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酒は飲んでも飲まれるな



 チチチッ、と囀る鳥の鳴き声でふと深く寝入っていた意識から浮上し目覚めた。此処までなら、「いつもの朝の流れだなぁ〜」と思うだけに留まれた。けれど、この日の朝は予想外の展開が待ち受けていたのだ。
 目覚めてすぐに自分以外の存在が、すぐ隣の位置で寝息を立てている事に気が付いたのである。いつも通りなら、一人自室の部屋で寝起きするだけの流れ。しかし、この時ばかりは違っていた。
 明らかに自分以外の誰かが居る気配がする。何なら、滅茶苦茶至近距離のパーソナルスペース内という距離感に居るらしい。「えっ?」と脳内が大量の疑問符で埋め尽くされて理解を拒むも、意識はとっくにすっかり覚醒してしまっている所為で寝たフリも出来そうになく。現実を受け入れたくない脳味噌が必死に「そうだ、此れはまだ自分が寝惚けている所為で見た幻覚もしくは夢を見ている途中なんだ。そう、此れは夢、絶対に夢だ。そうに違いない」と現実逃避を図る。
 幾ら現実逃避を図ったところで、意識はすぐ隣の存在感に集中してしまって仕方がない。諦めて、現実逃避を図った際に一度閉じていた目を再び開けて、顔を横向けた。すると、何とも愛らしい寝顔を曝す刀が一振り、一つ同じ布団で眠っていた。其れだけでも事案物なのに、やけにスースーする事に気付いてそっと布団を捲り自分の状態を確認した。そして、更に事案な状況が悪化しただけだったと後悔した。認めたくない現実を直視するのが嫌で、一度は捲った布団を頭の上まで引き上げて被り、現実を受け入れる事を拒んだ。しかし、隣からはその間も健やかな規則正しい寝息が聞こえてきている。
 覚悟を決めてもう一度布団の下に隠れた自分の姿を確認した。先程も見た通り、現状の自分は何故か下着姿である事を再確認して終わった。完全に事案である。そう考えた審神者は、寝起き直後にも関わらず顔色を真っ青通り越して蒼白に変えた。飛んだやらかし且つ始末書で終わるような処分では済まない事態発生である。
 立場が立場故に、自分の責任がデカイと悪い方向悪い方向へと思考を傾けていたら、その途中で意識を浮上させていたのだろう。審神者に遅ればせながらも目を覚ました様子の鯰尾が、寝起き眼をぼんやり瞬かせた後、不意にふにゃりと悪戯めいた笑みを浮かべてこう言った。
「良かった……まだ居てくれた。最悪、俺より先に目ぇ覚ましたら居なくなってるかもと思ってました。……でも、まだ一緒に居てくれてて安心しました」
 そう、何処か安堵したような笑みを浮かべて笑って言う彼から目が離せなくて、半ば思考停止した状態で見惚れていたら、パッと表情を変えた彼が思い出したかのように言葉を紡ぐ。
「あっ、現状見て勘違いしてるかもなんで一応言っときますけど。今回のは未遂ですんで、“やべー、やっちまったかも〜!”な事態には陥ってないんで大丈夫ですよ! たぶん、真っ先に考える事はそっちだと思われるんで、誤解無いように先に言っときますね。一応説明しておきますと、服着てないのは、昨晩飲み過ぎて悪酔いしちゃった主さんを介抱してたら吐いて汚れちゃったんで、そのままなのも悪いかな〜と思って脱がせただけです。一瞬、寝間着に着替えさせようかとも考えたんですけど、布団へ運んだ際に抱き着かれてそのまま寝ちゃったんで、仕方なく俺もそのまま寝ちゃうか!――といった流れで今に至る感じです! ので、それ以上の事は何もありませんでした故ご安心を!」
 折角せっかく彼が自分を気遣って懇切丁寧に事の顛末を説明してくれているのに、頭の理解が追い付かなくて、彼が教えてくれた情報は全て右から入って左へと抜けてしまっていた。此れが漫画であるなら、屹度きっと今頃脳内背景は宇宙猫スペキャ状態であろう。まさしく、完全フリーズ状態であった。
 鯰尾が目覚めてからというもの、一言も発さず固まり切っている様子を察してか、彼は此方の考えている意図を汲むかのように言葉を続けていく。
「俺、世話焼くのとか好きなんで、全然迷惑とかじゃないですから、今回の事は本当気にしないでくださいね! 偶の酒でやらかすぐらい、どうって事ないですし! ぶっちゃけ、起きたらパニック起こして俺残して出て行かれちゃうものと思ってたんですけど……実際は俺の隣に居たままで居てくれてたんで、案外俺の事好いてくれてるんですね!」
 そりゃあもう、猫可愛がりしている程には大好きだし、何なら異性として惚れているが、今この場で其れを口にする余裕は残っていなかった。ただただ彼から与えられた事実に呆気に取られ、ポカンと間抜け面を曝す。
 すると、何を思ったのか、再びニンマリとした笑みを浮かべてこう述べた。
「……もしかして、期待しちゃいました?」
 此れ程にまで刺さるトドメの台詞も早々ないだろうと思えるくらいには響いた台詞であった。流石は脇差。短刀の次くらいには懐へと深く突き刺さる鋭さを持ちし刀だ。あざとくももたらされた爆弾という悪戯な笑みでニヤリと笑う小悪魔刀は、今日も己を翻弄する。


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 チチチッ、と囀る鳥の鳴き声でふと深く寝入っていた意識から浮上し目覚めた。そして、すぐ隣の側という位置から自分以外の存在がその存在感を主張していた。
(何か前にもこんな流れあったな……)
 そう思いつつ、まだ寝起きてパヤパヤとする思考を動かして、隣の存在を確認するべく顔を横向けた。すると、予想通り、己が本丸随一というレベルで猫可愛がりする粟田口派脇差の鯰尾藤四郎がスヤスヤと健やかな寝顔を曝して眠っていた。可愛い通り越して尊いの極み。思わず末期のヲタク思考がそんな感想を弾き出した。寝起きでもヲタクにとっては通常運転。
 どうせ今回も、前回同様に酒に飲まれた挙句の果てに寝落ちるなり何なりして世話を焼かれてしまったのだろうと適当に見当を付けて、ぺろり布団を剥いでその下に隠れていた己の姿を確認する。そして、ギョッと目を剥くと同時に脳内宇宙猫スペキャからの思考停止モードへ突入した。
(ナ……何デ、自分ハ、何モ身二着ケテイナインダ…………????)
 理解したくない現実が寝起きの頭を覚醒させるべくぶん殴ってくる。何とか回復した思考により捻り出された感想が思わず片言になるレベルにはパニクっている。でも、視界に映る光景は如実に一夜の過ちを想起させてきた。
 せめて下履きパンツくらい履いていたならば、まだ良かった。けれども、今回に至っては下着の一枚すら身に纏っていない。生まれた時の姿のまま――つまりは、素っ裸で布団に転がされて眠っていたという事になる。その先で行き着く答えは事案でしかない。今度こそ終わったと、起きて数分しか経っていない時点で絶望した。
(此れは確実にヤッてしまった……!!)
 そうこう頭を抱え込んで先々を思い悩んでいる内に、前回同様遅ればせながら目を覚ましたらしき鯰尾が、寝起きでパヤパヤした口調にて口を開く。
「えへへっ……おはよう、主。今回ちゃんと居てくれて安心したぁ」
 そんな事を言われて、内心悶えない訳がないと末期のヲタク思考が再び顔を覗かせるも、次の瞬間には思考停止するには十分の爆弾を落とされるのであった。
「前は、残念ながら未遂で終わっちゃったけど……今回は我慢するのも何だかなぁ〜って思えて。手、出しちゃったや。……っふふ、吃驚し過ぎて固まってる? 本当そういうところ可愛いんだから、しょうがないなぁ〜」
 あの無邪気に甘えてきていた可愛い子は何処へ行ってしまったんだという程に雄みを全開にした男が、妖艶な笑みを浮かべつつ己の髪を一房手に掬い取って口付けている。何も考える余裕など残されている訳がなかった。思考など、うの昔に放棄されて爆発四散してしまっていたのだから。
「御免ね、今回ばかりは逃してあげられなかったや。だから……これから俺に嫌と言う程愛される覚悟決めてよね? だって、昨晩散々抱き合いながら“好き好き愛してる”って言い合った仲だし。“俺のお嫁さんになってくれる?”って訊いたら、“うん”ってトロットロに蕩けた顔で答えてくれた訳だし。此処まで来たら、もう変に我慢する必要も遠慮する必要も無いよね? ってな訳だから、今日から主は俺のお嫁さんだよ! あ、先に言っとくけど……一夜の過ちとして無かった事になんてさせないからな。神様との約束は絶対だもんね? と言っても、昨晩抱いた時にガッツリ俺の神気注いじゃったから後戻りなんて出来ないし、何ならもう既に神嫁化しちゃってるしね! ふふっ……もう逃げられないね。まぁ、逃がす気とか更々無かったんだけどさ。可愛い可愛い俺の、俺だけのお嫁さん。これからも末永く宜しくねっ!」
 其れを聞き届けたが最後、その先の記憶は無い。


執筆日:2024.10.26
加筆修正日:2024.10.28
公開日:2024.12.29