※当作品は、孫六兼元長編『黒と浅葱と、歪な縁に焦がれ絡んで結ばれて』の派生ネタとして生まれたお話です。その為、今回のみ、一部作中にて、孫さにシリーズの番外編『関の孫六、繋ぐは縁と栞と……その後は。』とリンクした構成となっております。
※一応、単体でも読めます。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。
其れは、とある昼下がりの事だった。
「これから万屋街に出て散策したい……?」
「うん。ここのところ、ずっと体調が優れずに病院に行く以外では外出どころじゃなかったから……。そうでなくとも、元々
「本丸の敷地内である庭先では駄目なのか?」
「出来れば、久々に本丸の外まで足を伸ばして、活気ある街並みを見たり、その空気に触れたいな……って思ったんだけど、孫六さん的には駄目……かなぁ?」
唐突に、前触れ無く“万屋街へ出掛けたい”と言い出した審神者に、彼女の用心棒たる孫六兼元は一瞬首を捻った。何故そうまでして本丸の外へ行きたがるのか、見当が付かなかったからだ。
基本的に、この本丸の審神者は出不精な
ここ最近の審神者は、専ら体調面を気遣って、本丸敷地内どころか、審神者個人の自室や隣接する仕事部屋か、或いは審神者一人が居住する離れの敷地内のみを行き来するだけで、庭先にすら碌に出ていなかった。其れ故に、わざわざ用心棒たる己に声をかけてまで外出の許可を求める事への疑問を抱き、真の理由を探ろうとした。
すると、冒頭のように純粋な気持ちでの理由を挙げられた。しかも、自分が体調が悪かった所為でずっと引き籠もっていたと自覚した上で、ダメ元で自信無さげに上目遣いで以てもじもじと恥じらいながらの申請である。此れに否と言える者が居るならば挙手してくれと言いたくなるくらいには、グッと心がグラついた。恐らく、無自覚でやっているであろう事と推測されるので、下手に指摘する事も出来ない。
此れは致し方なしと判断して、孫六は思考する為にと寸の間眉間に当てていた手を下ろすと同時に深々とした溜め息を一つ零したのち、審神者と視線を合わせて返事を返した。
「まぁ……取り敢えず、俺が伴として付いて行く前提での事ならば許可しよう。但し、ちょっとでも疲れが見えたり、具合が悪くなるような兆しが見えたら、即刻本丸へ引き返すからな。この条件を飲めるのなら、万屋街へ散策に出て行くという事を認めてやろう。飲めないのならば、今回の外出は無しだ。分かったな?」
「分かった……! つまり、孫六さんを護衛役に連れてくなら外出してもオッケーて事だよね? 其れなら全然問題無いし、元々そのつもりだったから助かるよ! 有難う孫六さんっ!」
「一応、確認しておくが……本当に体調の方は大丈夫なんだろうな?」
「うん。今日は本当に、ここ数日の間で一番気分も良いし、調子も良く感じるんだ。だから、
「あー……まぁ、主人の好きな物を着てくれば良いさ。俺は、万が一の襲撃に備えて戦装束で行くが……何方にせよ、お互い身支度を整える必要があるな。俺も非番だったから内番着の格好だし。各々一旦部屋へと戻って着替えてくるとしよう。待ち合わせは、玄関辺りで良いか?」
「エエよー。じゃあ、一旦解散という事で! また後でな〜!」
そう言って、了承した事を表すべく片手を上げて敬礼ポーズを取って、上機嫌にパタパタと駆け足気味で駆けて行った審神者。言った側からそんなにはしゃいで、しかも走ったりなんぞして、出掛ける前から無駄に体力を消耗して具合が悪くなったりでもしたらどうするつもりなのか。半ば呆れつつも、「そんなに急がなくとも、俺は逃げんし、外も秋晴れで雨は降っていないから機会は逃げんぞ〜っ」と遠回しに駆け足気味で部屋へと戻っていった審神者へ注意する。一応、聞こえてはいたようで、端的な返事が返ってきたが……恐らく、というか確実に上返事で返されただけだと分かるものだった。
全く、何故そんなにも本丸外への外出に拘るのか。何か彼女の興味を惹くような目ぼしい催物などあっただろうか。記憶を遡って考えるも思い当たる節は無く、より一層謎が深まっただけに終わった。まぁ、相手は人の子であるし、そんな気分な時もあるかと適当に見当を付けて納得する事にし、己も支度をするべく自室へと戻った。
いつ
玄関先の上がり段側の処で壁に凭れて、本体を片手に抱えながらも器用にもう片方の手で読みかけの本を開いていると、偶々近くを通りかかった様子の初期刀殿から徐ろに声をかけられた。
「あれっ? 孫さん、今からどっか出掛けんの?」
「主人から直々に“万屋街へ散策に出掛けたい”との
「へぇー、良かったじゃん。外出する事自体は別に気にならないし、好きにしたら?――って思うけど。主の体調についてのみ、ちょっと心配なのが気掛かりかな〜。その辺、主は何て言ってた?」
「主人曰く、今日はここ最近の中では一番気分も良く体調も良い方なんだそうだ。だから、気晴らしに万屋街まで足を伸ばして出掛けてみたいんだと」
「まぁ、主のその気持ちも分からなくもないかな。だって、このところずっと体調優れずに部屋に籠もって大人しくしてるばっかりだったし。今日は天気も良くて、気候的にもお出掛け日和だから、良いんじゃない? 主との久々のお出掛け、楽しんで行ってきなよ。本丸の事は、俺達に任せといて〜」
「初期刀殿自ら外出を許されたのなら、尚更主人との
「ハイハイ、デートね。嬉しいのは分かったから、はしゃぐのも程々にしときなよー」
「其れは主人に対して言ってくれ。さっきもお互い出掛ける為の支度をするので別れた途端、上機嫌に駆け足気味で部屋まで戻って行ったんだから。先んじて言っておくが、俺は一応忠告はしたし、返事も貰った。ので、お咎めがあるのなら主人の方に対してお願い申し上げる」
「あのお転婆娘め……っ。自分の体調の事すっかり忘れてなきゃ良いけど!」
「其処は俺がしっかりフォローしておくから、心配要らんさ。何か有れば、主人が嫌だ何だとごねようと無理矢理引っ張って担いででもすぐに引き返すつもりだ」
「流石は主の用心棒。分かってんじゃん」
「ふふ、褒めても何も出ないぞ? まぁ、出掛けた先で土産の一つくらいは買って帰らなくもないが」
「あっ、じゃあ、
「ほぉ。そんなに強く推されると、俄然興味が湧いてきてしまうな……よし。
「えっとねー、表参道の一角で目立つ場所に看板とセットでデカデカと旗が立ってるから、たぶん近くまで行けば嫌でも目に付くし、すぐに分かると思う」
「成程、了解した」
そんなこんな会話をしている内に、約束していた審神者が身支度を終えて姿を現した。
「お待たせしやしたーっ。準備出来たよっと。何分、ちゃんとした外出は久方振りというレベルだったもんで、ちょっと支度に手間取っちゃって……っ。ちっと待たせちまったかも。御免ね、孫六さんや」
「いや。実際、本を読む暇も無い程、然程時間は経っていないから気にしないでくれ。其れよりも……再三訊くが、体調の方は本当に大丈夫なんだな?」
「さっきも言うたけど大丈夫やって! わざわざ改めて訊くとか、信用無いなぁ〜」
「気に障ったのなら失敬。だが、主人を護衛するお役目を賜っているからには、念には念を押して聞いておかないと、後から“実は無理を押してまで出掛けた所為で体調を崩しました〜”なんて事になって、初期刀殿どころか古参の古株連中全員に袋叩きにされかねんので。流石に、本丸の半数の数を占める奴等を相手取るのは御免被りたい。俺も命は惜しい身なんでね」
「確かに、そういう意味で再度確認するんは大事なこっちゃな……! ところで、何で清光が此処に居るん? あ、今のは別に純粋な疑問からの質問しただけなんで、気に障ったんやったら御免やで」
初期刀たる存在が孫六とセットで居た事に純粋な疑問を抱いたのだろう。審神者が曇り無き無垢な眼で問えば、初期刀もとい加州清光は端的に事実のみを告げた。
「ん? 俺は、偶々玄関前通り掛かったら、何やら孫さんがお出掛け準備の待機中みたいだったから、声かけてちょこっと駄弁ってただけだよ。其れよりもさぁ〜……主のその格好、ちょっと薄着過ぎない?」
「えっ、そう……? 一応、もこもこ素材の裏地付きでフード付きのあったかそうな上着選んで着て来たつもりなんやけど。中はチュニック丈のセーター着とるし、インナーにヒートテック素材のネックの長袖も着とるし、何なら下着も同じ素材の長袖シャツ着とるから、見た目以上に
「う〜ん……もうちょい何か足したいかなぁ。幾ら晴れてるからって言っても、季節柄風は冷えてきてて、日が暮れる頃には気温もグッと下がるようになったし……。おまけに、その上着、ポンチョ風になってるから首元は
「いや、あのな清光や……っ。言っとくけど、日が暮れる前には帰ってくるで? 其処まで長居する気も無いし、そもそもの前提としてそんなに歩き回ってたら疲れて逆にダウンする羽目になるから、そこそこで帰ってくるつもりやっちゃ。せやき、そんな心配せんでもえいで? あと、おまけに言わせてもらうと、この上着選んだ理由の一つに前が開いてて動きやすいからってので選びました、って事教えとくわ。暑くなったら、脱ぐまではせんでも前開けとけばだいぶ違くなるし」
「ちょっとー、控えめに言ってエッチな事言わないでよ、主ってば」
「何で!? 今の何処にエッチな要素あった!??」
突然のエッチ警察発言に露骨に驚いた審神者が問い質す。実はこの時、孫六的には、インナーの下に身に着けた下着についてまで自ら暴露した事について、密かにエッチだな……と、ムッツリ助平を発揮していた。勿論、口にすれば初期刀殿に沈められる事間違い無しであった為、敢えて口を挟まず黙っていたが。尚、加州が反応したのは、上着の件について言及した点であった事は、会話の流れでお察し頂けるだろう。
「まぁー……じゃあ、妥協案として、外出先で思ったよりも空気が冷え出して寒いと感じたら、孫六さんの襟巻き貸してもらうって事でどや?」
「あー……まぁ、其れならいっか」
「えっ、ちょっと待て? 今、ナチュラルに俺の身包み一つ剥いで強奪するって宣言を受けたんだが?? その点は何もツッコまなくて良いのか、初期刀殿や??」
「別に、孫さん襟巻き取られたところで寒く感じる程軟な体付きしてないでしょ。そんだけ筋肉バキバキのムッキムキな腕曝してんだから」
「俺への扱いの差が露骨過ぎて、酷いを通り越して逆に何か謎に凄く思えてきた」
「あらやだ、孫六さんが何か新たな扉というか悟り開きかけちゃってるわ。筋肉バッキバキなのは事実なだけに羨ま以外に何とも思わんけども」
「主人までそんな事言い出したら流石に拗ねるぞ。良いのか? 俺は拗ねたら面倒臭い男だぞ??」
「ハイハイ。乳繰り合うのもその辺にして、準備終わったんならさっさと出掛けてきな? じゃないと日が暮れるよ。
「ほな、ちょっくら行ってきますわ〜」
「気を付けていってらっしゃーい」
「あぁ。それじゃあ、少しの時間出掛けてくるよ。夕餉の時間までには必ず帰るから」
玄関先でちょっとばかし一悶着ありつつも、日常風景の一つとして流して、本丸を後にする。
これから、審神者とその用心棒二人の一行が目指すは、人と刀剣男士等で賑わう万屋街だ。
幾度となく口に出していた程久方振りの外出となるからか、彼女は浮足立った様子を隠しもせずにニコニコと上機嫌そうに笑みを零した。
「ふっふふ〜! 滅茶苦茶久々の外出だからテンション上がっちゃうにゃあ〜っ!」
「そうやって、万屋街へ辿り着く前にはしゃぎ過ぎてあまり体力を消耗するなよ?」
「失敬な! 其処まで俺はガキンチョじゃないやい!」
「そうか。なら、
「おぅっふ……ッ、前触れ無くいきなりそういうムーヴ起こすの心臓に悪いからヤメテけろ……っ」
「ふふっ。ただ手を繋いだだけなのに、そんな風に照れたり恥じらったりして、この先それ以上の事をするとなった時どうするつもりなんだ? うん?」
「ちょっと待て。今以上の事する気あんの、孫六さんや??」
「だいぶ前からその気だと
「メンタル鋼かってくらい地味に強いし、向上心が無駄に高いの何なん!? いや、ぶっちゃけ悪い事やないし、寧ろエエ事やからそのままで居てくれて構わんけども……。行き先については、まぁ、特に何も予定決めずに考えてたから、取り敢えず適当に目に付いたお店をプラプラ巡ろうかな〜って思うてたところなんで、エスコートしてくれる分には助かるッス」
「じゃあ、決まりだな。今日は気晴らしの散策だ。お気楽道中すると思って、何も気構えず俺と一緒に居てくれたら嬉しい」
「だから、急にスパダリ感出すのヤメレちゃ! 恋愛偏差値的に俺免疫力高くないからァッッッ!!」
「ははははははっ!」
そうこうイチャつきつつ、転送ゲートを通過して目的地なる万屋街へと足を踏み入れていく。
審神者の彼女からしてみたら、病院と本丸を行き来する以外を除いては数ヶ月振りの外出となる故に、視界に入る景色全てが色鮮やか且つ新鮮な感覚を覚えた。付き添いの孫六にとっては、相変わらず人の往来も多く賑やかしくて活気があって良い処だ、という風な感想である。
季節柄、秋の旬物を取り扱った店の看板が多く目立ち、目に付く。其れ等をゆっくりとした歩みで一つ一つ眺めながら、時折気になった物へ指を差してみたりなどして反応を示した。
「ここ最近で急に冷え込むようになったからか、秋物よりも冬物扱ってる店のが多く見受けられるねぇ」
「実際、ここ数日の間で一段と朝晩の冷え込みが増したからな。風邪を引かんよう、季節に応じた衣替えをすべきと言ったところなんだろう」
「そろそろ、おこた出さにゃならんかね〜」
「おこた……?」
「炬燵の事だよぅ。琉球組は、気温が二拾度以下を下回ると寒がり始めるからよぉー。琉球組の部屋の分だけ、本丸ん中でもいの一番の先に出してやらにゃならんのさね。まぁ、菜切君辺りが既に動いて出しちまってるかもだから、俺がする事は何も無いかもしれんが。どっかで一度、生きてるかの確認も込めて様子見しとかんとな……」
「南の方出身の刀には、既にこの季節の気温は身に沁みる程寒いものなのか……。となると、笹貫辺りも似たような扱いになるのか?」
「南の方出身てだけで括って言うてんのかもやが、笹貫君は鹿児島……薩摩の方やから、沖縄の方とちゃうで。薩摩はまだ九州ん内や。まぁ、言うて九州は本州の方と比べるとあったかい気候やから、南の方と一括りして考えると冬は寒がりなんかな〜って風に思われるかもやけどな。コレ、実は地方性で気候も体感も変わってくる話やから、一概には何とも言えへんのやで。実際、俺も豊後国出身やから、本州組の子等から言えば南の方になるし。かと言って、地元の気候言うと地方地方によってそれぞれで、海に近い南側の方やと比較的
「そういえば、主人は九州の出だったな。……つかぬ事を訊くが、今の気候は平気か?」
「地元のクソ蒸し暑い湿度やばやばの夏場と比べたら、大層マシやわ。寒いのは厚着して着込めば何とかなるが……暑いのはどんだけ薄着してエアコンガンガン効かせたところでどうしょうもない程暑いのは変わらんし、耐え切れんから無理。年々殺人級の酷暑感増してるし。人類どころか、最早生きとし生けるもの全てが枯れ果ててまう勢いでやばいっちゅーねん。地球温暖化舐めたらアカンで……冗談抜きで死ぬわ」
「取り敢えず、主人が暑さに滅茶苦茶弱い事だけは理解したから、その辺に……なっ。恨み込もり過ぎてて、控えめに言っても怖いぞ」
「ありゃ。そいつぁすまなんだや。つい現世への恨み節が口を衝いて出てしもうたわ。はっはー」
他愛無い世間話をするつもりが、思わぬところで彼女の内で眠りし恨み節が発露されてしまった。死んだ魚のような虚ろな遠い目で、口元は笑っているが明らかに目元は笑っていない表情で、且つ妙に淡々とした口調で以てつらつらと恨みがましく募られて、軽く引いてしまったらしい。
ついでに言うと、最後に取って付けたかのようなわざとらしい誤魔化した風な乾いた笑い方が、極めて帰ってきて日の浅い豊前江の笑い方と似ていて、ちょっぴり複雑な男心が悋気をチラつかせた。
刀が持ち主たる審神者に似るのはよくある話だが、其れは其れ、此れは此れとして、思うところがあったりするのは仕方のない事である。敢えて口にはしないが、他の刀に嫉妬しないかと行ったら嘘になる。何せ、孫六兼元という刀は、後発も後発に実装を許可された刀だ。本丸発足してからの年数的に言っても、他の刀達に比べたら出遅れたも同然の刀である。かと言って、同じ思考は後発の刀全員が抱く事なのだが……。其れはさておき。
審神者とその用心棒たる孫六は、只今絶賛二人きりの
一先ず、話題を転換しようと考えた孫六は、恋人繋ぎで繋いだ彼女の手をあからさまな形で引き寄せ、意識を此方に注目させた。
「まっ、立ち話も何だ。何処か良さげな店にでも入って、腰を落ち着けながらお茶でも飲みつつ、目に付いた物でも眺めようじゃないか。なあ?
「み゙ッッッ! ……孫六さんてば、またそうやって露骨に主張するんだから……っ。頼むから、公衆の面前でそういう事すんのヤメレて……! 羞恥心振り切れて今にも顔爆発しそうな勢いで燃えとるからッ!!」
「おやまぁ、初心らしいこって。可愛らしいところもあるじゃないか。そんなところも
「おっさん臭」
「酷いッッッ!! 今のはあんまりな言い方だぞ!? 流石の今のは傷付いたから責任を取ってくれる事を所望する……っ!!」
「別に構んけども……。んで? 具体的には何をご所望なんでっしゃろ?」
傷心を癒して欲しいとの事を求めたら、意外も意外。すんなり受け入れた審神者の対応に、少しばかり調子に乗ったお調子者な
「そうだな……。丁度、今通り過ぎた店の通り向かいの二軒先程に休憩処なる店を見付けたから、其処で一・二時間程小休止という名目で、此処は一つ手を打つという事でどうだろうか」
「通り向かいの二軒先の店? ……って、お前、アレが現世で言うところのラブホやと分かってて言うたやろ。こんっのド助平が。頭猿並みに沸いてんのか?」
「ははッ。今の罵倒は、ただの照れ隠しと分かりやすいだけに、此方を煽るだけだぞ主人や。先程改めて宣言してやっただろう? ガードの堅いあんたを落とすべく、これから全力で猛アタックすると」
「だからって、いきなりラブホ連れてこうとすんのは流石にハードルが高過ぎるはボケェッ!! もうちょい易しいところから始めんかい!!」
「はははっ! ダメ出しされてしまったか。此れは手厳しいなぁ。まぁ、手強い相手程、此方は燃え滾るが」
「今すぐこの繋いだお手々物理的に切り離したろか? 丁度すぐ側の位置に、折れず曲がらずのよぉーく斬れる刀があるしのぉ。其れ使てバッスリやったろうやないの。おん??」
「すみません調子に乗り過ぎましたすみませんちゃんと反省しますんで頼むから許してッッッ……!!」
「分かれば良し。次、下手な口利いたら容赦無くテメェの本体使うて局部斬り取ったるからな。そしたら、無駄に盛ったりする事も無うなるやろ?」
「俺の可愛い冗談に対する返しが辛辣過ぎるんだがッッッ!? というか、本気で容赦無さ過ぎて寿命縮む勢いで命の危機を感じたわ!! 頼むから俺のタマ取らないで!! 普通に死んじゃうッッッ!!!!」
「……俺、今、別に去勢するとは言うてないんやけど……」
「えっ? 違ったのか?? さっきの言い方的に、てっきりタマを取られてしまうのかと怯えて身構えたんだが……」
「残念。外れましたな。俺が局部指して言うたんは、
「どっちにしろ死ぬわ!!!! 寧ろ、そっちのが精神的にエグい脅し文句で泣くぞ!!!!」
「なら、見境無く盛らんといてくだせぇや。言うとくが、俺はやると決めた時はやるからな」
「ハイッ…………。今の“やる”は確実に“殺す”と書いて“殺る”という意味での“やる”でしたね把握」
下ネタ勃発からの容赦無い辛辣な脅し文句に一気に意気消沈した孫六は、あからさまにしょぼくれた空気を醸し出した。
ちなみに、此れは余談だが、審神者の口より見た目からは想像も絶する程の脅し文句が吐き出された瞬間、偶々往来の中で真横を通り過ぎようとしてその場を目撃・或いは会話が耳に入ってしまった――男審神者とその連れであろうお伴の肥前忠広の一組と、これまた男審神者とその連れであるお伴の一文字則宗の一組、計二組一行は絶句して思わず立ち止まり二人の方向をギョッとした顔で二度見した。そして、彼女の発言した事を具体的に想像してしまったのか、揃ってゾッと顔を青褪めさせるなり、それとなくキュッと急所を守る仕草を取って速やかにその場からの離脱を図っていたとか何とか……。閑話休題。
流石に、今のは言い過ぎたかと即反省した審神者は、あからさまな様子でしょぼくれた孫六に対して代替案を提示した。
「すまん……恥ずかしいからって、今のはちと言い過ぎたわ。なんぼ何でも、今の返しはキツ過ぎたよな。御免な? 俺の我が儘で此処まで付き合うてくれてんのに、何も考えんと酷い事言うてしもたわ。堪忍なぁ?」
「主人……。いや、先程のは俺も調子に乗り過ぎたが故の悪乗りで発言してしまったところもある。故に、今日のところはお相子様だな」
「ふふっ。いきなりラブホは無理やけど、こうして手ェ繋いで二人仲良く駄弁ったりするんはエエよ。……チューは、まだちょっとハードル高いからもうちょい待って欲しいけど」
「……主人、今の流れでその返しは狡い……っ」
「へっ……?」
全くの無意識での発言だったらしく、暗に“其れは口説き文句の中でも殺し文句の内に入るものだぞ”と伝えれば、キョトンとした顔を向けられた。時に、天然無自覚な発言程殺傷能力の高さはない。
翻弄してやろうと思っていた側が、反対に翻弄されてしまうだなんて、なんて滑稽な事なのだろう。でも、惚れてしまったからには、どんな事をされても好きな気持ちに変わりはない。先人達が残した書物に出て来る“惚れたが負け”とは、よく言ったものだと思う。どうにも、好きになってしまった相手には敵わないらしい。
すっかり彼女へ首ったけとなってしまっている事を再認識した孫六は、改めて
「一先ず、先程の事は一旦忘れる事にして、此処は一度仕切り直しと行く――……、」
刹那、審神者の居る立ち位置の悪さを把握したと同時に、咄嗟に体が動いて、ほぼ反射的にも彼女の身を己の方側へと引いていた。
直後、物凄い勢いで大きな荷を乗せた荷車が猛スピードで駆け抜けて行った。荷車を引いていた者は、余程急いでいたのか、焦る余りに視野が狭くなっていた模様で、自分が通過する地点に審神者が居た事に気が付かなかったらしい。あわや彼女を轢いてしまうところだったのだが、事故寸前に孫六が俊敏にも反応して回避したとは言え、詫びの一言も無しに駆け抜けて行ったところを見るに、どうやら彼女の存在は視界の端にすら留まっていなかったようだ。此れだから、人間が時折起こす突飛な行動は恐ろしいのだ。
孫六は、荷車を引いていた者に対し、軽い殺意を覚えたが、彼女が居る手前だとして、内心で舌打ちするだけに留めた。だが、人の往来が多い場所で油断し切っていた彼女自身にも非はある。その事を端的に指摘するべく、剣呑な眼差しを荷車が去って行った方角へ向けたまま口を開いた。
「余所見をするな。此処は、ただでさえ街中で、常に人でごった返しているような往来の絶えない場所だ。そんな場所で気を抜き過ぎるんじゃないよ。億が一でもあったら堪ったもんじゃないだろう? 偶々、今のは俺が居たから咄嗟に回避出来たが、次もそうなるとは思わん方が良い。審神者たる者、
この言葉に、審神者自身も、孫六が瞬時に身を引いてくれたお陰で轢かれずに済んだのだとすぐに理解し、サァッと顔を青褪めさせた。次いで、自身の背後に居る孫六を仰ぎ見る形で振り返り、感謝の意と共に謝罪の言葉を告げようと口を開きかける。
「あのっ、孫六さ…………ぁ°、」
「……うん? どうした主人? 言いかけたであろう言葉を途中で止めて。何か気になる事でもあったか?」
「や……えと……あの………………っ、御免なさいすみません顔が近いです、あと距離も近いです、一旦離れてッッッ」
「ッ――、あ、あぁ……此れは失礼。こうでもしないと、主人が轢かれかねんと思ったんでな。あわや事故という大惨事になる前に助けられて良かった。でなきゃ、さっき物凄い速度で通り過ぎて行った荷車を引く者が、気付かぬまま、あんたの存在を引っ掛けて怪我をさせてしまうところだった。咄嗟の事だったんで、俺も何も言わず……と言うより、体の方が先に動いて強い力で引っ張ってしまったからな。掴んだ腕や腰とか、痛めたりしていないか?」
「あぃ……その点につきましては、全く何の問題もございません故、ご安心をば…………っ」
「そうか。其れならば良かったが…………。ところで、何でさっきの今で急に視線を合わせてもらえなくなったかの
「アッ、違うんですそうじゃないんです! でも、御免なさい今ちょっと気持ちが落ち着かないのでコッチ見ないでください! お願いしますゥ〜!!」
突然の丁寧口調なムーヴにポカン……ッ、と呆気に取られた孫六は、まじまじと彼女の方を見つめながらぱちくりと瞬きを繰り返した。何がどうしてこうなったのやら。理解が追い付かないと同時に純粋な疑問を抱いて、興味深げに彼女の挙動不審の様を一瞥する。
すると、羞恥で真っ赤に染まった顔を隠していた両手の隙間から、チラリとだけ目を覗かせて、か細い声で以て告白した。
「あの……決して今ので気分を害したとか、怒ったとかって事ではないんで、安心した上で聞いて欲しいんですけど…………」
「ふむ?」
「あにょ…………さっき、助けてもらった事に対して、御礼と併せてお詫びの言葉を言うつもりで咄嗟に口を開いたんですがね……」
「うんうん。其れで?」
「あぇっ…………その、ね……っ。思ったよりも、顔と距離感が近い事に気が付きまして…………其れで、免疫の無さから内心“ア°ッ”てなっちゃいまして…………つい、先程のような態度を取ってしまいました申し訳ございませんんんん〜ッッッ!!」
「…………………………ッはあぁ〜〜〜っ。俺は、てっきり今ので嫌われてしまったが故に避けられての事なのかと思って焦ったんだが……。つまりは、何だ……滅茶苦茶恥ずかしくなってしまった事による反動での照れ隠しだった、という事で合っているか??」
「仰る通りです!! 誤解を招くような態度を取り、本ッッッ当に誠にすいやせんッッッしたァ!!!!」
妙に歯切れ悪くゴニョゴニョとした物言いに、辛抱強く最後まで言葉を言い終わるのを聞き届けてから、盛大な溜め息を吐き出した。次いで、己の考えていた事は杞憂であり勘違いであったと判明してホッとする。彼女の挙動不審な行動を取ったその実が、単なる照れ隠しによる反動から来る態度であった、という事も含めて。
無事に謎が解けて安堵感に胸を撫で下ろすのも束の間。孫六は、笑みを浮かべようとして口端を引き攣らせて言った。
「一言言わせてもらうが……其れならそうと、もう少し分かりやすい態度を取ってくれると有難かった。飛んだ勘違いも良いところじゃないか、全く……っ。まぁ、杞憂に済んでホッとしたがな」
「本当に御免にゃさい〜〜〜ッ!! 悪気があって取った行動ではないので許してェ〜〜〜ッッッ!!」
「その件については許したから、顔を上げてくれ主人や」
「あ゙ぃ゙……っ」
「おいおい、何も泣かなくたって良かろうに……っ。此れじゃあ、まるで俺が泣かせてしまったみたいじゃあないか」
「ひぐっ…………すいましぇん……っ。羞恥が天元突破すると、何でか涙が出て来ちゃうんですん…………」
「あ゙ーっ、分かったから……もう泣き止んでくれ頼む。絶賛、周りからの視線が突き刺さって痛いんでな。俺に申し訳ない気持ちが欠片程でもあるのなら、一旦この場からの速やかな離脱を図りたいんだが……大丈夫か?」
彼女の諸々を慮っての敢えての質問だったのだろう。故の、「良いか?」と端的に訊ねるのではなく、「大丈夫か?」と訊ねた。この意図を正しく汲み取った審神者は、頬を伝い落ちてしまった涙を拭ってコクリと首を縦に頷いた。此れに、孫六は満足気な頷きを一つ返して、改めて彼女の手を取る。その前に、然り気無い手付きで眦に残っていた涙を指先で拭い去ってやる事を忘れずに、移動を再開させた。
この時、無意識であるが、孫六は仕方がないなと言わんばかりの笑みを浮かべて自然と流れるような形で行っていた。其れに、彼女が一瞬目を見開き驚いた事には気付いていない。
審神者は内心、なんて奴だと、孫六の事を罵った。花の乙女とまでは言わずとも、女の端くれたる己へ向かって、平然とした顔付きですんなり一瞬で心を奪っていくような真似をしていくのだから。口には出さないが、実のところ、彼女の心は絶賛大荒れ模様であった。全ては、孫六より不意を突く形で与えられたときめきによる所為だが。そんな事は、当の本刃は知る
気を取り直して再開された
「ところで、つかぬ事を訊くが……つい先程の、あわや事故寸前なるかって事になる直前、俺以外の何かに気を取られた様子で立ち止まっていたようだったが、何を見ていたんだ?」
「えっ? あぁ……其れは、通り向かいの先にある呉服屋さんだよ。店先からでも見える綺麗な反物や美しく繊細な刺繍を施された着物があんまりにも綺麗で、つい見惚れちゃってたんだ。その所為で、周囲へと向く筈の意識が逸れて、警戒の方が疎かになっちゃったんだけども」
「呉服屋……というと、此処からでも見える、あの老舗の店舗の事か」
「うん。俺さ……子供の時、一時期、同級生の影響でお茶のお稽古……茶道を習ってた事があってね。其れも相俟って、家族と一緒に行き付けで馴染みの呉服屋さんに行く機会が度々あったんだ。別に、茶道を習うだけなら着物とか着る必要は無かったんだけど……とある時期になると、俺が通ってた稽古場の先生が、お祭りを盛り上げる一貫でお茶席を設ける機会があったのね。そういう時は、流石にいつもの普段着のままやるんじゃ格好付かへんから、着物や浴衣を着て野点を披露するって機会があったのよ。茶道でお作法を習う一貫で、着物の畳み方とかも教えてくれる先生やったから。其れで、ちゃんとした着物仕立ててもらったり着付けてもらった事とかも含めて色々思い出してさ。まぁ……茶道習ってたんも、高校受験するので辞めちゃって以来、其れっきりやし。大人になっていくにつれて忙しさに追われる関係で、着物や浴衣とか和服を着る機会もめっきり無くなってしもたんやけど……。審神者になったのを切っ掛けに、和服に触れる機会がちょいちょい増えてきたから、何となく気になってしもうてやな」
気を取り直したところで繋ぎ直した手を緩く握り返しながら、審神者は遠い過去に思い馳せるような顔を浮かべて呉服屋の店先を見つめた。その視線に表情を和らげて、孫六は再び口を開く。
「成程……道理で和服を身に纏っている時の仕草や動作が、現代っ子の割には妙に手慣れているように見えた訳だ。まさか、主人にも、義兄弟たる之定の歌仙や無骨のように茶道を嗜む経験があったとは思いもしなかったが。だが、お陰でこれまで見てきたあんたの体の動かし方に納得がいったよ。良かったら、少し中を覗いてみるかい?」
「えっ……何か買う訳でもないのに、良いのかな……」
「何も着物だけが呉服屋じゃないんだ。反物以外の小物や何かも一緒に取り扱ってる筈だから、其れを覗いてみよう。ついでに、何か良さげな物でも見繕うか。そういえば、以前贈り物をされた時の返礼がまだだったしな」
「ぉあ°ッ!? その話、今持ち出す!??」
思わぬ話を持ち出されて露骨に狼狽え始めた様子の審神者に、愉悦顔を張り付けてにんまりと笑いかけた。
「丁度良い機会だ。あんたに、とびきり似合う品物を選んでやろう。そうだな、
「別に、
「あんな上等な代物を貰い受けといて、そういう訳にもいかんよ。……というより、此処は俺を立てると思って素直に頷いてくれると嬉しいんだが?」
「ん゙ぐッ……! そ、その言い方は狡いッス…………ッ」
「ははっ。此れで完全にお相子だな」
「んぇ……? 何の事??」
「何でもないよ。ほら、
クスリ、眦を下げて手を繋いだ彼女との距離をより寄せてから、そう笑いかけて告げる。すると、面白いくらいに彼女が口をパクパクと
審神者の興味を惹いた呉服屋前まで足を運んで店構えを拝めば、改めて見ずとも分かる程に老舗店舗と分かる店構えをしていた。此れは贈り物をするにはうってつけだろうと期待を膨らませて、いざ物色開始。
店内は、色とりどりの鮮やかな和風な彩りで溢れ返っており、現代っ子で和物から足が遠退いていた審神者は、感嘆の溜め息を零しながら目をキラキラと輝かせて見回した。元々、和物へと関心は高い方だったのか、綺羅びやかな帯留めや小物なんかが沢山揃っている方に目が留まるなり、ふらふらと引き寄せられるように足を向けた。その様子に、孫六は都度微笑ましげな笑みを浮かべながら付いて行き、一緒に商品を眺める。
「此れは確かに……あんたの興味を惹くような品物揃いばかりだな」
「ふわぁ〜っ! 現世でも、偶に気が向いた時とかにちょろっと大型ショッピングセンターの中の一角に店構えてた簪屋さんとか覗いたりしてたけど、流石は時の政府お膝元の万屋街……! 全部が全部本格的な品物ばっかで見るだけで楽しい……っ! 元々雑貨屋さんとかも見て回るの好きなタイプだったから、其れが和物となると更にテンションぶち上がるわ〜!!」
「主人が楽しめているのなら何よりだよ。おっ、此れなんかどうだい? あんたが好みそうな蜻蛉玉の簪だ」
「あっ、本当だ。見た目からして綺麗だし可愛い! けど、簪は一つ難点があってやな……。俺、髪質が細くて猫毛やから、悲しい事にそういう髪留めあんま向かへんのよ……」
「遣り様によっては主人でも使いこなせる筈だぞ? 特に、この手の物は、使い勝手良いように作られていたりする。時代の流れに合わせて物も人に合わせて作り変えられていくモンだ」
「其れは知っとるがやぁ……簪一つかて、ピンからキリまであるから、“わぁ、此れ良いなぁ〜っ!”て手に取って値段見たら一瞬思考止まったりするねんで。当時まだ審神者なる前の話やったけど、リアルにそんな経験して内心しょげた。俺には迂闊に手を出せん値段しとったわ……。簪一本、たかがと舐めたらアカンのよ。和物系って、一つ一つ手間隙掛けて大事に大事に作られとる物が多いから、その分お値段は上がります。着物や反物なんかが一番分かりやすい代表的代物やろな。あれ等は、生地一つ作り出す為の糸から丁寧に繊細に扱って生み出されとる代物になるき。手縫い・手染めの物なんかになったら、その分価値は上がる。まぁ、当然の話なんやけども。刀かてそうや。全部が全部、各それぞれの職人さんの技術が集合して初めて出来上がる物だからこそ、今の時代まで何とかして技術残そう言うて継承してきた日本の宝、且つ外国の方々をも魅了して離さへん伝統工芸品の一つやってな!」
「……つくづく思っていたんだが……あんた、本当見た目と言動からは想像も出来ない程に物知りだったりするよな」
「じゃかましいわ、ボケェ! どうせ俺は見た目ちんちくりんなガキのまんまじゃい!!」
「あ、いやっ、今のはそういった意味で言った訳じゃなくってだな……!?」
「別にえいよ、何でも。自分の事は自分が一番分かっとるし。まっ、そもそも今日の目的は単なる散策で何かを買いに来たって訳でもないし。適当に目の保養用に眺めて心の潤いを取り戻すだけしたら、どっか腰下ろして休めるお茶屋さんにでも寄って軽くお茶して。んで、ついでに本丸でお留守番してくれとる子等ん為のお土産の一つでも買うて帰路に着けたら、其れで十分や。元々そのつもりで出て来た訳やしの。外出許可求めた一番最初に言うたやろ? 体調云々で部屋に籠もってばっかやったから気晴らしがしたいて。本命はそっちやったから、孫六さんと久々にお出掛け出来たってだけで目的は達成されとる。俺的には、其れで満足なんよ」
「主人……」
「まっ、そういう訳なんで、程々に眺めて気が済んだら店移動しよ。此処に来るまでで喋り通してたんもあるけど、ちょっと喉渇いてきたし、飲み物買える場所探そ?」
そう言って、彼女は店内を一周するように見て回った後、結局何も買わずに店を出ようとした。その手前で、目に光る商品が目に留まって、思わず彼女の事を引き留めた。店内に入る前からずっと手を繋いだままだった為に、グンッと気持ち強めの力で引っ張られた審神者は、ちょっとばかし驚いた様子で此方を振り返る。
「おわっ、とと……急にどないしたん、孫六さん?」
「此れ……あんたに似合いそうだと思ってな」
「赤色の房飾り付きの簪か。綺麗やし、見るからにエエ品物なんは分かるけど……何で此れを俺に?」
「店に入る前に言っただろう? あんたからの贈り物に対しての返礼がまだだったから、何か良さげな物でも見繕うかって。丁度、
「そん気持ち自体は嬉しいけど……今、俺髪短いし、簪使うて髪纏めるんにはまだだいぶ先ってくらい時間掛かる長さしかないよ?」
「別に、今すぐ使ってくれと言っている訳じゃないさ。あんたの髪がまた結い上げる程まで伸びた時に使って貰えたら其れで良い。其れまでは、大事に仕舞うなり飾るなりしてくれて構わんよ」
「いや、其れだと尚更俺には勿体ないし、簪とか自分で結うのに使いこなし切らんし……っ」
「自分で結うのが無理なら、その時は俺が結ってやるさ。俺は自分の髪がそこそこ長いんで、いつも結い上げるので髪留めを扱うのには慣れているし。主人が簪を使う度に会うという名目も出来て役得だしな」
「何や随分と売り込んでくるやんけ……っ。そうまでして俺を着飾りたいと?」
「そりゃあ、そうだろうとも。自分の惚れた女に自分が贈った物で飾って欲しいと思うのは、何処の男とて抱く当然の独占欲だからなぁ。そういう意味では、俺もその辺に居る男共と然して変わらんという訳だよ」
「おんッッッま……こういう時ばっかそういうの出してくんの狡ない!?」
「はははははっ、一体何の事やら」
「今更しらばっくれてもバレバレじゃっちゅーねん!!」
またもや照れ隠しからなる反動の罵倒と共にベシベシと背中を思い切り叩かれるが、痛くも痒くもない。寧ろ、そうやって感情を露わにされる度に愛しさが募り、増すだけであった。果たして、その事に彼女自身気付いているのだろうか……。否、
露骨な程分かりやすい独占欲を見せた事であっさり審神者を懐柔する事に成功した孫六は、目論見通り彼女への贈り物を見繕う事が出来、ホクホク顔で勘定処まで簪を持って行こうとした。その寸でで、徐ろに袖を引かれて引き留められたので、「どうした?」と訊きながら首だけ振り向かせる。
すると、審神者が何やら見付けたようで、「ちょいとばかしそのまま止まって。んで、一旦手ェ離して、ついでに前向いたまま少しだけ屈んでもらえると嬉しい」と端的なお願いを口にした。よく分からないが、取り敢えずは言われた通りにするかと顔を正面へと向け直し、繋いでいた手を一時的に解いて、気持ち腰を落としてその場に屈む体勢を作った。直後、背後で審神者が肩に手を付く形で背伸びをしたのを気配で察する。次いで、団子状に結い上げた髪の根元付近に何かを突き刺された感触を拾って、「おやまぁ」と思った。
用事が済んだのか、「もう普通にして良いよ」と声がかかり、素直に腰の位置を元の位置へ戻して立つ。そして、己の髪へと手を伸ばしつつ、近くにあった鏡の方へと視線を向けて、納得した。鏡の中に映り込む己の後ろ頭を確認すれば、華奢で細身の女物だが繊細で美しい細工の施された簪が挿されていた。何処となく、色合いが軽装の色合いじみたように思えるのは、気の所為ではないだろう。明らかに自身が軽装を纏った時の色合いに寄せた物を選んでくるとは、自惚れても良いのだろうか。
自然と口元が緩むのを抑え切れずに孫六は笑い声を零した。
「ははははっ……此れは一本してやられたな。なかなかにやってくれるじゃないか。なあ? 主人や」
「ふふんっ。俺かてやられっぱなしは性に合わんからにゃあ。やられた分をやり返したまでよ」
「そうかそうか……。其れで? 此れは一体どういったつもりでの事だ?」
「俺よか髪長い孫六さんのが余っ程お似合いの代物じゃ、っちゅー事で戯れに挿してみました。流石はウチの子。目論見通り、よう似合ってて審神者は満足なるっ!」
そう言って、むふんっ、と満足気な顔で両手を腰に当ててふんぞり返った。そのご満悦たるやと言わんばかりの顔付きに、この御仁は本当に無自覚天然が過ぎるだろうと、半ば呆れつつも擽ったさを感じて頬の緩みを禁じ得ない。日本古来より伝わる簪を贈る意味を理解した上での行為だろうか。否、無自覚天然を素でやらかす御仁の事だ、恐らくは何も考えてやしない上での事だろう。
翻弄していたつもりで、逆に翻弄されてしまっているのが、まこと愉快で滑稽でならない。が、対彼女となら、其れもまた心地良いと思えるのは、惚れた弱みからだろうか。
兎にも角にも、惚れた女から更なる贈り物をされては男として黙っている訳には行かず。孫六は、会計するつもりで手にしていた物と同じ簪をもう一本無言で手に取ると、その足で勘定処へ直行した。突然のその行動に呆気に取られた彼女は、「えっ?」と声を発したのちに、遅れて後を追い駆けてくる。
彼女が追い付くまでには終えた会計に、孫六は財布を懐へと仕舞いつつ振り向きながら、店員より受け取った包袋を彼女へ向けて差し出す。
「そら、主人へ向けて俺からの返礼品だ。あぁ、主人が選んでくれた簪については、外すのも勿体なかったんで、そのまま購入させてもらった。そういう訳だから、あんたへ贈る簪も二本だ。いやぁ、楽しみだなあ〜っ? 此れをあんたが挿してくれる日が来ると思うと、今から既に待ち遠しくて仕方ない」
「ちょっと……!? さっきのは飽く迄も戯れに挿してみただけやち言うたじゃん!! 俺のは単なるオマケみたいなモンやったじゃろ!? 其れやのに、いきなりこんなんされたら普通に戸惑うわ!!」
「何も深く考えずにやったであろうあんたの事だから敢えて言っておくが、後で本丸に帰ってから好きな相手に簪を贈る意味をじっくりと考えておきな」
「は……? 其れくらい俺かて知っとるけども??」
「あれっ? 知らずに俺に戯れと称して挿してきたんじゃないのか?」
「簪贈る意味とか、その手のネタに事欠かんような人間が知らん訳あるかい。俺を何やと思うとるんじゃ。とっくの昔から知っとるっちゅーの。そもそも、贈り物で櫛や簪贈るなんざ定番も定番ネタでベタなヤツやし、且つ今や使い古されたネタじゃわい」
「じゃあ……俺の髪に挿してきたのも、そういう…………」
「ふふっ……内緒。敢えて言葉にせんでも分かるような事をわざわざ口にするんも不粋やしの。会計終わったんなら、はよ次行こか」
そう言って、したり顔でにやりと笑った彼女は、上機嫌そうにくるりと踵を返して、先に店を出て行く。
此れは完全にしてやられた。其れを自覚して、不覚にも熱くなった顔を隠すべく襟巻きを鼻先にまで引っ張り上げてから、足音高く彼女の後を追い駆けた。
そんな二人の様子を入店時から一部始終見ていた呉服屋の一店員(レジ係)が、実は営業スマイルを張り付けたポーカーフェイスの裏で、内心刀さにカップルの尊い場面を拝めて萌え悶えていた……なんて事を知るのは、同じく一店員として店の奥のバックヤードを担当していた者だけの知るところである。哀れ、子羊よ。己が推すジャンルを頭から爪先までモロに浴びてしまうとは。お陰様で、その一店員は暫く昇天したまま戻って来ず、仕事にならなかったそうな。閑話休題。
ところ変わって、審神者とその用心棒一行は、休憩と称してお茶処に来ていた。其処は、老舗の和菓子店で、且つ店内で飲食可能な喫茶スペースを設けた店舗であった。店の名は、
事前に話に聞いていた通り、表参道の一角に店を構えており、入口前には目立つ看板と大きな旗が立っていて、確かに一目でパッと目に付く程分かりやすい出で立ちだった。店の表へと立てられた旗には、その都度売りに出している季節限定商品を宣伝する事が書かれてあったり、店一番人気のオススメ商品を謳う商品を宣伝する事が書かれてあったりした。其れ等を視界の隅に入れつつ入店した二人は、一先ず一旦休憩を挟もうと喫茶スペースの方へお邪魔した。
「ふぅ〜っ、やっと腰下ろせたわ……!」
「やはり、久し振りの外出で疲れが出てしまったか?」
「うん……。ほぼ喋り通しやったんもあるけど、ついテンション上がって年甲斐も無くはしゃいでたんもあって、ちょっち疲れたわ……っ」
「すまない、その点については俺も些か配慮が足らなかったな。どうやら、俺自身も、主人と二人きりで
「せやねぇ。後々の体調の事を思うと、其れが妥当な判断やろにゃあ……」
つい先程までは何とも無さそうに見えていたが、腰を下ろせる場所に来て、蓄積していた疲れがドッと出たのかもしれない。偶々、此処に来るまでそれなりにはしゃいでいた事も相俟って、アドレナリンやら何やらの所為で意識していなかっただけかもしれないが。
椅子に腰掛けた途端、ふにゃりと声に疲れを滲ませて
此れは、休憩が済んだら速やかに帰還を促して帰った方が無難なようだ。最悪、帰りは彼女の体力を温存させるべく歩かせずに、自分が背中におぶって帰るとしよう。彼女の様子を見ながら、頭の中でのみそう考えを纏めて、テーブル端に据え置かれているメニュー表を手に取った。
「取り敢えず、
「ん〜……あったかい飲み物が飲みたいかなぁ。ホットの枠で何か良さげなのある?」
「そうだな……これから甘い物を食べるなら、其れを邪魔しない飲み物が良いだろうな。となると……ほうじ茶や紅茶か、珈琲辺りが合うか?」
「清光がオススメしてきたっていうの……さっき入口で見た旗に書いてあった、今しか売ってない季節限定の栗大福、だったっけ? 其れ頼むなら、やっぱお茶のが合いそうだよね。大福とか和菓子系にはお茶と相場は決まっているのだよ」
「そうなのか?」
「俺が勝手に言ってるだけだから、知らんけども。孫六さんが言ってきた中から選ぶなら、ほうじ茶が良い。この時季に飲むあったかいほうじ茶は美味いし、冷えた体に沁み渡るぞ〜」
「なら、そうしようか。俺もあんたと同じ物を頼むとしよう」
注文する品を決めて、店員を呼び付け、サラッと注文をこなしたら、後は頼んだ品が運ばれてくるまでを待つだけである。
流石に、店員が来る時にはだらけて伏せていた体をきちんと起こして椅子に座り直した審神者は、相変わらず行儀が悪い事に変わりはないが、注文した品が来るまで頬杖を付いて待った。そして、その待っている束の間の短い時間にて、審神者はぽそり、呟いた。
「にゃあ、孫六さんや」
「うん? どうした?」
「俺の調子が良い時にさ……今日みたいに、また二人で一緒に出掛けようね。今度は、もっとゆっくり色々と見て回りたいな」
「ッ……! あぁ、そうだな……また二人で一緒に
「ははっ……孫六さん、めっちゃデートって事に拘るやんか……可愛いかよ。まぁ、仮に次出掛けられるとしたら、たぶん寒うなっとる季節やろうから、今よりもウンとあったかい格好して出掛けなアカンなぁ。……そん頃までに俺の髪結わえるくらいに伸びてたら、孫六さんに簪挿してもらうの頼もうかや」
「その時は喜んで結い上げさせてもらおう」
「ふふ。伸びてへんかったら、すまんやけどにゃあ」
「その時はその時さ。代わりに、俺の色でも模した服で着飾ってもらうとするかね」
「ホンマに孫六さんたら助平なんじゃから、しゃーないわぁ」
「その助平野郎がお好みなんだろう?」
「そうでっしゃにゃあ。簪贈るくらいには惚れとるかもな」
「……今の返しに、その返しは狡いぞ……」
「へへっ、精々大事にされとくれや。俺の……俺だけの用心棒さん?」
数分前まで疲れて溶けていたかに見えた筈の審神者だが、今や勝ち誇ったような顔付きで此方を見ていた。完敗である。
孫六は、再び襟巻きを鼻先まで埋めんとずり上げ、顔半分を覆い隠した。バレバレのその行為を、彼女は愛しげな眼差しで以て眺めていた。完全に負けである。
店内の喫茶スペースには、ちらほらと他の客の姿も見受けられたが、今この瞬間の二人の間だけ、その空間のみ切り取ったかのような空気が漂っていた。
そんなこんな話している内に注文の品が運ばれてきて、暫し休憩タイムが始まるのだった。
ちなみに、加州絶賛オススメの季節限定・栗大福は、超が付く程に美味で、一つ食べるだけで大満足という感想に至った。お土産も勿論迷わず購入を即決し、すっかり甘味に癒されて店を後にする。
「いやぁ〜っ、滅茶苦茶に美味でしたわ!! 此れはオススメしたくなる気持ちめちゃんこ分かりますわ〜! 俺も、後でお姉やんに教えしとったろ。彼奴、俺よか甘い物好きやし。所属サーバー違うけど、老舗やからか、他んサーバーにも支店出しとるみたいやし、たぶん肥後国ん方にもあるやろ。こんだけ人気博しとる訳やし。此れはリピーターなるんも確実ですわ……っ。他にも色々気になる商品あったし、また絶対来ような孫六さん!」
「あぁ、そうだな」
「さて……後は本丸まで真っ直ぐ帰るだけやな。お土産も買うたし、寄り道せずに帰ろか」
甘い物を食べて少しは気力回復したのか、元気さを取り戻した声音でそう言って、何気無く孫六の方を振り返り、帰り道も手を繋いで帰るのだろうと思って、手を差し出した。しかし、同じタイミングで、徐ろに背を向けてその場に屈んだ孫六。審神者は、手の行方を失ったかの如く揺らしたのちに、ポカン……ッ、とした顔で純粋な疑問を投げて問うた。
「何してんの、孫六さん……?」
「見て分からないか?」
「御免、分からんから訊いとる」
「疲れた主人をおぶって帰ろうかと思って、屈んだ次第だよ」
「いや、其処までしてもらわんくても、ちゃんと自分の足で歩いて帰れるで? 其れくらいの体力はまだあるし」
「既に疲労が出てしまっている時点で、これ以上無理をさせる訳にも体力を消耗させる訳にもいかんよ。という訳でだ……此処は素直におぶられておきな」
「だが断る!」
「良いからおぶられておけ。主人から来ないのなら、俺が無理矢理にでも背負うが?」
「何でだよ!?」
「何でもクソも無いかな。ほら、早くしないと、往来の衆人の目が集まってきてしまうぞ」
そう言って、首だけを振り返って促す姿勢を崩さない孫六に、彼女はヒクつく口元を隠さずに返した。
「孫六さん……絶対ェわざとやってんだろ」
「何の事を言っているのやら」
「しらばっくれんなや!! 明らかに仕返しの体でやってきとるのが見え見えなんじゃいッ!!」
「酷い言い掛かりだな。俺は、ただ純粋に主人の体調を気遣って申し出ているだけなんだが……」
「……ホンマに其れだけか? 下心とか無いって言い切れる??」
「変な時ばかり疑り深いな、あんたって人は……っ」
「だって、孫六さんて偶に胡散臭い時あるもん。そういうところ、御前と似てて食えへんやっちゃな〜って思うし」
「俺をあんな年寄り爺と一緒くたにしないでくれ」
「確かに、中身は平安生まれやから年寄り扱いは分かるけど、見た目的に言うたら孫六さんのが歳上に見え――、」
「ほぉ。主人は、俺に腰砕きになるまで口付けられた上でおぶられる事をご所望とな?? そういう事なら喜んでその喧嘩買ってやろう」
「すいません御免なさい調子こきましたすいません、お願いだから衆人の目がある処でそういった発言と行為はお控えなすってくだせぇッッッ!!」
言葉の途中で遮るようにスッと立ち上がってギラリとした目を向けた孫六に、一息で謝罪の文句を言い切った審神者は平身低頭の身で体を直角に折り曲げた。その直後、頭上よりあからさまな溜め息が降ってきたのを受けてすぐ、視界の端に再びその場に腰を落として屈んだ孫六の背中を捉える。無言の其れに、呆れられたかな……と内心しょぼくれていると、頭は正面を向けたまま、後ろ手に回した手で催促してきた。次いで、頑なにもおぶる意思を変えない態度を示しての催促の声がかかる。
「ほら……ちゃんと掴まるまで待っていてやるから、早く乗りな」
此れは、確実におんぶを受け入れるまで続く流れだ。そう悟った彼女は、恥を忍んで腹を決める事にした。
「ん゙ぎゅ…………分かったよ、おぶられれば良いんでしょ? 今、覚悟決めてるから、一寸待って」
「はいよ」
「ったくさぁ……何も其処まで頑なにならなくても良いと思うんだけどねっ!」
羞恥との戦いに決着を付けてから、文句を零しつつも首に手を回すように背中へと勢い付けて飛び付く。其れを大してブレる事無く受け止めた孫六は、「しっかり掴まってろよ」と告げて、よろける事無く真っ直ぐに立ち上がる。悔しい程にしっかりとした体幹だ。
そうして、本丸までの帰り道へと歩き出す。
何故かおぶられて帰る事になった審神者は、恥ずかしさ半分、残り半分は八つ当たりで文句を垂れた。
「あのさぁ……言っとくけど、おぶられてる方が逆に目立って衆人の目に付いてるからね、孫六さんや」
「そうか。なら、逆に開き直って、俺と主人の仲を見せ付けるとしようか」
「……後で覚えてろや」
「おぉ、怖い怖い」
その後、転送ゲートまでの
「ねぇ……出掛ける前、清光に何か言われた? つか、絶対何か言われたやろ。じゃねぇーと、わざわざこんな真似せぇへんやろし」
「特別な事は何も言われてないぞ。おぶって帰ろうと思ったのは、飽く迄も俺の意思からやった事で、初期刀殿は何も関わっちゃいない。俺が勝手にやった事だ。言っておくが、今の台詞に初期刀殿を庇う意図は一切無いからな。其れだけは言っておくぞ」
「ふぅん……。まぁ、ぶっちゃけどうでも良いけどさ」
「拗ねてるのか?」
「そりゃ拗ねもしますわ。ほぼ無理矢理強引にも衆人の目がある中、おんぶされて帰らされる羽目になったんでね」
「主人の機嫌を損ねさせる意図は全く以て無かったんだが……少し強引が過ぎたが故に、主人を辱める事になったのなら詫びよう。悪かったな。俺は、先も言った通り、主人の体調が心配だったから、これ以上歩かせて体力を消耗させたくなくておぶる事にしたんだ。結果的、其れで主人の機嫌を損ねさせてしまって申し訳ないと絶賛反省しているが……」
「良いよ、もう」
「しゅじ、」
言葉を重ねようとしたところで、再び口を開いた彼女に言葉を遮られた。
「人前で変に人目に付くのが恥ずかしい事に変わりはないけど……孫六さんが本気で俺の事心配して気遣ってくれての事だってのは分かったからさ。子供っぽい事して御免ね」
本気で拗ねた訳ではないと示す為に、首へ回していた腕をぎゅっと強めて、目の前の長い黒髪へと鼻先を埋めるように頬擦りする。途端、動揺したように足を止めた孫六に、キョトンとした彼女は不思議そうに首を傾げて問うた。
「どしたん? 急に立ち止まって」
「いや……主人の体調を気遣うのなら、もっとゆっくり休める場所で気兼ねなく休んでから帰路に着いても良いかな、と思ってな」
「え……? さっきも言ったけど、別に其処までされる程俺疲れてないけど……」
「いーや。主人は放っておくとすぐに無茶を仕出かすし、何ならしんどくても平気な顔を装って無理するような御人だからな。そういった意味では、やはりちゃんとした場所で体を休めてから帰る事にしよう。ほら、丁度手頃な場所に休憩処がある訳だし、遠慮は要らないぞ!」
「……って、おいコラ。テメェ、行きと同じネタ使ってきてんじゃねぇーぞ、ゴルァッ!! 誰がラブホで休むの提案されて“ハイ喜んで!”とか言うかボケェ!!
「いや、だって、其処に
「幾らデート中だろうと、そんな初っ端からぶっ放すみたいに行かんわ、普通……ッ!! お前の脳味噌下半身で出来てんのか!? 今すぐ煩悩滅却されてしまえ!! こんっのド助平狂犬壬生狼野郎ッッッ!!」
「ははっ、照れ隠しか? 可愛いなあ。よしよし、良い子だからそのままで居ような。今から
「降ろせ離せ今すぐ即行で降ろせェーッッッ!!」
「ぐえッッッ! ちょっ、主人、絞まってる絞まってる……!」
何を抜かし始めたのかと思えば、行き道でやった遣り取りの繰り返しとばかりにネタを出してきた孫六に、審神者は思い切り首を絞め上げた。当然の事ながら、首の絞まった孫六は此れに直ぐ様音を上げてギブアップを示した。が、そのまま緩めては反省の色を見せる事は無いだろうと判断した彼女は、ドスを効かせた声で以て耳元へ囁く。
「このまま貴様の息の根止めて一人放置して帰ってやろうか?? お望みなら、マジでトドメさしたるが、どないしましょか? お゙ん??」
「すいません冗談が過ぎました、だからこの手一旦緩めてくださいお願いします、殺さないでェッッッ!!」
「チッ…………次は無ェからな」
「あんたの、その時折出て来る治安の悪さ! 近頃、肥前のに似てきているように思えて仕方ないんだが!? 特にその舌打ちするとこォ!!」
「はッ、知ったこっちゃないねぇ」
審神者の冷たく突き放した罵倒を含めた物言いに、通りすがりの亀甲貞宗が反応したように孫六の方へ羨望と興奮の入り混じった眼差しを向けたが。連れの女審神者が空気を読んで「駄目よ、きっこーちゃん。二人の邪魔しちゃ」と、目には見えないリードと思しき手綱を引っ張って、通り向かいの曲がり角へと過ぎ去って行った。
そんな人目にすら気付かない程彼女の事しか目に入らなくなっているのか、孫六は、あからさまに相手を煽るような喧嘩腰で言葉を返す。
「なあ、わざとなのか?? わざと俺の事煽って愉しんでるのか?? そうだとしたら余程悪趣味だと思うし、普通に妬くが。本気で俺拗ねるぞ?? 良いのか?? なあ」
「言っちゃ悪ィけど、面倒臭い拗れ方してんなお前ェ……」
「悪かったな、面倒臭い奴で。そんな男に惚れられたのは、あんただよ、主人」
其れが決定打だったと言わんばかりに緩んだ腕の力に、内心ホッと胸を撫で下ろしつつ。意外とすんなり早めに首を絞め上げていた腕の力を緩めてくれた事に感謝を述べようとして、孫六は失敗した。
「行きでも言ったけど……ラブホはまだハードル高くて無理だから……今は
「しゅじ、――ッッッ!?」
耳元で不可解な事を言われたのを聞き届けた直後、審神者の様子を確認しようとして、一瞬にして息を詰める事になった。正確には、息を殺さないと変な声が出てしまう可能性があったので、其れを防ぐ為の意図として声を抑えた結果だった。
何故、そんな事になったのか。正解は、背中におぶられていた彼女が、カプリッ、と耳朶へ噛み付いてきたからだ。軽く歯を立てただけの甘噛程度で痛みは全く感じなかったが、代わりに甘い痺れが電気が走るように全身へと走った。
完全に別の意味で煽り返された孫六は、額に青筋を浮かべて地を這うような声を発して宣う。
「熱烈なお誘いだなあ。ええ? 俺を御したいのか、煽って獣としての本性を暴きたいのか、どっちなんだ? なあ、おい」
「コッッッワ。ラブホはまだ無理やけ、今ので我慢せぇってつもりでやったのに……そんなに気に入らんかったか?」
「抱かれる覚悟が出来てないとほざく癖に、余計に煽ってどうしたいんだ、あんたは。今すぐこの場で抱き潰されたいのか??」
「ステイステイ……ッ、落ち着け餅つけ。青姦は好みじゃないからヤメレ。エロ同人ネタでは、よくあるネタですけれども」
「そうかい。なら、本丸に帰ったら覚悟しておけ。気を失う程に犯してやるから」
「待って、超待って?? 俺、色々まだ覚悟出来てない言うたやんけ?? お願いやから踏み留まって、なっ!」
「取り敢えず、本丸に帰ったら覚悟しておく事に変わりはない。初期刀殿に土産物を渡したら、あんたの部屋にこのまま直行する。安心しろ。あんたの覚悟が出来てない内から無理矢理事に及ぶまではしないでおいてやるから。……が、代わりに接吻するくらいの事は許せ。其れだけ俺が本気であんたを求めている事を自覚しろ」
「ひぇッッッ……タスケテ清光ッ……! もしくは前田君でも薬研でも良い! タスケテッ……! 主の貞操とSAN値がピンチよ……!!」
「自業自得だぞ。俺を此処まで煽ったのは、あんた自身なんだからな。責任を取って、腰砕きになるまで俺からの口付けを受け止めるんだな」
「ぉ゙あ゙ッ゙ッ゙ッ゙…………すまねぇ、本丸の皆……今日が俺の命日になるかもしれん。グッバイ俺の明日。せめて強く生きろよ……」
「縁起でもない事を言うんじゃないよ」
その後、審神者は本丸に帰ってから起こるであろう先の事に備えて覚悟を決めるのに精一杯で、片や一方の孫六自身も理性との格闘で両者転送ゲートを抜けるまで無言であった。
そして、無事何事も無く(?)本丸へと帰城し、出迎えてくれた加州におざなりながらもお土産の栗大福を渡すなり、審神者が外出で疲労したようだからとの理由を口実に離れの間まで直行。
暫くの時間、二人して部屋に籠もって出て来なかった事について、初期刀含めたその他は何も咎めなかったが、部屋から出て来た後の二人の間に漂う何とも言えない空気で“出先で何かあったな……”という事だけは察するのだった。
加筆修正日:2024.11.23
公開日:2024.11.23