「何故、そうも生き急いでいるのか、やはり俺には分からんなぁ……」
「んぇ……? 御免、千代ちゃん……今何か言うた?」
睡眠負債が溜まっているだけに非ず、心身的にも活動限界を迎えている頃であるのに、何をそんなに彼女を急き立てるのか。
目の下に出来た深い隈が消えずのまま残ってしまっている事にも気付かず。其れどころか、ただでさえ無理が祟ってしんどい体へ鞭を打つように無茶を重ねて審神者業以外の労働にも手を回そうとしている。明らかに、命を削る行為そのものにしか見えなかった。
だから、俺が側に付いている内は程々で止めさせようと、やんわりとだが頑として譲らぬ態度で示した。
「主、そろそろ休むべきだ。先程から眠気と疲労からまともに目すら開いていないだろう? 今は気を張って何とか開こうと努力しているようだが……もう限界も近いんじゃないか?」
「ん゙ん゙ぅ゙…………っ。でも、せめて、桜回復だけでも終わらせとこう思うてやな……。異去周回で疲労した子達の散った桜回復させといた方が、次出陣させる時楽やろうから……」
「後々の効率を重視したい気持ちも分からんでもないが、其れは別に後からでも出来るんじゃないか? 今、急いで遣る必要は無いと俺は思うぞ。それよりも、主は早く休んだ方が良い。疲労の蓄積からか、貧血と若干の目眩が合わさって焦点もブレかかっているようだし……。何より、眼精疲労もだいぶやばいところまでキテいるんじゃないか?」
「ん゙ぐっ……。でも、次遣る時の事考えたら、少しでも楽にスムーズに事が運ぶようにしておいた方が色々と都合良くなるし……っ」
「そうやって、無理に無理を重ねて倒れてしまっては元も子もないと、初期刀の加州から口を
この間、俺が小烏丸より近侍の役目を引き継いですぐから、審神者が仕事をする為の執務室には俺の近侍曲とやらが背景でずっと流れた状態であった。その影響もあってだろうか、段々と彼女の活動が鈍っていっている事に気付く。眠気と闘っていたのだろうが、其れももうそろそろ限界が訪れそうだ。
ほぼ半分程舟を漕いでいる頭は、グラグラと前後に揺れて、重力に耐え切れずに徐々に徐々に前傾姿勢へと傾いていく。このまま放っておいては、彼女の頭が執務机にぶつかって怪我をしかねない。
此れは実力行使に出るしかないかと判断し、ふらつく体を何とかその場に留めようと足掻いていた彼女の背に、腕を回して支えて言う。
「主……今日は、もうその辺にしておこう。これ以上は体に障ってしまう。大丈夫……小判集めの催物とやらはまだ始まったばかりだし、最終期限日まで三週間はある。
ほぼ此方の腕に寄り掛かるような体勢となってしまっている彼女に、敢えて言い含めるように告げれば、既に瞑れかけていた両の目蓋を伏せて深く息を吐き出した。
そうして、寝惚け半分の頭で伝えておきたかったのだろう事柄を、ほぼほぼ意識を夢の淵へと落としながらボソボソと呟く。
「なら……せめて……重傷負ったちょぎ君の状態確認と…………あと、ついでに溶かしてもうた水心子君とちょぎ君の分の刀装を、予備分から補充しといて欲しい………………」
「分かった。その件については、俺の方から後で確認しておくから……主は安心して休むと良いさー」
「あぃ…………御免ね、千代ちゃん……。悪いけど……後は任せた………………」
そう言って力尽きた彼女は、カクリと全身の力を抜いて完全に俺へとその身を預けてしまった。どうやら、思っていたよりも活動限界はすぐ側まで迫っていたらしく、志半ばで寝落ちてしまったようだ。
疲れ果てた顔付きを張り付けた寝顔を曝す彼女を楽な姿勢にさせてやるべく、一度起こさない程度に座った体勢のまま抱き上げて奥の間の寝室へと運ぶ。
故に、仕方なく横たえさせようと思った体はそのままに、俺自身が布団の側へ腰を下ろすだけに留めた。
疲れ切っていたのだろう。少しの揺れを与えたくらいでは起きず、健やかな寝息を立てていた。
(此れは、起こさないままの方が良さそうだな……。長義には申し訳ないが、手入が終わり次第此方に顔を出しに来るだろうから、様子を見に行く件は省略させてもらおう)
敷きっ放しの布団の上に放置されていた掛け布団やら毛布を引っ張って、胡座をかいた膝上に抱いた彼女を包むように上から掛けて抱え直す。己の胸元へ頭を寄り掛からせる形で軽く横抱きにすれば、多少なりとも楽だろうと思った。
本当は、きちんと布団に横になった方が体は休まるのだが……如何せん、服を掴まれてしまっていては離れたくとも離れようがない。
何とも愛らしい甘え方をされては満更でもなく、自然と顔付きは緩んでいった。
執務室とを隔てる襖戸は、敢えて開け放ったままにし、俺の近侍曲とやらが聴こえるように配慮した。
(そういえば……主は、俺の近侍曲は
そんなこんな、何とか彼女を寝かし付ける事に成功した事に安堵していると、気になって様子を見に来たんだろう北谷菜切が、開け放ったままの襖戸から顔を覗かせて、小さく抑えた声量で以て問うてくる。
「千代金丸よー、主はちゃんと寝付いたかい〜?」
「北谷菜切かー。今、丁度寝かし付けたところさ〜」
「あれ。何で布団の側まで辿り着いてるのに、そんな中途半端な処で寝かせてるんだい?」
「実はよー……困った事に、主が俺の服を掴んで離してくれなくてなぁ……っ」
「
「だからよー。起こさないようにそのまま寝かす事にしたって訳さ〜」
「まぁ、そうするしかなさそうだもんなぁ。それにしても、すっかり安堵し切った顔しちゃってまぁ〜っ。そんなに千代金丸の側が安心出来るのかねー?」
「さぁ……其れは、どうなんだろうか……? 俺にはよく分からんが……そうであれば良いな、とは思うなぁ」
気付けば、己の腕の中で安らかな顔付きで眠っている彼女を見つめて、穏やかな心地に至りながらそう思った。
そうこうしていると、此方の状況を把握した北谷菜切が腕組みをして何やら考え込み始める。
「近侍の千代金丸が動けないとなると、他の誰かが代理で動かなきゃならなくなりそうだな。取り敢えず、其れを最優先で何とかする事を考えなくちゃならないけど……どうしたもんかねー?」
「
北谷菜切が来たのなら、恐らくもう一方も来るとは予想していたが。案の定、先の北谷菜切同様に様子を見に来たらしい治金丸が、北谷菜切の背後より声をかけてきた。
其れに振り返ったと同時に、何やら閃いた顔をした北谷菜切が再び口を開く。
「おっ、丁度良いところにっ! 治金丸ー! お前、千代金丸が動けない代わりに、近侍代理として近侍のお仕事肩代わりしてやってくれないかい?」
「えっ?
「部屋見れば分かると思うけど、今、千代金丸は主のベッド代わりになっちゃってるから
「あ〜……うん。此れは確かに動けなさそうだなー……。分かった、俺が
「
「しょうがないさ。今、
「主自身がまだ完全に寝落ちてしまう前にと、手入部屋へ突っ込んでいた長義の様子を見てきて欲しい。異去の周回中に強敵の攻撃を受けて重傷になった長義の事を、寝落ちる寸前まで気にかけていたから……一応、手入が終わるまでに一度確認しておいてもらえるか? 確か、手伝い札は使わずに回していたから、手入が終わるまでは拾五時間以上掛かる筈……。となると、半日以上手入に掛かり切りになってしまう事になるからなぁ。あぁ……あと、その時の交戦で壊れてしまった刀装を予備分から補充して、水心子と長義それぞれに壊れた分ずつ渡しておいて欲しいとも頼まれている。……其れもついでに頼めるか?」
「お安い御用さ。それじゃ、俺は早速仕事をこなしてくるとするよ」
「だぁ。俺は、主が目ぇ覚ました時に糖分補給出来るよう、
「
「良いって事よー」
気心知れた仲故の気軽い遣り取りを交わして、一旦その場を解散する。
彼女は変わらず寝入ったままで、スヤスヤと寝息を立てていた。
他の刀のように上手く出来るかはあまり自信は無いが、琉球王国の宝刀として現代にまで大切に残され人々に愛されてきた恩を返すべく、今はこの本丸の――彼女の刀として、守護の力を反映出来ればなと思う。
「せめて、夢くらいは良い夢を見させてやりたいよなー……。俺の力が何処まで及ぶかは未知数だが、修行より帰って主の刀たるやと研鑽を積んできたんだ。少しは前よりも役に立てると思う……。だからよー……眠っている時くらいは
子守唄代わりにもならない独り言を眠る彼女の耳に囁くように呟いて、一人満足する。
今日の近侍が俺で良かった。少しでも、彼女の気が緩んで心から休まる事が出来るのなら、其れに越した事はない。
彼女が眠りから覚めるまでの間に、言い付けられていた仕事を終わらせてきた治金丸が、報告の為に再び部屋に訪れてきた。
「
「そうか、其れは何よりだ」
「報告は以上になるけど……。それにしても、主、すっかりぐっすり寝入ってしまっているなぁ……」
「どうしたものかなーと、俺も考えてはいるんだが……生憎、現状を維持する事ぐらいしか思い浮かばなくてなー」
「まぁ、
「流石に、尿意を催した時は代わってもらえると助かるんだが……」
「その時は流石に代わってやるって! 主だって、厠に行く事くらいは許してくれるだろ……たぶんだけど」
「主が手を離してくれなければ、動くに
命を削ってまで日々を過ごしている所為か、酷く弱り切った体は痩せ細ってしまって薄く軽い。故に、重さ的な意味での辛さは然程感じないが、其れ故に逆に心配になってきてしまうのが現実だ。
力を込めれば折れてしまいそうな程に脆く細い首や手足に触れて、思う。どうか、生きる力を失わずに生きてくれ、と――。
今の彼女は、これまで以上に生命力が低下してしまっているからか、ちょっとでも力加減を間違えてしまったら折れてしまいかねない程弱々しい状態だった。だからこそ願わずには居られない。生きてこそ繋がる、望める
「此れは、俺の身勝手な願いかもしれないが……どうか、少しでも長く生きて欲しい……。俺にとっては、失いたくない、大事な大事な命だから…………。海に近くある存在を、安々と手放したくないんだ。俺を海と例えた主は、海底をも照らす
随分と頼り無い程に細くなってしまった彼女の手首を取って、己の体温を移すかの如く握り込んで懇願する。どうか、今紡いだ言葉が言霊となって、彼女の生きる為の寄す処とならん事を祈って。
「
現世での事は、俺達の手が届かないところでの事だから、何もしてやれない。だからこそ、せめてもの救いにでもなればと、こうして強く祈り、彼女と繋がる縁を明確に強めていくぐらいしか出来ない。其れで、彼女の心が救われるのなら。余りある霊力や神気だって捧げるつもりだ。
しかし、其れは生きる力に変えられるとしても、遣り過ぎれば人の理から外れてしまう事になる。彼女を人でなくしてしまいかねない。故に、安易に自分の力を注ぎ込む事も出来ない。彼女の同意無きまま行うのは、あまりにも非道的行いだ。彼女の意志を無視するような真似は、あまりしたくはない。
其れでも、今ばかりは祈っても良いだろうか。深く寝入ってしまっている事を良い事に、言霊で縛るような真似事をしても。今、俺に出来るのは此れぐらいしか出来ないから……せめて、祈るぐらいは許して欲しいと思う。
丁度、長義の手入が終わる頃。目を覚ました彼女は、寝落ちる前よりかは幾分か血色の良くなった顔付きをしていた。其れに心底ホッと安堵しながら、努めて優しく声をかけた。
「おはよう、俺の
「あぇ……千代ちゃん……? え、何で…………」
「主が電池切れを起こして寝落ちてしまった時にな、いつの間にか俺の服を掴んでしまっていたらしくて……其れで、仕方なくこのまま寝かせていたという訳なんだ」
「ええっ!? そういう時は、普通に起こすなり、無理矢理にでも引き剥がしてペイッて布団に投げといてくれて構わないのよ!?」
「
「だからって、わざわざ抱っこしたまんまは甘やかし過ぎやって……!! ストレス過多で体重落ちて以降なかなか平均値まで戻ってはいないとは言え、そこそこ重かった筈やろ!? 足とか痺れてない!? 大丈夫か!??」
「主へと降りかかった災厄や疲労困憊度合いと比べれば、こんなの大した事ないさー」
「いや、今そういう話やないって……っ!」
「俺の事よりも、主は自分の事をもっと気にした方が良い。無理は禁物だぞ。体が限界を訴えているのなら、素直に従って休む事を覚えてくれ」
「ち、千代ちゃん……? もしかして、仕事ん途中で寝落ちって仕事投げ出した事怒ってる……??」
寝起きたばかりの彼女の顔を両手で固定するように包んで正面から覗き込みつつ言い募れば、困惑した様子でそう問われた。
俺は、怒っているのだろうか。否、此れは……彼女に対しての怒りとは違う。恐らく、どうしようも出来ない現実への無力感から来る、自分に対しての感情だ。其れに混ざる形で、彼女へと向ける心配という気持ちが大きく揺れ動いていた。
彼女を責める道理はない。どうも、彼女が眠っている間、少し考え込み過ぎたようだ。
一度、深く長い溜め息を吐き出して、気持ちを切り替える。彼女に、下手に感情を悟らせないように。
「目が覚めたばかりだというのに、ちょっと言い過ぎたな。すまない……。でも、其れだけ俺や本丸の皆が主の事を気にかけているのだという事を、忘れないでいて欲しい。……心配なんだ、主の事が大切だから」
「千代ちゃん……」
「だから、あんまり無茶だけはしないように努めてくれると嬉しい。主が傷付き壊れていく姿は、見たくないからなぁ」
額を突き合わせるようにして告げれば、彼女の目が自分の目を真っ直ぐと覗き込んで視線を合わせてくれようとしている事に気が付いた。その純粋な眼差しが、これ以上曇ってしまわないように守らなくては……。
「心配かけて御免やで、千代ちゃん。でも、俺、馬鹿だからさ……これ以上無茶するなって事、約束出来そうにないや」
「主……」
「そうでもせんと、回らん事って沢山あるからさっ。大丈夫、死ななきゃ安い。既に色々壊れとる身やから、更なる困難が降りかかろうと今更やき」
そう言って笑った彼女の目が笑っていなかった事に、彼女自身気が付いているのだろうか。いや、たぶんだが、気が付いた上で気付かないフリを決め込んで遣り過してきたに違いない。
本当に自分という存在を蔑ろにし過ぎていて、恐ろしい。いつか、その身を滅ぼし、破滅してしまわないか。既に、その手前程にまで追い詰められている事に、気が付いていないのだろうか。気付いた上で、やはりそのまま破滅の道を突き進もうとしているのだろうか。自分の命を消耗してまで――。
そんな事だけは防がなくてはと、この場に繋ぎ止めようと思った。
「主がその気なら、俺にも考えがあるぞ」
「えっ…………」
額を突き合わせたままだったのから、一度離して、改めて顔を近付ける。そうして、彼女の唇に俺のものを重ね合わせるように触れた。触れ合わせた先から微量の神気を流し込んで、彼女から流れ込んでくる霊力と馴染ませて受け渡す。少し強引な遣り方だったかもしれないが、強情な彼女にはこの方法が一番手っ取り早いだろう。
軽く重ね合わせていたのは、時間にして数秒間程。彼女が一瞬呆気に取られてしまっている内に唇を離せば、先程まで赤みのなかった唇が艷やかな赤みを取り戻している事に気付く。俺が口付けた所為か、少しばかり湿っぽく濡れてしまった様が、何だか無性に色っぽく思えてしまった。其れに、俺も男神として降ろされたが故の
一方、突然前置き無く口付けをされた事に驚き過ぎて帰ってこれないのか、呆然と固まり切ってしまった彼女。此れは明らかに遣り過ぎたかもしれない。
一先ず、遥か彼方へと飛んでいってしまったであろう彼女の意識を戻してやるべく、今しがた触れ合わせたばかりの唇を親指でなぞるように触れた。途端、ビクゥッ!!とあからさまに肩を跳ねさせて、徐々に顔を赤らめさせていく。そうして、羞恥心からか、涙目で目を潤ませて口を
純粋に、
だから、俺は努めて優しい声で言った。
「……そう、あんまり可愛い顔をしないでくれ。俺も男だから、勝手に煽られてしまう。あまり煽られては、俺もどうなるか分からんからなぁ……。主を傷付けたくはないし、下手な事はしないでもらえると有難い」
「ぴぇッ…………千代ちゃんが雄の顔しとる………………っ!」
「はははっ。まぁ、俺も男だからなぁ。此ればっかりは仕方のない事だと諦めてくれ」
そう言って、暗に今ので仕置きは終いだという風に指の腹で頬を撫ぜれば、ふと何かに気付いた様子の彼女が視線を俯かせた。どうかしたのかと思って見守っていれば、徐ろに口を開いた彼女から思わぬ爆弾を落とされてしまった。
「千代ちゃんや…………触れないでおこうと思ってたんやが……さっきから気になってしょうがないから、この際ぶっちゃけて訊くけどにゃ。……さっきからお尻の下辺りに当たってる硬いものは何だい??」
「…………あ゙ー…………其れは……たぶん、主の事をずっと抱えていた所為で起きた生理現象とやらだなぁー…………っ」
「えーっと……? つまりは、現在進行形で勃起しているという状況になりますが……
「取り敢えず……速やかに俺の上から退いた方が良いと思うなー……」
「成程。了解しましたであります」
「うん……そうしてくれると助かる……」
柔らかな女体に長時間触れていた影響だろうか、尿意を催すよりも遥かに度し難い生理現象が起きてしまっていた。我ながら不甲斐ないと心の中だけで思う。
何かしらを察したらしい彼女は、何故か妙に畏まった口調で応答した。そのまま、俺の忠告に素直に従って、もそもそと俺の膝上から降りようとしていた彼女だったが。何故か途中で動きを止めた事に首を傾げて問う。
「どうした、主……? 何かあったか?」
「いや……ふと、不思議だなぁ〜と思いまして」
「うん??」
「確かに俺も女の端くれだとは自覚済みだけれどもよ……俺の体に触れていた事でこうもなるもんなのかね?――と思いましてやな」
「………………主……控えめに言っておくが、それ以上はイケナイ」
「ほぇ?」
「理由は何であれ、それ以上は触れない方が身の為だと思った方が良い」
「…………千代ちゃんでも勃ったりするんやね??」
「主」
「気に障ったら御免やて。けど、純粋な感情から来る知的好奇心って言うの? 千代ちゃんも健全な男の子やったんやなぁ〜って思うただけやで」
こうなってしまったのは、恐らくさっきの口付けによるところが大きいとは思うが、其れを敢えて口にする事は流石に憚られたので黙っておく事にした。
取り敢えず、早く俺の上から退いて欲しい。彼女が目の前から去るまでは大人しく堪えておくが、このまま放置しておくのは流石に男の身として辛いものがある。そう願って控えめに視線で訴えるも、
此れは……本気で
すると、彼女はあろう事か、腰を浮かせて膝上より降りるなり、柔く丸い尻が乗っかっていた場所を指先で突っ付き始めたのだ。思わず、腰がピクリと反応してしまったのには目を瞑ってもらいたい。
今しがた忠告したばかりだというのに、何て事をし始めるのやら。堪らず、下履きの上からでも分かる程勃ち上がってしまっている自分の物を突っ付く彼女の手を掴んで止める。冗談抜きで本当にそれ以上はイケナイ。
「主ッ……流石に其れは、遊び半分でやって良い事ではないぞ……!」
「あ、やっぱ駄目でした??」
「駄目と分かっていて何故やらかすのか俺には分からんが、本気でそれ以上は止めておけ」
「……千代ちゃん、今我慢してて辛い?」
「分かっているのなら話が早いな……。そういう訳だから、すまないが俺は一旦離席させてもら――、」
「俺の所為でなっちゃった生理現象なら、俺が責任を取ってヌいてあげよか……?」
「――は??」
言われた言葉の意味が理解出来なくて、つい反射的に何も取り繕っていない状態の返事を返してしまった。
――今、彼女は何と言った……?
思考停止した状態で彼女の返答を待てば、次の瞬間、彼女から更なる爆弾を投下されるのだった。
「見たところ、まだ半勃ち状態っぽいから……そのまんまは辛かろうし、手伝ってあげよかなぁ〜って」
「確かに……まだ完全には勃起し切ってはいない状態だろうが……だからと言って、何故主にそんな真似をさせなくてはならない??」
「単純に、申し訳なさから来る奉仕精神? みたいなっ! 勿論、千代ちゃんが本気で嫌がるような事はしないよ。出来れば、自分の刀に嫌われるような事したくないし」
完全に意識の外だった。
少なからず想っているような相手から、そんな期待を煽るような事を言われてしまったら、歯止めが効かなくなるどころではなくなると思うのだが。彼女は自覚して言っているのだろうか。否、天然なところのある彼女の事だから、
不意に、止めるべくして掴んだ手を逆に反対の手で重ねるようにして触れられ、上目遣いで以て見つめられた。そして、蠱惑的な視線と囁きが俺を誘惑する。
「さて、千代ちゃん自身はどうしたい……? 俺に、どうして欲しい?」
はくり、喉を震わそうとするも何も発する事は叶わず。人の身を器に持つが故の本能か、無意識に生唾を飲み込んだ先で、脳裏で理性の糸がぷつり、と切れかけた――その時。
危機的状況を察して駆け付けて来たのだろう北谷菜切が、一瞬の隙に間合いを詰め、寸でで彼女を俺から引き剥がしてくれた。
そうして、分かりやすく憤慨した顔を張り付けて、俺から距離を取らせるべく引き剥がした彼女へと向けて言葉を発する。
「こらぁっ!! 悪戯するのも限度ってものがあるよ、主ー!! 千代金丸を虐めちゃ駄目だろう、全く……!!」
「あいやぁっ。いきなり物凄い力で引っ張られたかと思えば、菜切君だったかい」
「此れに懲りたら、もう変な悪戯しちゃ駄目だぞー!」
「はぁい。……へへっ、怒られちった」
「もぉーっ、痛い目見たくなかったらちゃんと反省しなきゃ駄目だからなー?」
「んふふっ。分かったから、そんな怒らんといてよ〜。可愛いお顔が台無しやで?」
「今、口説かれたって何も響かないさー。俺達が可愛くて大事だからって、下手に調子に乗って油断して、いつか本気で後悔する事になっても知らないからなーっ。俺はちゃんと忠告したぞ!」
そう言って、彼女へ分かりやすく厳しく言い含め
一見、傍から見たら北谷菜切が登場した事に呆気に取られているような状態で固まっていた俺の側へ、いつの間に来ていたのか、治金丸が近寄って来ていて、二人には聞こえないようにこっそり耳打ちしてきた。
「大丈夫か、
「治金丸か……。
「何となく嫌な予感がして
「他人事だと思って……」
「実際他人事だし。俺じゃなくて良かったと心の底から思うと同時に同情したさー」
「まさか、こんな事になるとは…………」
「流石に今回起きた出来事は、誰も予想出来なかったって」
「
治金丸より慰められつつ、北谷菜切が意識を逸らしてくれている内にこっそり彼女の部屋から抜け出て厠へと急いだ。
それにしても、アレは心臓に悪過ぎる。彼女に、あんな小悪魔的一面があったとは知らなかったが故に油断してしまったが、次が起こらないよう彼女とまた二人きりになるような機会があったら気を付ける事にしよう。
そんな事を考えつつ部屋へと戻れば、手入を終えた長義が当時部隊長であった水心子と一緒に戦果報告に来ているところだった。
「この度は、私が至らないばかりに部隊員の者を負傷させてしまって誠に申し訳ない……! おまけに、貴重な兵力たる刀装を破壊してしまうし……本当に申し訳ないっ!! この通りだ!!」
「負傷に関しては、完全に此方の落ち度だから君が気に病む必要は無いよ。アレは、俺が相手の力量を見誤ったが故に起きた事だったんだから。水心子は何も悪く無いし、隊長として遣るべき務めはきちんと果たしている。故に、今回の負傷については、完全に俺の落ち度である訳で、そう気に病まないでくれ。俺自身、あの時は攻撃を刃で受け止めたまでは良かったが、強靭な一撃故に勢いを殺し切れずに、結果まともに食らって戦線離脱状態にまで追い遣られてしまって情けない限りだ。山姥切の本歌として不甲斐ないばかりか、主に会わせる顔がないよ……」
「しかしっ……! 部隊長を務めておきながら、仲間の事も守れなくては意味が無いではないか!」
「水心子君の言いたい気持ちも分かるし、ちょぎ君の言いたい気持ちも分かるが……全ては俺が君等を信じ、また、君等が負傷する事も覚悟の上で出陣させたが故に起きた事だ。その責は、采配した審神者たる俺にあるよ。ただでさえ、異去は危険が伴う場所だ。通常の戦場よりも遥かに負傷リスクの高い戦場となっている。でも、その上で挑んだ。君等の力を信じて、だ。結果、負傷者が出ようと、きちんと勝利をもぎ取りつつも無事に帰ってきてくれたんだから……俺にとっては、其れだけで十分なんだよ。有難う、ちゃんと俺の元へ帰ってきてくれて。そして、お疲れ様でした!」
先程までとは打って変わって、審神者たる者としての責任を背負って凛として佇む彼女の姿が、其処にはあった。
果たして、何方が本当の彼女なのか、分からなくなる出来事だった。
今回は俺が翻弄されてばかりだったが、もし次の機会があるのなら、その時は彼女の番だと、密かにほくそ笑んでいる事はまだ知られてはならないな。大事であるからこそ、嫌われたくはないから。
※タイトル解説……『海は密かにうんじゅが事をかなさんどー』沖縄弁の部分を標準語に訳すと→『海は密かにあなたの事を愛してる』という意味になります。全文沖縄弁で表記すると絶対よく分からない上に読みづらいかなと思い、一部、無理矢理漢字を当て嵌める等して弄った次第です。一応、修正前の原文の方も載せておくと、『海ー密かにうんじゅがくとぅかなさんどー』といった感じになります。
加筆修正日:2024.11.22