前線から退いとった身やっちゅーても、折角せっかく経験値二倍メンバーに選出されとるんやし。この機会逃さん手は無いで。っつー事なんで、二振り共引き続き頼んますわ」
「承知した」
「主命とあらば」
 何だかんだ並べつつも、彼女が本丸の頂点に君臨する事実は変わらない。故に、その臣下であり部下たる刀達は、今日も今日とて彼女の采配により己の力を揮うのである。武威を示し、戦果を持ち帰る事こそが誇らしく、おのが力を信じ認めて使ってもらえる事程誉に違いないのだから。


執筆日:2024.11.11
加筆修正日:2024.11.15
公開日:2024.11.15