とある本丸の口説き上手な小虎は、袖を振られ続けているらしい。
というのも、口説き相手へ事ある毎に愛の言葉として捉えられるであろう言葉の数々を囁いているのだが、一向に振り向いてくれる気配が無いのだそう。全くの脈無しという訳でもなさそうなだけに、いつも惜しいところで躱されているのだとか。
そんな小虎の処へ、
「唐突にお話失礼なのだけども、ちょいと今お時間宜しい?」
「今日は非番で特に用も無く暇してたところだから全然構わないが……藪から棒にどうしたんだい? そもが、主から直々に個人的なお誘いなんて珍しいだろう。いやはや、普段は幾ら口説き文句を投げようと、何故かいつも空振りのようにウケられて終わるだけだったのが嘘のようだ。お誘いを受けた事そのもの自体は実に嬉しい事だし大歓迎だが。……其れで、俺に話とは何だい?」
余程お誘いという名の声をかけられた事自体が嬉しかったのか、一言に対する返事の言葉数が多くて、傍から客観的に見たら軽く引くレベルであった。
しかし、審神者は慣れているのか、通常運転な様子を崩さずに続きの言葉を告げる。
「
「ははぁ〜ん、成程そういう事だったか。まぁ、その通りだよ。由来は、『奥平家刀剣録』にて“小虎之太刀”とも呼ばれていたって記載が残っている事からさ。だが、何故其れをわざわざ?」
純粋な疑問が勝って改めて問えば、至極淡々とした調子の淡白な回答が返ってきた。
「“銭六百貫様”って以外にも異名というか渾名みたいなのがあったんだね〜って話がしたかっただけで、特に意味もオチも無い。何なら中身も詰まってない、頭空っぽな脳死状態から弾き出された話題と思っておくんなせぇや」
「“銭六百貫様”ってのは、八丁念仏から限定の呼び名で、あんたまでそう呼んでくれるなよ……っ。俺との仲なのに、物寂しくなるじゃないか。いつもみたいに“若さん”呼びで居てくれないと調子が狂いそうだ。頼むから、八丁念仏の真似してその呼び方で呼ばないでくれよ? ……というか、あんた、時々そうやって素でボケるよなぁ……。いや、天然って言った方が角が立たないか?」
「まぁ、事実、素でボケる事不定期であるな! 大体が何も考えずに脳死した状態で物話すから、そうなってるだけなんだろうけども」
「疲労が溜まってるんなら、早急に休む事をお勧めするよ」
「ははっ、まだそんな疲れてないから大丈夫さね」
「あんたのその“大丈夫”とやら程、信用無いものはないがなぁ〜」
「あっはっは。耳が痛いや」
痛いところを突かれて、審神者は乾いた笑みを浮かべて露骨に視線を明後日の方角へと逸らした。実に分かりやすくて結構である。
「其れにしても、“小虎”とな……」
「うん? まだ何か続きでもあるのかい?」
ふと、徐ろに呟きを落とした審神者の様子が気になり、先を促す言葉をかける。すれば、審神者は何やら考え込むような仕草で腕を組みつつ、口元に手を当てて言いかけた言葉の先を話し始めた。
「いや……ちょいと虎繋がりで思い出したフレーズ(?)が、お一つありましてやなぁ」
「ほう。どんな物かお聞かせ願っても?」
「え〜っと、確か……アレ、あの〜、お座敷とかで遊ぶ時に出て来るやつでさ。“とらと〜らと〜らとら♪”みたいな節の付く唄なかったっけ?」
「もしかして、“とらとら”の事かい?」
「そうっ! ソレ!!」
ズバリ言い当てた大般若に向かって両手揃えて<ビシィッ!>と擬音が付く勢いで指差せば、意外だったのか、半ば驚いたような呆れ半分混じりの反応を頂いた。
「おいおい……っ、そいつは芸舞妓とのお座敷遊びでは定番も定番のネタだぞ? 何たってそんなネタを、如何にもと言った風に夜遊びなぞもした事が無さそうな
「某名探偵の劇場版のワンシーンで出ておりました故、何となく子供の頃より耳に残っておりましてん」
「一瞬でも疑った俺が馬鹿だった……」
訝しげに問われて率直に事の訳を話せば、途端に目を覆って項垂れた風なポーズで以て返事を返される。その反応を些か不満に思った審神者は、茶化した風な口調で問うた。
「にゃんだい。俺が、“吉原に一度でも足を運んだ事がある”とでも言ったら、何か不都合な悪い事でもあるのかいね?」
「実際のところは?」
「質問を質問で返すにゃよおぅ。第一、俺がそんなタマしてると思うかい?」
「いーや、思っちゃいないね。断言して申し訳ないが」
「そもがよ、用も無いのにそんな処に行く訳がねぇわや」
「其れを聞いて安心したよ」
「何でさ?」
純粋な疑問を抱いた審神者は、またもや率直にも問い返した。すると、ちょびっとばかし熱の込もった視線と共に顎に手を当てた姿勢で答えを返された。
「そりゃあ……少なからず想ってる相手が、実は夜な夜なこっそり誰にも知られず遊廓なんぞに足を運んで夜遊びにシケ込んでる――なぁんて知った暁には、嫉妬に狂って、思わずこの場で無理矢理押し倒してでも手籠めにしてしまいかねないと思ったから…………かな?」
「あぃえ〜…………っ。意外も意外な感想が返ってきておったまげたわ。これぞ、“あっちょんぷりけ”ってやつ? なんちゃってさ。 にしても……え〜、そんな風に思ってたとか
「あんたの事を真剣に口説き始めた辺りからだよ」
「いや、いつも出会い頭に口説かれてたから、一体どの辺りぐらいの事を指してんのか、てんで分からんが??」
「ははっ。あんたって奴はそういう御人だよなぁ。全く……鈍過ぎるのも大概にしてくれ」
「其れはすまなんだや」
「別に謝って欲しい訳でもないんだがなぁ〜」
戯れ混じりの応酬を交わした後、寸の間、沈黙が降りたのちに其れを破るように笑い声を漏らした審神者は、次のように呟いた。
「はははっ……まぁ、その
「なら、その一歩先の愛情も纏めて引っ括めて受け取っちゃあもらえないかね?」
「その気になったら受け取ってやらん事もない程度には考えておくよ」
「相変わらずつれない人だ」
「ふふっ。“小虎”なら、仮にだが、俺の大好きな猫科仲間扱いという事で可愛がってやれなくもないかもねぇ」
「おやまぁ。こりゃまた斜め上からの回答が来たもんだ」
「だって、渾名も“
意味深な含みを持たせた言葉に、虚を突かれたみたいな顔を浮かべて一瞬呆けた大般若は、思考停止の間から戻ってくると大口を開けた笑いを零して、困ったような調子で愚痴を漏らした。
「……ははははッ、こりゃ大したもんだ……。この俺を猫扱いとは恐れ入ったね。何処でそんな口説き文句覚えてくるのか……飛んだ小悪魔を隠してたな、あんた?」
「そうかな? 此れでも俺は普段通りのつもりだけども」
「尚更
「ふふ。でも、そんな俺が
「あんまりそう調子に乗って
「その時は、オイタが過ぎるって事でお仕置きコースかな?」
「ちなみに、そのお仕置きコースとやらの内容は?」
「君の祖たるみっちゃんからのお説教を考えてるところ」
「其れは実に面倒だから回避したいところだ……」
「まぁ、程々に頑張り
「毎度素っ気無く振ってくれる相手に応援されてもねぇ。……まぁ、思ったよりも色好い返事が聞けたから良しとするか」
そんなこんなで、今日も今日とて、とある本丸の口説き上手な小虎は、袖を振られ続けているらしい。
けれど、御守りを受け渡す時の遣り取りの時のみ、何処となく良い雰囲気を漂わせているとは、本人(本刃)達のみぞ知らない事であったり。
公開日:2024.12.20
加筆修正日:2025.07.31