「君が新たなビジネスパートナーかな。俺は道誉一文字。ここいらでは“ドーヨ”で通っているが、好きに呼んでくれて構わない。どうも面倒事に巻き込まれやすい体質でねえ。だが、暴力は好まないから苦労するのさ。さて……ビジネスの話をしようか」
「ふはははははっ!! こいつぁ、また濃い個性の刀が来たモンだな!! 此れだから、本丸運営は愉快で堪らんのよ! 故に、審神者を辞めようとは思えない訳だが……っ」
顕現して口上を述べるなり、審神者から開口一番に放たれたのは笑い声であった。今の短い間に何か面白い事でもあっただろうかと、新参者としてやって来た刀は内心小首を傾げつつ思った。
「ふふっ……まぁ、そんな話はさておくとして。まずは君という新たな刀の参陣を歓迎しよう。ようこそ、我が本丸へ! 俺は、この本丸の審神者をやってる者だ。人間の小娘が一丁前に百振り余りの刀を従えていて意外に思ったかい?」
「確かに、些か驚きはしたが……
「レディ。Lady?? ふはははっ! よもや、この期に及んでそんな風に呼ばれる時が来ようとはな! 鶴さんじゃないが、こいつぁ驚きだ!! 煮詰めに煮詰めまくった個性の闇鍋の中でも埋もれん個性を持った刀がまだ出て来るとは……時の政府も恐れ入ったね! こんな個性豊かで愉快極まりない刀を今まで出し惜しみしていたなんて、あまりにも勿体なさ過ぎないか? コレ、絶対姫の刀帳台詞が一家言買ってるだろう?」
「姫……? 此処には、お姫も居るのか?」
「現在実装許可の下りてる刀は、一文字も含め全振り揃ってるぞ。旧知の仲の刀とか、見知った子等もちらほら見掛けるだろうから、後で挨拶しに行ってみると良い。案内は、教育番長の子か、手の空いてる子か……或いは、一文字の誰かに任せようか? どうせ、この後、程々に顔合わせ済ませたら、新刃恒例行事の初陣こなしてもらう予定だしな。その後は、根兵糖で特付けしつつ、連隊戦でレベリングしよか。暫く甘味要らんってくらい口ん中ジャリジャリになるかもじゃが、君の錬度上げの為なんだ。堪忍したってや〜。とりま、初期刀の清光に一文字集合かけてもらいますかいね。諸々細かいのは追々な!」
顕現して間もなく目にした人の子は、意外にも治安の悪さすら快活に笑い飛ばしてみせる、愉快で気骨のある御仁であって驚いた。我ながらに思うが、見た目が厳つく体躯も自身より遥かに大きい男を目の前にして恐ろしくはないのか。顕現してからあっという間の流れるように初陣や手入に特付けや回想回収までを終えたのちに、問えば。
「治安の悪さ、物騒も結構なものさね。寧ろ、喜んで受け入れるよ。俺は、そういう刀が大好きだからね。そもが、俺も一人称地で“俺”とか言ってる時点で察してくれや。素の言動で治安の悪さ出すのは定期だが、主に戦闘面限定の話だから。物騒な発言にはブーメランだから慣れてんのよ」
「確かに。主ってば、一見大人しめでかぁいい見た目に反して結構辛辣な物言いで口利いてきたりするもんね。そういうトコ、ちょっとウチみたいな感じバシバシ感じてちょい複雑なんだけど……。出来れば、主は健やかで居て欲しい」
「おや、噂をすれば何とやらかね? 全くウチの初期刀様は仕事が早いこってで。にしても、姫も過保護勢みたいな事言うようになったなぁ〜。はははっ、まぁ、善処はするよ」
「その言い方だと、絶対治す気無いじゃん……」
「ふはっ、バレて〜ら!」
姫鶴一文字を含めた一文字一家の者とも遠慮の無い物言いを出来る程親密な関係を築けているのだと、先の気安い遣り取りからも察せられた。浅からぬ信頼関係が、其処にはあったのだ。
なんて熾烈な輝きに満ちた御仁だろうと、道誉一文字は思った。
姫鶴の言うように、見た目こそ可憐で真面目臭い凛とした雰囲気を纏う少女の如し印象を受けるが、いざ口を開いてみれば、良い意味でその印象を塗り変えられる。裏切り、という言葉は、どうにも好かないが……この場合、“良い意味での裏切りを受けた”と表現する以外に語彙力を持たなかった。其れ程までに波長の合う感覚を覚えたのだ。
可憐で華奢な見た目に侮って掛かれば、忽ち此方を飲み込まんとするような威圧感。歴戦の猛者である事は、戦歴や審神者証に記された審神者歴と審神者レベルが物を語っていた。我が一文字一家すら恐るるに足らぬようである。
だからこそ、当代を張る一家の長たる頭が気に入って止まないのだろう。審神者の傍らに寄り添うようにして佇みながらも、山鳥毛から注がれる彼女への慈愛に満ちた視線に、一家の者達との関係図を把握して、純粋に興味が勝った。
口でこそ男勝りな物言いだが、その実に飼っているであろう真の心とやらを暴いてみたくなったのだ。恐らく、此れは、ビジネス以上の感情だろう。一線を越えた、領分を弁えぬ、人の身の器を得たばかりに付いてきた複雑怪奇な感情とやらに振り回される事が無きように努めなくては。そうでなくては、扱いづらい刀となってしまう。
ただでさえ、先代の色合いを色濃く残した派手な装いで以て顕現した身だ。自分は、此れ自体を“一文字としてのブランド”と称しているが、そもが、先代と当代が同じ場所に一同に会している現状に、自身が顕現した事でトラブルと発展しまいか他の刀達に戦々恐々と観察されているのは、早くも把握している事実である。その点について、本丸唯一の人の子であり紅一点たる審神者は、興味こそ有れども、あまり深くは気にしていない様子であるのが何とも言い難いが。
知りたくて疼きすら抱く感情に、衝動じみたものすら伴っている、此れは一体何なのか。果たして、近い内に知る事になろうが……。取り敢えず、今は、何ともむず痒い事この上ない気持ちを抱えながらも、ただ望まれるがままに刃を振るう事にしようと考えを纏めた道誉一文字は、豪快な笑い声を発して口を開いた。
「ハッハァ! 此れは此れは、随分と愉快極まりない処に喚ばれたものだ! 実にエキサイティングで興奮冷めやらないのだが、一先ず、失礼の無いように出番として呼ばれるまでは大人しくしていようか!」
「愉快極まりない点は、めちゃクソブーメランなんだが、ぶっちゃけコレ俺笑っても良いヤツ? 既に引き笑いみたいな
徐ろに、道誉の方を指差して、斜め後ろで様子を見守っていた一文字のご隠居こと一文字則宗を振り返って問う。問われた本刃は、閉じたままの扇子を顎に当てた状態で小首を傾げつつ返す。
「好きにしたら良いんじゃないか? 僕は特に問題になるとも思っていないし」
「じゃあ、許可も取れたし笑うね。ンッフ…………!」
途端、引き笑いから本格的に吹き出した審神者に、姫鶴はあからさまに引いた様子で突っ込んだ。
「主さぁ……趣味ワッルイよ」
「ちょっ……不可抗力ッ……道誉君の存在そのものが面白いのが悪い……! ひっ、ひぃッッッ……腹筋崩壊するッ……!!」
「ンフン? レディはどうして俺が喋る度に笑い転げているんだい??」
意図も意味も理解出来ないでいる道誉が問うのに再び口を開くなり、審神者は笑いを禁じ得ないようで、涙目になりながら事の次第を主張した。
「主張が激し過ぎるのが問題なんよ……っ! 頼むから、これ以上俺を笑かさんといてくれや! おにゃか痛んいンッフ!!」
「重症だにゃ……」
「オー、ノーッ。誰か頼むから、どうかこの状況を説明してくれないか? 俺は知らぬ内に何か仕出かしてしまったのか??」
「ご心配無きよう。主のコレは、ちょっとした発作みたいなものですから……お気に為さらず」
「ノン! 無視するには、あまりにも無理が有り過ぎるというものだ! この場合、どのように対応するのが適切か、先達たる君達へご教授願いたい!」
「たぶん、主と一緒に笑っとけば自然と解決すると思うよ」
「ひぃッッッ……!! 姫が、ソレ言っちゃうの!? ちょまっ……えふッ、息出来な、えっほ、おぅぇッッッ」
「オーマイガッ! 大丈夫か、レディ!?」
「こ、小鳥よ……! しっかりしろ!」
笑い過ぎていよいよ噎せ始めた審神者を心配して、思わず道誉と山鳥毛の両方から手が伸びた。あまりの大惨事に、様子を見兼ねた則宗が呆れた調子で口を開く。
「おいおい、大丈夫か? ウチのモンが新たに増えたってだけでそんな状況になってて、これから先ちゃんと生きていけるのかい?」
「だ、ダイジョブ……ヲタクは皆不死鳥だから、何度でも墓から蘇るのよ」
「其れじゃ、まるっきり化け物じゃないか。んな事言うだけに無駄にキメ顔しながら親指を立てるんじゃないよ、全く。此れだからウチの主は困ったものだ」
「主、いつの間にゾンビにジョブチェンしたの?」
「ヲタクとは、総じてそんなモンさね」
「言い切るところが、また君らしくて愉快だが……此奴にはまだまだ通じんネタ過ぎて置いてけぼり食らってるぞ?」
「あいやぁー、すまんちや、道誉君。うん……? えっと、呼び方此れで合ってる?? 姫の影響でつい君付けして呼んでるけど、まだ舌に馴染んでない感半端なくて違和感凄いんだが……」
唐突にスンッ……と我に返るが如く通常運転へと戻った審神者に、内心戸惑いながらも、其れを
「うん? 君の好きに呼んだら良いさ。人からは“ドーヨ”との名で呼ばれ親しまれてきたのでね。お姫からの先んじての通達が既に馴染んでいるという事なら、君が呼びやすい形で好きなように呼んでくれて構わない」
「でも、見た目とのギャップやば過ぎて、普通に脳味噌バグるから……イメージ先行の“叔父貴”呼びでもおk?」
「ノ、ノォーッ!! お姫にも言ったが、其れならせめて“叔父様”辺りに留めてくれ……!」
「ふははははっ! 君は始めからきちんと“NO”と言える刀なんだな! 良い事を知れた! ふふっ……まぁ、呼び方については、その内追々舌に馴染んでいくものと思われる故に、今暫くは見苦しいかもしれんが、ちっとばかし疑問形がくっついてきても気にしないでくれると有難いッス」
「うーん……今のは、“叔父様”に改める気があるのか否か、理解の判別がし難い曖昧な返事だな」
「ンフッ。頼むから、これ以上愉快な事言わんでくれ……っ。マジのリアルで腹筋が死ぬから。とりま、現状は対姫からの呼び方を参考にさせてもらうとするよ」
「つまり、“叔父様”呼びは受け入れてもらえないとのアンサーで解釈するが、宜しいかな?」
「ねぇ、誰かこの
「ンフン……? 彼女は笑い上戸にでもなっているのか?」
先程から抱いていた疑問を口にすれば、其れに対する答えをまさかの当代の頭たる山鳥毛から
「勘違いさせて申し訳ないが、今の小鳥は素面な上、酒の類は一滴たりとも含んではいないよ……。そもが、我が
「ハッハァ! 成程、理解した。此処は、実に愉快な処らしくて気に入ったァ!」
「ふはっ! そいつぁ何より……!」
――それから早数日後。
道誉は、流れ作業のように特を付けるなり連隊戦という名の催物へ同胞と共に突っ込まれ、めきめきと錬度を上げていった。その間にて、何気無く審神者の口から零された世間話を思い出し、束の間の休息として偶々一文字部屋へと遊びに来ていた審神者へと話題を投げる。
「ところで、つかぬ事を問うが……君は、先日誕生日だったと言っていたな?」
「んんっ? 確かに言ったなぁ……? 其れが何か??」
取り敢えず、現状の愉快さは一先ず把握したとして、話題の転換を図ってきた道誉に、審神者は些か急な話題転換だなと思いつつ素直に返事を返す。その素直さにウンウンと頷きながら、直接答えを返してもらえた事に機嫌を良くして問われた事への言葉を返した。
「遅ればせながら、俺から君にサプライズのプレゼントを贈りたいのだが……受け取ってもらえるね?」
「へぁっ……!? にゃ、にゃぜにプレゼントとな!?」
「率直に述べて、君を好ましいと思ったからに他ならない! 勿論、此れはビジネスを介さない、俺からの純粋な気持ちからの贈り物と思ってくれて良い!」
「ほぁっっっ…………え、は……マジで??」
突然のプレゼント発言に戸惑いを隠し切れない審神者は、動揺を露わに狼狽える。そうして、傍らの山鳥毛を窺い見るが、その彼も急展開に驚きを隠し切れない様子で、思わずといった風に深々とした呟きを零した。
「そう来たかぁ……ッ」
「えっ、えっ? なんっ……今コレ何が起こってるん?? ちょもさんや、頭抱えてないで説明してちょ。君の翼でしょ??」
「あーあ……だから忠告したのに……。マジで俺知らないかんね?」
「いや、ちょまっ……姫、この謎の状況理解してるなら説明Please me!!」
「主……ご愁傷様、にゃ」
「何で!? 俺何かした!!?」
「ご理解為されていない内がマシかと……」
「待って、日光さん分かってるならちゃんと説明責任果たして、お頭の左腕だろお前」
見事な動揺っぷりに端から傍観する分には面白いのだろう、則宗が扇子を開いてヒラヒラと扇ぎながら明らかに面白がった調子で口を開く。
「おーおー、見事にテンパってるなぁ〜。うははっ! まぁ、精々僕等身内に囲われつつ可愛がられておけ! なぁ〜に、何も怖い事など無いさ。そういう事は、僕達が率先して跡形も無く片付けておいてやるからなぁ」
「だから一文字はやべぇって言われんだぞ、御前んんんッッッ!! んなところでヤーさんなトコ垣間見せなくて良いから、ちゃんと説明しろやい!!」
「ハッハァ! プレゼンなら俺自らしようじゃないか! なぁ? 勇ましくも可憐なレディよ。俺を立ててくれるなら、どうかこの申し出を断ったりなどしてくれるなよ?」
「いや、圧ゥーッッッ!? おい、誰が一文字の怖ェトコ出せって言った!? 俺まだ許可出してないんですけど!??」
「そうつれない事を言わないでくれ
「“My sweet honey”!!??? んな呼び方初めて呼ばれたぞ!?? 人生初の事に吃驚通り越してちょっと意味分かんないんで、一旦お引き取り願っても良いですか!? 審神者絶賛大混乱中で訳分かんにゃいおッ!! 控えめに言って盛大な事故起こしてるぞ現在進行形で!! ちょっと一旦賢者タイム入りたいんで、一回ワンクッション挟んでもろても良いですか!?」
「その答えは実にナンセンスで頂けないな。ハニー呼びが気に食わなかったのなら、キティ呼びに改めた方が君のお眼鏡に叶うかね?」
「うんっ!! 取り敢えず、君がビジネス関連から外国語にも明るい事だけは把握したわ!! 是非とも、その英語力は比較的新参で君よりちょっと先輩な雲生さんにでも分けてあげてくださいな!! 既にカンスト組で後方支援組に回されて暇ぶっこいてると思うんで!! 備州刀同士だから親戚みたいなモンでしょ!!」
最早呼び方云々への問題について切り込む事は諦めた審神者は、微妙に話題を逸らす事にしたようで。絶妙な物言いで現場を片付けようとする審神者へ、再び則宗の方から呆れの一言を貰った。
「君も大概雑というか、何というか……大雑把だなぁ〜」
「でも事実じゃん!」
「確かに事実だから否定はしないでおくが、もうちょい言い方ってモンがあるだろうよ?」
「じゃあ、御前が考えたらエエやん。俺は脳筋一辺倒だから、細けぇ事には拘らん主義だぞ!」
「其処で古備前の思考回路出されても、僕は飽く迄も系譜を受け継いでるだけに過ぎないから反応に困るぞ〜。あと、今相手すべきは僕じゃなく道誉の坊主の方だからな。構うのは其れからにしてもらいたい。直視したくない現実から逃避したい気持ちも分からんでもないがな」
「贔屓目に見ても俺が困ってるって分かってんなら助け舟出すか何かしてよ糞爺」
「いや、だからって加州の坊主みたいな言われ様は聞き捨てならないが!? 僕が
「待って、本当頼むから行かないでよ、お願いだから残って頼むよ御前ってば〜……っ!」
「僕はもう知らん!! 勝手にしろ!!」
「あ゙ぅ゙……機嫌損ねちゃった。にゃんでよぅ〜っ、俺の事可愛い孫扱いしてるならちょっとはお願い聞いてくれても良いだろうにさぁ〜……っ」
うっかり余計な事を言ったばかりに機嫌を損ねさせた審神者は、則宗からあっさり振られて泣き言を漏らした。すれば、日光一文字の口から率直な意見が返ってきた。
「今のは主の自業自得かと」
「日光さんも味方してくれへんのかいね?」
「俺は、飽く迄もお頭の補佐をするのが仕事ですので……お先に失礼させて頂きたく」
「待ってくれよ、俺を此奴と二人きりにしないでくれないか?? まだ色々と心の準備諸々が出来てないんだが??」
「すまないが……一応、我が家の身内故に害する事は無いと思われるので、一先ず安心した上で一旦小鳥に一任する事にしよう。達者でな」
「はっ!? ウェイウェイ、ちょいとタンマ!! まさかのちょもさんまでソッチ側だと!? ヘイヘイ、一旦冷静になろうぜ、頼むから俺をこの危ない叔父様キャラと二人きりにさせないでくれ後生だから頼むお願い、ちょもさんにまで見捨てられたら俺どうしたら良いか分かんないッッッ」
「おやおや、此れは困ってしまったな……っ」
言葉も余って勢い良く縋り付かれた山鳥毛は若干嬉しげながらも困った顔を作って
「俺は面倒事に巻き込まれんのは勘弁だから。頑張って強く生きなね」
「この人でなしィ!!」
「俺、端から人間じゃないし。刀だから。じゃあね〜」
「お、俺もちょっと化け物斬りの方の山姥切に呼ばれてた事思い出したから失礼させて頂くにゃ〜……っ」
「おい、さっきから俺ヘルプ出してるだろうが! 其れを無かった事のように去って行くな置いていくな、にゃん泉君んんんッッッ!! 君まで居なくなったら砦が無くなるだろうが、この薄情者ォ!!」
「主にはすまねぇと思ってるけど、俺もまだ死にたくねぇから、悪い事は言わねぇにゃ……! 早いところ叔父貴の事構ってやってくれにゃ!!」
「Why!!?」
まさかの南泉一文字にまで袖を振られて軽くショックを受けた審神者は、尚も縋ろうと形振り構わず必死に掴んだ山鳥毛の服の裾を固く握って離さない。此れにキュウッ……と目を細めた道誉から、背筋も凍る視線と圧が駆けられる。
「ンフン……? 先程から黙って聞いていれば、君は俺以外の一家の者ばかり構うのだな? 俺を目の前にしておきながら、何とつれない……。だが、其処がまたギルティというヤツなのだろう。君は、実に魅力的なレディで、引く手数多が過ぎるようだ。早くも妬いてしまいそうだ……」
「おっと……? 何やら不穏な事言われた気がしたな?? 気の所為か?? 頼むから気の所為であったと言ってくれちょもさん……!!」
「其処でいつもの“嘘だと言ってくれよ、バーニー!”と言わなかった事だけは褒めるべき点だと思うが……。悪い事は言わない……今すぐ私の裾から手を離してくれないか? 小鳥よ……っ。君に縋られるというのは大変魅力的だが、今ばかりは頂けない。物凄く大変申し訳ないが……」
「ちょもさんの事
「小鳥よ」
「あ゙ぃ゙……」
「審神者たる者、今こそ踏ん張り時だぞ。心を強く持ちなさい」
まさかの死刑宣告を受けた審神者は、取り乱し過ぎて憐れにも涙目となっている顔を隠さず、気丈にもキッと睨め付け見上げてきた。
「何かさっきから其れっぽい事言って袖に振ろうとしてる魂胆見え見えだぞ。見え透いた事抜かしてないで早く助けなさいよ、お前の小鳥がピンチぞ」
「私は、馬に蹴られる趣味も、下手に藪蛇を突付く趣味も無いものでね。良い子だから、聞き分けなさい。勿論、私達は
そう言いながらも、頑なに離そうとしなかった審神者の手をそっと解かせつつ、励ましのつもりか、最後にキュッと己に縋っていた両手を包み込むように握って離した。
ヒラリと躱すように身を離した山鳥毛に対し、審神者は恨めしそうな顔を向けて恨み言を呟いた。
「ちょもさんが悪い顔して押し付けた事覚えとくからな」
「ふふっ、ではな。我が翼よ、我々の小鳥が
「シュアー、存じ上げているとも」
「では、またな小鳥よ。良い子にしているのだぞ?」
「良いお声でそういう事言えば審神者弱いの知ってるからって、実行するんは狡いんよォ〜〜〜……ッ!」
とうとう最後の砦たる山鳥毛さえも居なくなってしまった事で、審神者は分かりやすくぺしょりとその場に項垂れる。此れに、己の意図を正しく汲み取ってくれた同胞達に心の中でのみ感謝した道誉は、実に嬉しげに弾ませた声を上げた。
「ハッハァ! 此れで晴れて二人きりだな、レディ! 嗚呼、君が恐れているような事は何もしないさ。ただ……今少しだけ俺に愛でられる、ただ其れだけを甘受してくれたら良い。なあ? 我が一家に愛されし小さく若い可愛いキティよ?」
「今の言い分だと、プレゼント受け取るだけで終わる気がしないんだが……」
「ノン! 其れだけじゃあまりに味気なさ過ぎる! だから……先代が言ったように、ちょっと爺孫のように一時構われてくれたら良いのさ! 嗚呼……
「其れ……もしかして、姫との回想で言ってた“ダァ”の事?」
「ご明察! 流石は伊達に長く審神者を勤めてはいないようだな! ハッハァ! 実に察しが良くて助かる!! 賢い子は嫌いじゃないぞ!」
「何やよう分からんけど……俺の何かしらが君に刺さっちまったって事だけは把握したわ……。まぁ、“叔父様”呼びは京極君の専売特許やと思うんで……せやな、それ以外で、二人きりの時のみ限定で提案された呼び方で呼んであげん事もないかな?」
「其れは……オーケーされたと解釈しても宜しいのかな?」
「好きに解釈してくれてどうぞ」
「ハハッ。此れは、中々に気概のある御仁で驚いたな……。そうでなくては、我々一文字一家の者など束ねる事は出来ないだろうし、百余りもの刀達を統率する事も不可能というところだろうか。ただ可憐なだけでは審神者は勤まらないとの認識を改めさせて頂こう」
梃子でも動かないくらい譲る気がない事を察したのか、あれだけ必死こいていた癖にあっさりと抵抗する事を止めた審神者へ、「些か掌返しが過ぎる気もするが……まぁ良いか」と思わなくもなかったが。概ね、己の思い通りに事が運んだ為、その点については不問にしようと思っていたところで、不意に彼女がニヒルにも口端を吊り上げてニンマリと笑って言う。
「まぁ、言うて俺も伊達に六年半も審神者勤めとらんきにゃあ。腹の探り合いやら試し合いなんぞの経験なら、そんじょそこらの一般Peopleには負けへんで? 顔にも口にも出さへんだけで、意外と色々考えとるモンなんよ、こちとら。まぁ、わざわざ口にするモンでもないし、色々言うんも面倒やからって黙ってりゃあ好き勝手言う輩も少なくないがね。君は、外面だけで人を判断するなぞという、愚か中も愚かな真似はしまいよなぁ?」
見た目に反した口調と言動から与えられる圧力に、歴戦の審神者たる者の威厳を垣間見た気がした。途端、ビリビリとした感覚が肌を刺し、ゾクリとした何かが腑の奥底で湧き上がる。一体、何枚もの猫という皮を被った先でそのようなチグハグな物言いとなるのだろうか。またしても純粋な興味が顔を覗かせた。
一先ず、誤解を招きかねない態度を返した事の詫びに、真面目な態度で以て言葉を返した。
「君が俺を裏切らない限りは、誓って愚か者になど成り下がりはしないと誓おう。先程の問へのご許可を賜われたのなら、俺の膝の上で暫し語らいでもしないか? キティ」
「誕生日だった事を出してでもどうしても猫可愛がりしたいって事ね……把握」
「フフッ。理解が早い事は助かるし嬉しいが……どうか、今一度だけでもダディと呼んでくれないか?」
「……俺、そういうの柄じゃないんだけどなぁ……っ」
渋りを見せた審神者に、道誉はワッとなって主張する。
「ノォー! マイキティ! 先程約束したじゃないか! 二人きりの時に限り俺の事は何と呼ぶと?」
「ヘイヘイ……ダディ、でしょ? 此れで満足したかい?」
「ハッハァ! 今少し努力が足りないようだが? ワンモアだ!」
「OMG……ッ。にゃんて奴に目を付けられてしもうたのやら……それなりの長さ審神者やってきてるけど、君程押しの強い刀も早々居ないよ」
「ンフンッ、お褒めに与り光栄とだけ返しておこう」
「褒めてないんやが――ッんむ!」
突如、言葉を遮るように人差し指で以て口を噤むよう仕向けた道誉は、妖艶な笑みを浮かべながらこう返した。
「シィーッ……。今だけは余計な言葉は言わないで頂こう。そうでなくては、つまらないのでね」
「新刃恒例行事の真剣必殺回収ん時に中傷生還という名の帰城した時もそうやったけど……君、ちょいちょい遣る事為す事紳士的だよな? そういうところは一文字譲りだな、って分かって面白いから良いけども。迂闊に俺の口お手々で塞いだりなんかしたら、うっかり噛み付きかねないから気を付けなね。こんなんでも、自称戦闘狂の気があると謳ってる身なんでな。俺は本気でキレたら凶暴なお猫様と化すぞ……?」
「なんと……っ! 尚更丁重に扱わなければならないな! 仮に噛んでも俺は一向に構わないが、君が己を猫と称するなら、オイタをした時に躾という名の仕置きが待っている事はお忘れなく。頼むから、そうならない事を祈っているぞ? マイスウィートキティ?」
「Oh……ッ、アイマム……ダディ……」
「グッドレディ! 君は実に良い子だ。良い子には、ご褒美をあげなくてはな」
そう言って、膝上に囲い込んだ審神者の首元へ、愛らしい首飾りなる物を贈るのだった。
宛ら、首輪のようだったとは、のちに贈られた張本人の口から語られている。
――後日。
意図せず不覚にもお揃いのようになってしまった審神者の首元を見遣って、南泉は憐れみの言葉を投げかけた。
「主……もし、道誉の叔父貴から獲って喰われそうになったら、骨だけは拾っておいてやるからにゃ……っ」
「ちょっと待って? 今凄まじく聞き捨てならない不穏な事言われた気がしたんだが?? 冗談でも気安くそんな事言ってくれるなよ、にゃん泉君や。ホンマに成ったらどうしてくれる?? 世の中には、言霊という現象があってやなぁ、戯れに発した言葉が呼び水となって結果的現実として起こってしまう事もあるんやぞ?? 頼むからそんな事ヤメテヨシテ軽率に審神者死んじゃうから」
「首輪付けられてる時点で、もう手遅れだと思うけどな……。まぁ、俺とお揃いって事で、猫名乗ってる者同士これからも仲良くしようや」
「傷の舐め合いという
「お前、最近長義の奴に似てきてないかにゃ?」
「南北朝ヤンキーに似ていると言われて光栄極まりないね!! どうせなら、俺もちょぎ君みたくクールに格好良く振る舞えたら良かったろうが、そんな教養俺には無いものでね!! 所詮俺は地方も地方の田舎娘止まりですよぉ〜ッだ!!」
「捻くれちまってるところも含めてそっくりだぜ」
「何か言ったか猫殺し君??」
「んげッッッ!! 最悪のコースだにゃ!!」
「今のはどういう意味のリアクションかな?? 詳しく聞かせてもらおうか」
「だぁーっ!! 俺は今、主の問題で忙しいからこれ以上面倒事は勘弁しろにゃ〜ッッッ!!」
まさかこっそり漏らした愚痴が本刃に聞かれていようとは思わなかったのか、南泉は面倒事が起きる前にスタコラサッサと逃げて行ってしまった。其れに、残された審神者はポツリと呟きを返した。
「面倒事なってんのはコッチなんだが……?」
「はぁ……まぁ、猫殺し君は良いとして。先程の会話、うっかり俺の耳にも入ってしまったんだが……俺を指して君何て言ったのかな?? “南北朝ヤンキー”とか何とかって聞こえた気がしたのだけれど」
「やべッ」
「ほぉ? 良い度胸してるじゃないか。流石は六年半も審神者を勤め上げているだけはあるね。その涙ぐましい努力は褒めて差し上げるよ。持てる者こそ与えなくては、ね」
「待って、今の今でその響き嫌な予感しかしなくて超絶聞きたくないんだが??」
「察しの良い子は嫌いじゃないよ」
「其れ、つい最近も同じ事言われたわ」
「という訳だから、後はご勝手にどうぞ」
「はっ?? 何が“という訳だから”なのか全く意味が分からんくて戦慄するんだが?? 一体、君は誰に向かって言っているんだい?? いや、やっぱ良い、何か心臓に悪そうだから訊かなかった事にす――、」
「――お気遣い感謝するよ、長船の傍流の子よ」
「は?? え、待っ…………」
「俺は足止め役を頼まれたに過ぎないから、後は仲の良いお二人でお好きにどうぞ。……まぁ、さっきの彼ではないけれど、骨だけは拾っておいてあげるから安心すると良い。じゃあ、俺は用も済んだので失礼するよ」
「何一つ安心出来ないんだが?? おい、待て、勝手に言い逃げして置いてくな。おいッッッ、本歌様!? えげつない仕返しすんの卑怯だぞ!! 大人気ないぞ!! 其れでも本歌様か!? 人の子
「ンフンッ……その時は、俺が代わりに慰めてあげるから、どうか泣かないでおくれマイキティ? 君に涙は似合わないよ。愛らしい君にはスマイルの方が余っ程お似合いだ。ほら、君のダディが来てやったぞ? 涙に濡れた顔も
「ッッッ〜〜〜強引が過ぎるのも大概にしろよ、ダディ……!!」
「ハッハァ! 善処するよう努力はするさ。君が良い子にしている内はね」
「クッソ……此れだから一文字はアカンのやって……!!」
「ンフンッ、褒め言葉として受け取っておくよ」
まこと、強引が過ぎる手に呆れを禁じ得ないも、審神者は促されるまま素直に彼の胸元へダイブした。だいぶ勢い付けて飛び込むも、体幹の鍛えられた巨躯は微動だにブレなかった。悔しい。
寧ろ、こんなにもか弱くて生きていけるのか甚だ心配になった道誉は、己自身が守ってやろうと早くも庇護欲を刺激されてニッコリ笑い、その笑顔の下でひっそりと獰猛な笑みを浮かべるのだった。
加筆修正日:2025.02.02
公開日:2025.02.02