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君の刃に掛かって死なせてくれ



 現実の辛く苦しい環境から、一刻も早く解放されたくて。また、自己嫌悪やら何やらから己自身へと殺意が向いたのも相俟って。喉元を強く握り込んだ折に、ふと思った。
 ――そうだ、どうせ死ぬなら、自分の本丸の子達に殺してもらえば良いんだ。
 そんな事を思ってしまったのである。
 審神者である己の事を大切に思ってくれている彼等に対して、此れ程に酷な願いも早々無い事だろう。そう思ってしまうと同時に、其れだけ己の心は限界を迎えてしまっているのだなぁ……と、半ば他人事のように客観的に思えた。
 もし、“自分を斬って殺して”と頼むなら、誰が最適か。たぬさんか。大包平か。はたまた、八丁君か。否、彼等は屹度きっと優しい刀達だから、幾ら必死に頼み込んだとて叶えてはもらえないどころか、断られた上で“考え直せ”と諭されて終わるに違いない。ならば、他の刀を当たるしかないが、誰が良いだろうか。
 寸分ばかり逡巡して、閃くように答えへ辿り着いたと同時に、ふっと腑に落ちる感覚を覚えたのが不思議な程自然と納得していた。そうだ、人斬りに最適な刀がウチの本丸には居るじゃないか。
 その名も、人斬りの花形と自称し謳う、最上大業物の孫六兼元が――。

 そう、己の首を利き手で強く握り込んだまま考え耽っていたらば、不意に己の視界に影が差した事に気付き、何処ともなく向けていた視線を向けて振り向く。すれば、噂をすれば何とやら宜しく、今しがた脳裏に思い浮かべた刃物じんぶつが光を遮る形で立っていた。
 浮かべた表情からは何を思考しているかは読み取れない、謂わば無表情という顔付きをして徐ろに口を開く。
「自分で自分の首なんか絞めて、何か良い事でもあるのか?」
「……いや? 何にも無いと思うよ」
「ならば、何故中途半端にもそんな真似仕出かしているのかを問うても?」
「率直に述べると、死にたくなったから、この世から消えてしまいたくなったから……かなっ」
 恐らく、今の自分はとてつもなく酷い顔付きをしている事だろう。けれど、今更取り繕うのも面倒に思えたし、逆に不自然過ぎるとも思えて、結局何も取り繕わないままの素の顔で相対した。だからこそ、言葉も取り繕う事もせずの飾らぬままを吐き出した。
 今しがた吐露した言葉は、本心から思った本音である。常ならば、何処ぞの鳥太刀のように本音を出す事を厭うタチだが、この場で下手に取り繕って嘘をくのは悪手だと思ったのも事実だ。故の、本音をぶつけたまでの事。
 “縁起でもない事を抜かすな”とでも叱られるかと身構えるが、予想外も予想外。彼からは平常通りの淡々とした返事が返ってきたのみであった。
「そうか。だが、自分で首を絞めて死ぬ為には其れなりの力が必要だと思うぞ。片手で握り込むだけじゃあ、半端な力が掛かるだけで息苦しくなる程度にしかならんだろう」
「確かに、其れは言えてら」
「其れで……あんたは俺にどんなお役目を望むんだ?」
「そうだねぇ。単刀直入に言うと、俺が死にたくなったら、躊躇せず殺して欲しい。殺り方は、斬るなり何なり、君の好きな方法で任せるよ」
「成程。其れを遣るのは今すぐにか?」
 改めて問われて、少し迷い、視線を宙へと移す。
「うーん……死にたいとは言ったけれども、今すぐとなると難しいなぁ……。まぁ、その時が来たら言うから、俺が“殺して欲しい”と頼んだら、宜しく頼むよ。“折れず曲がらず良く斬れる刀”なら、出来ない事ではないだろう?」
「無論。頼まれれば、どんな仕事だってやってのけるさ。例え、命じられたそのお役目とやらが、己の主人の介錯役だとしても……な」
「流石は、俺の自慢の用心棒! そうこなくっちゃ話にならんかったから助かるよ!」
「元より、江戸っ子な気性の強いタチ故に、喧嘩やら暗殺やらといった事もお手の物な身なんでね。仕事として請け負った事は、最後まできちんと遣り遂げてみせるさ。請け負ったからには、その責任は必ず果たすと誓おう」
「嗚呼……やっぱり、孫六さんに頼って良かったよ。だって、こんな事頼めるの、他に居ないんだもの。仮に頼めそうな候補は挙げてみたけども、皆断りそうなんだよねぇ。まぁ、倫理的にも、正常な思考的に考えても、其れが普通で真っ当な反応なんだろうけどさ」
 暗に今の自分が正常な判断を下せていないのだと示した。事実、精神崩壊を起こしている状態での思考回路で行き着く先など、たかが知れている。其れ故に、安易に自死などという選択肢を取りかけているのだ。
 そうこう思考を余所事へと飛ばしかけていれば、不意に彼から再び声をかけられた。
「ところで、一つだけ気になったんだが……どうして俺を選んだんだ? 一応、理由という理由は今しがた聞いたばかりだが、今少し腑に落ちないと思ったのでね。介錯役なら、適役なのが古参も最古参の連中の中にも居るだろう? 初期刀殿や其れに準ずる刀相手じゃなくて良かったのか?」
「清光はね、あの子は駄目だよ。絶対に死なせてはくれない。同じ理由で、前田君も薬研も駄目かな。あの子等は、皆、俺を生かそうとして顕現した刀だ。だから、“殺せ”と命じたところで、余程の理由でもない限りは従ってはくれんだろうよ。断られるのがオチだと目に見えてる。故に、端っから候補として外して物を考えていたって訳だわさ」
「成程ね。確かに、あの刀共は主人の言うように殺す事は選ばんだろうな」
「けど、君は違うだろう? 仕事として、主命として頼まれれば、其れがどんなものであろうとなかろうと関係無しに使命という名のお役目を全うする」
「如何にも。俺の事をよく分かっているじゃないか」
「でも、“斎藤一の刀”として考えるならば、君も俺を殺す刀ではなく、生かす方の刀になるのかもしれないね……」
「何故?」
「だって、斎藤一という人物は、新選組隊員の中でも生き抜く事を選んで途中脱退し、名前も職も変えながら孫まで作るくらい最も長生きしたらしいとの逸話で有名な人だからね。そういう意味では、“斎藤一の佩刀”であったという枝葉を持つ孫六さんにも酷なお願いをした事になるのかな、と思ってさ。……まぁ、其れだけなんだけども」
「お優しい事この上ないね。こんな状況下でも尚、他人を慮る気遣いを見せるとは……何処まで御人好しなんだか。まぁ、そんなところもあんたの美点たる所以なんだが」
 ふと、先程からずっと平坦な声音で以て受け答えを返している彼の事が気になった。
 改めて彼の方へと向き直り、真正面へと立って、黒く長い前髪越しから覗く浅葱の双眸を見上げて問う。
「自分から頼んでおいてアレだけども……君は厭じゃないのかね?」
「何が?」
「自分の持ち主たる審神者自身から己を殺せと命じられる事が、さね」
「別に。頼まれれば殺るだけ。仕事は選ばない主義なんでね。それとも……主人としては、一度でも拒んで欲しかったのか?」
「いや? 否定されるよかは、肯定される方が今は良いかな」
「そりゃ、否定なぞせんよ。生きるも死ぬも、その命は主人だけのもので、扱い方も主人自身が決める事だ。他人が口を挟む事でもないだろう? だから、俺は否定しない。死ぬも生きるも、あんたの好きにすれば良いし、俺はあんた専用の用心棒故に、あんたの進む先に付いて行くのみさ」
 終始落ち着き払った様子で声を荒げる素振りも無い。此れが他の刀相手であったならば、屹度きっと最初の遣り取りの時点で特大の雷が落ちていた事だろう。だからこそ、逆に彼の意図が読めなかった。無に等しい表情からは、彼が何を考えているかなど窺い知る事は出来そうにない。
 どうして、こんなにも落ち着き払えた状態で居れるのだろう。仮にも、主人と仰ぐ人間が“殺してくれ”などと宣っているのに。普通の正常な思考回路をした者ならば、この時点で止められている筈だ。けれども、対孫六さんでは、そうではなかった。完全に予想を外れている。でも、悪い気はしなかった。寧ろ、少しだけ嬉しかった。否定ではなく、肯定されたという事実が。
 両手は体の横に下ろした状態でただ突っ立っている彼の目元が気になり、僅かばかり背伸びをして、徐ろに手を伸ばし、影を作る前髪を払い除けるようにして彼の浅葱の双眸を覗き込んだ。そして、思い浮かんだ事を告げる。
「ねぇ、孫六さんや。もし、俺を殺す時が来たら、その時は、君の綺麗なお目々を拝みながら死なせておくれよ」
「……其れは、どういった思惑で?」
「単純に、君の目を見るのが好きだから、だよ。他に理由が要るかい……?」
 意図せぬ問いかけだったのだろう。目元を隠す前髪まで払われた上での謎の会話に、一瞬考える間が生まれたが、大した空白の時間を空ける事もなく言葉を発した。其れに思うがままの素直な感想を告げれば、其れまで纏っていた堅い空気が和らいで、フッと目元が緩んだ。
「そういう事なら……そうだな、俺の腕の中にでも抱いた状態で、出来る限り安らかに逝けるよう努めてみせようか」
「おや。こんな男前な色男に抱いてもらえるだなんて、女冥利に尽きるというものだね!」
「もし、其れを本気で言っているのなら、俺に殺される前に一度肌を合わせて欲しいところなんだが……色好い返事は貰えるのかい?」
「あらやだ。こんな時でも助平を発揮するだなんて、孫六さんたら根っからの助平野郎なんだね? 其れも愉快で面白いから構わないけどもっ」
「構わないのなら、今夜一発抱かれちゃあくれないか。あんたが死ぬ前に、一度くらい夢を見させてくれたって良いだろう……?」
「うーん……其れもそうだねぇ。俺も女の端くれ故に、死ぬ前に一度くらいはそういった夢を見たって罰は当たらんだろう……くらいには思ってるかな」
「なら、交渉成立と捉えて良いんだな?」
 途端、慣れない爪先立ちでふらつき始めていた鍛えてもいない体幹を支えるように腰を抱かれた。ついでとばかりに、グイッと少し強引にも下半身を抱き寄せられ、股座の猛りを押し付けられた。
 いや、今の場面の何処で勃起するような場面があったんだか。欲目抜きにしても、とても扇情的な熱の込もった眼差しで間近で覗き込まれて、思わず息を詰める。こちとら恋愛経験値/Zeroの初心な生娘なのだ。いきなりの性的接触は免疫が無いので、お控え願いたいのだが……今更言ったところで聞く耳を持たないだろう。かと言って、やられっぱなしも性に合わない。
 ので、せめてもの抵抗で伸ばした先の手で、其れなりの力を込めて耳を引っ張ってやった。
「こらっ。まだ許可は出していないが? こんな処で盛るんじゃないよ。せめて時と場所くらい選びなさいな」
「すまんが、此れでも保った方なんだ。説教なら、時間が許す限り後からでも幾らでも聞いてやるから。もう良いだろう? なあ」
「待ても出来ない程の駄犬に育てた覚えは無いが?」
「なら、主人自らの手で躾け直してくれれば良い。生憎、程々にも我慢の限界が来てるんでねぇ。主人からのお許しさえ貰えれば、俺はちゃんと言う事を聞いて良い子にしているぞ」
「どの口が言うんだ、どの口が……!」
「ははっ。喉輪か首枷が欲しければ、代わりのものなら俺がくれてやろう。だから、今少しその命俺に預けちゃあくれないかい? 何、悪いようにはせんよ。ちょこっとばかし、気持ち良い事を知るってだけさ……って、イテテテテテッ! ちょっ、主人、本当にソレ痛いから離してく、ィ゙デデデデッ!!」
 取り敢えず、今はこの待ての出来ない駄犬を躾け直す事の方が先決のようだ。死ぬのは、その後からにでも考えるとしよう。
「主人ッ、待っ……! 本気でもげそうなんだって!! だから離してくださいお願いしますッッッ!!」
「……次、下手な口利いたら容赦せんからな。次やったら、金蹴り程度じゃ済まさんぞ」
「これからヤろうって相手に言う事がソレか!? 勃つモンも勃たなくなったらどう責任取ってくれるんだ!! 言っとくが、俺はまだ童貞だからな!!」
「大声でわざわざ威張って言う事でもなくない……? というか、その顔で童貞だった事が驚きだわ。てっきり、もう花街辺りで早い内からすんなり済ませてるものとばっか思ってたから意外〜」
「え、何……? 好きな子目の前にして尚且つその本人から辱め受けてるの俺?? えっ、気の所為だよね?? そうだと言ってくれ、じゃないと俺の小さく繊細な硝子ガラス心臓ハートが砕け散っちゃうから……! というか、花街行くなら外出許可書提出の時点でそう明記してる筈だからとっくにバレてるし、そうでないって事はとどのつまり童貞という事になるんだが!?」
「いや、本丸全員の下事情とか一々把握しとらんよ。今どんだけの刀数が在中しとる思っとんねん。其処まで気ィ回るかいっちゅー話やわ。つか、硝子のハートて(笑)。嘘おっしゃいな。テメェのハートが硝子製な訳あるかい。図太い神経しとってよく言うわ。ホンマはガチガチの鋼鉄製じゃろ」
「そうか……。なら、お互い初物同士という事で、此処はお一つお手柔らかに行こうな!」
「しれっと無視すな。絶対ェお手柔らかにするつもりなんざあらへん目付きやん。バッキバキやぞ。戦でもないのに瞳孔開き切っとるやん、やばぁ……ッ」
「はははははははっ。そりゃ当たり前だろう。目の前に上等物な獲物が掛かって俺に喰われるのを今か今かと待ち侘びてくれているんだからなあ」
「今からでも最高錬度の極短刀呼んでくる……? あっ。でも、肝心の其奴が人妻好きのロクデナシ野郎だから駄目だ。逆に援護されかねん……其れは避けてぇところだな……。じゃあ、代わりにカンスト組のトップ張ってる七星さん辺りにでもお願いするか……」
「ねぇ、待って。俺を確実に仕留める刃選決めないで?? 俺の息の根が止まって御臨終しちゃうからッッッ」
「躾け直すのには丁度良いのでは?」
「躾け直される前に命の灯火が絶えるわァ!!」
 さっきまでの空気は何処へやら。駄々を捏ね始めた駄犬をなだめるべく、身長差から首根っこを掴まえられない代わりに襟巻きを掴んで引き摺りながら場所を移動していく。
「主人ッ……今度は首が絞まってるんだが……!!」
「応よ。お前ェさんがちっとも大人しくしねぇから、俺自ら部屋に連行してやってんのよ。有難く思いな」
「ぐふッッッ、ま゙っ゙……冗談抜ぎでじま゙っ゙でる゙ぅ゙ー!!」
「ッははは! やぁ〜、愉快痛快とは、まさしくこの事だなぁ」
「主人ーッッッ!!」
「ハイハイ、そう喚かんでも聞こえてるよ」
 そう言って、襟巻きを離してやる代わりに胸倉を引き寄せ唇を奪ってやった。途端、大人しくなった様子に笑いを禁じ得なくて、とうとう堪え切れなかった大きな笑い声が本丸中に響き渡るのであった。
 尚、その後に事に及んだか否かについては、敢えて暈すとしよう。此処で明かしたところで野暮という話だと思われるので。


執筆日:2024.11.16
加筆修正日:2024.11.17
公開日:2024.11.17