※前作の孫六兼元掌編『君の刃に掛かって死なせてくれ』の続編という名の別視点仕様のお話です。
※一応、それぞれ単体でも読めなくもないですが、前作を読んでいないとよく分からない表現や描写が含まれる事をご留意の上で、ご閲覧くださいませ。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。
用心棒と名乗っておきながら、ちょくちょく主人の姿を見失うところは、錬度が上限に達して早一年近く経とうとしていても尚直せていないのを未熟と自覚しつつ。少しばかり本丸内を探し回って、漸く見付けた目的の人物を視界に入れた瞬間、動きを止めて思わず凝視した。
散々探し回った筈の当の本人は何をしていたかと言えば、ただ仄暗い目をして空虚を見つめながら、己の首を絞めていた。正確に言えば、“首を絞めていた”のではなく、“握り込んでいた”に等しいが。
何故、そんな事をするに至ったのかは分かり得ない……が、そうまでしないと己の内なる何かに抗う事が出来なかったのかもしれない。この場合、下手に詮索するのは悪手だろう。そうでなくても、自ら明かすのならまだしも、話す気の無い話題をわざわざ無理矢理に聞き出すというのも野暮に思えた。何か話題を振るにしても、触れるにしても、慎重を期すべきだろうと、積み重ねた経験上から判断し、音も立てずに気配を消してぬらり、と近くまで歩み寄った。
すると、自身が光を遮った事で己に影が差した事に気が付いたのだろう。徐ろにゆるりと緩慢な動きで主人が振り向く。その、酷く泣き腫らした跡の残る顔を視界に入れると同時に、敢えて感情を読み取らせないように平坦な音を意識して声を発して問うた。
「自分で自分の首なんか絞めて、何か良い事でもあるのか?」
この問に、彼女は口元のみに器用にもへらりとした笑みを
「……いや? 何にも無いと思うよ」
「ならば、何故中途半端にもそんな真似仕出かしているのかを問うても?」
「率直に述べると、死にたくなったから、この世から消えてしまいたくなったから……かなっ」
努めて明るく振る舞うような軽やかな声音で
何が其処まで彼女を追い詰めたのか、だなんて聞かずして察するべきだろう。歪んだ笑みを浮かべる顔は、本当の意味で笑ってはいなかった。何故ならば、その目は死んだ魚のように淀み切って虚ろを描いた状態で、全く笑っていなかったのだから。
恐らく、今しがた口にした言葉に嘘偽りは含まれていない。まこと、本心から吐き出されたものだったのだろう事が窺えた。敢えて、この場で変に飾らず取り繕う事もしなかったのは、自身が相手だったからか。
兎にも角にも、痕が残ってしまわぬ内に己の首へと強く押し当て握り込んだ手を離させなくては。何でも良い、彼女の意識を此方へと惹き付けられやしないかと素早く頭を回転させ、端的な返答のみを返す事にした。
「そうか。だが、自分で首を絞めて死ぬ為には其れなりの力が必要だと思うぞ。片手で握り込むだけじゃあ、半端な力が掛かるだけで息苦しくなる程度にしかならんだろう」
「確かに、其れは言えてら」
そう言うと、彼女はやけにあっさりとも首に掛けていた手の力を緩め、離した。目視のみで確認するも、どうやらまだ痕にすらなっていなかったようで内心で安堵する。短い間でも強く押し当てていた所為で、指先が食い込んでいた箇所は所々赤みを帯びているが、大した程度でもない為、その内、時間経過と共に消え失せるだろう。
一先ずは一安心して、このまま会話を続けて注意を引き続ける事にした。
「其れで……あんたは俺にどんなお役目を望むんだ?」
「そうだねぇ。単刀直入に言うと、俺が死にたくなったら、躊躇せず殺して欲しい。殺り方は、斬るなり何なり、君の好きな方法で任せるよ」
「成程。其れを遣るのは今すぐにか?」
改めた形で問えば、少しの間、逡巡するように視線を宙へ彷徨わせる。
「うーん……死にたいとは言ったけれども、今すぐとなると難しいなぁ……。まぁ、その時が来たら言うから、俺が“殺して欲しい”と頼んだら、宜しく頼むよ。“折れず曲がらず良く斬れる”刀なら、出来ない事ではないだろう?」
「無論。頼まれれば、どんな仕事だってやってのけるさ。例え、命じられたそのお役目とやらが、己の主人の介錯役だとしても……な」
「流石は、俺の自慢の用心棒! そうこなくっちゃ話にならんかったから助かるよ!」
「元より、江戸っ子な気性の強い
「嗚呼……やっぱり、孫六さんに頼って良かったよ。だって、こんな事頼めるの、他に居ないんだもの。仮に頼めそうな候補は挙げてみたけども、皆断りそうなんだよねぇ。まぁ、倫理的にも、正常的思考で考えても、其れが普通で真っ当な反応なんだろうけどさ」
どうやら、彼女自身、自分が最早まともな思考回路を持ち得ていないとの事を自覚済みらしい。其れがまた厄介だとも思えた。何せ、普段通りの冷静を装っているだけに、本心が見えづらく分かりづらいからだ。
現状、取り敢えずは一欠片分だけでも彼女の内に隠されていた本音を聞き出せた事は収獲だとして、一つ思う点が出来た事に至り、率直に問うてみた。
「ところで、一つだけ気になったんだが……どうして俺を選んだんだ? 一応、理由という理由は今しがた聞いたばかりだが、今少し腑に落ちないと思ったのでね。介錯役なら、適役なのが古参も最古参の連中の中にも居るだろう? 初期刀殿や其れに準ずる刀相手じゃなくて良かったのか?」
純粋な疑問だった。何故ならば、審神者が第一に頼るは初期刀である加州清光、その刀だと思ったからだ。次点で数えても、俺がそのお役目を引き受けるには少し疑問が残った。故の知的好奇心からとでも言えようか。彼女からの本音をもっと聞き出してみたくなって、主人という人間性を暴きたくなった。
すると、彼女は、やはり顔付きとはそぐわぬあっけらかんとした調子で答えてみせた。
「清光はね、あの子は駄目だよ。絶対に死なせてはくれない。同じ理由で、前田君も薬研も駄目かな。あの子等は、皆、俺を生かそうとして顕現した刀だ。だから、“殺せ”と命じたところで、余程の理由でもない限りは従ってはくれんだろうよ。断られるのがオチだと目に見えてる。故に、端っから候補として外して物を考えていたって訳だわさ」
「成程ね。確かに、あの刀共は主人の言うように殺す事は選ばんだろうな」
何も考えていないように見えて、その実かなり色々と考えていると分かる率直な意見だった。自分の所持する刀達をよく見ているのだろう。各刀達の個性をよくよく理解している口振りであった。此れは侮れないな、と納得しながら思っていたところに、意外な言葉がかけられる。
「けど、君は違うだろう? 仕事として、主命として頼まれれば、其れがどんなものであろうとなかろうと関係無しに使命という名のお役目を全うする」
「如何にも。俺の事をよく分かっているじゃないか」
「でも、“斎藤一の刀”として考えるならば、君も俺を殺す刀ではなく、生かす方の刀になるのかもしれないね……」
「何故?」
素直に訊き返せば、彼女は首を竦めて苦々しげに口元を歪めた上で微笑を浮かべながら次のように告げる。
「だって、斎藤一という人物は、新選組隊員の中でも生き抜く事を選んで途中脱退し、名前も職も変えながら孫まで作るくらい最も長生きしたらしいとの逸話で有名な人だからね。そういう意味では、“斎藤一の佩刀”であったという枝葉を持つ孫六さんにも酷なお願いをした事になるのかな、と思ってさ。……まぁ、其れだけなんだけども」
「お優しい事この上ないね。こんな状況下でも尚、他人を慮る気遣いを見せるとは……何処まで御人好しなんだか。まぁ、そんなところもあんたの美点たる所以なんだが」
言葉尻に付け足すように述べた言葉は、本心からのものだ。本当にそう思っているからこそ、そのままを告げただけに過ぎない。
すると、改めて此方に向き直り、真正面へと立って、俺の目とひたと視線を交えるように見上げて問うてきた。
「自分から頼んでおいてアレだけども……君は厭じゃないのかね?」
「何が?」
「自分の持ち主たる審神者自身から己を殺せと命じられる事が、さね」
「別に。頼まれれば殺るだけ。仕事は選ばない主義なんでね。それとも……主人としては、一度でも拒んで欲しかったのか?」
「いや? 否定されるよかは、肯定される方が今は良いかな」
「そりゃ、否定なぞせんよ。生きるも死ぬも、その命は主人だけのもので、扱い方も主人自身が決める事だ。他人が口を挟む事でもないだろう? だから、俺は否定しない。死ぬも生きるも、あんたの好きにすれば良いし、俺はあんた専用の用心棒故に、あんたの進む先に付いて行くのみさ」
一瞬でも不安に思ったのだろうか。虚ろに淀み切った双眸に迷いのような揺らぎが見えた。しかし、肯定の意思を貫き通せば、揺らぎは落ち着き、元の色に戻る。
今の主人は、酷く不安定だ。故に、何かしらの形であれ、認めてもらいたかったのだろうか。此方が肯定の返事を返す度に喜色の滲む笑みを見せた様子に、そのように解釈した。
不意に、目の前に居た彼女が僅かばかり背伸びをして、徐ろに此方へと手を伸ばしてきた。黙って様子を見守っていれば、影を作っていた前髪を払い除けるようにして此方の目を覗き込んでくる。そして、思いもよらなかった言葉を告げた。
「ねぇ、孫六さんや。もし、俺を殺す時が来たら、その時は、君の綺麗なお目々を拝みながら死なせておくれよ」
「……其れは、どういった思惑で?」
「単純に、君の目を見るのが好きだから、だよ。他に理由が要るかい……?」
一瞬、不自然な間が生まれかけるも、上手い事間を繋ぐ形の言葉を返す。すれば、彼女は
確かに、その言い分であれば、無駄な言葉も理由も必要無いと思えた。だからこそ、思うままの言葉を口にして返す。
「そういう事なら……そうだな、俺の腕の中にでも抱いた状態で、出来る限り安らかに逝けるよう努めてみせようか」
「おや。こんな男前な色男に抱いてもらえるだなんて、女冥利に尽きるというものだね!」
「もし、其れを本気で言っているのなら、俺に殺される前に一度肌を合わせて欲しいところなんだが……色好い返事は貰えるのかい?」
「あらやだ。こんな時でも助平を発揮するだなんて、孫六さんたら根っからの助平野郎なんだね? 其れも愉快で面白いから構わないけどもっ」
「構わないのなら、今夜一発抱かれちゃあくれないか。あんたが死ぬ前に、一度くらい夢を見させてくれたって良いだろう……?」
「うーん……其れもそうだねぇ。俺も女の端くれ故に、死ぬ前に一度くらいはそういった夢を見たって罰は当たらんだろう……くらいには思ってるかな」
「なら、交渉成立と捉えて良いんだな?」
慣れない爪先立ちなどして、わざわざ身長差を埋めようとでもしていたのだろうか。何とも愛らしい事この上ないが、そのままにしておくのも危なかったので、自然とした流れで助けの手を差し伸べる事にした。鍛えてもいない体幹では、既に体を支えきれないようでふらつき始めている。其れを支えるように腰を抱き寄せた。ついでとばかりに、少しは意識してもらおうと、少しばかり強引に引き寄せた下半身に自身の猛りを押し付けた。
すると、さっきまでの空気は何処へやら。途端に初心らしく顔を赤らめ恥じらう様を見せ始めるではないか。此れは
しかし、彼女とて、やられっぱなしのままで居るような性格ではない。負けん気の強い主人の事だ。このまましおらしく我が腕の中に収まっているタマではないだろうと踏んでいた。予想は的中して、せめてもの抵抗のつもりだろう。伸ばした先の手で、思い切り力を込めて片耳を引っ張られた。
「こらっ。まだ許可は出していないが? こんな処で盛るんじゃないよ。せめて時と場所くらい選びなさいな」
「すまんが、此れでも保った方なんだ。説教なら、時間が許す限り後からでも幾らでも聞いてやるから。もう良いだろう? なあ」
「待ても出来ない程の駄犬に育てた覚えは無いが?」
「なら、主人自らの手で躾け直してくれれば良い。生憎、程々にも我慢の限界が来てるんでねぇ。主人からのお許しさえ貰えれば、俺はちゃんと言う事を聞いて良い子にしているぞ」
「どの口が言うんだ、どの口が……!」
「ははっ。喉輪か首枷が欲しければ、代わりのものなら俺がくれてやろう。だから、今少しその命俺に預けちゃあくれないかい? 何、悪いようにはせんよ。ちょこっとばかし、気持ち良い事を知るってだけさ……って、イテテテテテッ! ちょっ、主人、本当にソレ痛いから離してく、ィ゙デデデデッ!!」
ちょっと戯けた風に
「主人ッ、待っ……! 本気でもげそうなんだって!! だから離してくださいお願いしますッッッ!!」
「……次、下手な口利いたら容赦せんからな。次やったら、金蹴り程度じゃ済まさんぞ」
「これからヤろうって相手に言う事がソレか!? 勃つモンも勃たなくなったらどう責任取ってくれるんだ!! 言っとくが、俺はまだ童貞だからな!!」
「大声でわざわざ威張って言う事でもなくない……? というか、その顔で童貞だった事が驚きだわ。てっきり、もう花街辺りで早い内からすんなり済ませてるものとばっか思ってたから意外〜」
「え、何……? 好きな子目の前にして尚且つその本人から辱め受けてるの俺?? えっ、気の所為だよね?? そうだと言ってくれ、じゃないと俺の小さく繊細な
「いや、本丸全員の下事情とか一々把握しとらんよ。今どんだけの刀数が在中しとる思っとんねん。其処まで気ィ回るかいっちゅー話やわ。つか、硝子のハートて(笑)。嘘おっしゃいな。テメェのハートが硝子製な訳あるかい。図太い神経しとってよく言うわ。ホンマはガチガチの鋼鉄製じゃろ」
「そうか……。なら、お互い初物同士という事で、此処はお一つお手柔らかに行こうな!」
「しれっと無視すな。絶対ェお手柔らかにするつもりなんざあらへん目付きやん。バッキバキやぞ。戦でもないのに瞳孔開き切っとるやん、やばぁ……ッ」
「はははははははっ。そりゃ当たり前だろう。目の前に上等物な獲物が掛かって俺に喰われるのを今か今かと待ち侘びてくれているんだからなあ」
「今からでも最高錬度の極短刀呼んでくる……? あっ。でも、肝心の其奴が人妻好きのロクデナシ野郎だから駄目だ。逆に援護されかねん……其れは避けてぇところだな……。じゃあ、代わりにカンスト組のトップ張ってる七星さん辺りにでもお願いするか……」
「ねぇ、待って。俺を確実に仕留める刃選決めないで?? 俺の息の根が止まって御臨終しちゃうからッッッ」
「躾け直すのには丁度良いのでは?」
「躾け直される前に命の灯火が絶えるわァ!!」
本当に、さっきまでの空気は何処へやら。本気で命の灯火を消されかねない危機感に、あだこだと並べ立てて必死に訴えかけていたらば。身長差から首根っこを掴めないと判断したのか、代わりに襟巻きを掴まれたと理解した瞬間には、何処ぞへと引き摺りながら移動を開始させられていた。
ーーいや、それにしても本当に容赦ないな……っ!?
そう思わずには居られず、物理的に息苦しい状態に耐えながらも何とか解放して欲しい意思を伝えようと藻掻き、口を開く。
「主人ッ……今度は首が絞まってるんだが……!!」
「応よ。お前ェさんがちっとも大人しくしねぇから、俺自ら部屋に連行してやってんのよ。有難く思いな」
「ぐふッッッ、ま゙っ゙……冗談抜ぎでじま゙っ゙でる゙ぅ゙ー!!」
「ッははは! やぁ〜、愉快痛快とは、まさしくこの事だなぁ」
「主人ーッッッ!!」
「ハイハイ、そう喚かんでも聞こえてるよ」
そう言って襟巻きを離した彼女は、代わりにとばかりに今度は胸倉を掴んで引き寄せ、唇を奪っていった。途端、全思考が停止して呆ける事しか出来なくなったのは言うまでもなく。その様子が大層可笑しかったのだろう。
クツクツと喉奥で笑いを噛み殺していたかと思えば、とうとう堪え切れなくなったらしい彼女の大きな笑い声が本丸中へと響き渡るのであった。
尚、その後に事に及んだか否かについては、敢えて暈すとしよう。此処で明かしたところで野暮という話だろうしな。
加筆修正日:2024.11.17
公開日:2024.11.17