洗濯済みの洗濯物の中から自分の物を回収して、服は服、下着は下着といった具合にそれぞれの場所へ仕舞う過程で気付いた。
「あれ……? この靴下、
自分の洗濯物が纏めて入っていた洗濯籠をひっくり返したり、部屋へ持って来る道中の何処かで落としたかもしれないと一度通ってきた道を引き戻しながら辺りを探してみたが、見当たらず。もしかしたら、別の誰かの洗濯物に紛れてしまったのかもしれない。取り敢えず、そう当たりを付けて、目に付いた男士の者達へ訊いてみる事にした。
一旦、部屋へとまた戻って、再度部屋の中を確認しても見当たらないのを確かめてから、渡り廊下を抜けて母屋の方へと足を向ける。すると、丁度通りかかりですれ違った孫六兼元が目に入ったので、訊ねてみた。
「あっ、ねぇねぇ孫六さん。ちょっと訊きたい事があるんだけど今良い?」
「うん? 別に構わないが、どうした?」
「あのさぁ、俺のこの靴下、洗濯済みの籠から回収してきたら片面しか無かったんだけど、どっかで見てない? 俺、洗濯に出す時、ちゃんと一足分揃えて出した筈なのに、洗濯済みで戻ってきたの回収したら、片っ方だけしかなかったの。ちなみに、この靴下、左右それぞれの外側にワンポイント付いてるタイプの靴下でさ、現在行方不明なのは左側の方なんだよね」
「俺は基本和装で足袋しか履かないからなぁ……。見かけたら声をかけるようにするよ」
「有難う。そうしてもらえると助かる。んじゃ、他にも知ってる子居ないか別の
「いや。此方こそ、力になれなくて悪いね」
「いんにゃ。其れこそ気にすんなって話さ。手始めに、手当たり次第声かけてみてるだけだからよ。次は、心当たり有りそうな洗濯係に訊いてみる事にするわ。ほんじゃの」
ヒラヒラと手を振って孫六とは別れ、次に見当を付けた相手を目指して移動する。
一先ず、洗濯係の者達に声をかけてみようと考えつつ、片ずらだけの靴下を引っ提げて、移動途中の道中に偶々すれ違った者達にも手当たり次第声をかけてみた。
「ねぇ、俺の靴下の片面知らない?」
「紺色のワンポイントが付いた靴下ですか? 申し訳ありませんが、俺は見かけていないですね。洋装の者達は多いですから、その内の誰かの物の中へ紛れ込んでしまったのかもしれませんね。後で俺も一緒に探しておきましょう」
「有難う、長谷部。助かる」
「主のお役に立てるのでしたら、この長谷部、全力を尽くす所存です……! ご随意に何なりとお申し付けくださいね!」
「ねぇ、俺の靴下の片面見てない? 片っ方だけ行方不明で探してるんだけど」
「うーん、悪いけど見てないかな。力になれず申し訳ないけれど」
「ううん。取り敢えず手当たり次第訊いてみてるだけだから、気にせんといて」
「ねぇ、俺の靴下知らん? 片面行方不明なんやけど」
「おや、弟達の物に紛れてしまいましたかな……? 主の足のサイズは、この本丸に居る者達の中では小さい方ですから、私の方から弟達へと尋ねておきましょう。他の者にも訊いてみるのでしたら、短刀か脇差辺りの者に当たってみるのが宜しいかと。主と足のサイズが近いのはその辺ですから」
「有難う。洗濯係の子達以外を当たる時の参考にさしてもらうわ」
へし切長谷部に続き、山姥切長義や一期一振と、出会う刀皆に声をかけて訊いてみるも、皆首を横へと振って心当たりが無いとの回答をくれた。四振り程訊いてみたが、今のところ全部外れてしまっている。
取り敢えず、粟田口長兄からナイスアドバイスを受けたので、其れを参考に当たってみる事にする。今のところ、助言以外で何の収穫も無い為、手っ取り早く一番心当たりが有りそうな洗濯係の者達へ問うてみた。
「おぉ〜ぅい、俺の靴下片面行方不明なんだが、何か知らんか?」
「えっ? 可笑しいなぁ……洗った時はちゃんと一足分揃ってた筈ですけど……。歌仙さん、何か知ってます? 確か、一緒に洗濯係担当されてましたよね?」
「あぁ。僕の記憶違いでなければ、干す時や取り込んだ時の時点では、一足分揃っていたと記憶しているけれど……」
「だが、主が洗濯済みの物を纏めた籠ごと回収した時には片方だけ無くなってしまっていた、と……。そういう事だろうか?」
「うん。何でか分からんから、取り敢えず手当たり次第訊いてみてる、今ココって訳。一応、部屋まで持ってく道中落としてないか確認してみたし、部屋で落としたかどうかも確認したんだけど、今んとこ全く見当たらんくて困っとるんよ」
「あげっ。そいつぁ弱ったなぁ〜。主の靴下ちっちゃいから、風に吹かれてどっか飛んでっちまったかね? 俺の方でも探しといてやるよ〜」
「もしかしたら、洗濯係の僕達側のミスかもしれないから、僕達の方でも探しておくよ。不便をかけてしまってすまないね」
「いんにゃ。この本丸も随分と大所帯になっちまったからの。偶にゃあこんな事もあらぁよ。ほいじゃ、俺はまた他を当たってみるから。手間かけてすまんかったね」
「其れこそ気にしないでください!」
「此方で見付けたら、主の元へ直接渡しに行こう」
「有難うね、巴さん」
「俺は主の薙刀であり側仕え役故、当然の事だ」
一番心当たりが有りそうだと踏んだ洗濯係の者達へ訊いても駄目だった。
いつの間にか三桁をも超える数の男士達が一同に会す場所となったお陰もあってか、洗濯物の一部が誰かの物へと紛れたり、はたまた、行方不明になったりが増えた。それぞれ分かりやすいように自分の物には名前を書くよう推奨している為、大抵は何処かしらから出て来るものだが……。さてはて、どうしたものか。
審神者は片面だけの靴下を持ったまま腕を組んで、唸った。すると、其処へ偶々通りかかったらしい鶯丸が小首を傾げながら声をかけてきた。
「おやおや。こんなところで唸ってどうしたんだ? 何か困り事なら、話くらい茶でも飲みながら聞いてやらん事もないが」
「うぐか。いやな、洗濯済みの洗濯物を回収したまでは良かったんだが……靴下片面だけがどっか行っちまって探してたところなんだよ」
「其れは其れは、大変困った話だな。此処も随分と刀数が増えた所為で必然と物も増えた。似たような衣服を取り違える事も多々増えてきたし……と、まぁ、此れは何処の本丸でも儘ある話だろうが。お探しの靴下とやらはどんな物だ? 丁度非番で暇を持て余していたところだ。暇潰しに手伝ってやろう」
「おー。其れは非常に助かるが、俺の靴下探しなんかに貴重なのんびりする時間を使っちまって良いのかい?」
「主が困っているのをただ見て見ぬ振りをして放っておく事も出来まい。探しているその靴下の特徴とやらを教えてくれ。もしかしたら、俺に心当たりがあるかもしれんのでな」
「探してんのは、この……紺色生地で足首くらいの長さの、横っちょにワンポイント柄が付いてるヤツなんだけどにゃ。此れは右足側で、探してんのは左足側の方。それぞれ反対側の位置にワンポイントが付いてるヤツになるんだが、見覚えあるかい?」
持っていた片面だけの靴下を掲げて見せながら説明すると、其れを見つめていた鶯丸が徐ろに首を捻って呟く。
「んん? その靴下とよく似た物……確かつい先程ばかり見かけた気がするぞ」
「マジか!! ホンマ!? えっ、何処で見た!?」
「あぁ。心当たりがあるのは本当だし、在り処も何処か見当が付いている。良かったな、主。此れで探し物が見付かるぞ」
「わぁ、有難う〜!! 此れまで何振りもの子に声掛けてきたけど全部空振りでさぁ! 本当参ったな〜って困ってたから超助かる!!」
「ふふっ。主の手助けが出来たのなら良かったよ。靴下があるであろう在り処まで案内してやるから、付いてくると良い」
「わぁーい! やったー! 喜んで付いてく〜!」
無事に探し物が見付かりそうだと分かるなり、喜色を滲ませて後を付いていく。
刀剣男士達の宿舎棟なる各個刃部屋が連なるエリアを幾つか通り過ぎて、古備前部屋の前に差し掛かる辺りで案内していた鶯丸の足が止まった。そうしたら、何故かその場で腰を折り、膝を付いて縁側の床下を覗き込むように屈み込んだので、審神者は疑問符を浮かべて首を傾げる。
「何してんの?」
「主の探し物が無いか確認しているのさ」
「は? 何で床下なんか覗き込む必要が……」
「まぁ、主も一緒に見てみると良い。口で言うより、自分の目で直接確かめてみた方が早いしな」
「えぇ……。何やよう分からんけども、下覗き込んだらエエの?」
「あぁ。但し、そっとだぞ。あまり大きな物音を立てては驚いて逃げてしまうからな」
「は? 何が逃げるて…………」
促されるまま、言われるままに腰を折って同じような姿勢になりながら床下を覗き込んでみれば、一匹の猫が居た。成猫サイズの三毛柄をした美人さんであった。
猫好きな人間故に、思わず漏れ出た声音がワントーンもツートーンも高くなって、「にゃんにゃん……っ!」と幼児へと退化したか如くの語彙だったのは大目に見て欲しい。兎に角、いきなりのお猫様の登場に探し物そっちのけで目を輝かせてしまった。その様子に、すぐ隣から吐息だけの含み笑みが聞こえてきて、笑われてしまったと気付くと同時にあまりに上司らしからぬ態度をお披露目してしまった事を恥じて小さくなる。
「御免……。お猫様見るとテンションぶち上がっちゃうから、つい……っ。気持ち悪い声出してすまん」
「いや。別に全く気にしていないし、気持ち悪いとも思っていないから安心してくれ。そもそも、君が大の猫好きである事は既に周知の事だから今更という話だろう?」
「其れもそうだった。ところで、この美人さんは
「さぁ? 初めて見かけるようになったのは、だいぶ前の事だったから……明確な時期は覚えていないな。時々気紛れに姿を現しては遊び相手や餌を
「おい。今サラッと言うたが、仮に後者だった場合放置しとってエエんか? 此処、現世ちゃうぞ。本丸や。結界も張っとる場所におい其れと容易に入って来られたら大問題になるやんけ?? ちょっと鶯お爺ちゃんしっかりして」
「まぁ、確かに、本丸というのは特殊な位相空間から成り立つ場所だが……今のところ、御神刀連中が何も言い出さずに見守っているだけなら害は無いという事だろうさ。つまり、姿が猫の姿をしているなら猫と思っておけば良いという事だ。細かい事は気にするな」
「いや、全然細かくないが!? 異物混入は普通にアウトです! テレビでもちょいちょい言ってるでしょ!?」
「怪異や害の有るものなら、とっくに俺達の誰かしらが斬り捨てているところだから、つまりはそういう事だろう? それより、
「ハッ……! 俺の片面靴下何処……!」
「口に咥えてる物がそうじゃないか? 色が
改めて鶯丸より指摘され、よくよく覗き込めば、三毛猫が口元に咥えたまま戯れ付いている物が自分の探し物である事が分かった。だが、恐らく猫の習性として宝物かお気に入りの物として持って行かれたのだと察して、取り返そうと伸ばしかけた手を引っ込める。代わりに、目尻を下げて仕方がないなと言わんばかりの顔をして、優しげな声音で以て話しかけてやった。
「俺の靴下の片面隠した犯人は君だな〜? この悪い子ちゃんめ。勝手に人の物を持って行っちゃ駄目なんだぞぅ? すっかり泥んこにしちゃって、洗い直しじゃないの、全く〜。それにしても、俺の靴下に目を付けるとは、君も中々にお目が高いね! 気に入ったのなら、其れあげるよ」
「良いのか? 取り返そうと思えば取り返せると思うが……」
「お猫様の習性を思えば致し方なし! お猫様という生き物は、気紛れに気に入った物を持って行っちゃう生き物だからね! その収集の内に俺の物が追加されたのなら、光栄と思って喜んで差し上げるよ!」
床下を覗き込んでいた頭を元の位置へ戻しながらそう元気に返した後に、誤解の無いようにちょびっとだけ訳を付け足しておく。
「それに……元々、この靴下、オカンのお古で貰ったヤツだったから。オカン大病患ってから足首締まるタイプの靴下駄目でさ。其れで、偶々俺の足のサイズに合うヤツだったから回ってきたってだけだったし。つまり、元々ボロで伸びてたりする、特に思い入れもないヤツだったから良いんだ。靴下ってのは消耗品だから、その内履き潰して布が擦り切れて穴が空いたり、伸び切って履きづらくなったりで最終的には駄目になっちゃう物だしね。ちなみに、捨てちゃう靴下は鋏で切って油拭きとかお掃除用に使えるから、そのまま捨てるのは勿体ないんだぞ! コレ、地味な豆知識な。まぁ、当初は普通に回収するつもりで居たけど、持ってった主がお猫様ならもうそのままにしちゃっても良いかなって」
「君は、つくづくお人好しが過ぎる奴だなぁ。しかし、其れでは君が困るだろう? 一足分の靴下が無くなってしまう訳だから。片面だけでは履けなくなってしまったその靴下の代わりに、俺の方から新しい物を贈ってやるか。どうせなら、猫柄の可愛いヤツが良さげだな。今度万屋で見繕ってきてやろう。何、俺が可愛がっている猫のオイタが原因で起きた事だ。飼い主という程の事はしていないが、世話をしていた者として責任は取ってやらんとな」
「別に其処までしてもらわんでも気にせんのに〜」
「俺が気にするから、勝手にやるだけさ。其れに……今の内から可愛がっておいて損はない。将来、俺の弟分の何方かの嫁御になるかもしれんと思えば、最早俺の身内も同然だ。義理の兄貴分となるからには、その責任を今から果たしておくとしようじゃないか」
「ぉ゙わ゙ッッッ……急にそういう方向に舵切んのヤメテ、心臓に悪いから……ッ」
「ふふっ。否定はせんという事は、そのように受け取っておくぞ。ふふふっ……いやはや、何とも可愛らしい妹分が出来てしまったなぁ」
「気が早過ぎるんよ、鶯
「ふはッ! 君だって悪ノリして“おにいさま”だなんて言ってきてるじゃないか……っ! まぁ、君が存外
「ちょっ…………もう本当に勘弁して…………ッ。無駄に顔アッツイ…………!」
「はははははっ! いやぁ〜、久々にこんなに笑ったなぁ〜」
「お前一人だけな」
「ふふっ、そう拗ねるな。後で茶菓子を振る舞ってやるから、機嫌を直してくれ。何なら、大包平を呼ぶか? 八丁の奴でも良いぞ。好きな方を選べ」
「今はお猫様が良いですッッッ!!」
飛んだ弄りを食らって臍を曲げたところで、更なる追い打ちを掛けられそうになったのを察して、先手を打つように床下から自分の靴下を咥えたままの三毛猫を引き摺り出して抱き上げた。
三毛猫は、意外にも大人しくされるがままで抱っこを受け入れ、人懐っこそうにスリスリと頭を擦り寄せてきた。可愛い。こんなにもふわふわとした柔らかな命が生きていると思うと、尊さが天元突破する。動物の類は基本何でも好きだが、その中でも断トツ一位で猫が好きである。最近齧歯類の動物から実家を荒らされた事もあって、それ以来、齧歯類系全般が駄目になった事も所以してか、断然猫派は譲れない。
抱き上げた時もそうだが、人の手に触られる事に全く嫌がる素振りを見せない事を良い事に、うりうりと猫可愛がりするように顎下を擽ってやれば、咥えていた靴下は器用にも手に持ったまま気持ち良さげに目を細めて喉を鳴らした。グルグル、ゴロゴロ、猫特有の喉を鳴らす音は聞いていて心地が良い。恐らく、まだ母親の腹の中に居た胎児の頃と似通った音に聞こえるからだろう。
ちなみに、此れは余談なのだが、喉を鳴らす猫を抱っこしたままで居ると、ダイレクトにゴロゴロ音が体へと響いてきて面白い体験が出来るのだ。友人宅へお邪魔した際に生まれて初めて体験して強烈な感動を覚えたので、リアルな本当の話であったりする。
「この子、初見なのに全然俺の事怖がらないね。俺、猫好きだけど、実家の近所に居た野良猫にはいつも避けられてて、触るどころか、離れた遠くから見る事ぐらいしか基本許されなかったタイプなんだけど。悲しい事にも、俺に懐いてくれたの、今のところ先輩宅のお猫様だけなんだが……。うわ、自分で言ってて悲しくなってきた……。どうして……俺こんなにもお猫様という生き物を愛して止まないのに……っ。でも、そんなつれないところも魅力の一つで大好き」
「本当に猫が好きだな、君は」
「うん。だって猫は可愛いもん。語彙力なんてどっかに吹き飛ぶくらい尊い生き物です」
「猫に対してもヲタクみたいな事を言うんだなぁ〜」
「好きなものに対する気持ちは一緒だからね。其れに、動物は人間と違って個を見て判断してくれるもの。上辺だけを見て勝手に判断を下す人間よか、余っ程賢い生き物だよ」
そう言って、腕に抱く三毛猫を見下ろせば、自然と目が合って、ゆっくりと瞬きを返す。敵意は無い。仲間や同胞のように思ってくれれば、其れだけで救われる心がある。
「お前さん、本当に美人さんだねぇ。名前はあるのかい?」
「名前なら、“ミケ丸”だ。俺が勝手にそう呼んでいるだけで、他の奴等は別の呼び方をしているかもしれんが」
「三毛猫だから“ミケ丸”ね。安直だが、名は体を表す故に、シンプルなくらいが丁度良い。俺も、よく猫をもじった名前を名乗ったりするから、仲間だね」
野良という割には綺麗な毛並みをした三毛猫である。本丸の誰ぞが世話を焼いているのかもしれない。片ずらずつの靴下を持ったもの同士仲良くしようじゃないか。そんな気持ちを込めて、三毛猫の額へすりり、と頬擦りすれば、お返しの鼻チューを貰った。
「ふふっ。些か妬けてしまうくらいの逢瀬じゃないか」
「あら。お猫様に嫉妬ですの?」
「鶯だって偶にはヤキモチくらい妬くさ。何せ、君は猫のように気高く孤独を好む気質だ。俺達にすら許さない柔いところを、畜生如きに見せるのは少しばかり妬いてしまうというものだろう?」
「畜生言うな。マジで神様か何かやったらどないすんねん。罰当たるぞ」
「俺達とて神の端くれさ。そんな俺達が先に目を付けた人の子へ、後になってから横から掻っ攫うようにされては堪ったモンじゃない。特に、雄猫相手なら尚更な。……悪いが、この子は俺の弟分の嫁御となる事が確定した子なんだ。
そんな事を言い始めた鶯丸によって、三毛猫のミケ丸は首根っこを掴まれて腕から掠め取られてしまった。思わず、名残惜しげたっぷりな「あっ……」という声が漏れ出てしまったのは致し方ないと思う。全く、仕方のない神様である。
一先ず、鶯丸の膝上に移動する事になったミケ丸に対して誤解の無いように言葉を添えておいた。
「ちょっと、まだ確約されてもない事をさも確定事項のようにサラッと
「何も嘘は言っていないだろう? 俺の主は、近い内に俺の弟分の何方かが貰う予定なんだ。今の内から外堀を埋めて敵は少なくしておいた方が後が楽で良い」
「お前自身が娶りたいとは言わないんだね?」
「俺か? 別に俺が貰っても満更でもないが……主の気持ちが伴っていなければ意味がないだろう。まぁ、主が“俺が良い”と言うのなら、喜んで受け入れるが。兄弟三つ巴で争う事になるのは避けたい。……それに、俺は、何方かと言うと、少し離れたところから幸せそうにしているお前達を観察している方が好きなんでな。
「潔いまでの暴露有難う。うぐにもヲタク的思考があった事に驚きだけども。だからって、リアルに趣味を現実化させようとするんじゃない」
「ヲタクの主から顕現してるんだ。別段可笑しな話でもないし、俺はそこそこガチ勢らしいから、早々譲れないな」
「意思が固いな既に……! 頑固か!」
「俺は元々頑固な方だぞ。そもが、平安生まれの奴等は皆大抵頑固だ」
「其れはそうだった……」
固く決意された意思を変えさせようにも、此処まで頑固であればそう容易にとは譲ってはくれまい。何とも気の早い事だが、この古備前派の祖は、己の弟分の何方かが絶対に審神者を伴侶にするに違いないと思い込んでいる模様だ。まだ何方共とも其処までの関係性へまでは進んでいないというのに。彼も大概弟馬鹿だったのだろうか。
揺らぎもしなさそうな気配に、項垂れて床板に頭を伏せていたらば、不意に柔らかで軽い感触が頭に触れた。見れば、其れはミケ丸の前足だった。肉球の付いた可愛らしいお手々をぽふんっ、と項垂れる己を慰めるかの如く置く、そんなところがまたお猫様らしくて尊さが天元突破した。
「もういっその事、君が俺の嫁に来るかい? 俺は断然猫派だから、超絶可愛がってあげるよ。勿論、猫は自由を愛する生き物だから、馴れ合いは最低限でも構わない。猫ちゃんはツンデレって相場は決まってるからね。俺も似たような性格してるから、案外気が合うかもね」
「こら。俺の目が黒い内は浮気なぞさせてやらんぞ。そもそもだな、そういう事は容易に口にするモンじゃない。言葉には力が込もるものだというのは、言霊の力を持つ審神者である君が知らない訳ではないだろう? そういう事は、せめて弟分等に言ってくれ。俺の命が助かるから」
「猫ちゃんに対して“ウチに来る?”のニュアンスで“嫁に来い”発言したのに、斜め上の方向でガチな回答寄越してくんなよ……っ。控えめに言って引くぞ。安易に言霊結ぶような事言うな、ってのには同意するけどもさァ」
「本当にミケ丸が嫁に来たらどうするつもりだ?」
「え? 普通に飼っちゃうけど。向こうから来てくれる分には大歓迎だし、本丸なら誰かしら世話したがるだろうから手には困らないだろうし。猫ちゃんは正義にゃのです」
「飼うなら大包平か八丁にしろ。猫は君の御飯を作ったり身の回りの世話は焼いてくれんぞ。その分、俺の弟分達はどの点においても完璧だ!」
「お前ェ
「取り敢えず、嫁が欲しければ大包平と八丁をオススメする。何なら二人共纏めて貰ってくれても構わんぞ? 俺が許す」
「いや、二人の意思ィ!! お互いに納得した上での合意無き婚約は固くお断り願います!!」
訳の分からん事を強く推してくる鶯丸に、混乱からついつい「ギャンッ!!」と大きな声で以て返してしまった。すると、その声量に驚いたらしいミケ丸は大層驚いた様子で飛び跳ね、脱兎の如く鶯丸の膝上から飛んで逃げて行く。大変申し訳ない事をした。後で鰹節か●ゅ〜る辺りを詫びに差し入れるとしよう。
そんなこんな大声を上げた所為か、近くに居て騒ぎを聞き付けたらしい刀が集まってきた。
「何だ何だ、何の騒ぎだ? 五つ先の部屋まで聞こえてきたぞ」
「何か雇い主の声に吃驚しちゃったっぽい三毛猫が、アッチの方に鉄砲玉みたいな速さで飛んで逃げてくの見たけど……どしたのっ? あの猫、鶯の兄さんが高比率で構ってる猫じゃない? 確か、“ミケ丸”とかって名前の……」
「うわ、噂をすれば何とやらかよッ……。今程君等二人来なくても良かったのに……。じゃねぇーと、うぐが面倒臭い事なってるから……控えめに言って、お呼びじゃないのよ……。気を悪くしたらすまんけどもや」
「何だ、鶯丸がまた馬鹿やってるのか? 今度は何をやらかしたんだ、お前……」
「兄として、お前達二人が首尾良く事を上手く運べるようセッティングしてやろうと思ってだな」
「えっと……何かよく分かんないけど、ウチの兄さんが迷惑かけたみたいで御免なさいっ!」
「待て。俺は別に迷惑などかけては……」
「主に声を荒げさせてる時点で十分心労を掛けさせているという事を知れ、馬鹿者」
「大包平……っ! やっぱり持つべき者は大包平だな!! よっ! 流石は、
「な、何だ急に……っ。褒めても今は菓子ぐらいしかやれんぞ」
「いや、うぐのストッパー役が務まるんは身内たる君達ぐらいしか居らんじゃろうと思うてや。お菓子くれるんなら有難く貰います。丁度、何かしらで糖分補給しよう思うてたところじゃったんで」
「後で燭台切が作ったお八つのずんだ餅も持って来てやるから、程々にしておけよ。今のお前は以前にも増して胃の容量が小さくなっているからな」
「でも、食べれる時は何でも良いから食べておいた方が良いとも言えるけどっ! 雇い主、ただでさえ痩せっぽっちだし、少しは肥えなきゃマジでやばいっしょ」
「俺の刀が出来る刀多くて最早介護されとるん……」
何とも言えない状況が広がって、思わず顔を覆って俯くと、横に居た鶯丸からボソリと小さな呟きが零された。
「ふふっ……どうやら、今のところは大包平の方が些かリードしているようだな。よし。俺は茶を淹れてやるから、ついでに飲んでいけ」
「そうだな。俺達の部屋は非番の鶯丸が居るお陰で暖かいし、ただでさえ冷える廊下に居座ったままで居るよりは少しでも暖かい室内に入った方が体にも良いだろう」
「末端冷え性って言ってたし、最近足の血行悪くて調子悪いとも言ってたしね。鶯の兄さんにあったかいお茶淹れてもらおっ! ついでに、炬燵でゆっくりあったまっていって!」
鶯丸の前半の発言は聞こえていなかったのか、はたまた、スルーしたのかは不明だが、三人から揃って古備前部屋へと入る事を勧められて、手を引かれるままに敷居を跨ぐ。
「そういえば、末端冷え性や血行の悪さには足湯などが良いと、以前祢々切丸が言っていたな……。後で時間の出来た時にでも改めて聞いておくか」
「足湯って、足先だけを温泉に浸ける形式のヤツだっけ? 雇い主にピッタリじゃん! あ、炬燵やヒーターだけじゃ寒かったら、湯たんぽ作ってこよっか?」
「いや、貼るカイロ腰に貼ってるから大丈夫……っ。気持ちは嬉しかったから有難うね。何か色々気遣ってくれて有難う」
「当然の事だろう?」「当然の事でしょ?」
古備前の弟分二人共が口を揃えて同じ事を言うものだから、思わず笑みが漏れた。此れに、視界の隅で超絶良い顔で頷きまくっている鶯丸はさておきとして。
尚、古備前部屋で暖を取っている内に戻ってきたらしい三毛猫のミケ丸は、しれっと自分で器用にも障子戸を開け閉めして、我が物顔で審神者の膝上にやって来たかと思えばゴロリと体を横たえて喉を鳴らすのだった。
「おい、ミケ丸よ。其処は弟分達の特等席だ。お前が安易に占領して良い場所じゃない。今すぐコッチに移動して来い」
「いや、何言ってんの鶯の兄さん?? とうとう頭可笑しくなっちゃった??」
「此奴の頭がイカれているのは今更の事だろう。主は気にせず好きなだけ猫を愛でておけ」
「斯くなる上は、刀猫男士化か……」
「ねぇ、本当に待って?? さっきから鶯の兄さんが訳分かんない事口走っててマジで怖いんだけどっ!」
「いや、何、八丁を怖がらせる意図は無かったんだが……どうしたら主がお前達二人を娶ってくれるかなと考えていたところだ。其処でだ。大の猫好きな主が好む“獣化”とやらの現象が起きれば、更なる進展が起きるかなと思ってだな。確か、その手のものを好む者等を“ケモナー”と称して呼ぶんだろう?」
「いきなり人様の性癖暴露大会始めないで!? あと、個人の趣味趣向は千差万別なので、イチャモンは無しよ!!」
「別に否定はしていない。何なら、二人が獣化したら主にとっても美味しい展開になるんじゃないかと思うんだが……」
「……鶯丸、一旦その口を閉じろ。そして暫く何も喋るな。主に対して明らかに私情だらけの邪な余計な事を吹き込むんじゃない」
「モゴォッッッ!!」
「ちょっ、力技が過ぎるってソレ!! 流石のうぐも、デカイ饅頭口ん中無理矢理詰め込まれたら喉詰まらせちゃうって!! せめてお茶流し込んだげて……っ!! お爺ちゃん達すぐ喉詰まらせて窒息する生き物だから!!」
「ツッコむところ其処なんだ……。アッ、大丈夫大丈夫〜っ。俺等刀剣男士なんで、歳だけ言ったらそこそこ古いけど、肉体の方は超絶ピッチピチで若いんでご心配無く〜!」
「うわ、刀剣男士鬼強かよ……好き……」
「良いぞ、その調子だ。もっとやれ」
「だからお前は黙っとれ!!」
「ゴフッッッ!!」
口の中を占領していた巨大な饅頭を何とか平らげた後も熱い情熱を宿した目で口を閉じなかった為、最終的に大包平の物理的実力行使で以て沈められるのだった。打撃力の高さ的にも敵う相手ではなかったので、当然の末路と言えばそうなるのであった。
公開日:2025.02.03
加筆修正日:2025.03.08